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brain construction

個人的脳内アウトプット記録

分断

2009-06-27 12:32:10 | hypnotherapy,etc
久しぶりにとあるセラピーを受けてきた。

というのは、ストレスや鬱屈が溜まった私はそれを母親への暴力に表す様になっていたからだ。

暴力といっても殴る蹴る暴れるといったものでなく、ちょっと足が出るとかそういったものだ。頻繁にではなく、2、3度である。
初めて母へ手が出たのは一年位前。まだ精神的にもっと病的にどん底だった頃、母との口論の中で、私は悲しみと絶望のあまり思わず母に掴みかかっていた。お互い喚めき合いながら思いをぶつけあった。その後は思いのほか後腐れがなかった。まるで思春期の男子学生の殴り合いの喧嘩のような。思っていることを言い合えてだいぶ風通りも良くなった。だから、あの時の私達にはある意味必要な過程だったと思う。
しかしそれ以来、私はどうも味を占めてしまったようだった。いざとなれば私には殴る権利がある、と。ずっと私は良い子だったし我慢してきたのだからと。
その後、1、2度あまりに母が無理解だったり大人げのない時に、私は母を叩いた。
そうやって私は暴力を最後の隠し武器のように感じて過ごしてきたのだが、先日、母と歩いていた時にささいな口論になり、気付くと母を蹴っていた、街中で。しかも、今までは「私の苦しみを知ればいい!」と意識して暴力に及んでいたのだが、その時は無意識に足が出ていたことに私は自分で自分が恐ろしくなった。自分勝手にイライラして、怒りが沸騰して、「あ!」と思った時は足が出ていたのだ。
そもそもどんな理由があろうと暴力は良くない。意識していようが、無意識だろうが、暴力に訴えるなんて最低である。戦争と一緒じゃないか。暴力で解決するなんて。解決した気になるなんて。それに私はやっと気付いた。

今回連絡を取ったセラピストの方は、既に2回お世話になっている方でかなり信頼している。この先生のお陰で、私の一番のネックだった父親との関係性における傷やトラウマをかなりの部分まで解消していただいた。何人か他の方のセラピーを受けてそれなりに私の癒しの過程は進歩してきたとは思うが、この先生に出会ったからこそここまで来られた部分が大きい。「ここまで」というのは、今や私の心境は良い意味で「父なんてどうでもいい」という気持ちである。未だ父を避けているし、決して良い状況ではないかもしれないけれど、以前ほどには父への恐怖心に囚われなくなっている。父は父、私は私。そんな風に思っている。
そして、今なぜか私の気持ちの矛先は母に向かっている。父への恐怖心でいっぱいだった私の心は今母へのイライラ感で攻撃性を発揮し始めだしたのだ。これには自分でも驚いたとしかいいようがない。まさか自分が暴力を振るうような人間だったとは想像していなかった。

セラピストさんの所では、前半カウンセリング、後半実際的なセラピーといつもの流れだったのだが、カウンセリングの時に自分の気持ちを話しているうちに意外な展開になった。
母へのイライラ感は、「こんな風になったのは両親のせいだ」という恨みの気持ちがあるからだと言われ、両親に訴えたい事でどんな事が思い浮かぶか聞かれた時に、大学受験の時に進路を反対されてそれに抵抗出来なかった事、11歳の時に引越しして人生が大きく変わった事、等を挙げた。これらは元々自分でも自分のトラウマ的経験として意識に上がっている事だし、以前先生に話していたし、他のセラピストさんにもある程度対処してもらった事もある事柄だった。だからちょっと「別に今更…。自分では過去の事は仕方ないと思えているつもりだけどな」という気持ちだった。
しかし、11歳の引越しの話をした時に先生は目を閉じてリーディングをして下さって、「原爆みたいな、あるいは地震とか火山噴火とか、何か天災によって今までの環境から無理矢理別の環境へ行かざるを得なくて苦労した過去がある」という事をおっしゃった。以前他のセラピストに前世を見てもらった時は、納得できる部分があったが(例えば父と私はかつて貰われ子とその貰われ先のおじさんだったと聞いてだから父に恐怖心やよそよそしさを感じるのかとか、魔女狩りの様に磔にされて人々から攻撃された過去があると言われてだから私は人を信じられないのかなとか)、「天災からの避難民」とは全くもってピンとこなかった。先生に「戦争や天災の中で何か耳にすると特別な思いを感じる出来事はあるか」と聞かれても特別思い浮かぶものはなかった。
しかし、11歳の時の引越しの時の気持ちや状況を改めて話しているうちに、先生のおっしゃる様にそれはまるで環境がガラッと変えられた経験だったと改めて思い知った。「急に親に"引っ越すよ"と言われて"そうなんだ"と従ったけど、六年生になったら鼓笛隊の小太鼓のパートをやるはずだったのに、そのオーディションも合格して楽しみにしていたのに出来なかった。元の家の目の前に新しく出来た中学校へ通うのも楽しみにしていたのに叶わなかった。仲良しの友達とも離れなきゃならなかった」という当時の状況を話しながら、「なんかブルドーザーでワッといきなり掬い上げられてドサッと別の場所へ落とされた感じ」、「小5の時の自分とその後の引っ越した後の自分では、突然バサッと壁で分断されたみたいな感じがする」という言葉を自分で話していて、『分断』という言葉がすごくしっくりきたのが不思議だった。
すると先生は、「自分ではどうしようもできないコントロール不可能な力によって人生を翻弄された過去の流れと同じですよね」とおっしゃって、私は11歳の時「引っ越すよ」と言われた時の何となく呆然とした感覚を少し思い出していた。

「自分ではどうしようもできない事」

それを聞いて、何となく世界や自分の人生を薄っすらとした虚しさが覆っていった感覚を思い出していた。
それと同時に、そう言えば、引越しに限らず、自分の努力や能力ではなく自分ではどうにもならない事情によって希望を打ち砕かれた経験がいくつかあった事も思い出した。今も引きずっている恋の事もそうだった。
そう思ったら、涙が出てしまった。

先生は、「○○さん(私)はその11歳の時にきっと絶望してしまったのですよね」とおっしゃって、私は改めて「すごく虚しい気持ちになりました」と口にして、自分は今まで何事においても達成できたことがなくて、ずっと虚しかったんだよなぁと
いう感情をしみじみ思い返した。
今まで何も達成した事がないというと、そんなのは自分次第で、自分の努力ややる気が足りなかったとももちろん思うが、多分、私はそのやる気や本気を出したくても既に心が絶望に覆われていた事による虚しさで、「どうせ自分の夢は叶えられない」という虚無感と、そこから「私は何の価値もない」という自己否定感にまで覆いつくされていたのかもしれないと感じた。
「○○さんも言われた様に、引越しの時の『分断』された感覚や傷を癒す事が今日のキーワードですね」と先生はおっしゃって、後半のセラピーに入った。

先生は私の肩に手を置きながら、過去生から続く分断されたことからの絶望感、傷を癒したり、エネルギーを入れて整えて下さったりした。その時改めてまたリーディングをしてくれて、「同じ国の中で分断され、同じ国同士で敵対し、家族や親戚や親しかった人達と二度と会えなかった。その中で女性として生まれたあなたは男の様に力に訴えて反抗することも出来ずにただひたすら我慢するしかなかった。新しい環境にも馴染めず苦労した。女性としての人生も味わうことができなかった」と言っていたのが、「同じ国の中で」と聞いてまるで東西ドイツの様でちょっと鳥肌が立った。私の大好きな映画『ヘドウィグアンドアングリーインチ』を彷彿とさせたから。あるいはロシアの下の方の国の内戦とか?とも思ったり。「私が避難してた国はドイツ?ドイツに天災なんてあったかな?でも分断なんてまるで東西ドイツみたい。でも東西ドイツってつい最近のことじゃん」などと色々思ったけど先生は「さっきの天災の過去生とはまた別の過去生で、カウンセリングの時に出たのと同じ過去生は出ない」「世界の歴史は戦乱の歴史でもありますしね」とおっしゃって、私の避難民の過去は一度ではなかった事にちょっとびっくり…。私は分断され翻弄される人生をリベンジしたくて生まれてきているのかもしれないのだった。

その後、今の人生の中で、豊かな実りある人生を歩める様に、「豊穣の女神・アバンダンティア」のセッションというものを施して下さった。その時に興味深かったのが先生の口から「気に入った絵筆があれば、その子を可愛がってあげなさい。ペンがあるならそれを大切に。後は自分の魂を絵筆やペンに載せるだけでいい」というメッセージが届けられた。両親とのトラウマとは別に、芸術活動や表現者として生きる為の突破口もいつも相談していて、この言葉はまた意外な指針となりそうだった。もう無理に作品を世に出そうとかいった焦りはあまりないが、趣味や心の解放としてやはり表現作業は私にはとても必要なものなので、楽しんで表現できる人になりたいという夢はなくしたくない。「気に入った絵筆」というのは、なんだかとても初心に帰れそうな気がする。何の欲もプレッシャーもない、楽しいからひたすら絵を描いていた子供の頃のように、まずは自分が可愛いなと思う絵筆やペンを買う。レコードのジャケ買いの様に、ヴィジュアルからちょっと入る。そして、気分が上がる、楽しくなるような道具を使って、誰の為でもなく自分の為に楽しく描く。そこからまた始めようと思う。

先生のセッションが終わって、最初は母親に対する感情で相談に来たのに、終わった時には正直それはどうでもいい気分になっていた。両親への恨みや愛情や諸々の感情はほとんど消散しつつあるのを感じる。
大人になってからの反抗期と自分と向き合い続けたこの数年間。
やっとこの段階まで来られた。

自分の人生を楽しみたい。
自分という花を実り豊かに咲かせたい。

高熱に苦しんで、目が覚めた朝、まだ頭は朦朧とするけど、お水が美味しい。
そんな風に淡々と自分の体を自分の体として感じられる感覚を久しぶりに感じている。
淡々と、思う。生きてみたいと。


最後に、もし私の様に精神的に苦しんでいる人、苦しみの真っ只中でもがいている人がいるなら、絶対にその苦しみは、無駄じゃない。
完全解決なんてないし、苦しい気持ちはいつもあるし、死ぬ寸前に「楽しかった」と思えればいいなんて僅かな願いすらも叶わないかもしれないのが人生なのかもしれないけど、どうかもがいてほしいと願います。あきらめないで、希望を持って、とか思いません。もがいてほしい。もがいた分、絶対今とは違う場所へ行けます。行きたい場所とは限らないかもしれないけれど…(^^;  
そして私を辛抱強くあきらめずに助けてくれた人、いろいろなセラピーあっての今の私だけれど、自分の苦しみを一つ一つ理解する手助けの一つとして、実際的にかなり効果的だった今回もお世話になったセラピストさんに興味のある人がもしいらっしゃったらおっしゃって下さい。HPをお伝えします。
「言った人だけ教えますよ~」なんてどんだけ上から目線なんだ、だし、別にそのセラピストさんの回し者でもないけれど(^^;、 単純に、苦しい人の少しでも助けになればと思います。
私ももがき続けようと思う。いろいろな予想もしなかった場所へ行こうと思う。
みなさん、どこかで会えたらうれしいです。

電話

2008-01-07 14:45:53 | hypnotherapy,etc
前回の治療から2週間過ぎてもずっと続くひどい痛みをただ耐え忍んでいただけだったが、今日思い切ってクリニックに電話をかけた。

今の症状と、前回と同じ土曜日にまた予約を入れているので、同じ先生であった場合、同じ先生に治療を受けることにとても不安を抱いているという事を伝えた。

するとメインの先生が電話に換わられて、今度の予約時はその先生が直接診て下さるとおっしゃってくれた。
その先生はそこのAKA治療を開業する第一医師だが、患者数が半端でないので直接診てもらうのはせいぜい月に1度しか無理で、その間は先生の弟子の先生が治療に当たる。そんな状況なのに、ある種イレギュラーで直接診るとおっしゃってくれたので驚いた。私は今度の予約が前回私を担当した先生と同じか確かめて、同じなら予約日を変えようという位にしか考えていなかったから。
「心配しないでください。痛いのは治療の過程で起こるものと予測されるものの範囲だと思われるし、大丈夫ですから」と言ってくれた。私はほっとして電話を切ってから思わず泣いてしまった。

本当に痛くて何も出来なくて、「あぁ、まただ…。どうせどんな事しても私の痛みはこんがらがりすぎて治らない。もう○んで生まれ直すしかないのだ、きっと」と、絶望感に押しつぶされそうだったから。

それと、これは私の悪い癖だが、文句を言えない。滅多に主張ができない。よっぽどでない限り、自分の中に収めて我慢してしまう。
文句言って相手を煩わせるのが嫌だったり、自分の言う事は声を大にして言ったり聞いてもらったりするなどおこがましいように思ってしまう。
すごく悪い癖だ。

今日も電話をかける前は大げさだが死ぬほど迷った。でも実際かけたら、思っていたより何でもなかったし、むしろ思っていた以上に事態は好転した。

これを肝に銘じて、これからも思いはきちんと声にして訴える、行動に移すようにしなければと思った。
人に何かしてもらおうと待っても誰もわかってくれないし、耐えて待つなんて本当に無駄なエネルギーの使い方。
何事も自分が行動しなかったら本当に何も変わらない。

あがく

2007-12-30 11:35:21 | hypnotherapy,etc
前回のAKA治療に行ってから1週間が過ぎたが、絶不調である。
首と腰が最悪に痛い。
もう、初回に治療を受ける以前の時の最悪の状態に逆戻りしている。
どうして…。
AKAに通いだしてから徐々に効果が現れていてかなり調子良かったのに。
だいたい好転反応?で4日間位だるかったり痛かったりが続くが、その後は痛みが軽くなったのだ。
しかし、今回のこの痛さはどう考えてもおかしい。ありえない痛さ…。

それと時を同じくして、また父親への感情が恐怖に変わりつつあって、少し絶望している。もういい加減父親も含め両親への感情の恨みを晴らすのに固執するのは止めたほうがいいのはわかっているんだけれど。
無意味。時間の無駄。エネルギーの無駄。命を削るだけ。

こんな感じで精神的ストレスがまた溜まり始めているから、首や腰痛にも影響が出ているんだろうな。睡眠もうまくできない。
少しでも思考が鬱々と自分に向かい悶々とし始めると、すぐ身体の調子が悪くなる。

でも、人生最悪のどん底だったこの一年、2007年の締めくくりの最後の足掻きとして、毒だしのつもりで書く。

くそじじい!なぜ私の顔を見ない?
そのまま逃げ切るつもりか!
本当はどう思ってんの?本当は私に消えてほしいんだろう?
私はお前の鏡だ!お前が逃げ続ける限り私は疎ましくまとわり続ける。
お前が愛を示さない限りは。

あぁ…首が痛い。苦しくて息ができない。
生まれるべきじゃなかった。

私も最低だな…。自分の苦しみをいつまでも人の所為にして。そんなだから幸せになれない。
でも、今年の最後のダークサイドとして。

私は私! ダメなのも私! いいじゃないか!

虹よ輝け

2007-12-09 22:01:56 | hypnotherapy,etc
金曜日はヒプノセラピーだった。

前回から3週間位しか空いていないので、ただでさえ即効性とか考えてはならないセラピーなのに今回行って意味あるのかしらと少し億劫だった。

それでも、前回のヒプノがあまりに強烈だったので即効性に近い何かが私に働いたのが分かった。

前回、私は小学校時代の自分の担任教師と対峙した。そしてある意味彼を「退治」した。
好きな奴じゃないのは確かだったけれど、あの時の彼の言動が自分の想像以上に私を傷つけていたと分かった。
あの時と言うのは、私自身も相当自覚している「引越し」にまつわる。

私の人への慣れなさ、不信感、緊張、特に男性に対するそれは、全ての原因は父親にあると私は思っていた。
でも、前回のセッションで、その一端が私の小学5年生の時の担任にかなり由来していたらしいとも分かったのだった。

とにかく、ヒプノが終了した時、今までで一番の爽快感が訪れた。

今も、不安。怖い。
でも今までと大きく違うのは、その感情はいまや後は自分の問題だと思えるくらいになっていることだ。
前回のセッションで、過去の誰かによって及ぼされた経験という「支配」が私に残していた傷は、多分かなり消散したと思う。和解?成仏?

前置きが長くなったが、だから今回はインターバルも短いこともあってカウンセリングで話す事はあまりなかった。
そして、最後のヒプノセラピーの時間は、ヒプノは行われず何となく話の流れでオーラリーディングの様になった。

先生は、私のオーラを「今はクリーム色と黄色とオレンジ」と言った。
「しかもクリーム色はスティッキイーなねっとりと固い感じで、マシュマロみたいな感じ。そこにはあなたの様々な感情が、屈辱感とか、そういった感情が固められているみたい」だって。

そして、更に興味深かったのが、私の周りには、「色々なたくさんの色が虹の様に、とにかくたくさんの色で細かく色分けされて出ている」ということだった。

普通はある程度色が決まってるが、私のようにたくさん色が出ているのは他にあまり見ないそうだ。

「あなたの感情はすごく動きが早くて起伏が激しい。こうやってこの1時間話していただけでも次々色々に色が変わっていた。その色は全て借り物ではなくあなたの中にある色です」と。

「でも時折、話している途中で、小さく雷鳴の様な形の紫色の光が出る。その紫色はいわば宗教の様な、"こうあるべきだ"という戒め的な感じ。まるで自分に罰を与えているかの様に」
「自分をもう少し許すことが足りていないみたいですね」とも。

「あなたの感情のスピードの速さは自分ですらも掴むのに困難していて、バッターがあまりの剛速球の球になかなかバットを当てられないような状態」
「だから、あなたが例えば何かを書こうとしても、書く瞬間にはその書こうとした事は過ぎ去ってしまっている。そういう意味で苦労していると思われる」と。

私はこれを聞いて、何か表現したい、特に書くこと、何か書きたいと思ってもなかなか現実に実際の作業にまでたどり着かない、書きたい気持ちだけはあるのにどうしてもなかなか書きにくい状況の原因がやっと分かったような気がした。

少し自分を許せたような気がした。
それが自分なのだと。

そういった自分の性質を知った上で、自分に合った手法は自分の力で探しあてるしかない。
先生が言うにはもしかしたら単に書く以外の方法なのかもね、とのことだ。

私のオーラはとにかく色の多さがすごいことが分かった。
それは私が薄々気づいていた、気の多さ、八方美人ぶり、影響の受けやすさを意味しているなぁと。

私は、本当は例えば岡本太郎の様でありたい。
要するに「ブレない」人。
自分という太い強い固いオリジナリティを死ぬほど手に入れたかった。

誰だって一度も誰にも影響を受けずにきた人はいない。
でも、岡本さんとか、ピカソとか、とにかく「我が道」を持っている、強烈なものを持ち合わせている芸術家は私の憧れだ。
誰にもまどわされない人。

私自身自分がそういうタイプではない事くらい分かっているけれど。
でも、努力で少しでもそんな自分の理想に近づきたいと願ってきた。

そして、芸術だけに限らず、私はとにかく「分析」する人間だ。
感じる力にも多少の自負はあるが、でもつい「解釈」しようとしてしまう。
知識欲の強さからくるのかもしれない。

好きなアーティストに対して、「私なり」の独自の解釈で自分を表現する。
それが自分自身の作品を生み出せない今のところの自分にとっての一つのアーティスティックな行為で。
簡単に言えば、感想なんだけど、その感想に対して、プロアマ問わずすごく喜んでくれる人が結構いた。
始めはその反応に喜びも感じる。それも一つのアートだから。

でも、少しイヤらしい言い方をすると私はアーティストにとって都合のいい人間である気がする。

アーティストにとって、反応はどんなものでもうれしいものだと思う。
シンプルに「いい曲ですね」とか、「かっこいい」「感動した」と言ってもらうだけでもうれしいとは思うけど、でも私みたいに深く深く受け止めて、反応を返してもらうのはアーティストにとってきっと相当のエネルギーになると思う。

でもそれじゃまるで愛人みたいじゃないか。

本当はずっと「分析者」じゃなく「発信者」になりたかった。

私が誰かの表現を受け止めるのではなく、私が放ちたい。それを誰かに受け止めてほしい。私に感じた事や「解釈」を返して欲しい。

愛人ではなく、私が王様であって愛人をはべらせて、影響を与えたい。

傲慢な言い方をすればそれが心底の本音だ。

でも、私はそんなタイプではないのだろうことは薄々自覚している。
折り合いをつけなければいけない。

私自身はアーティスト自体にはなれず、精々評論家どまりなのかもしれない。
評論家だって難しいことで、もしそういった表現作業ができたとしても毎回剛速球を捕まえる苦労と戦うことになる…(^^;

先生は「まずは評論をがんばって、あなたの様な評論の仕方を世に行き渡らせて、それから小説なり自分の作品を書いたらどうですか」
「あなたは感じ方が多彩で独特で、あなたの感情を他の人が理解するのは難しいのかもしれない。だから他人があなたに合わせるのは難しい。あなたに憧れることはないのかもしれない。あなたは感度がすごく良くて、だからあなたの方が他人に合わせる方が楽。」
「あなたほど引き出しがあるから分析だってできるのですよ。」と貴重な意見も言ってくれた。

そして、「でもそれはあなたがオリジナリティがないという事にはならない。ブレているという事にはならない。その色々な色はすべてあなたの中から出てきたものだから。」と言って下さった。

今回計らずもオーラリーディングをしてもらったことで、自分の気質をよく知ることができた気がする。
分析してしまうのはやはり私の性。

そんな私の中の色達がいつか自由に輝く日が来ればいいな。






I kicked my teacher.

2007-11-19 12:31:18 | hypnotherapy,etc
I went to the hypnotherapy session after an interval of 2 months.

When my counselor told me to tell what had happened this past 2 months,
I had almost nothing to tell her because my situation has not been so different or rather getting worse.
So, the counselling was kind of dull and boring.

In addition, I SAW her nodding off while I was talking!
(She said she got a flu and seemed to be not well, though.)
It hurt me a lot..

I thought it's kind of a wast of time this time and was getting to feel sad.

When she had me lay down on the couch and the hypnotherapy started,
Tears started to fall just because I was shocked at her kind of inattention.

However, I discovered finally that I was getting deep into the hypnotherapy.

During the session, I was facing to the moving home when I was at the end of my 11 years old.

It was very shocking event for me in many way.
One of the shocking thing is that my teacher told my classmates at home room that I was moving even though I had asked him not to tell it.
He broke a promise and told them.

In the session, I faced at the very time when my teacher was going to tell my moving.
My counselor asked me which choice I want to take.
The first is that I blame on him to tell my moving to my classmates without my permission. Second is that I stop him to tell it. The final is that I meet my higher-self.
I took all choices.
I thought I would normally take the first choice.
The second and final is ones that I would like to do.
So, my counselor advised me to do all choices.

I blamed on my teacher(it was so hard for me, though.) a lot and even kicked and got him out of the classroom.
I stopped him to tell my moving to my classmates and told it with my own words. I said farewell to my classmates with my voice.
I met my higher-self(it was a lion wearing golden blaze).

I was flooding with tears.

I felt like somewhat being healed.

The moving of my 11 years old seems to be immeasurable wound and influence on deep inside of my heart.




ちやほや

2007-08-06 11:35:02 | hypnotherapy,etc
1ヶ月おいてのヒプノセラピー。
ヒーラーさんが飛行機欠航により到着が遅れた為に急遽いつもの場所ではなくヒーラーさんの宿泊されるホテルで行われた。
高層階にある部屋でとても眺めがよく冷房の効いた部屋だったので、返って気分が変わって快適にセッションを受けることが出来た。

この1ヶ月、私の生活に表面的には特別変化は無かった。
いわゆる報告できるような出来事は無かった。

変化はなかったが、内面では逆戻り的なことはあったのでそこから話し始めた。
それはやっぱり両親への感情だ。

母に対する本当は甘えたいという気持ち、償ってもらいたい気持ち、私だけを見てほしい私の気持ちを分かってほしい、そして変わってほしいという気持ち。
父に対するどうしても拭えない恐怖心。緊張感。

これまでのセッションで、「お母さんに変わってほしいと思ったり、自分と一緒に変わってほしいとか、お母さんが変わることで自分も変われると思ったりするのは必要以上に自分とお母さんを"同一視"している状態なのでそれは決別して諦めたほうが良い」とアドバイスされて自分でも納得したつもりだった。

父も以前よりは本当に変わってくれて、私はもう怖がらなくてもいいんだと、少しずつだが思えるようになってはきていた。

でも、本音を言えば、まだ私の心にはどうしても納得ができていないのだ。
はっきり言って、まだ全然"気が済んでいない"のだ。
無かったことにしたり、もういい加減大人なんだからいつまでも自分の言い分ばかりにこだわらないで妥協して忘れて、自立して自分の道を歩むべきだと思うけれど、私の心の中の子供の私はまだ痛がって苦しんでいて立ち上がれないでいる。
姪の面倒を見たり姪の話題をする両親を見るだけで煮えくり返る様な嫉妬心が湧いてしまうのだ。完全に赤ちゃんがえりしている。
(異常だと思うし自分でもよくわからない気持ちだが事実だ)
抱きしめて、愛の言葉を浴びせて、包んでほしい、安心させてほしいと求め続けている。

カリスマ的なプリマであるバレリーナの女性が引退前最後の来日公演に訪れたそうで、彼女の引退理由を聞いて涙が出そうになった。

「娘が、赤ちゃんのとき以上に自分を今必要としているとわかった。そうなると私は今まで全身全霊で取り組んできたバレエの役達に向き合えなくなる。」

彼女はバレエを捨てて娘を選んだ。
自分の夢や人生を犠牲にしても娘を守る方を選んだ彼女のその言葉こそ私がずっと求め続けて、今なお喉から手が出るほど求めているもので、そして娘さんを本当に羨ましいと思ってしまった。

私だって頭では理解しているつもりだ。人を羨んでばかり、ただの甘えた我が儘な人間で、弱過ぎると。分かっていても、感情はなかなか思うとおりにいかない。
一番の解決策は両親と距離を置くことだ。そうできない自分が良くない、自分で解決する道を断っているとわかっているけれど、現実的に今すぐには出来なくて、納得したつもりの感情がまたくすぶり始めてしまう結果に陥っている。

なかなか先の見えない問題だけど、一生かけて取り組むしかないように思える。

そして、もう一つの私の問題である「芸術分野で自分を表現できる人になりたい」というどうしても断ち切れない思いについては、
前回シナリオの勉強を始めたと報告ができて、やっと一歩を踏み出したと自分でも不安の中にも少し光が見えた気がしたが、
あれから約1ヶ月、もう自分の中に虚しさが芽生え始めてしまっているのだ。
それは、まだ始めてちょっとなのに既に「自分はやっぱり才能ない」とか、「こんなことやっても形になるのかな」とか、生来の悪い癖であるすぐ他人と比較する癖と徒に先の事ばかり悲観したり過去の事ばかり思い煩って『今』を楽しめない性格によるものだ。
すぐ焦って自滅してしまう。

そして、思い切って今まで心にあった気持ちを先生に告白してみた。

「文章を書くことで秀でたいこともあるけど、ぶっちゃけて演技もしてみたいかもしれない。歌も歌ってみたいかもしれない。踊りも踊ってみたいかもしれない。昔は絵が大好きだったし、映画も作りたいし、表現する事においての手段が未だ定まらなくて、全て中途半端で。そして表現者として成功している人を羨む気持ちばかりどんどん強くなっているんです。この前国際コンクールで優勝したヴァイオリニストの娘さんも羨ましいし、最近は映画を見ても良い作品に出会うとその監督から女優さんから全て羨ましいと思ってしまう。芸術とかさも偉そうに言ってたけど、ぶっちゃけて、私はただ人にちやほやされたいだけなのかもしれない。」

純粋に絵を描くことが楽しかったから描いていた。
作文の時間が楽しくて仕方なかった。
そんな子供のときの気持ちが今も続いていたならと思うけど、今の私はどろどろの様々な欲がこびり付いた重い身体と幻想しか抱けない頭と人を羨むことしかできない厭らしい心と思い込みの目やにで現実を見られない目を持ったただの年を取った人間という生物でしかないように思う。

「ちやほやされたい」
というのは、元を辿れば「両親に認められたい」という願望だと先生が言った。
それは自分でも薄々自覚していることだ。

だから、まず自分の根底にある両親への思いを自分の心から芯から納得し満たしてやることが私が何よりもしなければならないことなんだろうというのがこの1,2年間模索してきた中で自分なりに導き出した事だった。そこをクリアしたら、きっと私の人生は大きな一歩を踏み出せるかもしれないと。切なる願いだった。

でも両親への満たされなさも、何か表現したいけどできずに来たことへの満たされなさも、ここに来てどん詰まりになってしまった。
一体私は何をしたいのだろう。
どうしたいのだろう。
もうよくわからなくなってしまった。

後半は、自分の女性性と向き合うヒプノセラピーが行われた。
安心できる部屋をイメージするように導かれると私は宇宙船の船内の様に床も壁も全てが白い部屋にいてフカフカに包まれて座っていた。
そこへ女性性の象徴を招きいれてみるとイギリスの女王の様なレースの縦襟の付いた赤いドレスを着た兎が現れた。
兎に何か言いたいことがあるか尋ねたけど黒い大きな瞳から涙をこぼすばかりで何も言わなかった。今度はリラックスしてもらうようにイメージすると「こんな服は脱いでしまいたい」と言うので脱いでもいいよと言うとスリップ一枚の下着姿になった。兎にあげたいものがあるかと先生に導かれたので、初めティアラをあげたが思い直してなぜか大きなヘッドホンとマイクをあげた。先生は「マイクで何か言うんですか」と質問したが「言葉ではなく歌を歌うかもしれません」と私は答えていた。最後に兎と抱き合ってセッションは終了した。

先生は「オーラ的にはどんどん良くなっていますから心配しなくても大丈夫ですよ」と言ってくださった。
私は「え?!そうですかねぇ~」と情けない気持ちで答えた。「前回までは良かったかもしれないけど今日は前回に比べるとひどくなってないですか。だって前回はシナリオも始めてやる気が少し芽生えてたけど、1ヶ月でまたマイナス思考に囚われちゃって。。」と恐る恐る尋ねた。「うん、でもそれは気分の問題でバイオリズムの問題ですから。前回は気分が上がっていて今回は少し下がっているだけであって、オーラは初回に比べるとどんどん軽くなって変化していますよ」と言うことだった。

どんどんドツボにはまって、状況的には悲惨で、何も変われない自分が情けなくて恥ずかしくて自己嫌悪のループから抜け出せずにいるけれど、動き出せる時は必ず来ると信じるしかない。
今回のセッションも、一見変わり映えしない様に見えるけど、自分の中の正直な思いをまた一つ、「ちやほやされたくて仕方ないぜ」という気持ちを言葉にして口に出せたし、両親への相変わらずの燻り感も排出できたし、これで良しとしたいと思う。
多くを求めるな。私はただの私でしかないんだから。

抜け道

2007-07-07 09:36:47 | hypnotherapy,etc
昨日は急遽キャンセルが出て、ヒプノセラピーのセッションを受けることになった。

いろいろこの一ヶ月のことを話したら、がんばっていますねと褒めて下さり
「一番初めの頃と比べると目が全然違います」とおっしゃって下さった。

でも不安だらけだと告げると「自分の思い描くように、と考えるとまだまだと思うかもしれないけど理想通りに生きている人なんてそうはいない」と言われた。

「完璧ならば、この世に生まれてくる必要ないですもの」と言われた。
そりゃそうだなぁ…と思った。

そして、深刻な状況を自分自身が笑い飛ばすことができれば自分が楽になると言われた。

例えば、夫が仕事を辞めた時、状況の重大さを嘆くのは簡単だけど、そしてついそういうことを隠してしまいがちだけど、「うちのだんな、無職になっちゃってさ~」と友達におおっぴらに話してしまう。
友達は同情してくれるだろう。アドバイスしてくれるかもしれない。自分だけでグチグチと考えているよりも気が晴れる。
そして、もしかしたらそのうちの誰かが「そう言えばこんな仕事あるわよ。」と再就職の足がかりが舞い込みあれよと決まってしまうかもしれない。

また、何でも先回りして親が世話してしまうことで自分で物を考えられない人間になってしまうことの恐ろしさについても先生は話してくれた。

極端な話、「いただきます」と言っても食事を始めない子供がいるんだという。
自分で食事をするという事にすら誰かの指示を待ってしまうのだ。

そういう状況に危機を感じたある小学校の先生は、一つの取り組みをした。
宿題を忘れた、消しゴムを忘れた、など報告をされた時にそこで終わらせないようにしたという。「宿題を忘れて、それでどうするの?」と生徒自身に考えさせ、次にどうするかを言わせるようにしたという。
すると、「宿題を忘れましたが、お昼休みに急いでやるので放課後まで提出を待って下さい。」とか、「消しゴム忘れてしまったので、隣のクラスの▲ちゃんに借ります。」とか自分で動けるようになっていったという。

自分で自分を笑い飛ばすことも、自主的に動けるように育てていく行為も、
要するに「抜け道」を持つことが結局は自分を救う、サバイバル能力になり得るということなんだと先生は教えてくださった。

辛い状況を笑いながら話すことで、袋小路になっている自分のガス抜きになるし、別の空気を入れることができる。
何かが起こった時に「じゃあ、こうしよう」と考え、もしそれがダメなら「なら次はこれはどうだろう」と更なる代替案も考えられる力。「引き出し」をいかにたくさん持つかが、「抜け道」を自分で探せる力となる。

私は一つのことしか考えられない猪突猛進のタイプで、うまく行っている時はいいけどダメになると総崩れになる。だから「引き出し」も「抜け道」も自分で意識して持つようにすべきだなと考えさせられた。

更に、もう一つ悩んでいることを話した。私の人間関係のことだ。

自分の世界の狭さを自覚していて、もっと多くの人と触れ合うべきだと思うけど、人が怖いとも思う。人に臆病になる一方で、変に一方的に人に執着してしまう自分もいる。元々私の人との関わり方は、不特定多数が苦手で、多くの人と触れ合って揉まれる中で気の合う人を見つけるというよりは、「この人をもっと知りたい」「この人尊敬できる」とか感じる人に対して"狙いを定めて"突っ込んで深く知っていきたいと考えてしまう。

また、相当理不尽な事が起こらない限り、私は自分と他者の考え方感じ方の違いを尊重したいと考える。それが高じて、相手を尊重し過ぎてなかなか自分の本音を言えない。

自分の人との関わり方をすごく歪で極端だと思う。もっと大らかに人をもっと好きになりたいし、時にぶつかったとしても、本音で話がしたいと思う。でも、こう言った自分の傾向や今までの経験から、つい、やる前から難しいと思ってしまって、自分のこれからの人間関係を勝手に悲観し絶望している自分もいる。

悲観しながらも、なぜこんなに焦り気味に今までの自分の関わり方を変えたいと考えるか。
袋小路に陥っていると実感したから。
今現在ある自分の人間関係が発展する見込みがほぼないと感じたからだ。今の交友関係に自分の望む様な未来はない、と。
だから、新しい風を、とやや必死な(悲壮な…)思いに囚われはじめている。

「今までみたいに狭い世界にいることで、私にとって出会うべき大切な人との出会いを逃してしまっているのではないかと思うんです。」

先生にそう告げると、「それは、ない。そういうことは全然ないから大丈夫!」となんともあっさり言われてしまった。

人は自分でもこういう答えを言ってほしくてやや仕向けながら人にアドバイスを求めることがある。もしくは、自分の望む答えの真逆をとにかくズバリと言ってもらって、自分自身では抜け出せない悪循環を断ち切りたいという場合もある。

先生の答えは、私にとってその両方の要素を持つ言葉だった。
そして、単純に、気が楽になった。

最後に、ヒプノセラピーが行われた。今回は、タイムマシンで自分の前世と出会った。
自分で創作しているんじゃないかという意識も働きながらも、質問に答えた。

私はハワイの少女になっていた。13歳位で、おばあさんと暮らしていた。
ハワイの少女にとっての重要な転機となったと思う場面や、最後に死の場面へと誘導された。
重要な場面を答える時、私は11歳で、花々を積みにジャングルの中を散策していて見たことも無い大きな滝に出会ったと答えていた。
死については、死ぬ瞬間はあまりイメージ出来なかったが、なんだかとにかく絶望していて無気力で、一人洞穴のような場所にいた。40歳位で、自分で死のうと思っていたようだった。でも、勇気がないみたいだった。
自分の肉体から抜けて自分を眺めるよう誘導されると、自分が白い衣装に白いレイを付けて棺に入っていた。柔らかく穏やかな雰囲気を感じた。全く悪いものではなかった。
そして、最後に今現在を生きる私へ何か言葉をかけて、と言われて、うまく思い浮かばないながらも「明るく生きて。花のように生きて。」と答えていた。

この前世は、実際にあったものか作られたものか、分析することはあまり意味はないそうだ。
いずれにしても、自分の中から表現されたものなので、それが大切なのだという。

なぜ、ハワイ?
マウイ島へは一度行ったことがある。でも特に感じるものはなかったし、熱い所が好きでもない。でも、海の側にある牧場で乗馬のワイルドライドをして、そこから海の上をダブルの虹がかかるのを見られたのはすごく感動したけど。
あと、『フラガール』の蒼井優ちゃんが最後ソロで踊るシーンを見てやたらにすごく胸震えて涙が出そうになったけど、ダンス自体がそういうエネルギーを持つものだと思うし、単純に優ちゃんの演技力に感動しただけかもしれないし。

ガチガチに自分を縛って、頂上への道はこの一本しかない、それ以外は全てダメだ位の勢いで猛進するのではなく、笑いながら、抜け道や隠れた道を楽しみながら、焦らずに人生を歩いていければと思う。
自分の中にある花を咲かせてあげるために。

噛めない飴玉

2007-06-20 13:31:37 | hypnotherapy,etc
昨日はオステオパシーの日だった。

前回から約3週間開いたのにもかかわらず、今までで一番身体の調子が良いのを感じる。
左肩の凝りと尾てい骨の痛みはまだ少しあるし、頭痛も薄くある。
未だ人ごみの中に出かけるとてき面に疲労して頭がしびれてくる。
これで根を詰めて疲れたり、ちょっと考えすぎるとまた全てが元に戻ってしまうかもしれないという不安定な感じはまだ拭えないけど。

でも、なかなか溶けてなくならなかった私の痛みの飴玉は、もうあと一歩、舐めないで噛み砕いてしまいたい衝動に駆られる位の小ささにまでたどり着いたように感じる。

噛んでしまえばいいのに、勇気がなくて噛めない。
きっと不健康という状態に存在意義を見出ししがみついている部分が少なからずあるからだろう。
頭痛のある私。両親に心配してもらえる。モラトリアムも許される。
しかし、健康な人間は、社会に出て社会に貢献するべきだ。
自分の飯代も稼がないで自分の事ばかり考えて悩んでるのは百万年早い。
まずは、働け。というものだ。

受付のお姉さんにも「何だかすごく顔色がよくなりましたよね!」と褒められた。
治療も、いつもならじっくりやる尾てい骨を今日は直接治療することはなかった。
でも、ストレス解放は丁寧に行ってくださった。

治療の最後に先生は「あなたは責任感が強すぎるんだよね。」と言うので、
「そういうところがあると思います。特に家族の中で、、」と言うと、
「そうか、、、でも、そういう運命なのかもね。」なんて言われてしまった。

今、自分の中でだいぶストレスは少ない状態にまで持ってくることができている。
徹底的に心身の回復に取り組んだから、そして、家族ととことんぶつかったから。
それでも、まだ家族に対して少し遠慮がある。お互い様かもしれないけれど。
どうしても両親の自分に対する愛情を試したり伺ったりする傾向があって、まだ確証を感じさせてほしいという姿勢がぬけない。

私の大切な人も私と同じように両親との関係性において問題があるということを話してくれた。

その彼が言う、「だから僕は人をなかなか信頼できないんだ。」
私も全く同じ思いだ。

彼を知れば知るほど、自分の事のようによく理解できると思えることが多い。
何よりも、なぜかとても彼の側で安心できるのは、彼も同じ苦しみを持っていたからだったのかもしれない。

でも、とにかくあまり先のことをくよくよ考えず、今のことだけ考えよう。
今ある状態に感謝しよう。
健康を手放しで望もう。
飴は噛みたくなったら噛めばいいや。



It's me that is uncertain

2007-06-11 10:05:37 | hypnotherapy,etc
Light dawned on me at last.
It's me that is uncertain, irresolute and indecisive.
I had been desperate for being someone holding herself hard and flatly having her opinion and denial, but which is far from me.
I will be me that can go everyone's own place.
Maybe I don't need to be ashamed of me.

土曜日はヒプノセラピーのセッションだった。

前回の時と比べて、あのしどろもどろで口と思考が学級崩壊してバラバラだった(『イン・ザ・プール』より(^^; 
前回よりはだいぶ落ち着いて話ができた。

実際この数ヶ月間、私の中であらゆる気持ちがそれぞれの言い分をだいぶ吐き出せたのでずいぶんと平静を取り戻し始めてきているのがわかった。

5回目のセッションにして、私が抱えている失恋的執着心についても、初めて他人に告白することができた。
「お母さんに対するのと同じように、あなたはその人と一つになること、同化したいと願い、そうすることで、自分を受け入れられると考えていたんですね。」
全くその通りだった。
彼のことを私の魂が求めていたことは確かだったけれど、あまりに彼を尊敬し過ぎてしまいには彼に嫉妬心すら抱いていた有様だった。

今日先生がおっしゃった言葉でキーワードとなったのは「一本の樹自身の成長」と「置き去り」だった。

「誰かの側で輝けたとしても、それはあなたにあなた自身の成長はもたらさない。
弱い樹が、大木の影に寄り添って安心でもその樹自身が成長することは無いように。」

そして、私はいつもずっと自分以外の誰かになろうとして死に物狂いだった。
外見的にも内面的にも。
そして、私は本当の、そのままの、自分をどこかへ置き去りにしてきてしまった。

これは私に限らず特に今の日本に蔓延していることなんだと思うけれど、今とにかく情報が多すぎてなんだかわからないけどなんだかこうあるべきという悪魔の言葉による刷り込みが充満している。
こういうセレブがイケテイテ、子供の育て方はこうあるべきで、皆スーパーモデルの様に痩せていなければならなくて、あのスポットであれを買うのがイチオシで。。

先生も「この間"朝食は和食が一番"だと断定的な意見を、何とか庁とか、政府が打ち出していたのよ。政府が、よ?これをそのまま受け止めちゃう真面目な母親が、毎朝朝食の献立を出すなんて簡単なことじゃないのにそうできなかったら、それをまたプレッシャーに感じて自分はダメな母親だ…とか思ってしまってもしかしたら子供へそのはけ口が向かってしまうんでしょうね。」と言っていた。

そして、「とにかく規範とか、こうあるべきとかいうことに縛られるのはやめにすべき。両親の価値観とか世の中の価値観とか刷り込みが多いから難しい部分もあるけれど、情報に左右されて生きるのは全く無意味だ」と。

誰かに指導権を握られたり、良さそうに見える誰かの意見を鵜呑みにしたり、誰かに依存したりして生きるは最も愚かなことだ。

自分の心の声を大切にして、素直な自分を受け入れられるようになりたい。
誰にも依存せず、ただ真っ直ぐに前を向いて生きていけたら、と願う。
空に向かって真っ直ぐに伸びていく木のように。

包帯

2007-05-29 13:41:12 | hypnotherapy,etc
昨日はオステオパシーの日だった。
前半は肩や頭痛、尾てい骨といった肉体的アプローチ、後半はストレス解放といういつものメニューだった。
ストレス解放は前回の時ほど劇的な感触はなかった。
けれど、全体的に見て、少しずつ先生の治療が身体に入りやすくなってきているような気がする。
8回目にしてやっと治療を受ける(受けてその効能を中に取り入れる)身体の体勢が整い始めたのかなぁと思う。
一昨日の日曜日に外に居たら軽い熱射病になったようで、持病の頭痛とは異なる頭痛があり、身体も熱っぽく朝になっても調子がおかしかった。
(なんか空気がもわもわとしてて嫌だなぁと思ったら目がチカチカと痛くなって、翌日になってもずっと身体に熱がこもっている感じになった。中国からの越境汚染と黄砂が原因で光化学スモックが発生したそうだ。夜のニュースで言っていた。)
頭痛に対する治療を始めにしてもらったら、本当に頭が軽くなって明らかに視界がすっきりとしているのがわかった。
尾てい骨の痛みもちょっとずつちょっとずつだがゆっくりと痛みの芯が消散していっているように感じられる。
後は左肩がもっとババッと効果の進捗度が上がってくれると本当に気が楽になるのだが。。


帰りに受付のお姉さんに駅まで送っていただいている時に、「例えば、もし私が骨折とかなら包帯巻いてギブスして、誰が見ても明らかに怪我をしていて何もできないとわかるし、自分自身もしばらくは何もできないとわかるし、罪悪感がないと思うけど、今の状態は体調が思わしくなくて苦しいけどかといって全く動けないわけではなくて中途半端なんですよね。」と言うと、
受付のお姉さんは「○○さん(私)は、決して中途半端ではないと思います。痛みも一箇所がひどいとかではなく、肩も頭痛も腰も全部ひどい状況で、ストレスも強いみたいで、私達から見るとかなり重症だと思いますよ。お気持ち的にそのストレスはすごいかかってると思います。お辛いと思います。」と言われた。
「ほんとなら「安静必要」という診断書みたいなものを私達がお出しできたらいいのかもしれないですよね。もし本当に辛い時にどうしても動かなければならないような場合があったら、「治療院から「何もしないで安静にしているように」って言われているとおっしゃってもらって構いませんから。」ともおっしゃって下さった。

精神的な辛さを感じている人間にとって辛いのは、一見すると他人からそうだとはわかってもらえないことがあるということだ。
私は食欲もあるし、顔色もいいし、ガタイもいいので、とても健康そうに見えると思う。
自分でも、本当に辛いなら食欲不振にでもなればわかりやすいのに、本当はただの甘えた怠け者の人間なのかなとも思う。ただのひ弱な人間だとも思う。

天童荒太さんの「包帯クラブ」のように、精神の傷に包帯でも巻くことができればどんなにか気が楽になるだろうと思う。自分自身も。周りの人々も。
骨折みたいにわかりやすくないから、自分も不安だし、人もどう扱ってよいかわからない。
でも、よしもとばななさんの本にも書かれていた。「傷を負った獣がうずくまってひたすら深く眠ってその傷を癒すように、心に傷を抱えた人間もじっくりと休んで、じっくりと傷が癒えるのを待つことが必要」だと。

どんなに自分が嫌になっても、回りの人々に迷惑や苦労をかけることの罪悪感に苛まれても、中途半端に大丈夫なふりをするのはもうやめにして、心の底から元気になることだけに専念できたらと思う。
そして良い意味で自分を大切にできたらと。心から自分を大切にできない人は、他の人を大切にすることなどできないから。