〜かたることばが歌になる風になる〜

作曲家林光さんの作品を中心に歌ってきた「女声合唱団風」 団員の気ままな日記

コーラス花座コンサート曲練習中

2019年07月28日 | 合唱

5月初めに花座の指揮者隆先生の体調不良で肝を潰したが、奇跡的に復活されこれまで2度の練習でご指導頂いた。

当初今年11月末ぐらいにコンサートの予定で段取りを進めていたが一旦中断。うまくいけば来年中には開くことができるのではと期待感を持っている。

コンサートのワンステージの曲として、和合亮一氏の詩に千原英喜氏が作曲された、女声合唱とピアノのための「レクイエム第2番『レクイエム・光のなかの貨物列車よ』より」を歌う。この作品は1995年1月17日の「阪神淡路大震災」と2011年3月11日に起こった「東日本大震災」の鎮魂と祈りのために作曲された作品。

千原氏は、悲しみをいっぱいに湛え、怒りに震え、なぜ、と問いかけながら、被災地の時は止まったままなのだ。そして震災復興への道のりは遠く厳しいという思いと、いつ終わるとも知れない<貨物の運搬・列車の無限運動>に、「人間存在への普遍的問いかけ」をも表現してほしいというようなメッセージが、出版に当たって2015年12月付けで書かれていた。

Requiem(レクイエム)とは、ラテン語の「安息を」という意味で、死者の安息を願うための、カトリック教会のミサ(キリストの「最後の晩餐」から始まった祭儀のこと)での聖歌のことを言う。全文の内容は「主よ、永遠の安息を彼らに与えたまえ」という祈り。

「コーラス花座」では、指揮者の意向で、氏の提案する2パターンの演奏順以外の、任意曲のピックアップと自由な並べ替えでの演奏スタイルで歌う。

1 Requiem aeternam(レクイエム エテルナム)
主よ、我々に永遠の安息を与えたまえ

2 Kyrie(キリエ)<憐み深い神への賛歌>
主よ、憐みたまえ
キリストよ、憐みたまえ

3 Lacrimosa(ラクリモーサ)涙の日
涙の日、その日は
罪ある者が裁きを受ける日です
灰の中からよみがえる日です
神よ、この者を許したまえ
慈悲深き主イエスよ
彼らに安息を与えたまえ 
アーメン

4 Intermezzo-Vocalise<1>(インテルメッツォ-ヴォカリーゼ)
間奏曲 母音だけでの歌唱

5 光のなかの貨物列車よ<1>
あなたは 夜の底を 通り過ぎる 貨物列車です
無人の駅を 通過して ずっと 北へと向かって
夜から夜を 移動し続ける
荷物を運ぶ 潔く
駅から駅へ ずっと走っていく
したたかで あきらめない
長さと強さがある

何を運んでいますか
あなたは
いつも
新しい荷物を
運んでいます

6 Agnus Dei(アニュス デイ)アニュスは羊 デイは神
この世の罪を取り除く神の子羊よ
彼らに安息を与えたまえ
彼らに永久の安息を与えたまえ
★曲集全体に重いテーマを扱っているシリアスなムードが漂う中、「Agnus Dei」はゴスペル風で乗って歌えるので好きな曲。

7 Lux aeterna(ルクス エテルナ・死者が永遠の光に照らされることを神に祈る聖歌)
★「ルクス」は照度の単位で、ラテン語では光の意味となる。
主よ、彼らに永遠の光を照らしたまえ 聖者とともに永遠に
あなたは慈悲深くあられるのですから
永遠の安息を彼らに与え、たえざる光で照らしたまえ

8 光のなかの貨物列車よ<5>
この夜
あなたは誰に 伝えたいですか
「ありがとう」を
笛を鳴らして 最終の貨物列車が
過ぎていきます
夜から夜へ
運んでいってほしいのです
「ありがとう」を
そうして
夜が明けるまで
親しい
ふるさとの父と母が 目覚めるまで
貨物列車は 続いていく
北へ 北へ

★阪神淡路大震災の時、大阪湾を挟んで対岸に位置する神戸の地に起きた、想像を絶する大きな地震のテレビニュースをリアルタイムで、私は茫然と見ていた。
直線距離にしたら100キロぐらい離れているのだろうか。我が家でも一日中細かな余震が続き、恐怖と不気味さで縮こまっていたように思う。1年ほど経って訪れた神戸の復興の速さを実感した。
東日本大震災の時は、堺市の知人のところで船酔いのようなゆっくりした揺れを感じ、その後の地獄のような状況の映像は忘れらない

★歌詞にある、貨物列車が運んでいるのは<人・命>なのだと思う。
今回歌わない<2>の曲の歌詞に
「人はなぜ生まれてくるのか
人はなぜ人を愛するのか
人はなぜ死にに行くのか
おまえはなぜそれらの全てを
連れて行くのか
なぜ沈黙して通り過ぎるのか
貨物列車よ」とある。
「人間存在の普遍的問いかけ」
永遠のテーマを問いかけている。 
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ちょこっとボランティア

2019年07月19日 | ボランティア
同級生に頼まれて9月に音楽ボランティアで訪問する、特別養護老人ホーム「アリス千里」という施設の、当日使わせてもらうホール見学と、ピアノの音確認をしてきた。

こじんまりではあるが舞台があって、照明設備や空調も良く、椅子も45席ほど並べられるフロア、防音された空間で何よりまだまだ新しい「グランドピアノ」
カフェコンサートした場所とは随分環境が違うが、イベントが入らない限り普段ここをほとんど使っていないと言う。もったいないねと友人と話したぐらい羨ましい特養のホール。
施設入居費用はかなりリーズナブルでスタッフさんも明るく親切だそう。人気の施設なので待機者は800人以上。彼女はこちらに何度かボランティアで訪れているそうだ。

この地域に住んでいる彼女のお母さんは、体調を崩されて最近この地域の別の特養に入居されたばかり。ここも彼女がこれまで音楽ボランティアで何度も訪れた施設。
いつか「アリス千里」に入れたら良いと願っているようだ。
ホールのピアノの音を確認したあと、そこからタクシーで数分の所にある、彼女のお母さんの施設のカフェタイムの時間を訪ねた。

私の昭和4年生まれの母とほぼ同じ歳のお母さんは、55歳ぐらいの時、趣味でカメラを始められて、数年後大阪のとあるギャラリーで写真展を開かれたことがあった。
重いカメラ機材を持って撮影に行くと言う話を聞いて感心したこと、人形浄瑠璃の本番舞台や、人形使いの方達の表情などの写真が何点も展示されていたのを見て、何がお母さんをそう言う方向へと行かせたのかと思ったものだが、理由はお訊きしたことはなかった。

高校時代はもちろん、彼女が最近も「アッコがね」とよく話してくれていたのだろう。数十年ぶりにお会いしたにも関わらず、ついこの間までお会いしていたようにお母さんと会話ができたことが驚きだった。
白髪になられた車椅子のお母さんの表情は以前と殆ど変わらなかった。
しかし片目はほとんど見えていない、左耳の方しか聞こえないなど老いは顕著だけれど、しっかりした口調で、私を覚えて下さっていたことが嬉しく会話が弾んだ。

カステラとお茶の時間は終わりかけていたが、「乙女の祈り」と「ノクターン20番 遺作」を弾かせて頂いた。
アップライトピアノのに向かっている私には見えなかったけど、「施設のスタッフさんがみんな聴きにきてズラッと並んでおられた。私一人でボランティアやってるのと全然違ったよ」と後で彼女は言っていた。
助っ人がいない時は、彼女は「流しのヴァイオリン🎻弾き」のように一人で演奏するらしい。
副科で同じ先生に教えて頂いたヴァイオリンを、今でもこんな風に活用している彼女に感心する。
この後9月に「アリス千里」で演奏する、マイフェアレディ ーの『踊り明かしたい』」と『エーデルワイス』  日本の叙情歌『浜辺の歌』を私のピアノ伴奏でヴァイオリン演奏した。

お母さんがお元気な頃、大好きな千住真理子さんのヴァイオリンコンサートに行かれて、どう言う経緯なのかはわからないが、お母さんは千住さんの計らいで「ハイヤー」で帰宅したことがあったというエピソードを聞いた。
かたや彼女は昔「作曲家協会」なる所に関係していた頃の、高田三郎氏、中田喜直氏、もちろん林光さん、武満徹氏、芥川也寸志氏、黛敏郎氏、山本良純氏など、錚々たる面々が集まる場所に出入りし、交流していた話を時折聞くが、彼女の性格は、物怖じせず行動的なこのお母さんの遺伝子によるものだとこの時ようやく確信した。
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きっとの奇跡

2019年07月16日 | 奇跡
主人が病気になった時「女声合唱団風」の先輩がくれた日めくり。
心に留まる言葉がいっぱいある。

コーラス「花座」は今年11月ごろにコンサートの予定で、昨年初めぐらいから本格的に練習に入っていた。
ほそみっちゃんのご主人も声楽家で高校の音楽の先生。
長年常勤で勤めておられたので、これまでのコンサートの年は、月一ぐらいで日曜日などにご指導頂いてきたが、今年4月からは非常勤になられ、ようやく花座の火曜日の練習日に月一か二度ほどご指導頂けることになって喜んでいた。

ところが5月の一週目の練習日にご指導頂いた翌日、隆先生はご自宅での朝食の時、突然の連続の嘔吐で緊急入院となられた。
検査結果で、脳の前頭葉に出血が見られるがはっきりした原因は不明。
ただ意識は普通にあって、ほそみっちゃんやご家族と面していて、ご自分が誰と話しているかなどはわかっているようだとのこと。頭を激しくぶつけたことはないか?とお医者さんに聞かれても、ご本人はやはり普段と様子が違い、アクが無いというのか、返答もフワフワしていて、同じ答えを繰り返したり、これまでの記憶も無いよう。
脳のリハビリでの質問の中に「今何処にいますか?」の問いに「北海道」⁉️
昨年ご夫婦で北海道旅行しているので、印象に残っているのかなとほそみっちゃんは言う。
突然の「くも膜下出血」「脳溢血」と言った類の病状ではなさそうだったが、ほそみっちゃんは内心絶望的な思いでいたと思う。
その後の細かい病状は、花座の練習日に彼女から聞くだけなので想像するしか無かった。

隆先生がそんなことになったと聞かされたその直後私は夢を見た。
内容は覚えていないが、元気に回復されたという一場面だった。
自分の希望的観測が夢になったのかも知れない。みんなも「きっとの奇跡」を思っていたと思う。

隆先生が入院されて10日後にはclaVoppのカフェコンサートが予定されていて、西宮のスタジオでのリハーサル日、ほそみっちゃんは普段通り気丈だった。
私たち音楽専門家は、すべての人がそうだとは言わないが、少々の突然の困難や苦難にもメゲない「ど根性」があると自負している。
恩師の恐ろしくて凍りつくような雰囲気の中での、精神的に絶壁に立たされるようなレッスンや、試験や演奏の本番のプレッシャーに耐えてきた「筋金入り」の人間が多いから。

毎週火曜日練習後は数人でいつもお茶をしている。さすがにしばらくほそみっちゃんは参加しなかったが、日を追うごとに隆先生の回復状況が良くなってきている話で、またお茶に参加できて、信じられないことに、みんなの「きっとの奇跡」通り6月12日退院された。

原因がわからないのでいつ何時またということは否めないが、体力回復の為に少しずつ散歩などして、元の隆先生に戻ってきておられ、7月16日の今日、私と伴奏の敬子さんとほそみっちゃんだけが知っていたが、練習場に隆先生が現れるというサプライズ。当然みんなの歓声と拍手で迎えられた。

敬子さんと良い笑顔のツーショット。

人間の生命力や、色々な場面での命拾い。「きっとの奇跡」はあるのだろうと私は信じている。

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逝った人と残された者の悲しみ

2019年07月06日 | 生きる
6月最後の日曜日に仏壇のリユースをしてホッとして7月を迎えたその日、主人の弟のお嫁さんが急死した。私より1歳若い人。

建築の事業をする弟の仕事の業者さんらに慕われて、強面で押しの強い彼のクッション役で、3人の子供さんの優しいお母さんでもあった女性。
ひとり娘さんなので、若い頃「自分は1人だから、いろんなことに不安で、子供はたくさん産んだ」と言っていたことが思い出される。

彼女のお母さんと、お母さんの独身の妹さん、つまり彼女の叔母さんの両方を、1昨年ぐらいから続けてお世話し見送ってこれからという時だった。
亡くなった彼女のお母さんは、3人のお孫さんがそれぞれ結婚しひ孫までいて「1人だったのが12人になった❣️」とよろこんでおられたそうだ。

この日午前中に歯科の治療を受けて、その後スーパーに買い物に来た義妹の姿が、防犯カメラに映っていたらしい。自転車に荷物を積んで帰ろうとしている時に「大動脈解離」で倒れ、ほんとに即死状態だったとか。
この病気は、動脈の中の何層かの層が薄くなって、薄くなった方に血液の塊ができて大きくなっていき破裂するという「大動脈瘤破裂」で、何の自覚もなく突然起こるという。誰にでも起こりうる病気かも知れない。

告別式の出棺の時の、姪の「お母さんありがとう!ありがとう!」と泣きながら叫び続けていた悲痛な声、甥たちの声を上げて泣く姿を思い出すとまた涙が出てくる。
交通事故死や通り魔も同じで、突然の愛する人との別れは悲しすぎる。
通夜の席では、高齢ドライバーの事故のニュースから、免許証の返納をいつするのかと言った話題もひとしきり出た。

主人の弟は、葬儀の翌日から仕事はあるものの、多分へたり込んでいるのだろうと想像する。「ピンピンコロリ」が理想と話していた義妹。突然すぎて本人も逝ったと思っていないだろうし、残された者の悲しみも尽きない。

日々を悔いなく生きるという事を考える。
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お仏壇のリユース

2019年07月01日 | 生きる
先日仏壇じまいした実家の仏壇は、勿体無いが仏壇屋さんに引き取ってもらうつもりをしていた。
仏壇じまいの時ご住職から、知人の方で仏壇の欲しい人がいるという、いわゆるリユースの提案があった。
妹もいて、実家の方のお仏壇は、我が家の家具風のものより少し落ち着いた物なのでそちらを我が家に、我が家のお仏壇の方を欲しい方に譲ってはどうかとなって、ご住職と知人の方と私も手伝って、雨天の中仏壇の引越しを行った。

作業の30分ぐらい前に前線通過で瞬く間に水溜まりができる大粒の雨降り。
1時間に3、40ミリの雨で厄介だなと思いながらも、お天気情報の15時から17時まで雨があがる予報通りになって、段差のある庭続を台車に乗せて運び、ご住職と知人の方とで数分で終わらせることができた。終わる頃には陽も射してきていた。仏壇の中の故人たちが喜んでいて晴れ間を作ってくれたと思った。
また一つ課題をやり終えた。

長男は7月1日から長崎への赴任で夕方大阪を発った。
奇しくも主人と同様の九州での単身赴任。
6年半ほど主人が赴任した熊本は豪雨で水没しているニュースが流れている。

家族の日常が少しずつ変わってきている。
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