桜色の花びらが舞い散る
小高い丘の上にある大きな桜の木は今年も満開に咲き誇っている
またこの季節がやってきたのだ
果たせなかった約束は今だ僕の心に蟠りを作っている
「四年後、桜が咲いたらまたこの場所で会えるといいね」
10年前の春、高校を卒業する僕らはそう言って
この桜の木下で再会の約束を交わしあった
その時県外の大学に合格が決まっていた僕は
新たな生活を始めるために単身で家を出ることになり、
県内に進学が決まっていた彼女とは会えなくなってしまう事が分かっていた
別れを切り出したのは僕の方で、もちろんお互いの将来を考えての決断だった
今までうまくやってきた二人に突然立ちはだかったのは
お互いの未来という大きな壁だったのだ
「私、それまで待ってるから」
彼女はそう言っていた
別れを切り出した痛々しい僕に
俯いて泣いているのか震えた声で僕を待ち続ける
決意をした彼女はとても強いと思う
それにして、別れると言い切り逃げた僕はいっそうに切なくなった
彼女と過ごした日々がフラッシュバックして蘇って来る
「ああ、約束しよう。大学を卒業したら絶対戻ってくるから」
その後、僕らはお互いにいつものように笑いながら手を振って別れた
その日から僕らは違う道を歩き始め、一度も会うことは無かった
最初は続いていた文通も気が付けば自然に途絶えていった
四年後、大学を卒業した僕は、教授の推薦で院にあがれることになり
猛勉強を続ける日々に追われ地元に帰る暇もなく過ぎていった
手紙を書こうかとも思ったが何と書けばいいのか分からずに
ずるずるとそのままになってしまっていた
そして、風の噂で彼女が無事就職し、結婚したと聞いたのは
今から三年前のことになる
そして現在
院を出た僕は結局就職先も見当たらず、
実家の乾物店を継ぐことになり故郷に帰ってきた
一度だけ彼女が住んでいた家を訪ねたが、家は無くなり
無機質なコンクリートのマンションが建っていた
結婚した彼女は都会に住む相手に嫁ぎ、両親も家を売りさばいて
都会に引っ越したそうだ
いるはずも無い彼女に会えるとでも思ったからだろうか
散歩をすると言って家を出た僕の足は自然とあの桜の木に向かっていた
丘に登る道を胸にピンク色の造花をつけた学生が並んで降りてくる
制服は変わってしまってはいるが僕の後輩達だろう
忘れかけていた学生時代の思い出が鮮明に蘇ってくる
そんな中、彼女と過ごした幸福な日々は僕の心を締め付ける鎖になっていた
学生たちとすれ違い丘を登って行く
そして、いよいよ桜の木が眼前に迫り、何も変わっていないこの場所に
懐かしさを感じながら美しく咲いた桜を見上げた
晴れた昼下がりに桜の花びらがよく映える
ふと気が付くと、木を挟んだ反対側に一組の親子が同じように花見をしている
まだ小さな男の子は母親に支えられながら、桜の花びらを掴み取ろうとするかのように
両方の手をいっぱいに空へと伸ばしている
「こんにちは」
母親が僕に気づいて微笑みながら会釈をしてきた
僕も釣られて挨拶を返す
まだ若く、歳は僕と同じ位だろうか
もしかしたら同級生かもしれない
「それにしても綺麗な桜ですね」
僕は何となく、まだ桜を見上げたまま呟いた
「ええ、毎年見事に咲くんですよ」
母親も同じように桜を見上げたまま答える
「地元の方ですか?」
母親は僕に視線を移し尋ねてきた
「はい、この町で寺坂乾物店って言う乾物屋をやってます。あなたは」
母親は一瞬目を大きく見開くと男の子を木の根元に座らせて立ち上がった
「数年前まではこの町に住んでたんですけど、結婚して引越しまして、
たまたま親戚の家を尋ねたものでこの子に桜を見せたくなって。
それに、恥ずかしい話ですけど昔この場所である男の子と再会の約束をしたんですよ」
母親は少し顔を赤らめながらそういった
「そういえば、僕も高校を卒業する時にこの場所で同じような約束をした女の子がいましたよ。
結局僕がその後県外に行ったっきりだったんで約束を守れなかったんですがね。
この町に戻ってきた今、その子に悪かったな~って思ってるんです」
くすくすと笑いながら母親は澄ました笑顔でこう言った
「それ、私です」
「うん、ごめんな遅くなって」
分かっていたんだ、彼女は何も変わっていなかった
「せめて結婚式ぐらいは来てほしかったな。招待状も実家の方に送ってあったでしょ」
「本当にごめん、忙しくて気づかなかったんだ」
気づいていたし、その時はちっとも忙しくなんか無かったのだ
ただ、何となく約束を破ってしまった僕は気が進まなかったのだ
「まあ、いいや。私は結婚して子供も出来て、今はあの頃よりも幸せだよ」
「それは良かった。いい人を見つけたんだね」
「でもね・・・」
彼女は僕の胸に抱きついた
「私、あなたが良かったんだよ。ずっと待ってたんだよ・・・」
彼女は今まで溜め込んでいた10年分の涙を僕の胸で流す
「ホントに、ごめんな」
僕は優しく彼女の頭を撫でる
「謝ってばかりだね」
彼女は鼻を啜りながら顔を上げた
「そうだな、でも会えて嬉しいよ」
「私も」
桜の花びらは彼女の悲しみと僕の罪を洗い流すように僕らに降り注いでいった
終わり
長ぇ~
久しぶりにこんなに長い短編書いたよ
一発書きだから誤字脱字もあるかも・・・
ミス発見したらよろしく~
その時は訂正します
近所にある大きな桜の木を見て思いつきました
桜いいな~
恋して~(ぉ
駄文終了