アジア映画巡礼

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インド映画公開情報、なぜ「情報解禁」まで待つのか

2014-03-05 | インド映画

少し前のことですが、私がいつも愛読している「インド映画通信」のソニアさんのツイッターに、こんなつぶやきがアップされていました。

「公式などで”情報解禁”とかあるけど、秘密にしておく理由は何なのかなあ。正式な契約結んでないからとか、上映館が決まってないからとか? 噂が流れるということはほぼ上映決定に近いのだから、作品名くらい出して、でも公開はいつになるか未定とかしてくれたら心穏やかになれるのに。ポシャったらそれはそれで諦めるし。業界の事情がまったくわからないから素人意見なのだけど、作品の公開って箝口令を敷くほどの機密情報なのだろうか?」

共感なさる方は多いと思います。ソニアさん自身はきちんと”解禁”まで待って下さる方で、だから「インド映画通信」は信頼できるのですが、やはり時にはこういう不満も出てくるのだなあ、と思って読みました。

別のサイトでは、本ブログがなかなか「○○が公開されます!」とハッキリ書かないものだから、「もったいぶってる」と非難されたこともあります。というわけで、どうして本ブログは配給会社が「情報解禁!」と言うまで、あるいはどこかに正式に発表されるまで、「○○が公開されます!」と書かないのか、という言い訳をちょっとしておこうと思います。

この点に関して私が慎重になっているのには、過去に起きた次のような「事件」の影響があります。(一部、仮名やあいまいな表現になっていることをお許し下さい)

事件<その1>は、今をさかのぼること15年前の1999年に起こった『ヤジャマン』事件。『ムトゥ 踊るマハラジャ』が大ヒットした1998年中に勃発し、翌年炎上してしまった事件です。

『ムトゥ』 (1995)を配給したA社は、次回配給作に同じラジニ&ミーナの以前の作品『ヤジャマン』 (1993)を予定していたのですが、業界で先輩格に当たるB社に聞かれてそれを洩らしたばっかりに、権利の二重売り事件が発生してしまったのです。その時は、A社が権利を買ったエージェントが元の製作会社への通告をまだ済ませていなかったことが、不幸な結果を招いてしまいました。A社から、「『ムトゥ』の次は『ヤジャマン』」という話を聞いていたB社がチェンナイに行き、『ヤジャマン』の製作会社に行ったところ、「『ヤジャマン』の権利? 日本にはまだ売れてないよ」と言われ、B社はその場で上映権を買ってしまったのです。

こうして、日本では2社が権利を有するという結果になり、A社が『ヤジャマン 踊るマハラジャ2』という題で劇場公開を予定していた1日前に、B社が『ヤジャマン 踊るパラダイス』という題でビデオをリリースする、という異常事態となりました。インド側製作会社がどっちかにお金を返せばよかったのに、と当時思ったりしたのですが、どちらも正式契約なので違約金とかが発生するため、ほっかぶりをしたのかも知れません。

 VS.

悪いことにこの事件は日本の大手新聞や雑誌でも報道され、「インド映画は権利関係にずさんで信用できない」という情報が映画配給業界にパッと広まりました。こうして、業界のインド映画熱は一気に冷めてしまったのです。そして、この事件はいまだに業界の人々の記憶に刻み込まれていて、ここ2、3年の間でも何度業界の方から言われたか知れません。10数年経っても人々の記憶から消えないぐらい、最悪の事件だったのです。

事件<その2>は、これも同じ頃に起きた小さな出来事ですが、ある映画祭が舞台になっています。当時の事務局の方がふと洩らされたのですが、「C社さんには困ってるんです」とのこと。C社はインドとコネクションを持つ会社なのですが、事務局がセレクションをしてほぼ固まった段階で情報を聞き出し、映画祭で上映されるインド映画の上映権を先回りして買ってしまう、ということをやったのです。

この時のC社は、たまたま上映作品が大衆受けする作品であり、字幕も映画祭が付けてくれるならそれを流用できる、と思って即買いに走ったのではないかと思います。でも、もし悪意のある会社なら、「うちが権利を持っているから上映料を寄こせ。払わないと映画祭での上映を許可しない」と言ったりする可能性もあるわけで、映画祭側としては、「どうせ買うなら映画祭上映後にしてほしかった」と思ったのではないでしょうか。私もそれを聞いた時には、「マナー違反では? 日本の配給会社とはちょっと違う会社なので、日本の常識は通じないのかしら?」と思ったものです。

それがあって以降、自分が映画祭の字幕を担当しても、正式発表があるまでは、ごく個人的な場以外では極力言わないようにしてきました。特にネット時代になってからは、よけいに気をつけています。

それから、もうひとつ心配なのは、インド映画のヒット作は「事件」が起きる火種を常に内包している、という点です。それは、いくつかの言語ヴァージョンがあることで、それぞれの言語ヴァージョンによって権利保持者が違っていたりすることがあるのです。

例えば、マニ・ラトナム監督は、近年はタミル語版とヒンディー語版を出演者を代えたりして別々に撮るようになりましたが、以前はタミル語で製作し、ヒンディー語に吹き替える形で全国上映を可能にしていました。『ロージャー』 (1992)や『ボンベイ』 (1995)は元々タミル語で作られ、ヒンディー語に吹き替えられて全国でヒットしたわけです。

異なる言語のヴァージョンがある時、インド国内の配給業者はどちらかのヴァージョンを選んで、それぞれの権利元から買うことになります。インドでは字幕上映は一般的ではなく、観客は音声で理解して映画を見るため、どちらの言語なら地元の観客が理解できるかを考えて買うわけです。両方の言語ヴァージョンを一緒に買うことは、まずありません。製作会社は早く製作費を回収したいがために、オリジナル言語以外のヴァージョンの上映権や、テレビ放映権などは早々と他会社に売ってしまい、あとはそれぞれの目的に合わせて、配給業者やテレビ局が権利元から買う仕組みになっています。

海外では、シンガポールやマレーシアのようにどちらの言語の話者もいる場所では、両方のヴァージョンを買って上映することもあるようですが、他の国ではどちらかの言語を選んで買うのが普通です。例えば日本の観客にとっては、どちらの言語のヴァージョンであろうと日本語字幕がついていればノープロブレム。オリジナルの言語にこだわるインド映画ファン以外は、音声は全く関係ないと言っていいのです。極端な話、日本語吹き替え版の上映だってあり得るわけですから。

例えば上記『ボンベイ』を例に取れば、オリジナルのタミル語版の上映権をD社が買ったとします。それを知らず、ヒンディー語吹き替え版の方がよいと判断したE社がヒンディー語版の上映権を買ったとすると、同じ作品の権利を持つ所が日本に2社存在してしまうことになります。これは権利の二重売りとかではなく、インドではまったく違うものとして存在しているので、違うものを買ったどちらにも正当な権利があることになってしまうのです....。

ここに悪意がからめば、いくらでも事件は勃発することになります。再び例えばで恐縮ですが、F社が『ドゥーム3』を買い付けてそれが洩れたとします。F社に対抗するG社は、F社が買ったのがヒンディー語版の権利のみ、という情報を掴むと、すぐさま『ドゥーム3』のタミル語吹き替え版の権利を買い付け、F社に先駆けて公開してしまう....。日本の配給会社は紳士的なので、こういうことはまずありませんが、インド映画が大々的に儲かるようになるとどんな所が参入してくるかわかりません。なお、『ドゥーム3』を例に挙げたのはヒンディー語版予告編タミル語版予告編があったからで、他意はありません。

 

なお、過去のインド映画@日本のトラブルとして、配給には素人の人が参入したために起きた<事件>もあります。”情報解禁”テーマとはちょっとずれるのですが、ついでなので書いておきます。

これは、1998年の東京国際映画祭でのことで、そこで上映されるマニラトナム監督作品が決まり、アナウンスされたところ、某社が「うちがすでに権利を買っている」と映画祭事務局にクレームをつけてきたのです。普通は映画祭側がインドの製作会社に出品を依頼した時点でわかるはずなのですが、その情報が共有されていなかったようで、映画配給が専門ではない某社から事務局へのクレームとなりました。普通の配給会社ですと、「この作品は実はわが社がすでに契約を済ませているんですよ。映画祭で上映して下さるのはありがたいので、ちょっとご挨拶がてら責任者の方にお会いしたいのですが」というような言い方をするのでしょうが、その某社の担当者は、まさにクレームというか抗議するといった言い方だったらしく、映画祭事務局内部で問題になりました。

で、検討会議が持たれたところ、当時の事務局の責任者だった方が、「そんなにゴタゴタするインド映画なんか、やめてしまえ!」とおっしゃったとかで(あくまで伝聞です。私もその場にいたわけではありませんので念のため)、それを聞いた映画関係者からあっという間に業界内部に伝わり、映画祭でその作品は上映されたものの、以後、主だった配給会社はインド映画から遠ざかってしまったのです。これも、前述の事件<その1>と共に、『ムトゥ』以降にインド映画の配給が急速に落ち込む原因になりました。

こんなことが過去にあったため、それを知っている配給会社は、インド映画の場合特に不用意に情報を漏らさないよう、気をつけているのでしょう。いろんな条件が整った時点で、「わが社は責任をもってこの作品を配給し、公開します」と告知するのが情報解禁。それまでの契約締結や素材入手、公開劇場決めなどのご苦労も、インド映画の場合は他国の作品以上に大変です。それを乗り越えての”情報解禁”アナウンスは、配給会社にとって特別な意味を持つものに違いありません。というわけで、やはり本ブログは、配給会社の情報解禁のご判断に合わせて作品の公開情報をアップしていこうと思います。

     


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2 コメント

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情報管理は重要ですね (ソニア)
2014-03-05 21:00:58
こんにちは。いつも楽しく拝見しております。

私の気まぐれなつぶやきにお心遣いくださりありがとうございます。大変貴重な業界内部の記事、興味深く読まさせて頂きました。

私たち一般のファンが使うようなツイッターや掲示板なども、情報が瞬く間に拡散できるため便利ではありますが、時にはフライング気味だったり正しくない情報も広がってしまいます。私も時々それに踊らされたりします。

だからこそ、情報の管理はしっかりとすべきなのでしょう。この記事を読み、私を含め多くの人たちが「なるほど」と思ったはずです。

とはいえ、いち早く情報を知りたいのもまたファン心理(笑)これからも許せる範囲での情報やウラ話的なお話しなど、楽しみにしております。
ソニア様 (cinetama)
2014-03-05 23:19:03
早速にコメントをありがとうございます。ネタにしてしまってすみません^^。

実はソニアさんのツイートを見てすぐ書き始めたのですが、あれこれ推敲して今になってしまいました。このまとめ方でも、どちらかに差し障りが出てこないかなー、とちょっとひやひやしています。

一昨年から今年にかけてのインド映画の公開&上映の中でも、冷や汗が流れることがあったりして、「頼むから、もうトラブらんといてくれ!」と祈ったり。とにかく、今上映して下さっているような、堅実な配給会社さんが今後も手がけて下さることを願っています。

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