山崎元の「金融資産運用論」

獨協大学特任教授の山崎元です。このブログは「金融資産運用論」の講義資料や講義の補足などを提供する目的で運営するものです。

【4月22日】「割引現在価値」

2010-04-22 10:33:54 | 講義資料
 今週は、割引現在価値の計算についてご説明します。
 基本的に金融資産の価格は将来のキャッシュフローの割引現在価値として考えることが出来、リスクに関連する諸問題を除くと、この考え方は、投資に関する意思決定で最も実用的なツールといえるでしょう。

 債券についてどの程度取り上げるか、また複利の期間をどうするかなど、少々迷う点もありますが、先ずは、複利の利回りを考えるようになっていただけるといいと思います。

 後半は、等比級数の和の公式から、無限に続く一定のキャッシュフローの割引現在価値を合計する公式を取り上げますが、これは、株価や不動産価格などを考える場合の有力なツールになります。

 授業で使う板書代わりのスライドを掲載しておきます。細かな計算の方法は必要が生じたときに、マイクロソフト・エクセルのヘルプでも見ながら再確認していただければいいと思います(試験に計算問題は出しません)。先ずは、概念を把握することに集中してください。

【4月15日】授業で使った問題と答え

2010-04-17 22:02:31 | 講義資料
 4月15日の授業で使った問題と答えを全文再掲載しておく。

●運用常識クイズ
~その運用常識は、嘘か本当か?~

(第1問)
人生にはお金がいる。特に、老後はお金がないと心細い。

(第1問) 答え ◎
確かに、お金はあった方がいい場合が多い。

(第2問)
リスクが殆どない確定利回りの運用では運用利回りが低くて、なかなかお金が貯まらない。

(第2問) 答え ○~△
リスクのない運用資産の利回りが相対的に低いのは事実だ。(しかし、せっせと貯めて行くと案外貯まるものだ)

(第3問)
リスクの大きな資産の利回りは必ず大きい(「ハイリスク、ハイリターンの原則」)

(第3問) 答え ×~△
「ハイリスク、ハイリターンの原則」は、一定の前提を置いた場合の理論的期待に過ぎない。現実にはそうならない場合もある。

(第4問)
投資期間が長くなると、リスクは縮小する。(例えば、若者は大きな運用リスクを取ってもいい)

(第4問) 答え ×
これは間違い!しかし、世間ではよくある間違いだ。
運用資産額の上限下限は運用期間と共に拡大する。

(第5問)
投資対象を分散すると、リスクは低下する。

(第5問) 答え ○
確かにリスクは低下する。分散投資では、リターンを下げずにリスクを縮小させることが出来る。

(第6問)
ドルコスト平均法(一定間隔で一定金額の買い付けを行う方法)は有利である。

(第6問) 答え ×(~△)
保有額相当のリスクはあるので「有利」になるわけではない。ドルコスト平均法は厳密には機会コストや手数料の損がある「単なる気休め」。

(第7問)
長期間、積み立て投資(ドルコスト平均法)で、投資信託(分散投資)に投資すると、必ず幸せになれる。

(第7問) 答え ×~△
結果が「必ず」いいとは限らないし、投資信託は手数料が高過ぎるものが多い。
投信の9割以上が検討に値しないくらいダメ。

(第8問)
株を買う場合は、値上がり・値下がりの、それぞれについて、売却目標値段を決めておくべきだ。

(第8問) 答え ×
将来の情報を踏まえて判断すべきなので、あらかじめ決めておく意味はない。しかも、自分の買値は、将来の株価に無関係だ。

(第9問)
投資信託を選ぶ場合は、運用手数料が高くても、運用の上手いファンドを選ぶべきだ。

(第9問) 答え ×
「上手い運用」を事前に選ぶ方法はない。手数料は「確実なマイナスのリターン」なので、安い方がいい。

(第10問)
金融商品を購入する場合は、金融機関の窓口で、納得が行くまで担当者と相談すべきだ。

(第10問) 答え ×~△
先方は営業のプロ。不用意に相談などすべきではない。都合のいいことを納得させられるだけだ。

【4月15日】 クイズの答えと解説(講義案から)

2010-04-17 15:41:47 | 講義資料
 4月15日の授業で、クイズ形式でご説明しようと思った内容を、講義用のメモの形でまとめてみた。

★アメリカ流の投資教育も案外いい加減だという話

 以下の7項目は、アメリカ流の投資教育のエッセンスを山崎がまとめてみたものだが、それぞれ、どの程度正しいと思うか? ○=正しい、△=どちらとも言えない、×=誤り、で答えて欲しい。
 本当は、「どちらとも言えない」は回答としては、突っ込み不足だ。条件をはっきりさせて、論理的に○か×かを答えるべきなのだが、今回は、いいことにしよう。

<アメリカ式(?)投資教育のエッセンス(と思われる)7項目>
1. 人生にはお金がいる。特に、老後にお金がないのは寂しい。
2. リスクの(殆ど)ない確定利回りの運用ではお金はなかなか増えない
3. リスクの大きな資産の投資利回りは大きい(「ハイリスク、ハイリターンの原則」
4. 長い期間投資するとリスクは縮小する
5. 投資対象を分散するとリスクは縮小する
6. ドルコスト平均法(一定間隔で一定金額買い付ける方法)でリスクは縮小する
7. 長期間、積み立て投資で、投資信託に投資すると幸せになれる!

 表現方法や、ニュアンスには違いがあるが、米国の運用会社やファイナンシャル・プランナーが"啓蒙"する(←偉そうに!)考え方は、概ねこんな感じだ。
あなたはどう思うか?

 山崎の、現在の回答は、以下のような感じだ。
1. ○ お金があると自由度が拡がるし、多くの不幸がお金で避けられる。
2. ○~△ リスクのない運用資産の利回りが相対的に低いのは事実だ。
3. ×~△ H-Hの原則は一定の前提を置いた期待に過ぎない。現実に反証もある。
4. × これははっきり間違い!しかし、世間の多くの本・論者が間違えている。詳しく知りたい人は、たとえば「証券投資 上」(A.ケイン他。東洋経済)p268以下を参照。
5. ○ これは正しい。分散投資は「投資家が自分で出来る運用の改善」だ。
6. ×(おまけして△) 気休め以上のものではない。貯蓄の習慣としては実用的だが。
7. × 不用意に市販の投資信託を買うようでは落第。そんな卒業生の姿は見たくない!投信の9割以上は手数料を考えただけでも検討に値しない。

 上記のいくつかの問題については、今後の講義でまた詳しく取り上げる。

 上記の2番、「ハイリスク、ハイリターンの原則」について、山崎が一般向けの書籍に書いた説明を参考に掲げておく。

「ある金額を投資すると将来ある利益が得られる権利が得られると仮定しよう。この利益が確実なものである場合と、期待値は同じだが変動する不確実なものである場合とでは、人はこの権利にどのような値段を付けるだろうか。後者に関しては、たぶん、リスクを負担するのに見合う追加的なリターンを求めるだろうから、前者よりも低い価格(つまり投資額に対する将来のリターンはそれだけ大きくなる)を形成することになるだろう。つまり、将来の期待値が同じでも、リスクのあるものの方が期待されるリターンが高くなるはずだ」

 皆さんは、この理屈をどの程度リアルに感じるだろうか。
 よりリスクが大きいのに、リターンが大きくならないケースとして考えられるのは、
(1)将来の収益の期待値を間違えて価格を形成したケース、
(2)出た結果が事後的に期待値よりも大幅に悪い場合(期待値の予測が正しくても、結果はブレることはある)、
(3)人間が誤って価格を付けたケースの三つだ。
 株式でいうと、それぞれが厳密に分離できるものではないが、将来の利益が分からなかった場合、過去に予想した利益と違う結果が出た場合、会社の人気不人気などによって価格形成が歪んだ場合などには、高すぎる価格で投資したか、不運な事象が起こったかで、投資の結果が悪かった場合にほぼ対応する。何れも、なにがしかは人間の能力的な制約に起因する現象だ。
 はっきり言って、人間の予測能力は、「将来の利益の期待値をほぼ正しく見通す」といったレベルにはほど遠い。多くの人間が取引に参加して情報と解釈を価格に反映させて、一人の投資家が考えるよりも正しい価格が形成される傾向はあるが、それにも限界がある。「ハイリスク、ハイリターンの原則」は少なくとも絶対的なものではない。
 しかし、他方で、「ある程度は」将来を見通ことができるのであり、予測が妥当な場合、そのような前提から取引される価格で投資に参加するならば、傾向として「より大きなリスクに対して、より大きなリターン」が得られるだろう。
 つまり、判断は簡単ではないが、リスクを伴うある投資対象に対して、世間が集団的に過剰な期待を抱いて価格を形成しているのでなければ、その対象については「ハイリスク、ハイリターンの原則」が実現しやすいということだ。
(参考:山崎元「お金とつきあう7つの原則」、2010年3月31日、KKベストセラーズ刊)


★ 利食い・損切り目標と「上手い運用の投資信託」について

 8問目、9問目は、お金の運用に関する世間常識を二つ取り上げる。
 次の(A)、(B)については、どう考えるか。

(A) たとえば株式に投資をするときには、株価が幾らまで値上がりしたら売るかという「売り目標値」と、幾らまで下落したら諦めて売るかという「損切りライン」を、あらかじめ決めておくことが大事だ。

(B) 投資信託を買う場合は、運用や販売の手数料が高くても、過去の運用実績が相対的に優秀な、上手い運用者が運用するファンドを選ぶことが大事だ。

 ○×を当てるのは、ここまでの流れから判断して、簡単だろう。そう、私がここで出題するからには、二つとも×なのだ。問題はその理由だ。どんな理由が思い浮かぶだろうか?

 「これが解答だ」と言って、山崎の結論を押しつけるのは、たぶん、教育的に良くないのだろう(新米教師でも、そのくらいのことは考える)。解答代わりに、(A)、(B)について考えるためのヒントを問いの形でご提示しよう。

(A)を考えるヒント
・ 投資したあなたの買値は将来の株価の動きに影響するか?
・ 買った時点で知らない情報を後から知る可能性があることについてどう考えるか?
・ 先に上下の「売り目標値」を決めておくことのメリットを金銭的に評価すると幾らか?

(B)を考えるヒント
・ 過去に上手かった運用者がその後も上手いのだとすると何が起こるか?
・ 現実は、上記のような状況になっているか?
・ 「上手い運用(者)」を見分けることが出来ないとしたら、何が最善か?

 山崎の考える答えは以下の通り。

(A) 答え ×!
将来起こるイベントや手に入る情報を考慮に入れずに売買の意思決定をあらかじめ行うのは無意味。加えて、「自分の買値」は将来の株価の動きに関係する材料ではないので、自分の買値を判断の基準にすべきではない。

(B) 答え ×!
端的に言って、平均以上の運用者を「事前に」見つけることはできない。それが出来たら、下手な運用者は上手い運用者のファンドを買えばいいが、そのようなことは起こっていない。過去の運用成績は、基本的に将来の運用成績と無相関だ。上手い運用(者)を事前に見つけることが出来ないなら、投資家に出来ることは手数料(=確実なマイナスリターン)をセーブすることだ。

【4月8日】4月8日の授業のまとめ

2010-04-10 23:30:38 | 講義資料
(1)三つのファイナンス理論

「伝統ファイナンス」という言い方は定着した学術用語ではありませんが、「人間は合理的であり、市場では概ね正しい価格が実現している」という前提で資本市場や資産価格を理解しようとする研究プログラムです。
 これまでの代表的な成果としては、マルコビッツの平均・分散アプローチによるポートフォリオ理論から始まったポートフォリオ理論の研究(シャープのCAPM【資本資産価格モデル】、ATP【最低価格理論】など)、モディリアーニ・ミラーの定理(MM理論)などの企業金融の理論、ブラック・ショールズ・モデルなどを代表とするオプション価格の理論、いわゆる「金融工学」と称せられるような数理的な資産価格の計算やリスクの管理方法の研究、などがあります。
 これらの成果の多くは金融の実務に取り入れられており、ファイナンスの分野は理論と実務の距離が近いといえるでしょう。また、こうした理論と実務の関係において、「伝統ファイナンス」の研究が果たした役割は大きいと評価していいでしょう。

 一方、「行動ファイナンス」は、人間が必ずしも経済合理的に判断を行い行動するわけではないことを強調する研究プログラムです。詳しくは、何れ授業で取り上げますが、内容的に大きな柱は、「伝統ファイナンス」の批判と、人間の心理的傾向をモデル化した資本市場の振る舞いの研究の二本あると考えていいでしょう。
 伝統ファイナンスに対して、行動ファイナンスがどの程度深刻な批判になっているかについては、研究者間で意見の相違がありますが、たとえば、「正しく判断できない投資家」がマーケットで相対的に損をして駆逐されていくものであるかどうか、といったことが問題になります。

「神経ファイナンス」、あるいは「ニューロ・ファイナンス」と呼ばれる分野は、人間の判断や行動について脳の機能から根拠を与えようとするファイナンスの研究プログアムです。行動ファイナンスは、多くの場合、人間の判断の偏り(「バイアス」という言葉がよく出てきます)に関する前提を認知心理学から結論だけ借りてきて使っています。これに対して、神経ファイナンスは、脳の機能の研究から、人間行動の理由を導こうとします。近年の脳科学の発達、特に脳の活動に関する画像研究の手段が発達したことで、こうした研究が盛んになりました。
 たとえば、投資家の判断のミスが脳の機能に起因して起こるもので、情報によって修正する事が難しいものであれば、証券市場は自由な取引を低コストで提供するだけではなく、投資家を保護する(「完全な市場」論者から見るとお節介な)制度が必要かも知れません。 神経ファイナンスはまだ新しい研究分野ですが、今後、面白い成果が出てくるかも知れないので、注目しておきたい分野の一つです。

 尚、「行動ファイナンス」「神経ファイナンス」は何れも、より広い範囲を対象とする研究分野である「行動経済学」「神経経済学」と対応します。

(2)「伝統ファイナンス」と「行動ファイナンス」の応用と使い分け

 伝統ファイナンスと行動ファイナンスは、共に「知っておく価値のある知識」です。
 山崎は、行動ファイナンスによる伝統ファイナンスの批判は、伝統ファイナンスの多くの理論に関して根本的な批判になっており、行動ファイナンス的なアプローチを行わなければ、現実の資本市場や投資家・企業などの振る舞いが十分説明できないと考えています。
 一方、だからといって、伝統ファイナンスの知識が無駄かというとそうではなく、一つには投資家が「合理的に」行動しようとしたときに、伝統ファイナンスは行動の指針と有力なツールを提供します。
 また、個別の市場にあって、市場の参加者の競争が激化し、参加者の合理性のレベルが高まった場合に伝統ファイナンスが考えるような状況がそのまま現実になる事があります。
 つまり、投資家としての正しい行動や、市場でゲームに負けないための行動の仕方を学ぶには、伝統ファイナンスの知識を踏まえておくことが便利です。
 対して、行動ファイナンスには大きく二通りの応用方法があります。
 一つは、個人、特に投資家が自分の誤りやすい傾向を知って、これを修正するための手引きに行動ファイナンスの知見を利用することです。この場合に、「正しい行動」は伝統ファイナンスが想定するような合理的行動が参考になります。
 もう一つの応用分野として、どうやらはっきりしてきたのは、敢えて強い言葉で言うと、金融商品の売り手の側で顧客を騙すための方法として、行動ファイナンスが「悪用」されているらしいことです。人間が判断を誤る傾向がある場合、その判断の誤りの部分を利益として取り込むということです。詳しくは、今後授業で取り上げますが、「毎月分配型」の投資信託(有名なものには、運用資産額5兆円に達した巨大ファンドである国際投信の「グローバル・ソブリン・オープン」などが含まれます)などは、伝統ファイナンス的にはダメな商品ですが、これがよく売れた理由を行動ファイナンス的に説明することができます。
 ファイナンスの世界では、他人の非合理は利益の源泉であり、間違える人間は所謂「カモ」になります。

(3)重要な「市場の効率性」

 伝統ファイナンスの世界で重要視されてきた考え方として「市場の効率性」という概念があります。「資本市場では、情報が瞬時に伝わり、投資家が正しく反応するので、常に正しい価格が形成されていて、特定の投資家が勝ち続けるチャンスはないのだ」とする考え方です。
 これがどの程度現実に当てはまっているのかについては、長い論争がありますが、私は、これまでの市場の効率性をめぐる論争の多くが、論理的に勘違いをしており、ポイントを外している、と思っています。この問題も後日授業で取り上げますが、重要な問題なので、頭の片隅に置いておいて下さい。

 以上