体調が悪かったせいもあるのですが、gooのブログが消滅する、という今週初めのお知らせにショックを受け、しばらく混乱していました。2011年の誕生日、1月13日から始めたこのブログ、老年に入って記憶力の減退を感じる私にはメモ代わりになって大層便利だった上、特に旅行先からのレポートなどはその時の状況をすぐさま思い出すことができ、大変ありがたい存在だったのでした。はてさて、新しいブログ先探しやらお引っ越しやら、IT音痴の私にできるのか、考えただけで気が重くなります。昨日ある席でインド映画のお話をする仕事もあったことから、この3日ほどブログの内容追加や更新ができなかったのですが、ラージャマウリ監督の舞台挨拶Q&Aは、永久にあのままになってしまうかも知れません。ごめんなさい。
というわけで、自分に活!を入れるため、最近『RRR:ビハインド&ビヨンド』と並んでえらく気に入ったインド映画『ヴィクラム』のことを書いて元気を出そうと思います。ちょうどツインの担当者さんが画像を送ってきて下さった上、「チラシをスキャンした画像よりもきれいだから」とチラシの両面画像も送ってきて下さったので、前の記事の画像を差し替えました。本当にありがたいです。さて、行くぞ、「ヴィクラーーーーム!」。まずは映画のデータと予告編をどうぞ。
©2022 Raaj Kamal Films International. All Rights Reserved
『ヴィクラム』 公式サイト
2022年/インド/タミル語/171分/字幕:渡辺はな・字幕監修:小尾淳/原題:Vikram
監督:ローケーシュ・カナガラージ
出演:カマル・ハーサン、ヴィジャイ・セードゥパティ、ファハド・ファーシル、ガーヤトリ
配給:ツイン、hulu
※5月30日(金)より全国順次公開
映画『ヴィクラム』予告篇:インドの怒らせてはならない男たちの大ヒットクライムアクション!
予告編の中で、「ヴィクラーーーーム!」と叫んでいるのが、カマル・ハーサン演じる「息子を殺された無職の男」カルナンです。この男がどんな男なのかは、本編をご覧になる時のお楽しみとして取っておいて、演じているカマル・ハーサンのことをちょっとご紹介しておきましょう。いやーしかし、カマル・ハーサン御大とも長い付き合いですね。かれこれ44年前、1981年1月11日にマドラス(現チェンナイ)の映画館デーヴィー・パラダイスで、シュリーデーヴィーとの共演映画『Sigappu Rojakkal(赤いバラ)』(1978)を見て以来ですからね。当時は字幕がまったく付かない上映の時代で、お話の細部はわからなかったものの、このサイコ・スリラー映画に戦慄したのでした。下はネットから取った画像ですが、カマル・ハーサンは1960年の子役デビューから大人役になって5,6年後、シュリーデーヴィーも同じく子役から大人役になって2,3年後という時の作品でした。シュリーデーヴィー、ボリウッドに行ってからきれいになるのですが、その前なので、顔が幼いですね。
カマル・ハーサンは1954年11月7日、タミル・ナードゥ州の南部のスリランカと近い位置にある聖地ラーメーシュワラムから川沿いに内陸に入った町パラムクディで生まれます。川を遡って北西方向に行くと古都マドゥライがある、という土地で、父は弁護士、というバラモンの家庭でした。兄のチャール・ハーサン(1931年生まれ)とチャンドラ・ハーサン(1937年生まれ)ものちに俳優の仕事をすることになるのですが、姉のナーリニ(1946年生まれ)は古典舞踊(バラタナーティヤム)のダンサーで、カマルも古典舞踊を学ぶことになります。そして、1960年には子役としてスクリーンデビュー、1970年代には大人の俳優として活躍するようになり、1975年K.バーラチャンダルの監督作品『Apoorva Raagangal(希なる楽曲)』でその演技が認められます。奇しくもこの作品は、のちに“スーパースター”と呼ばれるラジニカーントのデビュー作でもあり、その後カマル・ハーサンも、”スーパースター”に対して”スーパーアクター”と呼ばれるようになるなど、今に至るまでよきライバルとなる2人の関係が築かれていきます。この2人と共に、やはり子役として映画界入りしたシュリーデーヴィーが1970年代半ばには大人の女優となり、3人が1970年代・80年代と活躍して、タミル語映画を隆盛に導くのです。
当時のカマル・ハーサン(1980年代初め街角で売っていたブロマイド・ポスカより)
この時代、カマル・ハーサンの出演本数は年10本を超え、年間20本ということもありました。そんな中でも多数の秀作を生み出し、特にシュリーデーヴィーと共演した作品は人気を呼びました。1980年の『Varumaiyin Niram Sivappu(貧乏の色は赤色)』はデリーに出て来たタミル人男女の恋物語で、冒頭、デリーの雑踏で出会った男女がヘタなヒンディー語で言い争い、やがて両方ともタミル人とわかってホッとする、というシーンは忘れられません。また、日本でも「大インド映画祭1988」で上映されたバール・マヘーンドラ監督作品『三日月』(1982)は数々の賞を受賞、『傷あと』(1983)という題のヒンディー語版も作られました。それ以前からカマル・ハーサンはヒンディー語映画界への進出を果たしており、K.バーラチャンダル監督が自身のテルグ語映画をリメイクした作品『Ek Duuje Ke Liye(あなたのために)』(1981)は、珍しく悲劇的な終わり方をする恋物語としてヒットとなり、カマル・ハーサンと、それまで南インド映画に出演していた相手役のラティ・アグニホートリーは、たちまちヒンディー語映画界でも人気者になります。カマル・ハーサンはその後もヒンディー語映画出演を年1、2本の割合で続け、『炎』(1975)のラメーシュ・シッピー監督作『Saagar(海)』(1985)では、リシ・カプール、ディンパル・カパーディヤーと共演してその演技力を存分に発揮、「フィルムフェア」誌賞の主演男優賞を受賞しました。
当時のカマル・ハーサン(1980年代初め街角で売っていたブロマイドポスカより)
タミル語とヒンディー語の映画だけでなく、テルグ語やマラヤーラム語映画にも出演したカマル・ハーサンは、1983年にはテルグ語映画の大監督K.ヴィシュワナートによる芸道もののヒット映画『Sagara Sangamami(海への合流)』に出演しますが、1987年にはさらなる飛躍が待っていました。のちに『ボンベイ』(1995)や『ディル・セ 心から』(1998)で全国に知られる大監督となるマニラトナム監督の、『Nayakan(ナーヤカン/顔役)』(1987)に出演を請われたのです。マニラトナム監督は、そのあと『Thalapati』(1991)でラジニカーントにも出演依頼をすることになるのですが、当時はまだ初の全国的大ヒット『ロージャー』(1992)が世に出る前だったので、どちらかと言うと映画祭向け作品を撮るアート系映画監督と見られていました。そのマニラトナム監督が人気男優カマル・ハーサンを起用、ムンバイのスラムを舞台にタミル人の顔役の生涯を描く、というこの作品は興行的にも成功したほか、国家映画賞の主演男優賞をカマル・ハーサンが受賞するなど、高い評価を受けることになります。
1990年代に入ると、さすがに年間の出演本数は多くても数本に減っていきますが、その中でカマル・ハーサンは印象的な作品を残していきます。日本でもソフト発売された『インドの仕置人』(1996)はシャンカル監督による娯楽大作で、当時まだ出周り始めたばかりで非常に高価だったCGを全編に使い、かつてないファンタジックなソング&ダンスシーンを複数見せてくれて、観客を魅了しました。独立運動時期にインド人民軍の兵士としてチャンドラボースに遭い、老年になった現在も愛国心に燃える主人公が、不正を犯す息子に鉄槌を下す、という衝撃的な内容もあって映画は大ヒット、カマル・ハーサンの父子二役が絶賛されました。共演はマニーシャー・コイララとウルミラー・マートーンドカルで、この二人の美女と歌い踊るシーンには、特に最後のパートにCGがふんだんに使われていて度肝を抜かれました。ファッションショーのシーンであるこちらや、父親が戦争から戻って結婚するまでを歌い、インド各地の結婚衣裳が出てくるこちらなど、今見るとどうということのないCG技術ですが、30年前は目パチクリ口あんぐりのシーンだったのでした。
Photo by R.T.Chawla
2000年代に入ってからは、自身が製作・監督・主演した作品が増えますが、シャー・ルク・カーンら多くのスターを使った歴史を遡る大作『Hey Ram』(2000)は製作費をカバーできた程度、『Vishiwaroopam(大変化)』(2013)はヒットしたもののその続編(2018)はコケてしまうなど、困難にも直面していました。そこへ『ヴィクラム』が久々の大ヒットとなり、「カマル・ハーサン健在!」を知らしめたもので、ファンのみならず南インドの人々は大喜び。彼にとっては続く『カルキ 2898AD』(2024)も100億ルピーを超すヒットとなり、大いにやる気がみなぎっているところ、というのが現時点ではないかと思います。『カルキ 2898-AD』で演じたあのディストビアの指導者スプリーム・ヤスキンは、本年6月から撮影が再開される『カルキ』続編ではもっと出番が多くなるようですし、『ヴィクラム』のカマル・ハーサンを見ると、『カルキ 2898AD』のカマル・ハーサンは特殊メイクでカメオ出演しただけじゃないか、というもったいなさで歯がゆくなるので、今後のカマル・ハーサンの活躍にますます期待したいと思います。
©2022 Raaj Kamal Films International. All Rights Reserved
なお、『ヴィクラム』というカマル・ハーサン主演映画は1986年にも作られており、主人公の名前はアルン・クマール・ヴィクラム。この映画と本作との関係は? 等々、物語の中にも外にも謎が渦巻く本作ですが、じっくりとサスペンスを楽しませてくれる作りのうまさは、さすが、ローケーシュ・カナガラージ監督ならでは。物語の進行にしたがって、日本版チラシにある「こいつら全員、怒らせてはならない。」の意味が、背中を流れる冷や汗と共にわかってきます。中でも、カマル・ハーサンのやさしさと隣り合わせの怖さは別格。サスペンス映画としてはインド映画の最高峰かも知れない本作、カマル・ハーサンの名演と共にお楽しみください。