ここ数年、ベトナム映画の秀作、力作がどんどん公開されていますね。文学作品の映画化『草原に黄色い花を見つける』(2015/公式サイト)、面白いタイムスリップもの『サイゴン・クチュール』(2017/公式サイト)、カイ・ルォン劇が見られてBL味もほのかに香る『ソン・ランの響き』(2018/公式サイト)、そしてネトフリで見られる目の覚めるようなアクション映画『ハイ・フォン ママは元ギャング』(2019)と、思いつくままに挙げただけでもこんなにたくさん印象的な作品があります。そして今度は、ティーンの少年たちがサイゴン(とプレスにはあるのですが、現在は「ホーチミン」市ですね。1975年以前の出来事として撮ったようには見えないので、監督に何かこだわりがあるようです)の街を縦横無尽に疾走する『走れロム』で、私たちは「デー」という賭け事に翻弄される、庶民中の庶民のパワフルかつ哀愁に満ちた姿を見ることになるのです。まずは、作品のデータからどうぞ。
『走れロム』
2019年/ベトナム/ベトナム語/79分/原題:ROM
監督・脚本:チャン・タイ・フイ
出演:チャン・アン・コア、アン・トゥー・ウィルソン、WOWY、カット・フーン
提供:キングレコード
配給:マジックアワー
※6月11日(金)よりヒューマントラスト渋谷ほか全国順次公開
©2019 HK FILM All Rights Reserved.
サイゴンの裏町の路地。3、4階建ての古い集合住宅に挟まれたその一角では、毎日賭け事「デー」が行われていました。これは正規の宝くじに依拠した私設くじで、宝くじの当選番号下二桁を当てる、というものです。宝くじは日本と同様に政府が公認しているもので、こちらのサイトによると1枚10,000ドン(約40円)。特等に当たれば15億ドン(約700万円)の懸賞金が入ってくるのですが、10,000ドンも出せない、いちいち宝くじを買うのは面倒くさい、自分のラッキーナンバーで賭けをしたい、といった人たちのためにあるのが、私設くじの「デー」なのでした。これは、2桁の数字を自分で決め、それを賭けの胴元にお金と共に渡し、宝くじの当選ナンバーの下二桁と同じだったら当たりとなって、賭けたお金が70倍になって戻って来る、というシステムです。胴元との間は、予想屋でもある仲介人が繋ぎ、さらに下請けの賭け屋も間に入ったりする複雑な仕組みになっています。本作の主人公である少年ロム(チャン・アン・コア)は、その末端の仲介人の一人でした。
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ロムの仕事はいろいろありますが、一番大事なのは当選番号の予想です。建物の屋上にある狭いスペースに一人で暮らすロムは、明けても暮れても2桁の数字の中でアップアップしています。身辺に出現する数字の中で、当選番号になるラッキーナンバーをつかみ取らないといけないのです。ロムはこれまでほとんど当てたことがなく、自分のお得意さんたちに何とかいいところを見せようと必死でした。ロムのお得意さんは、この古い集合住宅に住む上品なおばあさんバー(ティエン・キム)や初老のカックおじさん(マイ・チャン)などですが、そのお得意さんを隙あらば奪おうとするのが、ロムと同じ年頃の仲介人フック(アン・トゥー・ウィルソン)で、二人はいつも熾烈な争いを繰り広げていました。フックは目先がきいてはしっこく、当選番号もよく当てるので、ロムはいつも客を奪われてしまうのです。フックが胴元への掛け金と番号を持っていくのは、ドブ川を渡った先にある中年女性の賭け屋ギー(カット・フーン)の所でした。ロムもいつしか、ギーと親しくなります。そんな心弾む時間もあるのですが、集合住宅では借金を背負っている住民への取り立てが厳しくなり、追い出される住民も出始めます。若い金貸し(WOWY)が幅をきかし、不穏な空気が漂う中、住民たちの気持ちはいっそう金儲けへと傾き、ロムも私設くじへの圧をひしひしと感じていきます...。
映画が始まってすぐ、観客を疾走感に巻き込むのは「デー」の存在です。貧しい人々がなけなしのお金を賭けることと、自分の好きな数字の組み合わせ(例えば、今日は朝から猫2匹と犬3匹に遭ったから今日のラッキーナンバーは「2と3」とか、13日なので「1と3」とか、あらゆることがヒントになるんですね)ができるのでそれが興奮を誘うのと、加えてロムやフックのような予想屋がいかにも当たりそうな数字を叫ぶことから、賭けの時間にはみんな熱くなり、熱風が小路を吹き荒れるかのようになって、それが観客の方へも襲ってきます。賭けの注文を受け、お金を受け取るためにロムやフックは走り回り、それが集まると時間までに賭け屋に届けるためにまた全力疾走し、その後は当たりくじの結果を印刷した紙を配って回るためにまたまた走り回る....。時には建物の2階に飛び上がったり、そこから飛び降りたりと、もう見ているだけで目が回りそうでした。その合間に、ロムとフックがだまし合いを演じておっかけっこが始まるのですが、泥臭く地べたを走るロムに対して、フックは身軽にあちこち飛んで移動し、まるで軽業師のようです。キャスト紹介によると、フックを演じたアン・トゥ-・ウィルソンはダンサーでもあるそうで、本作のオーディションが行われた頃はパルクールに熱中していたのだとか。それであんなに見事な跳躍を見せてくれたのですね。
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一方、ロム役のチャン・アン・コアは、本作の監督チャン・タン・フイの実の弟です。チャン監督は1990年生まれで、2012年にホーチミン市映画演劇大学を首席で卒業したそうですが、それまでに17本の短編を撮り、卒業の年には短編『16:30』を撮って、まだ幼かった弟チャン・アン・コアに主役を演じさせました。『16:30』は本作の中でも一部が使われていますが、ベトナム国内のみならず国外でも高く評価され、そこからいろんな人がチャン監督の仕事に手を貸すようになり、今回の『走れロム』へと繋がっていったようです。『走れロム』では、『青いパパイヤの香り』や『シクロ』などのトラン・アン・ユン監督がプロデューサーとして参加しており、また、撮影監督や編集者も才能が注目されている人々が集まっているのだとか。確かに、見ていると各所で力を感じさせてくれる作品になっています。ただ、ベトナム政府の厳しい検閲によって、いくつかの場面が削られ、いくつかの場面が付け加えられたそうで、加わった場面によってエンディングが少しホッとするものになっています。大阪アジアン映画祭上映時の、チャン監督のメッセージがありましたので付けておきます。
OAFF 2021 『走れロム / ROM / Ròm』メッセージ Message
公開は6月11日(金)とちょっと先なのですが、あの疾走感を体が憶えているうちにご紹介しておきたいということでアップしました。疾走し、跳躍するベトナム映画のパルクールぶり、ぜひ味わってみて下さい。まだ公開用予告編ができていないみたいなので、大阪アジアン映画祭で使われた予告編をとりあえず付けておき、後日差し替えることにします。次々と新しいジャンルの作品が登場するベトナム映画、これから先も楽しみですね。
OAFF2021『ROM(原題) / Ròm』予告編 Trailer