ベンガル文学の研究者丹羽京子さんから、新しく出版された著作「タゴール」をいただきました。清水書院のセンチュリーブックス<人と思想>シリーズNo.119です。
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タゴール (Century Books―人と思想) |
丹羽 京子 | |
清水書院 |
ラビンドラナート・タゴール、ベンガル語読みで表記するとロビンドロナト・タクルは1861年の生まれなので、今年は生誕150年にあたります。アジアで初のノーベル文学賞を受賞したタゴールは、来日したことなどにより、日本でも「詩聖タゴール」というような名称でよく知られています。今回の生誕150年に合わせて日本でもいろいろ記念行事が計画されているようですが、この丹羽さんの本は特に記念出版とはうたっていないものの、「日本におけるタゴール生誕150年」が終わってみると一番の成果だった、と言われるものになるのでは、と思います。単なるタゴール紹介ではなく、タゴールの生き方とその文学に深く切り込んでいるのです。
日本ではタゴールの著作は最初英訳が紹介され、ベンガル語からの直接翻訳はずっとあとになるのですが、本書では英訳が作られたいきさつから始まって、ノーベル賞受賞後の1915年頃からは邦訳単行本の出版が相次ぎ、加えてタゴール来日の噂が流れると日本中に「タゴール・ブーム」が巻き起こった様子が述べられています。その反面タゴールに対する批判も噴出、いざ彼が来日してみると、大歓迎する人々がいる一方で、ブーイングする知識人やシカトする文学者も現れる....といった具合に、この本、読み物としても大変面白くまとめてあるのです。何だか韓流スターみたい、ヨン様ならぬター様だったのね、と100年ほど前の出来事がとても身近に感じられます。
後半はタゴールの戯曲、小説、詩を取り上げて、タゴールの文学的世界が彼の生き方ととからめながら紹介されていきます。全然タゴールの作品を読んだことがなくても、ここの紹介を読んだだけでタゴール文学に少し近づけた気になるからあら不思議。丹羽さんって素晴らしいナビゲーターです。時々わき道にもそれたりするんですが、それがまたタゴールの人間性を感じさせるエピソード紹介になっていて、読んでいて退屈しません。
タゴール作品の映画化は、特にサタジット・レイ監督が何本か試みていますが、本書ではその中の『家と世界』 (1984)の原作が取り上げられています。詳しくは本書をお読みいただくとして、手元にあった『家と世界』のプレスの表紙と、NFDC(インド映画振興公社)の紹介パンフのスチールを付けておきます。写真の右上は、サタジット・レイ監督です。
そういえば、『詩聖タゴール』 (1961)という、サタジット・レイ監督によるドキュメンタリー映画もありました。そうか、これは生誕100周年で作られた作品だったのですね。1976年公開当時のチラシを取り出してみればちゃんと書いてあったのに、今頃気がつく私です.....。
あと、「タゴールと映画」で忘れられないのが、ヤスミン・アフマド監督の『細い目』 (2004)。この映画は、ジェイソンが母親に中国語訳のタゴール詩集を読んでやるシーンから始まるのです。しかも、広東語が母語のはずなのに、とてもきれいな標準中国語で読み上げるジェイソン。私が大好きな女優メイリン・タンが演じるプラナカン(マレー化した中国人)の母親は、「誰の詩なの?」と聞き、ジェイソンが見せた詩集の表紙のタゴールを見て、「アミターブ・バッチャンみたいね」と言います。ここまでの2分間で、私はあの映画にノックアウトされたのでした。あの時ジェイソンは、タゴールのどの詩を読んであげていたのかなあ。
タゴールの詩は中国語圏でもよく知られているようで、私の手元には20年ぐらい前に台湾で買ったこんな絵はがきが。出版元は「中国廣東省佛山外文書店」で、香港で印刷されています。泰戈爾、つまりタゴールの英訳詩集「新月」(詩集「幼子」の抜粋訳)の中から6篇の詩を選んで、その一部を写真と共に載せた絵はがきセットです。そのうちの1枚をアップしてみます。
中国語で「告別」となっているこの詩は、日本語では高良とみ・高良留美子両氏によって「おわり」という題で訳され、「ぼくの ゆくときが きました。」から始まる詩の最初の方に出てくる上の部分は、下のような訳になっています。
ぼくは ひと息のほのかな 風になって
あなたを やさしく なでてあげましょう。
おかあさまが みずあびを するときには
みずの おもての さざなみになって
ぼくは いくどもいくども 口づけしましょう。
(「タゴール著作集 第一巻 詩集1」第三文明社、1981、PP.209-210)
ちょっと「千の風になって」みたいな詩ですね。タゴールは実生活では40歳過ぎに妻や娘、息子を相次いで亡くすという不幸に見舞われており、その頃に書かれたのが詩集「幼子」だとわかると、この詩は一層胸に迫ってきます。丹羽さんの本は、タゴールと親しくなるには最適の本。赤丸オススメです。