物騒な騒動や「なぜこの人が・・・」という事件。
遠い存在の人なのに、だいすきな人がたいせつにしている人だったから、すごく胸が苦しくなります。
「クスリ」は使い方次第で、良いものでも悪くなる。
悪いものでもしっかり本人がわかって、しっかり世の中のために活動できてれば、なんにも問題ないように思います。
良いものも悪いものも、元は「植物」から、「植物の生きる源」を借りて、人間のカラダを支えてもらっているものになります。
私は「髪と頭皮を健康に保つ天然成分」や「精油」を使用した製品を知っています。
それらは、細胞に働きかけてもともと持っている細胞のチカラを目覚めさせるモノ、年齢が増すごとによって代謝がわるくなり、若さがなくなっていきます。
ずっとキレイを保つもの、疲れた細胞をニュートラルにし、いつでもヒトが持っている最高のパフォーマンスができるように、ヒトが耀くことができるようにしてくれるモノなんです。
「髪」と「頭皮」は、<死んでいる細胞>だから、いのちに関わることはありません。
しかし、「精油」に関しては、<生きている細胞>へはたらきかけ、「壊れた細胞を治す」とまでは言い切れないけど、【癒す】ことをしてくれるんです。
ただし、「100%精油」は、植物の生きる源を濃縮したものなので、使い方次第で【毒】にもなります。
<生きている細胞>へ浸透してしまうから、いのちにも・・・。
私の父親は、心筋梗塞と狭心症、そして脳梗塞と何度も手術をしています。
にもかかわらず、「たばこ」がやめられてないんです。
しかし、後遺症は何もありません。
「人のいのちを預かる」という仕事をしていたため、すごくプレッシャーとストレス、誇りをもって就いてました。
そのために必要な「たばこ」だったため、ものすごくヘビースモーカーなんです。
病気を患ってからは、私に隠れて本数を減らして吸っていました。
きっと後ろめたかったのでしょう。
ひさしぶりに里帰りをして、開き直って堂々と吸い始めたので言っちゃいました。
「あたしの前で吸うときは、あたしのいのちを削ってると思って吸ってね」と。
大好きなお酒を制限されて、いちばん飲みたくない薬を飲みなさいって言われたから。
父親のすごいところは、おばあちゃんの亡骸の状態を知りながら、「この薬を飲み続けないとキープできない」と覚悟しているところです。
本来は別の方法でもキープできることを教えてあげたいけど、それは父のプライドを傷つけてしまうことになるから、言いません。
ただね、そろそろ、もう一度「人を楽しませる」という遊び心を持ってたこと、それがすきだったことを思い出してほしいなって思っています。母はそんなあたなのことを尊敬してたと思います。
前にも書いた感想文。
本当は妹に貸してもらっているDVD。
返すタイミングを忘れてしまって、けど実は、じぶんもお気に入りだからそのままにしてしまっている。
なぜか観たくなって、いままでは「これからの未来のことを」描いていたものと想像していたけど、これはもしかしたら「現代のこと」なのかもしれないと感じてしまいました。
冒頭のシーンである、ユパ様が腐海を調べ歩きナウシカに再会するまでの場面。
瘴気マスクが「マスク」に見えたんです。
最近は風邪が流行る冬だけでなく、1年中マスクをしている人を街中でみかけます。
(しかも、おしゃれでしている人もいるしね。)
「インフルエンザの種類が多くなってきたり、わたしも診断された咳喘息や大人の喘息」と「腐海の瘴気を吸い込むと気管支が肺が侵されて、最終的には死に追い込んでしまう」がイコールに感じてしまったんです。
そして、「村がひとつなくなった」が「孤独死」に見えてしまったんです。
ちょっとビックリしてしまいました。
こうやって子供のときからずっと観ていた映画をひさしぶりに観ると、改めて宮崎作品の偉大さや世界中の人たちが愛して、日本のアニメもすきになってくれるきっかけになっているんだろうなと感じてしまいました。
ナウシカのワンシーン、ひとつひとつが重くのしかかってきました。
悪いものと、世の中にはいらないと言われている腐海も、空気や土、水もキレイにしている。
その腐海や蟲との向き合い方がちがうだけで、共に生きる、焼く、その道具の取り合い、守る。
ストーリーの流れは、子供のときからのめり込んでみてしまうくらい、たぶん単純なんだと思います。
だけど、宮崎監督のメッセージが至る所に隠されていて、この考え方はステキだなとか、こうやって物事を考えていくんだとか、悪い人たちのような見方をしてはいけないよって教えてくれてる気がします。
そして、子供にも「なぜ?」や「すごい決意の持ち方」とかが「死」や「戦い」、「自然の猛威」と一緒に描かれているから、大人になっても何度ども観てしまうし、いろんな発見があるような気がします。
あとね、この歳になると最後のスタッフの名前も見ては、このナウシカのメンバーはすごい人たちの手によって作られているんだなって。
今も色あせないし、ずっとずっと残るものだろうし、ここから「天空の城ラピュタ」「となりのトトロ」につながっていて、宮崎監督が伝えたいことはきっとひとつあって、それを色んな物語を使って、子供が喜びそうな、夢を持たせながらも「たいせつにしなさい」ってことを考えるように作品を作ってくれているのかなって思ってしまいました。日本のアニメ、マンガってやっぱりすごいんだな。
本当はもう寝てないといけない時間。
医師からも遅くても12時前には寝るようにと指示をされてたけど、どうしても朝早く起きすぎてしまって、暇つぶしが苦手なわたしにとっては昼間の時間をどう使うのかどうしても迷ってしまう。
仕事をしすぎて、何もできなかったあれやこれをいろいろやってたら、やっぱり仕事をしていたいなって思ったけど・・・正直、つかれました。
曜日感覚も、日にち感覚もまったくなかった数日でしたが、やっぱりこの日は思い出してしまいます。
あの日は、ひとりじゃなくて、よかった。
そして、リアルタイムであの光景を見といてよかった。
ただ、やっぱりあの時、悔しかったこと、映画を観ているかの感覚や奇跡が起こったこと、日本だけでなくて世界中の人がひとつに集中して、必死に悲しんで、何かできないだろうか、何もできない自分、無力な人間・・・そんなことを考えていたことを思い出してしまいました。
たぶん、あれからだと思うんです。
もともと好きなこと、たいせつだと知っていた、日本の儀式の事や日本が自然を神として敬っていることをつよく感じて、無関心だった政治や世の中のことも「なぜ、いまこの動きになっているのか」について、むずかしいことはよくわからなくても「なんとなく」でも理解しようって、そして、許してはいけないことについては見逃さないって、目の前の世界をたいせつにしようと思ったんだと思います。
正直なところ、最近このblogをつづることも、エラそうに書いているようなじぶんもイヤ。
そして、いいとこ書いているような気がして、でもすごいハラ黒いじぶんをさらけ出しているのもイヤ。
けど、こうしてつづっていることで、たぶん日常を安定させているような気もします。
夜はやっぱりキライです。
たくさんイヤなこと、つらかったこと、時間が長ければ長いほど、昔のことも思い出して・・・現実逃避したい感じです。
つよくいることは、やっぱりたくさんの犠牲を出すこともある。
それによってじぶんの本当に大切なモノも失うこともある。
もしかしたら、じぶんが本当にイヤだと思う世界へ踏み出さないといけないのかもしれない。すごく勇気がいることだけど、絶対イヤの「絶対」を捨てて、本当にやりたいは「本当に」を捨てて、「がんばる!」をもう一回捨てる。
梨木香歩さんの小説が2008年に映画化されたものがたり。
何気なく本屋さんで手にした文庫本。
ちょっとさみしいことを思い出したり、怖い場面もあるんだけど、このものがたりのその世界観がいいなって感じています。
映画化されて、何度か観ているけど、最初はやっぱり小説の世界観と違くて好きくなれませんでした。
しかし、この歳になって再び観てみると、これはこれでいいんだなって思うんです。
こどもが必死に生きている様をみると、守ってあげたいって、こうゆう子こそがちゃんと生き生き暮らせる世の中になってほしいなって思います。
ジャムをコトコト煮て空き瓶に保存したり、シーツをきちんときれいに敷くこと、ハーブを育てて生活の一部になってたり、魔女修業が人としてちゃんと生きること、じぶんで選んで決めてしっかり人にそのことを伝えられるようになること、そして死の世界について、しっかり考えるようになる。
この小説を読んだのは20代後半。
仕事ばかりしていて、この物語のストーリーはほんとうにあこがれで、こんな生活したいなって思っていたから、何度も何度も読んでいました。
だから、映画化になったのも本当にうれしかったんです。
すこしじぶんと重ねてしまうところもあるんだけど、まだまだこんな生活はほど遠いです。
この文庫本は、いまわたしの手元にはありません。
何度ももう一度買おうかと思っていたけど、やめてたんです。
実はね、小さな友人に貸しているので返却をちゃんと待とうかなって。
ま、その子の手元にずっとあるなら、それはそれでいいんですけどね。お気に入りのブックカバーと共に渡したことは、ちょっと悔やんでます笑。ま、それも、それでいいんですけどね。
ただいま、現実逃避中です。
家にある数少ないDVDやネット上で見れる映画を観たりしています。
1965年度アカデミー賞5部門受賞した映画。
観たことがない人でも、きっとどんな映画かはなんとなく知ってて、歌については必ず口ずさんだことがあるはず。
昔、マーチングバンドのようなことをやってたときがありました。
主要な5曲くらいをメドレーにして、少しだけソロを弾いたこともあって、なかなか好きなフォーメンションでいまでもその感覚を覚えています。
みんなで恥ずかしがりながら、歌も歌ったものです。
ほらほら、有名な鉄道会社のCMもこの映画の曲。
(今もそうなのかな?TVがないからわからないけど)
ちょっとウキウキしたりするけど、本当に怖いときに「たのしいこと考えよ!」ってシーンで歌っている歌なんです。
単純なカット割りだけど、いまの映画より「画」が美しくみえるのがすごく好きなんです。
ストーリーもまっすぐで、すこしテレてしまうんだけど、やっぱりステキな話だなって。
あとね、衣装が好き。
カーテンで遊び着を作って、みんなそれぞれの兄弟姉妹に合わせて、スカートの丈や広がりなんかは、いまのデザインよりステキに感じます。
ただね、最近の流行はすこしこの時代に寄ってるような感じもします。こうゆうときはほんとに映画や音楽に救われます。
たくさん考えること、むかしのことを思い出すことが多い、いまの時間。
わたしが大好き会社、いまもどしんと座って続いている和菓子屋さんや洋服屋さん、銀行や旅館とかもそうかな笑
創立100年、100年先のことを、100年くらい遡って・・・。
実は、わたしは100周年記念の式典を小学校で2回、そしていま務めている会社はそろそろ100年目を迎える会社にいます。
むかしアルバイトをしていたところは、50年くらい遡ってモノをつくる計画をして未来のために予防することを考えている会社でした。
きっとその100年には、いろいろな事件、事故、もうだめだ~ってときも、すげ~いい気になってるいるときもあったと思います。
わたしの小学生時代は、きっとわたしたちの世代がいたときがイチバン全盛期だった!なんて思いたいくらいです。
だって、ドラマのような先生が勢ぞろいしていた。
しかも6年生の時の担任の先生は、とくにクラスみんなでいまでも会いたい!って。
その先生はその当時「わたしは校長先生になる!」って、ちゃんと叶えていた先生。
ずっと変わらないんだなって、その記事をみるだけで、励みになるような人でしたから。
そうそう、自慢のケヤキの木は、全校生徒の自慢。
・・・時のうわさで、いまはもうくたびれてしまったと、あの校庭から消えてしまったと思うだけで悲しくなるくらい。
そして、すごいことをしている人、すばらしい会社を作っている人、とくにエライ役をしている人は、なんとなくその意識をもっているような気がするのです。
けっして100年自分の意識が残りますようにとは思わないだろうけど、自分がはたらいている目の前の若い子たちには、自分の持っているものを引き継いでもらいえるように、必死に向き合って、その子たちのことを考えて、きびしくもやさしくも、ときにはちゃんと自分がすこしいい気になってお酒をおごったりするんです。
そうゆうたくさんの身近なオトナの人と、そうじゃないまったく逆の人がいたから、自分はどっちが好きかを考えながら、そして、目の前のオトナのいいところをチョイスして、そこだけを抽出して、自分の若い子たちにその意識で接するようにしています。
まーね、ちょっとそこは演じて、やりきれないのがくやしい!って思うけど、モノで渡せないものはコトバでのせて「いつか届きますように」って、伝えてるんです。大好きな曲を聴きながら、書いちゃいました。すぐのせられちゃうんです。
『ハッピーフライト』
2008年11月15日公開、矢口史靖(しのぶ)監督作品。
矢口監督の映画の世界観、そしてこの映画の俳優、女優さんは、みんな素晴らしい役者さんぞろいで見ごたえたっぷり!
何回見てもあきないし、やっぱり同じところで笑えて、ツッコんで、泣けます。
そして、きちんと航空業界の命がけに仕事しているところ、サービスマンの腹黒いところをコミカルに描いてるとこが、ウソのない映画だなって思うんです。。
みんな面白おかしく、大変だけど、必死にはたらいているってわかる映画。
新人役の綾瀬はるかちゃんと田辺誠一さんが、1日で大きく成長して、エンディングで次へタスキを渡しているシーン。
実際はこんなことは滅多にないことだけど、一つひとつの事件や壁は、みんな人生一度は経験したことがある。
だから、全然違う職業に就いていても、なぜか親近感を覚えて、こどもは「CAになりたい」「パイロットになる!」って思えるのかもしれません。
わたしはサービス業が好きだけど、語学はぜんぜんダメ笑。
それにやっぱりキャラがちがうなって、そう思っていました。
ただ、飛行機に乗るのは大好きです。
高所恐怖症なんですが、はじめてがひとりでだったこと、不安と緊張の思いをした海外旅行のこと、離陸時の圧迫感はこわかったけど・・・。
社会人1年生のとき、身近な人がしょっちゅう飛行機に乗る仕事をしていて、「気づいてたら目的地ついてたよ笑」「マイルで家族旅行!」なんてことを聞いていたので、飛行機に乗って仕事ができることもあこがれでした。
そんなことを思い出す映画です。
夢いっぱいな物語。
ちょっとむかしの映画を見ると、おおきく成長している役者さん、変わらない姿の女優さんたちをみると、自分もこうありたいって思うんです。
そして、じぶんの足元をちゃんとみます。実際のCAさんも期待を裏切らないサービス。プロをみてイメージトレーニング!!

昨年秋、ひとつ覚悟を決めました。
それはたくさんの壁とストレスと、ステキな人たちに出会ったおかげ。
もちろん、そこには「ムカつく」「大嫌い」「ふざけんな!」もあります。
けど、全部「ありがとう」に変換できるようになったから。
ただ、覚悟を決めたので「さよなら」があります。
それは永遠ではありません。
若い頃、信じていた方に何度か「さよなら」をもらいました。
そのとき自身が未熟だったから仕方ないと、しょうがないと思っていました。
くやしかったけど、何も言えませんでした。
そのきびしさをもらっているから、今日までがんばれてこれたんです。
世の中は「諸行無常」だと小さい時から植え付けられていたので、「永遠の闇はない、すべてのものごとは変わるもの」と信じて生きてきてるからです。
歌の世界も「止まない雨はない、いつか晴れる!」「10,000回ダメでも10,001回がある!」と歌ってくれてる。
少し幼いかもしれないけど、「これがダメならまた考えよ!」って思えて、励ましてもらっています。
裏切られたようなことがあっても、一度信じた人は「わたしは信じる、相手は知らない」「いつか会いに行きます」って思って生きていられるんです。
あとやっぱり、信じ合えた人は、長い間会えなくても「信じる、信じてくれてる」って思えます。
同じ空の下で相手も同じ気持ちでいるって、なんとなく思えるんです。
それが、いまのわたしを強くしてくれています。
本当に細いつたない願いだけど、自分の味方にしています。
ひとつわたしが守ろうと思ってることは、後輩のことは「絶対に裏切りません」と、そう信じて接しています。
けどね、やさしく、あたたく、たのしくいることを忘れません。
それは自分の生きる道のため。わたしの色は自分で決める。そして、ヒトと一緒に七色にします。そのヒトとともに。

『贈られしひまわりの種は生え揃ひ葉を広げゆく初夏の光に』
これは、阪神大震災の復興と鎮魂のシンボルとして全国に広まった唄のひとつです。
1995年(平成7年)1月17日5時45分52秒/マグネチュード7.3/震度6・・・当時の最大規模の大震災で、わたしにとってもとても衝撃的なできごとでした。
それから各地でたびたび地震があり、しかも東北の震災が津波と原発問題も重なったので、忘れかけられてしまっている災害のひとつなのかもしれません。
早朝、まだ街が動ききっていない時間帯。
大きな地震が起こり、家やビルは崩壊され、道路や鉄橋は通行不可能、人がたくさんいる都市で起こった震災。
地震で亡くなった方より、その街の中での二次災害・・・火事で消火活動が困難になったと、逃げ場をなくし生き埋めになった人が多かったようなことを記憶しています。
親しい友人がボランティアへ参加したと聞いていたので、夜は怖くて、無事を祈ったものです。
わたしはまだ、中学生か高校生かな?笑
何もできないから、ただ、ただ、布団の中で怯えていたような気がします。
いまも各地でさまざまな災害が起こっています。
これを次の世代にどのように伝えていくのか、併せて「戦争のこと」も伝え方を考えないといけいない時代がやってきたのではないのでしょうか。
ただ、とても大きなことなので、身近なことにおきかえて、みるといいと思うんです。
政治家でも思想家でもないし、大学教授や研究者でもないしね。
そうゆう専門的なことはそれぞれにおまかせして、まずは、しっかりニュースや新聞をみて「知ること」、批判をしてはいけないんですよ。
震災は亡くなった人の数だけの悲しみがあり、そのまわりにも苦しみと涙があるってことをイメージしてください。
そうしたら「戦争のこと」も体験・経験ナシで、なんとなく同じようなことなのかなって、思えるようになる気がします。目の前にいる人のことを大切にしてください。
ちょっとフシギなこと?
わかる人には伝わるけど、わからない人にはまったく伝わないヘンなことを。
親にならないと親の気持ちはわかない。
親になると子供の気持ちがわからなくなる。
こどもは、親がすべて正解だと思う。
接客のはたらき人は、する方とされる方がわかる。
本当のはたらき人は、どこで何していてもわかり合うことができる。
いろいろ表現者は、ひとりで自分が成すことがわかる。
いつどのタイミングで、何を伝えるのかわかるようになる。
何も言わないことの意味がわかるようになる。
そして、そのことがわかるようになると、すこしエラそうになるから気をつけないといけない。
すべて自分が正解でない。
正解は何もない。
誰も正解を持っている人はいない。
イチバンいけないこと。
否定する。侮辱する。人任せにする。円のその側でエラそうにする。
たいせつなこと。
お金の使い方に意味を持たせる。
何かを伝えるとき、精いっぱいですることを知っていないといけない。
ちゃんとアイを持って、喜怒哀楽に責任を持つ。
忘れちゃいけないこと。
まちがいはだれにでもある。
自分だけでなく、人にも社会にも、どんな大人にも。
こどもには、そのことをしっかり伝えないといけない。
いま、わたしはすごくエラそうになっているんです。
エラそうにできちゃうんです。
いろいろ、たくさんのことを知ってしまったから。
苦しいことも、悲しいことも、認めたくないことも、すべて受けとめる。
逃げてはいけない。
ただ、過去も未来も、いまの自分自身でどうにでも変えられる。
泣きたいときは、泣けばいい。
苦しいときは、叫んでもいい。
認めたくないことは、ちょっとヨコにおいて、少しの間見みないフリをしてもいい。
よくわからないことは、わからない。
ふわっとしままでもいい。
こだわらない方がいいときもある!笑うものには福が必ず来ます!いつかはわかりませんけど笑。