goo blog サービス終了のお知らせ 

中国遼寧省大連で生きるおっさん

一人の名も無きおっさんが、浅学菲才ながらも、自分の言葉と写真で、毎回一生懸命に書いている大連ブログでございます。

令和元年を迎えた大連「早苗高等小学校」、そして異常気象の満州主要都市

2019年05月24日 | 大連生活あれこれ
今日の大連は暑かったですね。ちょっと異常を感じました。


午後2時前には34度ですよ・・・。もう15年超、大連で生活していますが、こんな5月は初めてです。自然環境の破壊っぷりが酷いので、温暖化も目に見えて酷いんでしょうねえ。


で、PM2.5による大気汚染も酷い一日でした。市中心部「青泥窪橋(大連駅)」の夕方5時の大気データです。「健康に良くない」です。窓を閉めてクーラー、そして空気清浄機で乗り切りました。


今日は最南端の大連旅順のみならず、満州全土で暑く、省都・瀋陽では午後3時に37度(!)まで上がり、


お隣、吉林省の省都・長春では同時刻で35度、


最北端の大都市で、黒竜江省の省都・ハルビンでも夕方4時過ぎに34度です。私の長年の経験でもちょっと記憶に無い「満州の5月」です。


こんな暑さですから今日は「冷麺」を食べました。10元(=約170円)です。あ~、日本に帰って美味しいざるそばが食べたいです・・・。


さて、前回のエントリー同様、学校ネタで、先日、バス停の「正仁街」駅で降りる機会があったので、ここの様子を書きます。日本統治時代は「早苗高等小学校」だったところです。卒業生はまだ御存命ですかね。当時の写真は「大連・東北C.C.C」様よりお借りしています。


こちらが「令和元年、最初の月」である今現在の様子です。現在は「大連教育学院」として使われています。当時のこのアングルの写真は見つかりませんでした。


目の前はバス停で「正仁街」駅です。


この「正仁街」駅に停まる公共バスについての詳しくはこちらをどうぞ。アクセスの際の御参考に。


只今、大連は代名詞である「アカシア」が咲き誇っているベストシーズンです。ということでちょっと角度を変えて、満開に咲き誇る「アカシア」を入れて撮ります。


入口に行ってみましょう。


日本統治時代の1929年(昭和4年)に建てられ、早苗高等尋常小学校として使われました。戦後1946年(昭和21年)からは旅大建国学院として使われた事が記されています。


更に今は「日本語教育学習研究センター」としても使われているようです。名前こそ立派ですが、大した日本語を教えたり学んだりはしていないようですねえ。私にはすぐ分かります。その理由は、


校舎の右端に「石碑」が建てられているんですが、


助詞の使い方から始まって酷い和訳だからです。

論理的思考法を用いれば、ここの日本語教育機関としてのレベル、関係者のレベルなど全てが「低レベル」=「看板に偽りあり」、と瞬時に見破れるんですね。


「校舎」横に移動します。満開で見ごたえのある「アカシア」だらけです。


というのも、校舎横のこの通りは「アカシア大通り(槐花大道)」と名付けられている通りだからです。


角度を変えます。お分かりいただけますように満開の「アカシア」の木の下で、満開の「アカシア」の木を入れて撮ります。

「アカシア」に「サンドイッチ」されますと、さすがに良い匂いが楽しめますねえ。今と違って車も少なく、当然排気ガスも少なかった日本統治時代の「早苗高等尋常小学校」だった頃はこの時期、それこそ「アカシア」の匂いに包まれながらの小学校生活を送ったんでしょうね。日本本土(内地)ではなかなか味わえない思い出に残る小学校ですね。

にほんブログ村 海外生活ブログ 中国情報(チャイナ)へ
にほんブログ村
ブログのランキングに参加中です。クリックしていただけますと、当ブログの現在の順位が御確認いただけます。宜しくお願い申し上げます。



令和元年を迎えた大連「昭和高等女学校」、そして5月で気温40度

2019年05月22日 | 大連生活あれこれ
久しぶりの更新です。今日の大連は気温がかなり上がりました。


夕方5時になり、帰りの支度を始めると気温は27度でした。5月下旬ですが今年の大連は例年より暑いですね。


同日同時刻です。満州最南端の大連に対して最北端の大都市・ハルビンは15度です。


同日同時刻です。首都・北京は35度(!)です。


西北地方で新疆ウイグル自治区の観光都市・トルファンはなんと40度(!!!)です。今年のトルファンの夏は新記録が更新されそうな予感がします。


さて、先日、バス停の「高爾基路(ゴーリキー通り)」駅で降りる機会があったので、ここの様子を書きます。日本統治時代は「昭和高等女学校」だったところです。卒業生はまだ御存命ですかね。当時の写真は「大連・東北C.C.C」様よりお借りしています。


で、ほぼ同じアングルで撮ったつい先日、「令和元年、最初の月」の姿です。御覧のように「校舎」のすぐ横がバス停です。


角度を変えて正面です。校舎の右上に「老明信片博物館(古い絵葉書の博物館)」の「看板」ですが閉館していました。


角度を変えて斜めからです。写っているバス停ですが、


こちらと、


こちらです。「校舎」が写っていますね。

この「高爾基路(ゴーリキー通り)」駅に停まる公共バスについての詳しくはこちらをどうぞ。アクセスの際の御参考に。

蛇足ながら、ゴーリキーはロシアの作家で、スターリンの盲従者でもあります。ここは彼の名が採られた大通りですが、今となっては時代錯誤感が甚だしく、そろそろ改称しても良い頃ではないですかね。実際かつての「スターリン広場」は大分前に「人民広場」と改称され現在に至っていますしね。前例があるんですよ。

話を戻します。


アップです。頑張って令和の時代を迎えました。今は大連市水仙小学校の一部です。


横に移動して見上げると丸い窓が特徴的ですね。


裏に廻りました。


アップです。

ここ最近、南方では上海を始めとして、建物の倒壊、生き埋めがニュースで報じられています。令和新時代を迎え、改めて大連の日本統治時代に建てられた「日本製建築物」を目にすると、その美しさと強固さに誇りを感じるばかりです。


帰り際にちょっと歩くと重慶ラーメンチェーン店の「猫婆小面」があったのでラーメンを食べました。10元(=約170円)です。


最近、市中心部や港の「東港商務区」ではスーパーカーを見ることが少なくないのですが、今日はマクラーレンを見ました。若くて綺麗な女性ドライバーでしたので、車ではなく、こちらの方にビックリしましたね。

ランボルギーニやフェラーリ、港にクルーザー、こういう友人を持ちたいものですなぁ。

にほんブログ村 海外生活ブログ 中国情報(チャイナ)へ
にほんブログ村
ブログのランキングに参加中です。クリックしていただけますと、当ブログの現在の順位が御確認いただけます。宜しくお願い申し上げます。



「大連富士」と「アカシア」の開花、そして「ヤクルト」

2019年05月09日 | 大連生活あれこれ
今日の大連は酷い大気汚染でした。


市中心部「青泥窪橋(大連駅)」の午後2時の大気データです。「健康に良くない」です。気温は26度ですが、こうPM2.5の数値が高いと気軽に窓を開けるわけにはいきません。

「10連休」も終わってしまいましたが、先日、一日だけ大気の良かった日があったので、その時に散歩した際の写真です。


「和平広場」で買い物をし、帰りに少し歩きました。手前に写っているピンクの八重桜は終わり、その隣に少し見える紫色の花が咲き始めました。「主役」の交代です。


アップです。「ライラック」ですね。フランス語だと「リラ」です。


更にアップです。ちょうど咲き始めていますね。


大連では多くで見られます。


香水の原料になるほど匂いが強いので、すぐにわかります。白と紫があります。


向かい側には「思想公園」という中国っぽい名前の小さな公園があります。奥に何か咲いていますね。


フジ(藤)ですね。見ごたえがあります。これも大連では多く見られ、大体下にはご老人が座っています(笑)。大連の一風景ですね。

で、フジというと富士山が連想されます(笑)。「大連富士」は近いので行ってみます。


2、3分も歩くとで、「馬欄河橋」という名の橋があります。バス停ですね。アクセスはこちらをどうぞ。日本統治時代の名前は「富士根橋」です。富士山の根っこにある橋ということでこの名がつけられたのでしょう。


今現在の「富士根橋」の様子です。


普通に歩けますよ。橋に隣接している茶色い建物は高等学校で、「大連市信息高級中学」です。


この「富士根橋」から「大連富士(日本統治時代名:台子山、現在名:台山)」を見ます。新緑が増えましたねえ。

変わって今日は早出でした。


地下鉄に乗ると日本の「ヤクルト」が車両広告を独占していましたね。手すりの広告まで「ヤクルト」でした。


車内の様子です。


広告をアップです。ヤクルトは中国語だと「養楽多」ですね。


全車両が「ヤクルト」でしたね。


一番奥の女性ですが「あくび」の際、手を添えて口を隠していますね。日本人女性なら当たり前の行動ですが、中国人(「支那人」)女性はしません。人前でも大口を開けて「あくび」をするのが普通です。私にはこの女性が「一般人」ではないということがすぐに分かります。大連ですから「日本(外国)」と何らかの関係がある(あった)方だと思いますね。


「中山広場」周辺で一仕事終えました。満州国時代と変わらぬ路面電車です。「世紀街」で下車しました。奥に写る茶色の建物ですが、日本統治時代は「満鉄調査部」ですね。


大連の日の入は夜7時近くなったので、帰宅前に少し遠出して歩くと、大連の代名詞である「アカシア」が咲き始めていましたね。紫色のアカシアです。


芥川賞受賞作品で、清岡卓行さんは大連日本人学校の校歌(作詞)も担当されています。大連在住、また関わりのある(あった)方で読んだことがない方は「大連=アカシアの町」を語る資格が無いというものです。


こちらはつぼみで、


こちらは開花が始まっています。

「真打ち」が登場し、いよいよ大連が一年で最も輝く時期の到来ですねえ。

にほんブログ村 海外生活ブログ 中国情報(チャイナ)へ
にほんブログ村
ブログのランキングに参加中です。クリックしていただけますと、当ブログの現在の順位が御確認いただけます。宜しくお願い申し上げます。



大連旅順「龍王塘桜花園」の桜を満喫する(3)

2019年05月06日 | 大連生活あれこれ
日本の「10連休」は今日が最終日ですね。


市中心部「青泥窪橋(大連駅)」の午後3時の大気データです。午後から大気が一気に良くなったので洗濯をしました。ソコソコ風があって湿度も15%しかありませんから、洗濯物も窓を開けての室内干しで、2時間ほどでカラカラに乾きました。こちらに居る日本人女性はお肌の手入れに大変ですね。

さて、前々回のエントリーの続きで、先月の22日、仕事の合間を利用して、大連市郊外の旅順口区にあり、日本統治時代に日本人によって作られたダム、そして「中国北方ナンバーワンの桜の名所」とも言われる「龍王塘桜花園」の桜を見に行った時の様子です。最終回の今回は、ここで目にした「支那人」を中心に書きたいと思います。


先月4月25日付け大連地元紙『半島晨報』の記事(A06ページ)です。見出しは「木を揺らして“人工桜吹雪”、木に跨(またが)っての撮影、これらの行為を目にした大連のネットユーザーがキレた “ババアが桜の木によじ登る姿は見苦しいったらありゃしない、桜花爛漫(おうからんまん)の写真とはいえ見たくもないわ”」とあります。

記事によれば、民度の低い40~50代の中年女性の記念写真がネットでアップされていたそうです。早い話が、中国人が「支那人」に対してキレた、ということです。桜の花言葉は「精神の美」、そして「優美な女性」です。その対極にいる連中が、事もあろうか自分勝手に桜を楽しんだんですね。

前々回のエントリーの最後で、スコップを持ち込み、土を掘り起こして山菜泥棒している様子を挙げました。市中心部「労働公園」なんて毎年「花泥棒」が凄い規模ですよ。過去、大きく記事にもなりましたし(下記「参考記事」参照)。

今回のこの「木を揺らして“人工桜吹雪”、木に跨っての撮影」、こんな「支那人」は、ここ「龍王塘桜花園」でも山ほど目にしました。「本場リポート」です。


桜の木に跨る中年女性です。


こちらは中年ではないものの重そうですね。


ポーズを決める中年女性です。


やはり中年女性です。「動物」ですね・・・。


こちらは若い女性のグループで、大盛り上がりでした。


で、木の上で踊り出しました。


「赤の他人」である周囲も皆、写真を撮ります。「仲間」は自撮りもしています。


こちらも若い女性で、木の上で自分のポーズに酔っての自撮りです。


桜の木の枝を掴んで激しく揺らし、“人工桜吹雪”を起こして撮っている中年女性です。


木登りに加え、桜の木の枝を揺らして“人工桜吹雪”を楽しむ子供です。この日は月曜日でしたが、小学校をサボって来ているようです。「蛙の子は蛙」という言葉があるように、「支那人」の子は「支那人」です。


こちらは一転、中国人女性も日本ではお馴染み、観光地などで見られる自分に酔った姿での記念撮影です。彼氏は大変ですねえ(笑)。


儒教の影響が残る国でもありますから、車椅子の「親孝行」の姿も見られました。これは立派な行為ですね。


こちらは桃ですね。大学生でしょう。清楚で美人でした。可愛い子や美人って絶対「変なポーズ」で撮らないんですよね。産経新聞のコラム「産経抄」だったと記憶していますが、「電車の中で化粧する女性に美人はいない」です。


園内に「支那人」は多かったですが、最後にもう一度、桜が咲き誇り、それを楽しむ中国人の様子を挙げます。


皆、思い思いに楽しんでいます。


「お一人様」の来園も多かったですよ。


園内は広いので、人の少ない所ではソコソコ静かに楽しめます。


絵になります。


3時間ほど滞在して帰ります。


写真中央右上、蜜を吸うミツバチです。


ということで、また来年!!!




参考記事:
花壇で「狼藉」の限り、チューリップ10万株を「それっ」=大連

 遼寧省大連市にある労動公園(労働公園)で最近になり、花壇のチューリップ約10万株が根こそぎ盗まれた。開花シーズンが一段落したことで、一般市民が「もう用済みだろう」とばかりに、次々に盗んだとみられている。中国新聞社などが報じた。
 労働公園の花壇は、チューリップが掘り起こされた穴だらけになり、花びらや葉が散らばるなど「狼藉(ろうぜき)の限りを尽くした悲惨な状況」に変わり果てた。
 同公園がチューリップを植えたのは2011年11月で、1平方メートル当たり20-30株の割合で、計10万本を植えた。満開になったのは5月1日ごろで、その後、次々に盗まれるとは「まさか、思わなかった」という。同公園のチューリップは「ほとんど残っていない」状態になった。
 いわゆる「花盗人」の行為であり、専門の犯罪者でない一般市民が次々に盗んだとみられている。公園側によると、来年に備えて球根を掘りだして保管する考えだったが「間に合わなかった」という。
 同公園では、ボタン、コウシンバラ、サクラ、ハクモクレンなどの花も次々に盗まれている。チューリップだけで被害額は十数万元(15万元=約190万円)に達するとみられている。
2012年5月8日
http://www.excite.co.jp/News/chn_soc/20120508/Searchina_20120508030.html


にほんブログ村 海外生活ブログ 中国情報(チャイナ)へ
にほんブログ村
ブログのランキングに参加中です。クリックしていただけますと、当ブログの現在の順位が御確認いただけます。宜しくお願い申し上げます。



大連旅順「龍王塘桜花園」の桜を満喫する(2)

2019年05月02日 | 大連生活あれこれ
今日も大連は大気汚染日です。続きますねえ。


市中心部「青泥窪橋(大連駅)」の朝9時の大気データです。「健康に良くない」表示です。


昨日は一日中、在宅だったので、今日は大気汚染の中、少しだけ外出しました。八重桜がまだ少し残っていましたね。

さて、前々回のエントリーの続きで、先月の22日、仕事の合間を利用して、大連市郊外の旅順口区にあり、日本統治時代に日本人によって作られたダム、そして「中国北方ナンバーワンの桜の名所」とも言われる「龍王塘桜花園」の桜を見に行った時の様子です。


平日なのにこの「客入り」です。観光バスの数も凄まじいです。


ダムへと向かい「壁」の上に上がりましょう。


人民と共に階段を上ります。


「壁」の上に着きます。


風も強いです。高所恐怖症の人にとっては、やや辛いかもです。


私は「孫悟空」と一緒に登りました。


この国は拝金主義国家なので、一緒に記念撮影を勧めてきて、撮影終了後、カネをせびります。まあ中国の観光地はこの手の連中だらけですよ。注意しましょう。寂しい後ろ姿です。


「儲かってる?」と聞いたら、「まあまあ」だそうです。一日の売り上げを聞きましたが教えてくれませんでした。


ダムの真ん中に来ました。


日本統治時代にこのダムを作った日本人関係者の名が全て彫られ残されています。文化大革命の時代を生き抜き、「反日デモ」の時も生き抜きました。これが大連という町です。ガンプラ製作が趣味なんで、なんなら偉大な先人方の見えなくなった御名前に「スミ入れ」をボランティアでしますよ。


ダムの貯水池です。かな~り大きいですよ。


歩いてきた道と桜林を見下ろします。


アップです。私が初めて来た2003年の時はビルなんて全く無かったし、道中も舗装はされていない道でした。放し飼いの鶏が多かったですね。毎年、風景はガラリと変わり、観光地化しています。


「壁」を横切り終え、下ります。日本と中国の「コラボ風景」ですね。


飴細工屋さんです。買っても食べるのがもったいないクオリティーです。


一部始終じっくりと見学させてもらいました。手に職がある人はどこに行っても強いです。


「桜の茶」だそうです。私には購入して飲む勇気、日本にお土産として持って行く勇気はありません。


園内をまたしばらく歩きます。桜の木の上に鳥の巣です。


アップです。カササギの巣ですね。


カササギは市内どこでも見ることが出来ます。こちらでは「良い鳥」扱いですが、所詮カラスの一種です。大連には真っ黒のカラスは居ません。ウィキから画像をお借りしています。


こちらはクジャクですね。有料で記念撮影が出来ます。


「労模林」の立て札がしてあります。「模範労働者によって作られた林」だそうですが、左端に写る連中の何やら怪しい動きが気になりますね。「模範労働者」?


アップです。「模範労働者」ではなく、山菜採りをしているようです。窃盗?


角度を変えます。「大収穫」ですね。半分は自分で、もう半分は青空販売、といったところでしょうか。


あっちも、


こっちも、です。

どうして入場の際、持ち物検査(スコップ不可)をしないのか疑問です。

昨年は日本の埼玉県川口市にある青木町公園で、食用目的でのセミの幼虫の捕獲が問題となり、止めるよう呼びかける看板が話題となりました。かつて違法性風俗の町で有名だった西川口は現在、チャイナタウン化しており、犯人はどこの国の人か書くまでも無いでしょう。実際、中国人がこの「支那人」達の違法行為を嘆いています。こちらです。


またこちらは先週4月23日付け大連地元紙『半島晨報』の記事(A05ページ)です。見出しは「深夜、三人の若い男が中山広場のハトを捕獲し、絞めた」とあります。

「中山広場」は日本統治時代、「大広場」という名の広場でした。周囲には日本人が設計した、大連ヤマトホテル、大連市役所、大連民政署(大連警察署)、関東逓信局、朝鮮銀行大連支店、東洋拓殖株式会社大連支店、横浜正金銀行大連支店、といった建物が威風堂々、現存しており、大連の代表的景観を誇る広場です。当然、大連観光では必ず訪れる場所です。またここではハトの餌も一袋3元(=約50円)で売られており、子供たちにとっては最高の遊び場でもあります。

記事によれば、深夜に網でハトを捕まえ、その場で羽をむしり、持ち去ったとのことで、可哀そうなことに広場にはハトの羽と血痕が残されていたそうです。犯行現場で料理の下準備までしていったわけですね。「支那人」らしいです。今では600羽いたハトも300羽に満たなくなってしまったとあります。

「ハト」は平和の象徴です。が、日本国民なら誰もが、ある一人の「偽善者、国賊、売国奴、老害である悪いハト」に心当たりがあるんですよね・・・。

次回も日本のマスコミが報道しない「本場」ならではの「支那人」ネタを続けます。

にほんブログ村 海外生活ブログ 中国情報(チャイナ)へ
にほんブログ村
ブログのランキングに参加中です。クリックしていただけますと、当ブログの現在の順位が御確認いただけます。宜しくお願い申し上げます。