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駄文迷宮

☆ 麻介の日常 ☆

女装探偵 七夕編

2008年07月07日 19時53分17秒 | 小説作製
「先輩、そう言えば今日は七夕ですよね~」
先輩と僕は初夏の夕暮れに照らされた商店街を歩いている。

そう、7月7日、今日は年に一度の七夕の日。

「せんぱ~い?聞いてますか?」

目の前の見慣れた商店街には大きな笹の葉が設置され、既にいくつもの想いが込められた短冊(願い)が下がっていた。

商店街が毎年恒例で行っているイベントだ。

街行く人が自由に願いを短冊に書いて提げられる。

あれ?さっきまで横にいたはずの女装大好き探偵はドコに行ったんだ?
並んで歩いていたはずなのに気が付いたら居なくなってるよ。

「おい、長田屋!こっち!こっちだよ!」

声のする方を見やるとそこにはいなくなった本人が楽しそうに手招きをしていた。

「俺らも短冊書くぜッ!」

筆ペンを持った先輩は書く気満々。

この男、ノリノリである。

僕もとりあえず、紙と筆ペンを手に取ってみた。

願い事か…僕の願いは何だろう?


書きたいことは沢山あるはずなんだけど、いざ書くとなるとなかなか書けなくなるもんだ。


そうだ、あれを書いておこうかな?

僕の、今願えるささやかな願い。


先輩はサラサラと筆を滑らせて、あっと言う間に5枚の札を書き終えていた。

人の願いは気になるもの。
ついつい、横目で覗き見てしまう。

『事務所がほしい 快』
(うん、まあそうだろうなぁ…)

『カワイい服がほしい 快』

(あぁ、ね。もう箪笥の中パンパンなのに…)

『何か難解な事件が起こりますように 快』

(……ぇ?なんて不吉な。)


『てか、俺に事件を!サクッと解決してやるぜ!依頼の際は○○○-○○○○まで!
 東城探偵事務所』

(おいおい。短冊で宣伝するなよ…)

そして、最後の一枚。

『長田屋猟介の初…… 快』

何だこれぇ!!!

すかさず隠されて大事なところが見えなかったぞ!

僕の何を願ったんだ?

「よし!あとはこの札を笹の葉に……」

「ちょっと待ったぁ!」
僕は楽しそうに笹の葉に歩み寄る先輩の前に立ちはだかった。

「その5枚目の札、拝見させて下さい!」

「えぇ?ヤダ。」

超気になるなぁ……くそぅ。

「むふふ…。そんなことより、長田屋君はなんて書いたんだい?」

先輩は僕の手から札を取り上げた。

「あっ!」

短冊が破れなかったのはもはや奇跡だ。

まるでジ○イアンですね、わかります。

「さぁて、何て書かいてるのかなぁ?」

僕の書いた札をまじまじと見つめる先輩。

改めて書いた願いを他人に見られるのはこの上なく恥ずかしい。

どこの子供だよ、まったく。
(人の事は言えないか。)
しかし、後に残ったのは今までのおちゃらけモードがまるで嘘のような顔で、取り上げられた札はヨレヨレになって僕の手元に戻された。

「え?」

「そんな真面目な事を書かれちまったらへらへら笑えねぇよ」

そうか…それはそうかもね。

日頃はあんなにもおちゃらけモード全快な先輩でも、その芯ではしっかり考えてくれてるんだなぁ。

少しだけ、昔した約束を思い出して安心した。

「あんまり深く考えんじゃねぇぞ」


そして、僕らはそれぞれの願いを提げる。
(5枚目の札は僕がどうやっても見えないような位置に提げられてしまった)

明るかった西の空は少しずつ闇が覆いはじめ、星達が輝きだす。

二人が提げた6つの願いは静かに夜風に揺られ続けていた。


『今が、続いていきますように  長田屋 猟介』

それが、今の僕が願える最善の願い。









推理終了

答えは多数

2008年05月26日 18時47分34秒 | 小説作製
差し出された手をどうするか


その判断は今、全て僕にゆだねられていた


差出人はぶっきらぼうな顔をしてはいるけれど、少しはずかしそうに頬を赤らめている


そう言えば、初めて出逢った時も彼女はこんな顔をしてたっけ


今ここで、僕がこの手を払いのけると君はどんな顔をするんだろう?


僕には目に涙をたくさんため込んで激怒する姿が容易に想像できた


今回の喧嘩の原因はよく考えれば半々


僕に非があったように、彼女にも非がある


今回のジャッジはなかなか難しいです、先生。


(よく考えてごらん、そんなに難しい問題なんかじゃないさ)




……


僕は彼女の手を取り体を引き寄せて、抱きしめた


「どうして?」


僕の腕の中で少女は聞いた


「ごめん、たぶん軽い反抗期」


そう言って彼女に最高の口づけを……



先生、僕の答えは正しいですか?









終わり

夜明け

2008年05月22日 18時52分38秒 | 小説作製
開いたドアが閉じて、その電車はゆっくりと動き出す


相席の車窓からは薄曇りの空と住宅街が見え、所々で田園や森林が見え隠れしていた


それは昔から見慣れた風景だ


電車内に人気は無く、天井に設置された蛍光灯の灯りがやけに眩しい



しかしながら、今回は少し飲み過ぎたのかもしれない


時間と共に、軽い頭痛と緩やかに迫り来る睡魔が疲れきった体を支配し始める


悪酔いして飲んだくれるのは自分の悪い癖だと自覚はしていた


それなのに、今も尚同じ事を繰り返す


そんな自分が嫌になる



電車が幾駅か通り過ぎた所で雨粒が斜めに窓辺を打ち始めた


その天候はまるで今の自分の気持ちをそのまま表現しているようで気持ちが悪い



車内放送が、下車する駅が近づいてきた事を知らせている


さて、じゃあそろそろ感傷に浸るのは終わりにしよう


家帰れば、暖かいコーヒーと柔らかな湯気が立ち込める湯船が待っている

それらはきっと今の疲れきった心と体を優しく慰めてくれるはずだ


鉛のように重くなった体で席から立ち上がり、鉄アレイのような鞄を持ち上げてフラフラと出口へ向かう

ホームに降り立つ、人気のないホームは余計に肌寒さを感じた


思わず、首を窄めた


ヨレヨレになった切符を改札ボックスに入れ無人の駅を出る


そこから見える景色は雨も上がり、雲の隙間からは輝かしく朝日が顔を出していた


それは光は微かでも、力強い希望の光に見えた









駄文終了

クリスマス企画 『クリスマスの奇跡』

2007年12月25日 00時24分39秒 | 小説作製
クリスマスの奇跡


 12月24日、クリスマスイブ。
すっかり暗くなった町並みはそこかしこでイルミネーションが輝いて、
道行くカップルたちが身を寄せ合いながら歩いていく。
中には子供用大きなプレゼントを抱えた人もいたりして少し微笑ましい。
百貨店の前にはサンタクロースの格好をしたアルバイトが
気ダルそうに客寄せをしている。

 気が付くと天気予報通りの粉雪がちらつき始め、
寄り添う人のいない僕は肌により寒さを感じる。
白く濁った息を吐きながら、僕は目的地へと歩く足を早めた。
八年前に交わした約束を果たすために。


 目的地、それは町の中心からは離れた協会。
その敷地内に立っている大きなモミの木の前だ。
今年もきっとモミの木は美しい飾りつけが施され、
協会からは小さな聖歌隊の歌声が響いているのだろう。
昔は僕も母さんに言われてよくその聖歌隊に参加したことを覚えている。

 その聖歌隊には、僕にいつも音程がはずれていると噛み付いてくる少女がいて、
練習中にはよく二人喧嘩をしたものだ。
 練習が終わると僕と彼女はさっきまでの喧嘩の勢いは何処へやら、仲良くおしゃべりをしながら彼女の家まで手を繋いで帰った。

クリスマスイブ、ミサの時に二人は隣り合わせで並ばされ、少し照れた表情で聖歌を歌う彼女が
とびきり可愛かったのは今でも僕の記憶の奥底に焼きついて離れない。

 ミサも終わり、イエス様に祈りを捧げたその後、僕らは
シスターからささやかなクリスマスプレゼントを貰う。
聖歌隊の子供達は、歌を聴きに来た両親と共に散り散りに帰路に着き親子で楽しそうに帰って行く。
共に迎えのいない僕と彼女。彼女は柔らかく、暖かいその手で僕の手首を掴み
協会の大きなモミの木の下へ連れて行かれた。

普段は殺風景なモミの木もこの時期は色とりどりのランプが、飾り付けられた星々に反射して
幼い僕の目にはとても神秘的なものに見えた。


「ねぇ、ヴィル。少しだけ目を瞑って!」

「何だよ?リタ」

お転婆な彼女には逆らえない。
僕は大人しく指示に従って目を閉じる。

突然、生暖かいものが僕の唇に触れる。

母さんにされるそれとは違う不思議な感覚。

僕は思わず目を開けてしまった。

リタは恥ずかしそうに顔を赤らめながら、混乱している僕の唇にもう一度キスをした。

「好きよ」

すっかり顔を真っ赤にして照れ笑いのリタは、その時僕に初めての愛の告白をした。

あまりに混乱しすぎた僕はタジタジになっていて、とっさに返す言葉が見当たらなかった。

リタはくすりと笑い、僕も釣られて笑ってしまう。

「返事は八年後、二十歳(オトナ)になる年にこの場所で聞きたいわ」

(当時の女の子はお年頃で、みんなオトナの恋愛に憧れていて、
それはきっとリタも同じだったんだと思う。)

「冗談でしょ?今言うよ」

「冗談じゃないわよ!それはダメ!」
リタは頬を膨らませて怒ってみせた。

「わかったよ、じゃあ約束するよ。返事は八年後だね?」


こうして、僕らは大きなモミの木に誓いをたて、約束をしたのだった。

この時、リタはもしかしたらそこまで本気で言ったわけじゃ
なかったのかも知れない。

でも、少なくとも僕は本気で約束を守ろうと思っていた。


 あれから8年の月日が流れた。

あの約束をした三ヵ月後、いつものように彼女に会いに家へ行くと
家は空き家になっていた。

その後、噂で聞いたのは彼女の父親が突然事故で亡くなり、
急に引っ越さなければいけない事になったらしい。

最初は、僕に何も言わずに去っていった彼女が腹だたしかった。

しかし、彼女がいなくなった後も何故か僕は彼女の家に通うのをやめなかった。

本当に、何故かはわからない。
でも、いつかきっとリタが帰ってくるんじゃないかと信じて疑わなかった僕がそこにいたんだろうと思う。

やがて、すぐに僕も家の事情でこの町から引っ越すことになった。

遠い町に引っ越してからも、僕は彼女を思い続けていた。

やがて、人の居なくなったあの空き家に誕生日とクリスマスにプレゼントを送るようになった。
プレゼントには、ささやかながら短い手紙も付けていた。

僕は、父親を失った彼女のサンタになろうと思ったのだ。
プレゼントを贈ること、それが気がつかない間に毎年の習慣になっていた。

今思えば、あの空き家が売られて他の人の手に渡っていたかもしれないのに。



 少年時代の甘い記憶を思い出しながら、気が付けばその記憶と交錯する場所に着いていた。
協会からは聖歌隊の美しい歌声が辺りに響き渡り、あのモミの木は今年も神々しく飾り立てられている。
木にかけられた星たちもあの日と同じように輝きを見せている。

粉雪が少しずつ降り積もるクリスマスツリーをただ自然に眺める僕。

やがて、協会の入り口が開く音が聞こえ、勢い良く聖歌を歌っていた子供たちが手に手にシスターから
貰ったプレゼントを持って両親と帰って行く。

やがて、最後の子供がシスターに見送られ協会はいつもの静寂を取り戻していた。

「中に入られますか?」

扉を閉めようとした若いシスターが僕に声をかける。
僕は小さく首を横に振りもう少しここにいることを伝えた。

「メリークリスマス。良い夜を」
そう挨拶を交わしてシスターは静かに扉を閉めた。

今度こそ本当に僕とモミの木を静けさが包んでいく。

結局、彼女は来なかった。

流石に、8年も昔の約束だ。彼女も忘れてしまっているんだろう。
僕はコートの襟を整えなおし、もう一度モミの木を見上げた。


(サヨナラ)


 俯きつつ、足を踏み出そうとしたその時、協会の石畳を踏み鳴らす靴音が僕に近づいてくるのが分かった。

違う、きっと彼女じゃない。そんな気がした。

「ヴィルくん?」

聞き覚えのある懐かしい声、あの頃より大分落ち着いたその声は僕の心を揺さぶった。

「もう、来ないんじゃないかと思ったよ」

声が震えていた。

「私、ちゃんと約束は守る主義よ」

彼女も涙声だった。

僕らは改めて向かい合い、お互いに見つめあった。

「でもまさか来るなんて、軌跡だ」

「まさか、じゃないでしょ?約束は忘れてないよね?」

「勿論。さあ、じゃあ目を瞑って!」

あの日の記憶がまた走馬灯のように蘇る。

「僕も、好きだったよ」

そう言って、今度は僕のほうから彼女に口付けをした。

そして、そっと体を寄せて抱きしめた。

「毎年プレゼントをくれたサンタはヴィルだったんでしょ?」

「そうだよ、ちゃんと届いてたかな?」

「ごめんなさい。最初から気づいていたの」

彼女の瞳から涙が零れ落ちる。

「でも、あの時はパパが死んでショックで・・・
気がついた時にはあなたに話す勇気がわかなくって」

「リタ・・・」

「プレゼントは毎年、あの家の管理をしていた不動産屋が家まで届けてくれていたのよ」

「それは、よかった。不動産の人に感謝しなくっちゃね」
僕はいたずらっぽく微笑んだ。彼女も笑う。

「そうね。おかげで、私もあなたへの想いを失う事はなかった。だからここへ来たの」

「うん。ありがとう」

会えなかった八年間ものとてつもなく長い空白が一瞬にして埋まった瞬間、
抱き合う二人を祝福するように、協会の鐘がクリスマスを告げる鐘を鳴らした。


『メリークリスマス』


やがて僕らは、腕を取り合いイルミネーションの輝く街中へ向けて歩き出した。

そこには協会へ向かう時に感じた寒さはもう感じなかった-------












FIN

女装探偵

2007年08月26日 18時37分01秒 | 小説作製
回る時計の針が止められないことに気が付いたのは
一体いつの頃からだっただろうか?
いっそのこと全てが無かったことになればいい。
平然と流れ行く時の流れに流されて
何度自分の無力さに泣いただろう。
平穏な日常、ただそれだけを願って生きて生きたいのに。
しかし、残酷なこの世界はその何気ない日常を許さない。
”運命”という名の生き道は僕から次々と大切なものを奪い去っていく。
それを取り戻そうともがいてみても、
結果は全て最悪な方向へと流されて、残るのは絶望と孤独。
この世に生れ落ちた僕は沢山の大切なものを失いながらも生きていく。


だけど、あの時から少しだけ何かが変わりだしていたのかも知れない。


あの時僕は友情と愛情、その大切な二つを同時に失っていた。

もっと早くに気づいていれば・・・

悔やんでも悔やみきれないくらい何度も後悔に囚われた。

屋上で笑いあったあの日常は偽りだったんだろうか?
どうしてこんな事になってしまったんだろう・・・
何がいけなかったのか、僕はどうすれば・・・

何度考え、思いつめてみてもその二つが戻ってくることは永遠にないのだろう。
17年間生きてきて、何度目かの絶望感。
もう慣れてしまったと思い込んでいた、思い込んでいたかった。
しかし、失って改めて慣れてなんかいなかった事に気づくのだ。
頬を伝う生温い涙がその辛さを一層深くして口からは嗚咽がもれる。


(終わらせてしまおう。)


突然、そんな言葉が聞こえた気がした。
それも悪くないと思う自分がいた。
どうせなら、この思い出の屋上で最期を・・・
涙で滲んだフェンスの先には夕日に照らされ誰もいなくなった校庭が
何となく優しく迎え入れてくれているような気がした。

冷たいフェンスに手をかける。


「な~にやってんの?」


聞き覚えのある声にはっと、フェンスを手にしたまま振り返る。

屋上の入り口にはその長い髪をなびかせながら
何時も通りの当たり前のような笑顔で楽しそうに笑う彼。


「俺の大好きな泣き虫子猫ちゃん♪」


き、気持ち悪い。
素直な気持ちについ苦笑いをもらしてしまう。


「・・・気持ち悪いなぁ、もう」


僕の隣でフェンスに寄りかかるとさわやかな笑顔で僕をみる。
泣きはらして腫れた顔は先輩の目にどう映ったのだろう。


「抱きしめて欲しい?」

「いえ、絶対に遠慮しておきます」

事件は、彼の手によって全て解決された。
別に頼んだ覚えはないのだけれど、
彼の中では僕が事件の依頼をした事になっているらしい。
事件以来妙につるまれがちだった。

彼の名前は東城快。
噂ではこの学校の卒業生らしいので何となく”先輩”と呼んでいた。
本人曰く自称私立探偵なんだそうだ。


「ちぇッ」


二人の間を夕方の虚しい風が吹き抜けていく。


「大丈夫、何も心配することはないぞ」

先輩の顔から一瞬笑みが消え真剣な顔で僕を見つめる。


「俺が守ってやるから」


その言葉が余りにも突然すぎて、混乱した僕の頭は
一瞬言葉の意味を理解することができなかった


「・・・無理ですよ」


理解して、僕の口から出た言葉は心に残った
諦めがそのまま形になったものだった。
信用なんてものは今回の事件で崩れ去ってしまった。

「僕に、関わらない方が良いんです。あなたに僕は守れません。
誰にもこの運命は変えられないんだ」

きっぱりはっきり、今はできるだけ人を寄せ付けない方がいい。
今回の事件がもろに教訓じゃないか。

「あははははははははぁ!!!」

大笑いされた。それもおなかを抱えての大爆笑。


「長田屋猟介、お前についての調べはもう付いてるんだよ。
それなのに、運命?はぁ?そんなの天下の名探偵様には信じないぞぉ」

僕の中で、何かが切れた。

「ば、馬鹿にするなッ!お前に僕の何が分かるって言うんだ!」

今まで僕がどれだけ苦しんできたかなんて所詮他人には分からない。
へらへらと笑う先輩に無性に腹が立った。
腹が立って、余りにも腹が立って乾き始めていた頬に再び涙が伝う。


「分かるよ」

「嘘だッ!そんなの・・・簡単に分かられてたまるかぁ!」

嗚咽が混ざり涙声で声もガラガラだった。

泣きじゃくる視界が暗くなって抱きしめられていることに気が付いた。
優しく頭をなでられる。

「沢山苦労してきたんだよな?死が、止められないんだよな?」

先輩の胸に顔を押し付け、無言で頷く。
悲しみが止め処なく溢れ出して涙が止まらない。

「何も変えられない自分が一番憎たらしい、そうだよなぁ」

僕の心の核心を突く一言に思わず顔を上げてしまう。

「本当は誰かに助けて欲しかったんだろう?」

「助けに来てやったぞ、この野郎」

さっきよりも自信と確信に満ちた表情を見せる先輩は
いままでで一番頼もしく見えた。
頼っても、良いんじゃないかと思えた。

「俺が守ってやるよ。お前の幸せをね」

まるで人が変わったように何時もの笑顔に戻る先輩。

「あ、ありがとう・・・ございます」

クシャクシャと頭を撫でられる感覚になぜかしらの安心感を抱けた。

僕達は夕闇の濃くなった屋上で少しの間抱き合った。




あれからどのくらいの時間がたっただろう。
さりげなく、先輩の胸の中から離れる。

気が付くと今まで胸元でもやもやしていた悲しみは無くなっていた。


「ねぇ!今惚れた?かっこよかった?俺!」

「いいえ、決して全然」

「そっか・・・残念だよぉ」

半ば興奮気味で鼻息の荒い先輩は少しテンションが収まって助かった。


「あぁもう腹減ったぁ!どっか食べに行こうぜ」

「そうですねぇ僕も腹が減って死んでしまいそうですよ」

日は西の空へと沈み、オレンジ色のラインを残す。
南の空からは月が淡い光で街を照らしていた。





始まりの事件 完


こうして、僕は本格的に先輩こと自称名探偵と行動を共にするようになった訳で。
幸せを問われると今はまだ正直に頷くことはできないかもしれない。

けれど、ただひとつ言える事は、この出来事以降の僕は孤独を感じた事はない。
先輩といる時は確かに楽しい。
決して、いや断じて相手が求める恋愛感情は無いと断言できるけど。
信頼関係は他の誰にも負けないくらいにあると確信している。




あの後の僕がどうなったかはもしかするとこれから記されることがない
かもしれない。




気が付けば求婚なんかされていたりして旅行に行ったりするのはあの出会いから
二年後のお話だ。
その間にもいろいろと先輩曰く愉快で楽しい出来事が沢山起こったんだけど
それはまた今度語ることにするよ。

では、今回はここで手帳を閉じよう




また会える日を願って