子供の頃、夏になると必ず泳ぎに来てた荒浜。。
そう、自転車で。。
細い路地を曲がりながら走り、砂浜を目指した。
海の店が立ち並び、活気に溢れていた。。
そう、「夏」。。であった。
仙台の「夏」、、であった、、
2011年3月11日 東日本大震災が全てを変えた。
(震災遺構 仙台市荒浜小学校)
いま、この地域は震災機構となり、
荒浜小学校や住宅基礎、浸食された地形が一部保存し公開されている。
(津波前のジオラマ。夏の活気が思い出される。)
(松の防風林や家々、すべて流された。)
夏の海は、いつも変わらないけれど
人の営みも姿も、時代とともに変わっていく、、
最終の盆休み、良い一日を。
若柳でしか! 僕の親戚や登米には今もたくさん仲間がいます。今の時期、蓮がきれいでしょうね〜。
志津川も震災で大きなダメージを受けましたね。南三陸の綺麗な海は変わらないでしょうし、復興の工事も終わりそうですが、人が戻る事を願うばかりです。
若柳町に、2年住んでいました。
その頃、夏は家族と志津川の海に何度も行きました。
荒浜は行ったこと無いのですが、塩釜や松島の海岸にも、よく行ったのを思い出します。
震災のあと、宮城県に行った時、
泊まった民宿やペンションを探して何も無くなっていて、
涙を流したのを思い出します。
暑い夏、昨日は、終戦記念日でしたが、
同じように、ご冥福をお祈りします。