「そんなこと言われても安心できない」とか言うけど、
それってつまり
「あなたは私を安心させてくれないの?」っていうことだよね。
知らんよ。
別にあなたの面倒みるために情報発信やってるわけじゃない。
つまり「安心させてくれる人」を探してるんでしょ。
それ自分がないってこと。無責任。
そんなこと言ってる間にみんな自分のことは自分で責任もとうって前向いて進んでるの。みんな基本的に自分のことで精一杯。じっとしてる人の面倒過保護に見てくれるほど誰も余裕ないよ。まず自分の足で進みだしてこいよ。道しるべくらいは残してるからさ。
あなたに必要なのは
「安心させてくれる言葉をくれる人」
じゃない。
道しるべを読んで自分で歩みだす勇気だ。
その勇気が持てれば、先に進んでる多くの人は手を差し伸べてくれる。いっしょに行こうって言ってくれる。そういう人同士とのつながりこそ最も心強いんだよ。
安心を得るために必要なのは、
「リスクを正しく理解し、対処できるという自信を持つこと」
最終的にはこれしかない。
どんな高いリスクでも、ラインを見極めて対処できる自信があれば怖がらずに立ち向かえる。リスクコントロールってそういうこと。
例えば車の運転て基本的に殺人行為。何でみんな平気でやってるの?メリットがあるからじゃない。リスク管理の技術を学んで身につけ、その能力を認められるからでしょ。スポーツなんて多くは命に係わるレベルの危険と隣り合わせだし、仕事でも危険に自分が責任もたないといけないことはいくらでもある。
正確には「安心」ではなくて、
「不安」から目をそらさないで向き合う「勇気」と「覚悟」を持つってこと。
怖いものに立ち向かうのは「安心」じゃない。「克服」だ。
今の放射能の影響を怖がってない人は、「どのくらい怖いものか」を冷静に評価して対処できるかどうか理解してる。「正体」をちゃんと知ってるってこと。わかってないのでも気にしてないのでもない。「正体」を知らないうちは誰の何の言葉聞いてても怖いままだよ。
みんなそうやって克服してるから、
普通は「そんなのいつまでもびびってんじゃない」って言うよ。そりゃ。
気にせず平気なんじゃなくて段取り踏んで克服するのはムズカシイことじゃないってみんな知ってるの。一年何ヶ月経って一般人の大勢がクリアしてるんだから。
例えば水が怖いって子供がいる。
足のつく所でまずつからせて、ゆっくり顔をつける練習させて、手をとって泳ぎ方や息継ぎ教えて、最後には何メートルか先に立ってここまで泳いで来い!って言う。
「水、こわいよねーあぶないよねーだから近づいちゃだめだねー」という。
どっちが大人の役割だろうか。
あなたが求めてるのは
「水コワイネ―」ってそばにいてずっと言い続けてくれる人ではないか?
でも現実はどうだ?みんな水にとびこんで自分で泳ぎにチャレンジする。怖がってる子に最初は一緒に入ろうと言ってくれるけどしまいには「じゃもういい、そこで見てな」って突き放されるのが普通よ。
私の情報発信は、
たとえればそれなりに水に飛び込むのが怖かったり泳ぐのが下手な人がじっくり泳げるようになるまでの経緯だ。それが、私の後に、同じくニガテだけどチャレンジしようという人にとって役に立つ。そういうスタンス。いつまでも怖がってる人の面倒みるためのもんじゃない。
つまり「道しるべ」であって、あなたの「精神安定剤」ではないのだよ。そして社会のみんなは「精神安定剤」を提供しているわけではなく、自分たちが取り組んできた経緯を、取り組んでる者同士で情報交換してるだけだ。
そして「精神安定剤」を求める人は心に響く教祖の声に救いを求めちゃう。
危ないって。現実に帰ってこい。
放射能についてはそれでも理系の専門分野の話。今は基本的にみんな独学だから、ムズカシイ人もいると思うし、理解レベルは人によって相当に差が出ると思うよ。
なので、私は正体を知ろうと向き合った上で理解が及ばない範囲の不安があって避けるのは仕方ないと思う。そこは理解しないとね。
あと、子供を守る母の気持ちがわからないっていうのもよく言われるが、
「おぼれるからうちの子をプールに入れないで」
とクレームつけるような話をしてないか見直してみてほしいな。
ちなみに父親の感覚は「びびってんな」と言って抱え上げて水に放り込むもんだよ。自分の子は強くたくましく育てたいからね。
ちなみに・・・
水が怖いって子供のそばで、
窒息死の話やら水難事故の話やら洪水の話やら
散々やったあとで
「○○○さんは重りつけて港に放り込んで人を殺すんだよ」
とか教えると
その子は一生水に対して重度の恐怖心を持ち続けることになる。
これ「洗脳」っていうんだよ。
男脳と女脳、端的に表現するならこれが的確ですね。たしかに。
東北行ったりボランティアやったりという現場には女性も多くいたので意識してませんでしたけど、私がこのブログで主に書いてることは、一昔前なら女子供は入ってくるなと言われてたかもしれないような男目線の領域の話をしてると思ってるんですね。リスク管理が上級だというのはそういう主旨で言っています。
まあ、あちらのブログで何で普通の言葉が通じないか、のヒントになるようなことはこのやりとりのなかにたくさん浮き出てきたような気はしてますので、意義はあったと思っていますよ。
気分屋で不定期更新ですが、またいつでもいらしてください。
僕個人的にはやはり男脳ですので、
あきらさんの意見に共感してしまいます。
もちろんコメントの方々の意見もわかります。
(でも共感は出来ない)
モンスターペアレントが地雷ワードとかの下りは
ちょっと?と感じました。
また、昨今、男女は問いませんが、
きれいな言葉で、言っている内容は理論武装して
反論の余地も与えず、有無を言わせない。
私の意見に従えという雰囲気の様な場面は多々
見受けられますが、そんなときには、ちゃぶ台を
ひっくり返したいという衝動に駆られます。
現実には出来ませんけど・・・
通りすがりですが、非常におもしろかったです。
また、拝見させて頂きま。がんばって下さい。
私は見えてない情報に触れてもらうことできっかけになればよいと思ってます。相手の説得は目的ではなく、やりとりを見てる方に、違う角度のものを感じてもらえたらよいです。
ツイッターではたびたび変なのに絡まれますが、お相手してるのはそういう意味で、相手の説得でなくやりとりをみなに見てもらおうという気持ちでやってます。慣れてる人はみんなそうです。
逆に言うと晒してもつまんないなと思ったらスルーしてますし(爆)
あちらのブログでコメントしたのも全てそうです。こちらやラフロイグさんのところなどの反応見ても、いろんな方の考えるきっかけになったと思うので、そういう意味ではやった甲斐あったと思ってますよ。
糸井さんのはいい話ですね。「ユーモア」以外は賛同します。現実はドライですからね~。。
やわらかい感じ。。。そうでしょうかね。結構ブレーキかけずに過激にやってるとこありますから。。
ツイッターは思いついたとき思いついたまま書いてます。ひとりごとなので言葉づかいもそう気にしていません。こちらは文章としてまとめる作業をして書くし、前述のように身だしなみ整えているのでその分あらたまった恰好にはなりますね。
お母さん方が増えたのは例の一件以降で、それまでは全くそういう感じではありませんでした。。もともとは私と同じ音楽関係者や、昨年以降は被災地に行くことを検討されるような方々を対象としてましたので。
ご感想としては受けとめさせていただきますね。
わたしも大阪のおせっかい人間ですので気にしていませんよ~。
私は元あちらの支持者です。7歳と5歳の子がいることもあり、安定剤を求めて熱狂的だったと言ってよいです。あちらのコメント欄でのまつもとさんやラフロイグさんの書き込みを見ては、「この人たち何言ってんの?」「邪魔しに来ないで欲しい!」と 本 っ 気 で思っていました(すみません)。
ですが日を追うにつれ「そんなに言うなら言い分を聞いてやってもいいか」と思い始め(すみませんすみません)違う角度から考えようと思い、時間をかけていろんな方のところを観せてもらいに行きました。結果今はもう闇雲に不安や心配を抱えることは無くなりました。有り難かったと思っています。
でも難しいですよね。相手も集団で『迷いがあるならこっちに飛び込んで来ればいいのに!!』と信じて疑わないし、さらに広げようとしていますから。
私がツィッターで見つけてそれ以来座右の銘にしているのが、糸井重里さんのこのつぶやきです。
“ぼくは、じぶんが参考にする意見としては、「よりスキャンダラスでないほう」を選びます。「より脅かしてないほう」を選びます。「より正義を語らないほう」を選びます。「より失礼でないほう」を選びます。そして「よりユーモアのあるほう」を選びます”
最後の“ユーモア”はとりあえず置いておいて、まつもとさんはまつもとさんのスタイルを貫いて下さって良いと思います。それからあちらだと、あちらの主さんについて思うことを書こうものならただでは済まない雰囲気がありますよね。こちらでまつもとさんの記事にいろんな意見を自由に出せるのは、まつもとさんが信頼されているからだろうなぁと思いました。
まず「あちら」と比較してない事だけ言っておきたくて。おもしろおかしくは求めてないです(笑)
私も関西人ですよ
まつもとさんのツィートも、こっそり、ちゃつかり?拝見しています。
ツィートでは柔らかい感じなのに、ここブログでは硬い感じがして読者さんからのコメみて思わず書いてしまいました。
私は2年前に仕事をやめて家庭に入りました。
母親・専業主婦になると、今までとは考え方も価値観も色々と変わってきて世間も狭くなります。
私に関して言うと新聞も取ってないし文章読むのはネットだけ。そうなると文章を理解する力も劣ってきます。これは私だけかも知れないですが。
読む力が ないわりに感じだけで頭の中で強い口調で読んでる自分がいたりします。
こんな細かいところまで読み手の事を気にしてられるかー!・・・・と思われるでしょう。それが自然だと思います。でも、まつもとさんの言いたい事の半分でも伝わった方良いかなぁと。こちらに訪れる人は、お母さんが多いと思います。私みたいなアホな人はいないにしても、ちょびっと、それを思って頂けたらなぁと思った次第です。
おせっかいで、すみませんでした。
では本当に長々と…しかも同じような話を繰り返す私にお付き合い頂き、またこの場をご提供してくださったこと心より感謝申し上げます。
本当、ごめんなさいね。
失礼致します。
> 読み手の望む情報を気持ち良く読めるように追求しすぎる結果を警告する意図もありましたゆえ
これがいきすぎると早川教授になります。お気を付け下さいね。
私の対応が丁寧だがドライだと言われるのは、ネット発信を長くやっててネットの怖さを感じてきてる中でのリスクコントロールでもあるんですよ。私の周辺での色んなトラブルも見ているし、私自身が大きな騒動起こしたことも、本件以前に過去にもありますから。
(あちらのブログ関連の件は、ある程度覚悟の上で踏み切ったところはありますが、過去の件は当時の自分にネットでの発言の重さに認識不足があってのことだったりなので。)
その辺は実名でやってる立場、というところもあるので、一般のブログとも違うところはあるでしょうね。
こちらの意図をご理解いただいた点、それから私の目が及んでいないところのご意見をいただいたことに感謝いたします。貴重なご意見を残して頂きましたので、今後の参考にさせて頂くことになると思います。
先に申し上げた通り第一優先でフォローはできませんが。。このやりとりでお考えやお気持ちの整理になれたなら何よりだと思いますので。
記事の発信は自分の常識に沿って書きますが、その次に、色んな方の色んなご意見とその都度接するのがコメント欄でのやりとりなので、そこも決して軽視していません。また何かあればご質問ご意見ご遠慮なくどうぞ。
お感じになられてることは私もまったく同意です。論点も揉める理由も書き手としてはわからないというところでした。まあそれは先に頂いたコメントから事情はつかめてきましたけど。考えの整理になりましたのでご意見頂けてよかったです。
えー、読み手の方のご感想としてはご尤もですし貴重なご意見だと頂いています。
ですが、ご指摘の点については、私自身がそれほど重要視していないので、こういうとこあまり期待されてもなあ。。と思うとこでもあります。
例の一件以降あちらのブログからのお客さんからのご意見が増えているのは結構なことなんですが、程度の差はあれど、あちらを標準として比較されるような感覚の方が多くないかなあというのが正直感じてるところなんですよね。。
・このブログは原則「自分のための情報まとめ」
・読み手の判断で自由に利用してくれたらいい
・検証のために情報を公開で扱う以上は「なるべく余計な見識を混ぜない」を心掛けて、「事実報道」に徹する姿勢。したがって簡素で無機質になる傾向はあります。
・私の考え方も同様に「ドライな現実主義者」です。
・情報に見解はなるべく加えませんが、わかりやすく、は心掛けています。たとえば理系の論文読むよりは一般レベルでずっとわかりやすく書いてる自負はあります。
ということで、今の書き方でそれなりのわかりやすさ、役立ち度はあると思ってますし、それ以上を目指す必要を今自分が感じていないので(優先順位として、もっと他にやることがあるという意味で)、プロの作家さんがお書きになられてるあちらのブログのように面白くなくてもしかたないです。
それは、ゴールデンタイムの高視聴率バラエティと比べて夕方の報道番組が面白くないって言われてるようなことだと思うので。。
読み手の方に対して配慮が足りないとお感じになるかもしれませんが、ネット上の一個人に対してそこまで求めないでほしいなというのも正直なところです。ゴメンナサイ。
まあ、ほかの記事どこまで読んで頂いてるかわかりませんが、「自分なりの事実検証」でなく「読者に伝えたいことがある」記事もあります。そういう記事が同様に面白くないかどうか、伝わらないかどうか、もみて欲しいかなとは思います。物書きの熟練者ではありませんが一応は文系人ですので。
あとは、ブログについては一応「自分の名前で公に発信している」ツールではありますので、マナーとお客さんへの対応はそれなりに身だしなみ整えるべきと考えてるところはあります。ツイッターの方は基本「ひとりごと」として書いてるのでその辺あまり遠慮なくやってるとこもありますので、そちらの方がより「素」に近いですよ。
あ、あと一点、
何度も書いてるように私自身は被災していない西日本の人間です。実際に被災された人、場所に触れてきた人間がそういう話題を扱うにあたって、おもしろおかしく、という発想で書くことはできません。この点もご理解頂きたいところです。
長くてゴメンナサイ、かっちゃんさんのお返事にとどまらず、このブログのスタンスとしてみなさんにご理解頂きたいところの話として書かせて頂きました。そこまで聞いてないのに、と思われたかと思いますがその点はご了承くださいませ。
読み手の望む情報を気持ち良く読めるように追求しすぎる結果を警告する意図もありましたゆえ、気にしすぎても、何も発信できなくなる、本当に難しく感じています。
というかどうかそんなお気になさらずに…、ごめんなさい言葉足らずで…
例えば一部の人間に向けた非難であったりすることは分かるんですが、なんでしょう、「そういう現象が起きている」ということを知るというのは対人と話していく中で必要な要素かなと思うんですね。
「これはこういう人に向けたもので貴方は違うよ、ただこういう人に傷付けられる人がいるからそれは広く伝えたいんだ、そこは申し訳ない」と…
私にも全ての人を傷付けないことは当然無理なので、不快な思いをさせてしまった方も今までたくさんおられると思います。
本当自分勝手な考えですが、それでも知らないところで傷付く人がいることは頭の片隅でいいから私は知っておいて欲しいんですよね…
だからラフロイグ様が「こういう言葉はこういう人達を傷付けている」と知らせることは、私は大切だと思います。
ただ私にも言えますが、一部と全体とを区別するライン自体が発言者と受け手間で曖昧であったりするため反応してしまう人がどうしても多くなってしまいがちになるというか…
言わなくても思っていることに罪悪感を持っている方もいるでしょうし。
本当に難しいですね…
ただまつもと様も仰っていたように、その都度対応していくことが大切かなと思います。
なので私は踏み込んだ話はなるべく一人一人の方とお話するようにしています。
もちろん中傷や人格否定ではなくて、ただ気付いていないのなら…という気持ちです。
まぁ余計なお世話なことも重々承知なんですけどね。
なので本当にごめんなさい…
私の話は「へぇ、そうなんだ」と思って頂くだけで充分ですので。
あきらさん、御迷惑を申し訳ありません。
めぐみさま、一部の自分は汚染されてないから綺麗だ、という意識が見え隠れする、セシウム食えよ、といった方を非難する意図で使用したつもりが、思いのほか普通の方にまでインパクトがあったようで、こちらの想定と受け取り手の心理に差がありましたこと、申し訳ないです。
自分の情報発信のあり方について考えてみます。
どうも流れからか穿った見方をしてしまったみたいで、本当に申し訳ありませんでした。
なのでもう大丈夫ですよ。
いけませんよね…こういったことはないように気を付けてはいたのですが。
避けることで酷い言われようの方々や非難する人と接してきているためか、悪い方へ考えてしまうのが私自身抜けないみたいですね。
以後改めて気を付けようと思います。
ただ自分のこの体験で気付いたのですが、そういう非難の言葉を聞いているとやはり他の方もどうしても穿った見方になってしまうのだろうなと…
だから余計あちらのブログでは話が通じなくなってしまうのでしょうね(読み手も膨大ですし)
非難自体今はそれほどではないんですが、昨年は本当「食べなきゃ非県民、非国民」的流れだったので。
でもこうやってお話が出来て本当に良かったです、ありがとうございました。
自由に書きたいところ長々とごめんなさいね。
被災者への差別的発言をなくすには何気なく言ってしまう側の人間と距離が出来てしまうことがよくないので、色々余計なお世話を焼いてしまいました。
私は一人一人よくよく話せば解ってくれる方がほとんどだと信じているので…
まぁ時間はかかりますけど、1人でも減ればいいに越したことはありませんから。
おかげでよく分かりました。
父親的役割・母親的役割・第三者的役割はどれも子にとって必要ですからね。
仰るとおりと思います。
ちなみに私も「行ってこい!」的な人間なので(長男は特にビビりなので)主様のお気持ちは分かりますよ。まぁ頭では色々シミュレーションして万が一のとき動ける準備だけ無意識にしていますが(うちの主人にはそれがないので)
表現については指摘したものの、本当に難しいですよね(私も上手く伝わらないことが多々ありますし)
〉「ネットの発信者は全員もれなく読み手誰一人も全く不愉快にさせてはいけない!」
これは仰るとおり非現実的です。
ただこの記事は先の記事での流れから母親へのメッセージ性も含まれていると思ったので色々と気になってしまったのかもしれません。
なので私は多分(自分勝手なワガママで申し訳ありませんが)「知って欲しかった」んです…
「あぁ、そうなんだ」と。
例えば洗脳という言葉、「避けること」を非難する言葉でもよく使われるんですよね…
私が言われた訳ではありませんがただ不安から避けているだけなのに「おまえは洗脳されてるんだ」と言われたとよく聞きます。
だから…この言葉がこちら側にも向けた記事にあると一気に距離が開いてしまうだろうなと思ったんです。
(まぁ逆パターンもありますけどね)
あと主様の記事とは関係ないですが私が聞いたり目にしたので代表的なのは「放射脳」「精神病院行け」とか…
後者は発言者にしても受け手にしても本当に日本の偏見が根強いなと思わされる使用法ですけどね。
私は欧米のようなカウンセリング普及を願っているのでいつも微妙な気持ちになります。
これらの言葉は実際事実である場合もあるかもしれない表現です。
ただ事実でも耳に、目にしたくない言葉ってあると思うんですよね。
例えば「被災材」
私も以前被災地の方と話して「被災財」を教えて頂いたのでそう表現しています。
それから「汚染」といった類の言葉も私は極力使わないようにしています(あくまで自分ルールです)
だから聞いて欲しかったんですよね、なかなか聞いてもらえないことが多いので…
しつこくなってしまって本当にごめんなさい、決して強制や非難をしている訳ではないのでどうかそこはご理解頂けると幸いです。
↓長くなったので続きます
多くの読み手を満足させる事に注力しすぎても媚びた文になりますし、それはそれで大変な事ですが…
相手の望まない情報の発信ですから、難しい。
というかそれ以前に、論点ずれてたようですね、これまたすみませんでした。
文章の正しい書き方についてはまったく分からないのですが。
そして、そこが一番の論点なのであれば、私にはここで何が話し合われてるのかよく分かってないです。気分的に気に入ったか入らなかったか、という話に見えます…。
自分の気持ちを分かってほしい、察してほしいという願望は誰にでもありますが、それを過度に他人に期待するのは危険だと思います。母親であってもなくても。
そして、不安を払拭するためには自分が勉強するしかないと思っています。
…なので、やはりこんなにもめる意味が分かりません…。
ありがとうございます。
まつもとさんは色んな配慮・気遣いをしながら記事を書いてらっしゃる事と思います。
そのせいか、少し硬いと言うか冷たい・・・事務的な感じと言うか・・女性陣は違和感を感じてしまうのではないでしょうか?
実際、私も読んでいて!?と思った事ありますから。
私的には、まつもとさんのコメントが、キッパリ言い切る感じが、お役所や交通事故の相手方の保険屋さんに問い合わせた時の回答や
報告書っぽく感じてしまいました。
「それは読み手の受け取り方だから勝手にどうぞ」なんて言わないでくださいね(笑)
まつもとさんには伝えたい事があって書いておられるのに勿体ないです。
余計なおせっかいですが「ね、よ」付けたら
読み手の感じ方も違うと思うのですが。
例「いくよ くるよ(笑)」なーんて。これは冗談ですが・・・ふざけてすみません。
プール・水の例えは、私は解りやすかったです
お邪魔しました。
1つ1つ説明していけばいいんだとも思います。
ああ、ただ、ごめんね、また「モンスターペアレント」は…地雷ワードです。いまこの言葉が全国の親の言論を封じています。確かにダメ親はいて悩んでいる先生はいるでしょうが、暢気な地域性からか私は子供の学校で見たことがありません。逆にそう思われるのが怖くて言いたいことが言えない親がのほうが多いのではないかと。地域の特性での差はあるとは思います。
そちらのお考えは各自の自由な発言の範囲なのでこの場では否定しません。ひとつのご意見として拝見しましたと申し上げておきます。
まあ、価値観や触れてきたところや情報精査の範囲の違いの話かなという印象です。
> 貴方の人格全否定やブログの主旨批判などはしておりません。
そういう風には全くとらえておりませんのでご安心ください。
ちなママさんのコメントが攻撃的とは感じていません。こちらは普通にお話してるつもりが攻撃的に受け取られたのでは?と思ったということです。
リスクコントロールの本意は先に補足として書きました。
基本的にはご理解頂いてるとおりです。
> 不快に思う人がいる時点でさせた人が存在するというようなことを。
数が多ければ認められるという話ではないはずでしょう?
ええと、これも結局は程度の話になってくるんですが、
「読み手を不快にさせない」は原則ではありますが、
「ネットの発信者は全員もれなく読み手誰一人も全く不愉快にさせてはいけない!」
を徹底するとなると、現実的ではありませんよね。
言論の自由がある以上各自の価値観で物を言う権利はあります。
(何を言ってもいいということではありません。↓)
じゃあどういうスタンスで臨むか。
・直接人を責める、罵倒する、暴言をとばす、貶める
はよくないですね。これはしません。
・言葉づかいに気を付けて、相手への敬意をもつ。
社会人としてのルールですし、特に顔の見えないやりとりであればなお心掛けたいと思います。
ただし、完璧にできてるかと言われたらムズカシイです。。
・事実や意見に指摘をする。
難しい所もありますが、事実誤認を見過ごすことの方がよくなければ
相手の気分を損ねる恐れよりも優先することもあるでしょう。
大人同士であれば基本的には話ひとつひとつを精査して話し合えるものです。
話の是非に留め、人格攻撃に至らないよう気を付けるべき。
・価値観の違いが気に入らない
価値観が合わない文章は気分がよくないのは普通ですけど、これは少なくとも自分のブログで自分の価値観で書く上では言われる筋合いではありません。また、違う価値観の感想を書かれることも否定するべきではないでしょう。ただし、互いの意見を尊重する、が第一で、価値観の押し付け合いになるのはよくないですね。
・言った方がそのつもりがなくとも受け取った側が貶められたと感じる場合。
一番難しいのはこのあたりかも知れません。
ここはケースバイケースだと思いますが、
ポイントは、「不当」であるか、「理不尽」であるか、ではないかと考えます。
本件については、私は基本的にルール違反はしてない、相手を貶めるようなことは言っていない、解釈の違い、言葉の感じ方・受け取り方の範囲ではないかと思っています。記事主の考え方が好きじゃないというくらいの話であれば「不当」には当たらないし、もし攻撃されたという印象を持たれたのであればそういう意図ではないと伝える、ということだと思います。
言葉についても難しいですよね。どこからが差別用語になるか、明確なラインはありませんし、人それぞれの事情にも関わってきますから。
これも、現実的にはそういう指摘があればその都度考えることだと思います。
相手が知らずに悪気なく言った場合は、理解を求めてもいいですが最初から責めるのは不当でしょう。
とりあえず自分の姿勢としてはこういう考え方でいます。
一般人のブログ主としては十分ではないかと思っていますが。
みなさんが仰る母親の気持ちというのに理解を示さないわけではありません。
ただし、それが第一優先だと言われたらそれは違うと思います。
(そうご主張されているわけではないと解釈していますが)
以下は、父の感覚や教育者の目線と書いたことの補足として書きます。
母が心配寄りな感覚であるなら、父はたくましく育てたい、厳しくしたいと思うものです。
どちらが正しいわけでもありません。母親が甘すぎて父親が厳しくした方がいいケースもあれば、父
親が厳しすぎて母親がフォローした方がいいケースもあります。これは各家庭の事情と方針の問題です。
それから、教育者としてみればその分野では専門職ですから、「お母さん、そんなんじゃ子供のためになりませんよ」と言いたくなるようなケースもあるわけです。
ここのみなさんはお話を伺う限りではそうではないと思いますが、
[みなさんのことを話すわけではないと強調していいます。]
世の中にはその母の感覚を盾にとって不当なレベルで周りに迷惑をかける人も中には実際にいるわけです。モンスターペアレントとか言われる人達ですね。私は教育機関にも出入りしているので、学校の先生方からびっくりするような親からのクレームの話はよく聞きますし、そこまででなくても親御さんとの対応に先生方が苦労されてることはどこも変わりません。もし、そういうレベルで「母親の気持ちをわかってない」と言われたら、私は「そういう親の考え方は子供のためにならない」と思うでしょう。
↑これは極端な一例です。
現実的には程度の話であり、各家庭の方針の話なので、
みなさんの家庭の方針にこの場で私から口出しすることは何もありません。
念のため、ネット上では「ギターの先生」「スチール撮影」以上に細かに職業については語りませんので(自分と各関係機関の個人情報に触れない線引きと解釈ください)。公開の場でなければ普通に話すことですけど。
トラウマについては、軽く考えられないこととは認識しています。なので、トラウマがある人に素人市民の私が何かできるとは思っていません。これは別の分野の方の役割だと思います。
私が東北で出会った人は基本的にみな今の放射能を怖がらないスタンスの人ばかりなので、そのスタンスを尊重し応援する、そういうことです。情報や意見の共有というのもこれに含まれます。
そして、ここは基本的にはそういう人たちの価値観に沿ったブログです。
ブログの運営は本来は実社会の活動上の情報整理という個人のツールであって、人様のための人生の第一役職ではありませんから、手の届かないところがある点はご理解いただくしかありません。これはごく一般の方はだいたいみなさんそうであると思いますから。
洗脳というのは言葉のイメージは良くありませんが、端的な例えの範囲だと思います。具体的な対象について語ったとしたらNGだと思いますが、これも捉え方の範囲かと。ただし、読者のみなさんのなかに、「洗脳」という言葉で何かつらい体験があるなどの理由でご気分害されたということであれば考慮しなければならないと思います。
しつこくてすみませんが、いずれの話もみなさんのことに言及したのではなく、話題の範囲にある補足情報を綴ったのみです。どこをどこまで判断材料にされるかはご自由に解釈ください。
長くなってごめんなさい。
科学をベースに考えるならという部分があるのだろうけど、めぐみ様のような科学的な知識もお持ちの意見も考えるなら、んーこの問題の難しさを感じますね。
概ねご理解のとおりです。まあ、泳がなければいけないかどうか、は各家庭の方針ですけどね。世の中には一生水泳見学で過ごす子もいるかも知れませんし。。
父親の感覚っていうのはわかりづらいでしょうかね。。言葉が足りないと言われればそうかもですけど、
ちょっと言い換えると、私なら子供がややビビり気味なら強引にプールに入れて、入ってみたら大したことないやろう?って言うようなタイプです。ってくらいの話です。普通のお父さんでもこんなもんだと思ってますが。。
当たり前ですが極度に怖がってるのを無理やり投げ入れるようなことはしませんよ。そういう場合は手だけ触らせるところからじっくりやりますよ。
という風には伝わらない書き方でしたでしょうかね。。うーん。
えーと、先に、このたとえ話の真意をちゃんと示さないといけませんね。
先にも言いましたが、端的なリスクコントロールの一例です。水に例えたのはみんなが経験あるわかりやすいものを挙げたということです。深い意味はありません。
言いたいことは、「水こわいなら一切入らない」でも「何にも知らずにいきなり飛び込む」でもダメで、性質を知って、扱い方を知って、どう危険かを知って、対処する能力を身に着けるのがリスクコントロールですよ、という話です。
まあ、放射能でもリスク管理としては同じこと、という意義での話ではあるんですが、水ほど一般的なものではない難しい専門分野のことなので、各人の理解の範囲で対処すればよいと何度も申し上げています。
いずれの方にもお返しする話ですので、まずここみなさんおさえてくださいね。
そんじゃお返事していきます。
…なによ!攻撃しないでよ~!キ~ッという妄想では決して話していませんよ。
良い意味に取ることはいくらでもできるんですよ。多分、まつもとさんは打ち解ければ気のいい真面目なお兄ちゃんでしょう。
勿体無いです。
震災以降、ナアナア主義で予定調和の中に浸かっていれば平和に過ごせた毎日が180度変わってしまった。頭を殴られたような衝撃と共に。危機意識、リスク管理意識も変わったんです。震災前とは。
放射能のことだけではなく国の酷い対応や、今まで気付かなかった日本の抱える様々な問題も余りに多く…
もはや「県」とか物理的被害の程度で線引き出来ないのです。まして他者が被害のランク付けをするかのような事には敏感な反応を呼ぶようになったと思います。
貴方の言葉尻は指摘させていただきましたが、貴方の人格全否定やブログの主旨批判などはしておりません。
いや落ち着いていると仰るかもしれませんが、それでは攻撃的なのは…となってしまいますよ(私はちなママ様の最後のコメントに攻撃性は感じませんでしたが)
それに他の記事のまとめに書かれていたではありませんか、不快に思う人がいる時点でさせた人が存在するというようなことを。
数が多ければ認められるという話ではないはずでしょう?
私は最初、記事が放射性物質を不安がる母親を暗に非難する内容に思えたんですよ(ごめんなさいね)
リスクそのものへのお考えは仰るとおりと思いますし、他の方もそこは理解されていると思いますよ。
ただ大人と子どもに例えてしまったから若干ややこしくなったのだと思います。
主様やラフロイグ様にとって大人と子どもはあくまで「大人と子ども」ですが、母親は「自分と子ども」が含まれます、親の立場が存在するんですよね。
そうなるとリスクに対する見方が変わってきてしまうんです。それは我が子が(当たり前の話ですが)特別であり心配だからです。
水の話にしても、母親として見ると危険性について「も」当然教えなければならないし、泳ぐことが今のその子に必要なら心配しながらも見守らなくてはならない、がどうしても克服出来ないならそれに寄り添うことも親の役割として必要な訳で…
それにこの「心配」って母親特有のものがあると思うんですよ。
だってお腹にいる時から守り続けているんですもの。
そして出産前まで気にも留めなかったものが凶器に変わる、例えば乳児にとってはタオル一枚でさえ凶器になり得ますからね…。そうした中で、自分と子の間で徐々に許容ラインを見定めていきます。何事も急には難しいんですよね、我が子で日夜判断しなければならないですから。
あとトラウマについて書いていらっしゃいましたが、おそらく放射性物質が降下した時点で大なり小なり既にトラウマになってしまっていると思うんです(私含め)
爆発しないと言われていたものが立て続けに爆発し、拡散しないと言われていたものが広範囲へ拡散し、安全と言われていたもの・地域から規制値越えが出たこと、それら「現実」が震災による混乱の中子を抱える母親にとってどれほどの恐怖であったか…
そこはどうかご理解頂きたく、また出来れば想像して頂きたいと思います。これは被災地でも同じですから。
それに「洗脳」という言葉も考えを伝えたいならあまり使われない方が…と私は思いますよ。
皆さんが気になったのは『父親の感覚は「びびってんな」と言って抱え上げて水に放り込むもんだよ。…』のくだりではないかと思ったので。
私も自分の子を水に放り込む勇気はありませんが、ここで言われているのは、「どっちにしろ泳がなければならない事態なので、もうどうあっても泳ぐしかない」ということですよね?
泳がないという選択肢がない以上、泳がなければならない。
まつもとさんは「泳げるようになるための方法を、分かっている限りいくらでも伝えますよ、でも実際水に入って、練習して、がんばって泳げるようになるのは自分でやるしかないですよ」と言っているだけだと思うんですが、それっておかしな話でしょうか?
というか、それ以外に方法ないと思うんですが…。
ところで私も主婦ですが、この文章に「専業主婦」を「下等」扱いするものは感じられませんでしたが…?
ちょっとそこらへん、皆さんがおっしゃっている意味が分からないです。
僕は水であっても溺死は有りえるという、
みんなが恐れるリスクとは?って話として、すらすら読みましたが、人によって受け取り方、受け取られ方は違うからなあ。発信者というのは難しいですね。
そこに真意と違う、誤解が有るならば対話をするしかないかなあ。
ご回答ありがとうございます。
反発の元を挙げて頂きましたが、総じて、要するに価値観が合わないことが不愉快ということと、あとは言葉の受け取り方の問題ではないでしょうか。普通に読めば私はお客さんのどなたにも攻撃などしていないはずですが、相手が勝手にそういう受け取り方をされることまで責任は持てません。
みなさんがどんなご主張をお持ちでも結構ですが、同様に、ここのブログで書くことは私の価値観の勝手です。事実誤認は指摘されて然るべきですが、価値観についてはとやかく言われることではありません。価値観の離れた一部の方のためにやっているわけではないし、誰も攻撃していない文を曲解して反発の元にされる方がいることまで考慮していられません。
そう反応される方は被災地の外にいらっしゃるママさんが中心だとお見受けしますが、先に述べたようにそういう方向けのブログではありません。福島で頑張ってる方々の多くに反発を受けるのであれば改めざるを得ませんが、ママさん方のご希望に第一に沿えないのは仕方ないとしか言えません。
不当・理不尽な発言、暴言で傷つけることとは全く別問題です。
先に述べたように常識・マナーとして私はこれをしないようにしています。不十分でしょうか?
世間一般の不特定な事象や発言そのものに対しての端的な指摘に終始しています。あなた方を指していません。該当しないのであれば無関係です。
ということを、わざわざ丁寧に念を押して前書きした上で話したのにも関わらずやっぱりそういう反応されるんだなあ、と感じています。どうしてそんなに自分が攻撃されたような反応をするんでしょうか。
文章の指摘を人格攻撃かのように取られる反応が多いことが思い込みだと見えます。勝手に対立構図だと思い込まれてます。発言ひとつずつの適正さで判断すればいいと思います。対立と言いますがあなたは誰と何と戦うのですか?それは私が相手ですか?前提がこれでは現実的な会話が成り立ちません。対話をする気があるのでしたらすこし落ち着かれて、偏見なく相手の言葉を受け取られてはいかがでしょうか。
私は意見交換だと思っていますので、相手の人格でなく発言内容しか見ていません。そもそも匿名性の高いネット上のやりとりで、身元明かさず、バックグラウンドも見えない方の人格まで考慮できるものではありません。そちらが身元を明かさない範囲でお話になるならそれでいいのではありませんか?そこに踏み込んで話すのでしたら、ご自身の身元をもっとお伝え頂かなければ成り立ちません。
正直実社会レベルで言葉が通じないのがしんどいです。なんであんな受け取り方をする見方なんだろうと理解に苦しみます。普通の大人の方でしたら私の話し方で普通にちゃんと論の交換が成り立ちます。例えばラフロイグさんや、すうせいさんなどがお相手でも、認識の違うことを仰っていれば同じ調子で指摘をしますし、普通に意見交換は成り立ちます。論の指摘が人格攻撃でないことを互いに認識しているからです。そして実社会ではそれが基本です。一度でもチームで仕事したことがあればわかる話だと思います。
私と違う価値観の方がいらっしゃるということは今回の件でかなり認識させて頂いたとは申し上げておきます。事実誤認の指摘については今回は控えます。自分が攻撃されたという妄想を外して頂かなければまず聞いて頂けないでしょうから。聞かれた場合だけ答えます。
以前桑田さんも書かれていましたが、福島県のまつもとさんのお知り合い以外の人は被災者ではないかのような断定口調も、反発を招く大きな一因です。
そのつもりはなくても、まつもとさんはあくまでも「他の話」をしているのだと仰っても、そのように聞こえてしまい、ああ所詮関西の人だな、と思われてしまいます。
まつもとさんが作る枠の外に当たる被災者に取っては逆撫でされ塩を塗り込まれる気分になるのです。
今回の福島原発による被災は未曾有のものであり、世界的な被害です。
原発事故の終息は全く見えていませんし今後直接被害を受ける人がどのくらいまで膨れ上がるかも想像できません。
福島、宮城、岩手県の方々の生活に対する国の悠長な対策にも腹がたちます。今回の、まつもとさんにも身近な大飯原発再開反対に多くの人が集まり、ヘリコプターを自分達で飛ばし、余った寄付金は福島県の方の裁判費用に当てるためになら関東以北の人々も協力を惜しみません。
「下等な専業主婦」もみな寄付をするでしょう。
本来、国民同士がいがみ合ってもせんないこと。無駄な反発をかきたてないヒントになればと、老婆心からキツいことを申し上げました。
うーん、わたしはこのコメントを最後にもう言いたくないですが、多分これからもまつもとさんには反発がくるのは防げないと思います。
学童の先生なのかな?子供とも関わり、せっかく福島へボランティアに出掛けていく有意義な活動もされていらっしゃるので、もう少し他者の意見にも耳を傾けるようにされれば無用にコメント返しに時間を使わなくて済むのでは、
…と、その為のヒントを上から目線ならぬまさに目上目線で(笑)申し上げます。
>私は検証のうえ、福島県外では年1ミリも被曝しないことを知っています。この結論が出た時点で放射能問題は全く重要ではないという考えで話しています
…これを言ってしまうと、他に様々な専門家、科学者が違うことを言ってますから、科学者ではない(ですよね?)貴方が、「貴方の選んだ」科学者のデータを元にそれをバーン!と断定口調で言い切ってしまえば当然反発は来ます。
>物の見方の問題にすぎませんが、私は非人道的だと思いませんし、関わってる現場の立場を考えれば当然のことだと思います。
…当然、ですか。南相馬市のホームページでは、高線量の地域でも避難はさせず、言葉は悪いですが今後、放射能の影響を調べ続ける人体実験をしますと高らかに宣言しているのです。
これに関しては当然地元の多くの方も怒っています。
南相馬市が独自に始めるのではなく国策として進めるのでしょう。
今後、長期にわたり調べる必要がある、というほどの線量地域に対する第一の施策は「検査」ではなく避難を含めた防護策ではないかと思う人からは反発が来てしまいます。
新記事からですが
>社会人の世界であり、リスクコントロールは上級者の世界です。私が求めているのは自分と同等以上の見識の方に
…これでは社会で働いてもいない母親=専業主婦は下等である(いまどき専業主婦も少ないですが)と受け取られても仕方無いですよ…過去の反発もこの見下す物言いにすべて起因していると思います。
めぐみさんからの、
>どんなふうに捉えるか読み手の自由=こちらは考慮しない自由に書く、となると、相手側に被災者への配慮を求めるのも難しくなりませんか?
自分は良くて人はダメなんて話、通用しないと思われますが…
…このコメントも的を得ています。反発の元ですね。
「私の経緯」が読み手の方のひとつの参考になればそれで十分有益ですし、ならなくても構いませんので。
きっかけを話すと、この話は幼稚園のプールの授業見てて思いついた話です。
男の先生にプールに放り投げられてきゃっきゃはしゃいでる子もいれば、おそるおそる水に入ってる子もいるし、プールサイドに女の先生にしがみついて泣きじゃくってる子もいる様子を見て、この子たちが水を体験していくステップがまさにリスクコントロールの話だな、ということです。
初めて水に入る経験をする子に、水とのかかわり方をじっくり教えていくのが普通の大人の役割だよなと思ったこと。
で、怖がってる子を見て、もしあの子に水コワイネ―の話を強調して話したとしたら、一生水に入れないトラウマもたせることができちゃうな、そんなことしちゃいかんな、と思ったということです。
リスクコントロールを一般的に馴染みのある話でわかりやすく説明しただけで、それ以上でも以下でもありません。あとはこの話を読み手の方がどうお感じになられるか、だけです。
普通に読めばそう解釈して頂けると思うんですが。。文才が足りないのでしょうかね。申し訳ありません。
すみません。
何百人規模で母親と付き合いがあるのも、
それは私も同じです。私も福島に限らず東北全般に知り合い・友達がおります。
多分、まつもと様がおっしゃる通り、今後も全く違うフィールドでの話しであり、今後も噛み合う事は無いと思いますので、大変失礼いたしました。
最初に出てくる不安に同調する大人、不安な子ども、
最後に出てくる「洗脳」されている子ども、「洗脳」している大人、
がどのような人間のことを指しているのかと思いまして。
最初の不安に同調する人は巷で危険性を唱え先導している人?不安を煽る人?不安な子どもは不安に怯える母親たちですか?それとも不安に怯える子どもたち?
最後の「洗脳」部分の大人と子どもは上記と同一対象者ですか?
それとも母親と子どもですか?
どんな人物を大人・子どもに例えているかで随分と解釈が変わるものですから、度々で申し訳ありませんが教えて頂きたく思います。
あと…どんなふうに捉えるか読み手の自由=こちらは考慮しない自由に書く、となると、相手側に被災者への配慮を求めるのも難しくなりませんか?
自分は良くて人はダメなんて話、通用しないと思われますが…
> 水の例え、具体的にどんな人物を例えていらっしゃるのでしょうか?
あと前半と後半で登場人物が変化しているような気もしますが…
登場人物などいませんよ。ご自由に設定されてください。
例えは何でもよいです。運転でもスポーツでも塩でも砂糖でもお米のヒ素でも、あるいはただの外出でも。リスクコントロールの話なので100%安全なもの以外はすべてあてはまります。基本的に世の中に存在するものは全て一定の危険性があります。水も放射能も特別ではありません。
原発問題とかオピニオンリーダーがどうのとかみたいな余計な妄想でお読みになっていなければ、普通はラフロイグさんの感想のように読んで頂ける話だと思っていますよ。
新しく記事を書きました。主旨はお母様方に向けて言い換えると、
「放射能問題を考えるお母様方のためのブログではない」ということです。
災害・支援というものについての捉え方がまず全く違うということです。
見ている所が違います。
そもそも放射能問題は私にとって重要ではありません。
私は検証のうえ、福島県外では年1ミリも被曝しないことを知っています。この結論が出た時点で放射能問題は全く重要ではないという考えで話しています(福島県内はちょっと違いますが)。
みなさんがどうお考えかはそれぞれでいいですが、ここのブログ記事は全体的にそういう考えです。そして、根拠がなければ基本的に否定される筋合いもありません。
「子供のこと」「放射能問題」が第一ではない、その前提でお読みください。
ここをご理解頂けてないとおそらくお話は噛み合わないでしょう。
何度も言いますが、ゆめこさんの個人のお考えはまっとうだと思いますし否定しません。
私は最初から一貫して、基本的に他人の家の事情に一切言及していません。
繰り返し申し上げますがご理解頂いてますか?
お答えは疑問、事実関係、誤解がありそうな点においてのみ話します。
> 松本さんにはお子さんがいらっしゃるのかな・・?
自分の子はいません。関わっている子供はたくさんいます。生徒、仕事関係(幼稚園や学校に出入りしています)、親戚、友人の子供たち、などです。母親の目線ではないですが、社会として子供を見守っていくという考え、また、仮にも一教育者ですのでその目線では常々考えています。
> 松本さんの目線は、あくまでも原発関連の範囲のみからの発言に感じるのです。。
個人的な感じ方はどうでもよいです。ひとつの感想として受け取ります。
先の記事に書いたように私は原発の話は全く考慮に入れていません。
> 実際、我が子の周りでも、私が子ども時代とは比べ物にならない位、色々な障害を持ったお子さんが多いです。放射性物質に関わらず、この社会の中で生きていくうえで、原始時代の様な良い環境の中で生活していくことは不可能な訳で、それを理解しながら皆が自分の健康を管理していく時代だと思います。
ひとりの母親のスタンスとしてはそれで結構ですが、公開の場としては客観的な話も必要なので、問題提起として申し上げておきます。
それぞれの原因について科学的・医学的にはかなり解明されているので、知って適切に対処する努力は必要だと思います。放射能の影響については理論上ありえませんと端的に申し上げたのみです。それを、ほかの文献を調べて検証するも、最初から信用しないも自由です。
以前より比べ物にならないほど障害が増えた、の具体的な根拠はありますか?戦後は驚くほど平均寿命が延びています。これはちゃんとデータがあります。私には現代より不衛生で短命だった時代が、現代より良い環境だとはちょっと考えにくいです。このあたりは私も詳しいわけではないので、もし話を進めるのであれば医療分野の方のご意見を伺ってみますよ。私に必要な話ではありませんが。。
> 松本様のお話しは 福島ありき、であり、
被災地のお母様方との繋がりが、松本様の心の支えであり、それが発言の原点でしょうか。
最新記事に書いたように、もっとたくさんのことと関わってきたことです。
お母様方ばかりではありません。自治に関わる人もボランティアセンターのスタッフも学生さんも若い世代の方も同世代の方も私の親の世代の方もいらっしゃいます。福島に限りません。宮城、岩手にもいらっしゃいます。その後ツイッターでつながった方も含めれば数百人規模で情報交換しています。
> 松本様の言葉は、福島原発事故と絡めて、全て これが正しい!とご自身の考え方を、育児を決めつけている言葉に私には思えます。
なぜ全く述べていない福島原発の話を無理に絡めて来られるのでしょうか?不思議でしかたありません。何かの思い込みがありませんか?
私がなぜ福島原発の話をしないか、それは福島の方にとってデリケートな問題であり、余所者の私が触れることができないと考えているからです。このブログで「福島原発」と書いたこと自体ほとんど記憶にありません。ゼロではないと思いますが、テーマとして取り上げたことはないと思います。
倫理観の記事についてはあくまで私個人の価値観で書いています。ただし、自分のブログなので自分の言いたい言葉で書いてはいます。常々申し上げてるとおり受け取り方は自由で結構です。他人に理解など求めていませんよ。正しいと決めつけてるわけでも他人に強要もしていません。
> 福島原発後のオピニオンリーダーになろうとしているかのような文章が故、
福島原発後のオピニオンリーダーとは妄想も甚だしいですね。「震災後」はあっても「原発後」という発想自体持っていません。妄想を外して普通に読めば個人が個人のブログで好きに発言してる内容ですし、アクセス数も知人の範囲程度です。
> それを読んで不愉快になる人が出てしまうのはあり得ます。
個人のブログにおいて、多様な価値観の多くの人がいるなかで誰の心も不快にせず文章を書くなど不可能ですし、そこまで気には必要はありません。具体的な批判が来れば聞きますし、必要ならその都度訂正します。基本的にですが、具体的な対人の批判はしない、差別用語は使わない、乱暴な言葉は控える、など自分にルール付けをして心掛けています。不十分でしょうか。
> 何かあると、私は被災地のお母さんと繋がっている!とおっしゃいますが、
私が知る範囲で被災地のお母様方もこういうご意見です、と端的に述べただけですよ。当然それが全てと言うつもりはありませんし、どう受け取って頂いても構いません。
> 母親の分野に土足で入ってくるような感じが否めません。
最新記事に書いた通りフィールドが違うので踏み込む気はありません。聞かれたので答えただけです。
総じて、なんらかの思い込みでお読みになられてると思います。
一言も使っていない福島原発や、考慮していない放射能問題が大きなテーマであるかのように取られているのが不思議で仕方ありません。他の多くの方の感想はそういうものではないのですが。。ぜひ偏見を捨ててフラットな目線でお読みになって頂きたいです。
私も「これは…」と思いましたから。
最初主様がわざとこの手法を取られたのかとさえ思いましたが、コメントを読んで気付いていらっしゃらないご様子なので違うらしい、と。
そこで二度と三度読み返して見たのですが…
水の例え、具体的にどんな人物を例えていらっしゃるのでしょうか?
あと前半と後半で登場人物が変化しているような気もしますが…
読解力がなく申し訳ありません。解説して頂けると有り難いです。
私の心自体、壊れてたと思います。
もう少し落ち着こうと思います。
ありがとうございました。
きっと松本さんには通じないんだと思います。
松本さんにはお子さんがいらっしゃるのかな・・?
松本さんの目線は、あくまでも原発関連の範囲のみからの発言に感じるのです。。
でも、私たち母親は、原発事故関係なく原発前も後も、母親として生きています。
そこが松本さんの「母親の気持ちが分からない」と言われる所以かと・・。
>私の親の世代(7~80代)は周りにガンが物凄く多いです。かかってない人を身近に探すほうが難しいくらい。私の年代もそうですが年齢及び60年代の核実験による被曝、昭和の大公害、添加物、毒物混入、その他ありとあらゆる病気要因を高度成長と共に吸収しまくった世代です。
と ちなママさんが書いていらっしゃる事に関しても、松本さんのお返事では、放射線目線の話しになってしまう。。
実際、我が子の周りでも、私が子ども時代とは比べ物にならない位、色々な障害を持ったお子さんが多いです。
放射性物質に関わらず、この社会の中で生きていくうえで、原始時代の様な良い環境の中で生活していくことは不可能な訳で、それを理解しながら皆が自分の健康を管理していく時代だと思います。
松本様のお話しは 福島ありき、であり、
被災地のお母様方との繋がりが、松本様の心の支えであり、それが発言の原点でしょうか。
福島原発の話しの流れのブログで、それは自然の流れなのかもしれません。
ですが、子育てというものは、人間に関わらず、全ての生命が 大昔から続けてきた事であり、人により千差万別の育て方があり、
それは母親によるものではなく、
母親と子どもとの関係に寄っても異なります。
だから 子どもが何人かいれば、それぞれの子供に応じた育て方をするものです。
繊細な子供に対する育て方と、元気の良すぎる子供に対する育て方と、同じ親でもその子に応じて対応していくものです。
松本様の言葉は、福島原発事故と絡めて、全て これが正しい!とご自身の考え方を、育児を決めつけている言葉に私には思えます。
個人のブログなので 勿論問題ありませんが、
福島原発後のオピニオンリーダーになろうとしているかのような文章が故、それを読んで不愉快になる人が出てしまうのはあり得ます。
意見が異なるのなら読まなければ良いのですが、福島原発後は、考えの異なる人のブログであっても読む機会が多くなっていますので、どうしても読まれてしまうし、ここに限らず、意見の相違はブログ上で目立ちますよね。
結局のところ、科学を検証なさる事は素晴らしいことと思いますが、母親の分野に土足で入ってくるような感じが否めません。
そして父親目線と言う感じも 何故かしない。。もう少し「上から目線」でなく、人を尊重する事も大事かと思ってしまうのです。
何かあると、私は被災地のお母さんと繋がっている!とおっしゃいますが、私たち母親の場合、【福島原発事故前から】、女同士、母親同士で、勿論 被災地のお母さんたちと繋がっている事をお忘れなく。。
この記事は科学・事実検証ではなく倫理・考え方の話なので、どうご解釈・ご感想を持っていただいても結構です。
訊かれてることと事実関係にだけお答えします。
> …私は南相馬市のHP(ここに書かれた非人間的な内容についてはどうですか?)
物の見方の問題にすぎませんが、私は非人道的だと思いませんし、関わってる現場の立場を考えれば当然のことだと思います。
> 私の親の世代(7~80代)は周りにガンが物凄く多いです~私の年代もそうですが年齢及び60年代の核実験による被曝、昭和の大公害、添加物、毒物混入、その他ありとあらゆる病気要因を高度成長と共に吸収しまくった世代です。
日本人にガンが多いこと(ガンの発症約50%、ガンでの死者約30%というふうに認識しています)は周知ですが、それぞれの要因がどのくらい発がん性があるかはデータがちゃんとあります。放射能の影響は年100ミリで0.5%です。発がん性がその10倍~100倍のものなど世間には溢れています。
そして日本における実際の影響は、数十年間の核実験由来にしても今回の福島にしても、その年100ミリの1/10~1/100程度です。
従って、7~80代にガンが多い→少なくとも放射能被曝の影響ではない、ほかの要因だ、と言えます。100歩譲っても全くゼロか、例外的に1人いるかどうか、という話です。
> 実は、貴方の文章は多くの被災者を傷つけます。最も、誰も傷付けずに思いの丈を公開するのは誰にとっても難しいことですね…
この点は見過ごせません。お話頂ければ伺いますので曇らさずにお話し下さい。
「被災者」をどうとらえるかの話だと思いますが、少なくとも私は今東北・被災地にいらっしゃるお母さん方と意見・情報を共有・交換しています。私の発言にそういうことがあれば指摘されているはずだと思います。
あなたがどういう形で被災された方と関わってらっしゃるかをお伺いしたいです。
当然ですが、被災されたすべての方をカバーすることなどできません。私のスタンスは私が直接関わっている範囲でのサポートが基本です。そこから外れるところに行き届かないのは仕方ないです。
そんな理科の質問はしていないのでまさかそんな
答えが返ってくるとは…。実は、私もなぜ怒ったんだろうと思い(笑)ひとつひとつ書いていたのですが、
下手すれば私の息子のようなお年のまつもとさんにそんな文句をいちいち書いてるのが大人としてバカらしくなり、消しました。お答えを読んでもやはり解ってらっしゃらないし、恐らく今の貴方には何をいっても理解は無理でしょう。
いつか私くらいの、つまり貴方の親御さん位の年齢になったときにはまた少しお考えが変わってらっしゃるかも知れませんが。
元記事、途中までは良いこと言ってるな、とおもってたんですよ。
まん中あたりから?ん?となり、最後の方で怒ってしまいました。
実は、貴方の文章は多くの被災者を傷つけます。
最も、誰も傷付けずに思いの丈を公開するのは誰にとっても難しいことですね…
> 「いわき市民のブログ」は>「素人のブログ」で「避難してきた数人から聞いた話」という段階で情報として信用に値しません。
…私は南相馬市のHP(ここに書かれた非人間的な内容についてはどうですか?)
を参考にしていただくにあたり、こちらのブログに分かりやすく抜粋してあるから、HPのどの辺に書いてある内容なのかの参考に、との意味でのせたので、
その他の記事の内容までまつもとさんに採点していただくためでは断じてありません。
私もこのかたのブログは南相馬市のHPを検索した際に見つけて、わかりにくいHPから当該記事を探しやすかったので、
引用のみで使わせていただいただけですので、普段からの読者ではありません。
(引用のせいでこの方が所詮素人であり適当な風聞を書いているとまで非難されるような事になり安易さを猛反省しています。)
最後に、私の親の世代(7~80代)は周りにガンが物凄く多いです。かかってない人を身近に探すほうが難しいくらい。私の年代もそうですが年齢及び60年代の核実験による被曝、昭和の大公害、添加物、毒物混入、その他ありとあらゆる病気要因を高度成長と共に吸収しまくった世代です。
だからといって、今回の原発爆発による天文学的放射能噴出の影響を軽視はできません。
まつもとさんも軽視はしていないでしょう。
でも同じ言葉でも意味は全く違うのです。
何で怒ってらっしゃるかがわかりません。
ご意見については基本的に同じだとお見受けするのですが?
事実関係の理解には少し差があるのでその点だけ指摘させて頂きますね。
> 放射能の正体なんてどんな国のどんな権威ある機関でもハッキリ完全に解明、立証してますか?
物理的な性質についてはそのとおりです。基礎だけでも十分ですので勉強なさってください。
> ここでは放射能の人体への影響に関してだと理解できるのですが。
人体の影響については未知の部分はたしかにありますが、今の日本で生活する上での影響の範囲に於いてははっきりわかっていると言っていいです。なぜならより大きな影響の比較対象がいくつもあるからです。
まず数千ベクレル体内に持って30年以上生きてる私が生き証人ですし、今の日本人よりはるかに被曝している私の親の世代が生き証人です。
> 「いわき市民のブログ」この福島のかたのブログがそれに関して見やすいです。
「素人のブログ」で「避難してきた数人から聞いた話」という段階で情報として信用に値しません。事実をちゃんと見ようと思うなら、まず素人のブログを参考にするのを卒業しないといけません。
このブログについては内容もみましたが、どうでたらめか細かく説明できますよ。長くなるのでご希望であればやります。
リスクコントロールの話は本文をちゃんとお読みになってください。
危険なものをどう扱うかという話しかしていませんよ。
さっき見かけたツイートですが、
「安全も危険も理解できない、しようとしない、勉強もしない、聞く耳も持たないような親が子供を守れるかよ」
全く同意です。
放射能の正体なんてどんな国のどんな権威ある機関でもハッキリ完全に解明、立証してますか?
「正体」とは、教科書に載ってるような、例えば水は酸素と水素で出来てる、みたいな事ですか?ここでは放射能の人体への影響に関してだと理解できるのですが。
「例え」であろうとその点で「水」とは一緒に出来ません。
人体では表向き立証されていないからこそ、
南相馬市のホームページで、南相馬市民は放射能の人体への影響を研究、立証する義務を世界に向けて負うこととなった、とのようなことを高らかに宣言されるようなことになるわけです。
「いわき市民のブログ」
この福島のかたのブログがそれに関して見やすいです。URLは、はじかれてしまったのでのせられませんでした。
それと、このまつもとさんの一文を読み、改めておもったのですが、
「怖れ」「不安」は物事を公正に行うには謙虚さの意味である程度必要です。
全く怖れずに突き進んだ結果が、地震国に54基もの原発を活断層上に作ってしまったのですから。それこそ正しく怖れていれば、こんな愚行はしなかったでしょう。
「正しく怖れる」って、最近は安全主張する方がよく使ってましたが、本来は違いますね。
もちろん、まつもとさんは「異常な恐れは必要ない」との意味でしょう。
私は、一年半経って、異常な怖れを抱いて夜も昼も開けない人はそうそう居ないと思っています。
もちろん他力本願の困ったひとはどこにでもいますが。
全く気にせず思考停止の人も多いが、大概の放射能の影響を気にする人は、びくびく怖れてばかりもいません。ブログコメントで弱音を吐くことは、あります。でも恐れより怒りのほうが高いんじゃないでしょうか。
怒って、具体的にどうにかしなきゃならんと。
別記事でゆめこさんが仰っていたように。
真の意味で正しく怖れる小心者が戦場では生き延びるのだと何かで読みましたがそう思います。
私自身の意見ですので、まつもとさんには「ああそうですか」で済ませていただいていいのですが、まつもとさんのこの文章を読んで易きにながれる方もいるのではと、書かせていただきました。
失礼いたしました。
自分の事なんだし、守りたいものが有るんだから…
と思います。