白琥・白龍

捜猫記~八ヶ岳 海ノ口自然郷で猫を捜した1ヶ月~からはじまるブログ、
猫と絵と、そのほかと。

9.猫を捜す3 3日めの八ヶ岳の払暁より

2011年09月30日 | 捜猫記
目がさめると2時半 雨の音は止んでいました。
電気を消してベランダにでてみると
まるで大きな果物のような、みずみずとしたオリオン座の星々がのぼってきていて
東のからまつの樹々の梢に うるうるとまたたきながら かかっています。
8月のおわり もうこの時刻には空が廻り冬の星座が上がってきているのでした。

夜空の一番深いところには昴(すばる)の星の姉妹たちが 
ちいさいながらもくっきりと輝き
その脇には、おうし座の紅い眼、アルデバランがきらきらとまたたき

まだちょっと 人の歩く時間ではないので
夜明けにもうすこし近づくまで 鳥や花の辞典や写真集をみて待ち

3時半になって家を出ました。
やっぱりちょっとこわいけど 満天に星が満ち溢れて
小さい星々まであまさず見えるので
オリオンは宝石をちりばめた狩り着をまとっているよう、
腰の宝剣もきらきらとして先端の星雲も輝いています。

その足もとに 地味な うさぎ座
左のほうには雄々しいふたごの戦士
東の下からは 
あまりに大きいので、青いだけでなく赤やいろいろな色にまたたいて見える
賢治の「貝の火」の大きな宝玉のような おおいぬのシリウスがのぼってきています。

天頂ちかくにおうし座、すばる、そこから反対がわにむかって目を転ずると 
ケフェウス王がこれもまた細かい宝石をちりばめた絢爛たる衣装
そのへんから天の川の白い砂がきらめき カシオペアのW


その星々の下を、びゃっこの名をささやくように呼びながら歩く

ちょっとこわいときは、
立ち止まって星を眺めました。


やがて東の空が白みはじめ、ラヴェンダーと水色が空を包みこんでいきます。
星々はひとつ、ひとつと消えて
まわりの灰色だった樹々に くっきりと色がもどってきました。

すばるは夜のもっとも深いところにいたので ちいさいのに最後まで見えていました。
やがて空に赤みが増し  夜明け
夏の森や山に満ち溢れる色がもどってきます。

翼に青いすじのあるカケス?の夫婦と
首があかいのはウソでしょうか。
明け方と、夕暮れにも森に深くこだまする哀愁を帯びた声はアカハラ、
うぐいすに、ほととぎす。
カラ系(しじゅうから、ごじゅうから、こがら、やまがら)は
わたしにはどうも区別がつかなくて
晴れた日の夜明けに、kyoroon、kyrooon、tiii…というアカハラの声を先頭にはじまる、鳥たちの朝のコーラスは、いつもすばらしいのです。


薄紫の、首のながいほそほそとした秋美人の
まつむしそう
黄色い小さな花がたくさんつく可憐な 
あきのきりんそう
小さなちいさな蘭科の紫の 
みやま(深山)もじずり は岩のうえにも咲き

吾亦紅(われもこう)の紅
くるくると二重にまいてベルが下がるように咲く
薄紫のつりがねにんじんなど
夏の名残の花もまだある。

白くかわいい錨の形 りんどう科の 
はないかり

すぎごけの道

ななかまどの実が赤くなっている。

赤岳の稜線がくっきりと見え
昨年登ったときに泊まった頂上ちかくの稜線の山荘 展望荘と
頂上わきの頂上小屋が 朝陽にきらきら光りはじめました。
夏山は緑が頂上ちかくまで駆け上がっています。
ああ、あそこを歩いたんだなあと 横岳のほうまで目でたどり

モミやシラビソの細い葉のさきに 虹いろにきらめく朝露

びゃっこーーーーー
おかあしゃんだよーーーー
かえろうよーーーー

はくちゃん、まってるよーーーー
ささみもってきたよーーー

びゃこたーーーーん

夏のおわりの山は美しく
なにもかも置いて 家出をしてひとり ここにいたいのは 
私だったのかもしれないと思ったら、ほろほろと涙が出てきました。

でも 帰ってきておくれ
また、ちっちゃい頭でごつんごつんってして
おかあさんだいすき って
言っておくれ

寒くなってきたらまた、あったかいおふとんで一緒に眠ろうよ

おみやげにちいさい山のねずみをくわえて
おかあしゃん、たのしかったって 帰ってきておくれ


この日は午後には帰京しなくてはなりませんでした。
お午まえに疲れて戻り、
すこし眠りました。


「びゃっこのくれた ひとりの貴重な時間をだいじにね
 ちょっとこわくてさみしいかもしれないけど」
とYKちゃんは言ってくれました。
標高1800メートルの山のなかの 夏のおわりの
さみしいけれどうつくしい3日間でした。

IKさん、TGさん、すみこさん、
心配してくださっているASさん、
ご近所のKNさん、SZさん、SMさん
行き会うと声をかけてくださったBRさんご夫妻、
YKちゃんと伺ったTKさん、
暗いなか、わたしがひとり歩いていたら
心配して懐中電灯を持っておいかけてきてくださったSZさんご夫妻、
行き会ってご心配くださった方がた、
管理事務所の方がた
ありがとうございます。

IKさんと、最後に目撃情報のあったF地区のTGさんに ご挨拶をして
家をざっと片付け
事故渋滞のなか
29日月曜の夜に帰京しました。

その日中に、娘の夏休みの課題のため
一緒に英語の映画のDVDを見なくてはなりませんでした。
翌日は登校日なのででおべんとうも。


けれども
わたしの魂のようなものの一部は
まだ
白虎と一緒に山に残ってしまっているようでした。


このとき、一番歩いた日は、ケイタイによれば3万3千歩。
20数キロでした。
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8.猫を捜す2

2011年09月30日 | 捜猫記
2011年8月27日土曜日。
午後4時半ごろ 
ひとり山の家に着き 荷物を家にあげていると
YKちゃんが、わかっていたかのように「着いたー?」と来てくれました。
うん、ありがとう!点天の餃子とお菓子もってきたよー。

彼女と、
びゃこたんが二日続けて現れた、
一筋上の道沿いのIKさんのお宅に一緒にいきました。

その後連絡はなかったのですが、
二日続けて白虎が現れたその翌日
IKさんのお家の斜向かいのお家にお庭の笹刈りが入って
一日すごい音だったみたいでした。
びゃこたん、ちょっと、こわかったかな。


小雨が降り出しました。

それからYKちゃんんとふたりでF地区、S地区と歩きまわり
YKちゃんのおうちまで一緒にいき
とっぷりと暮れてから家にもどりました。



翌28日、日曜日は、朝5時と 7時に 
40分くらいずつ呼びながら歩き

帰ってきて熱いコーヒーをたっぷり飲み
ご飯を炊き、コンビーフの缶をあけ野菜をたくさん入れて炒めて 
朝ご飯を食べていると
IKさんがひょっくりと来てくださいました。

きのう一緒にホテルのバーで飲んだお友だちのひとりが 
昨日の午後1時ごろ、F地区でびゃっこちゃんを見たそうだ って
別荘地の地図に丸印してもってきてくださったのです。

頭の黒い白いコで、側溝に入って逃げてしまったそうだ って。

それなら間違いありません。
それで9時からまたF地区にいって1時間ほど呼びあるきました。

このときはなんの気配もありませんでした。

ところが、翌日の朝のことですが、
まだ暗いうちに、この丸印ポイントのまえあたりで
びゃこーーって呼んだら、
その前のお家の庭の木立の下の笹のなかで
ぎゃぎゃっぎゃーっ!って小さな獣の声がして、ふうーっ!と続き、
その後 しいーん となりました。

どきどきしながらも、もしや…とそのあたりの家のまわりをふぐるぐるまわりましたが
なにも、誰も出てきませんでした。

その後、一度家に戻りましたが、気になって朝のうちにまた行き
そこをお散歩中の方に声をかけさせていただいていたら
その目のまえのおうちから出ていらした長身の男性が
「白虎ちゃんの飼い主さんですか」と。
なんとそこが、管理事務所の貼り紙をみて
びゃこたんを探してくださっている、TKさんのお家のだったのです! 

猫4匹を一緒に連れていらしているんだそうです。
「ぎゃーって言ったのは、たぶんうちのクリスに違いないけど
言われたほうは…」
きつねだったか。
びゃこたんだったか。



さて話は一日戻って28日
だんだん徒労感がつのってきて
一度家に帰りましたが
お午に気をとりなおしてまたでかけて1時間半呼び歩き

帰って、インスタントラーメンに トマトとキャベツをたっぷり入れて
お昼ごはん

すこし寝ました。

そして午後4時ごろ、暮れ始めるまえからまた歩き始めました。
5時ごろ、YKちゃんが合流してくれ
7時半 真っ暗になるまで捜しました。
 
雨が降り出しました。

家に戻ると、雨はいっそうひどくなりました。

ビールをホテルまで買いに車を出そうと思っていたのだけど
ほんとうに疲れてしまって
のこりものを、もそもそと食べて 
8時すぎに寝てしまいました。
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7.子離れ(親離れ)について。そしてひとり八ヶ岳へ、

2011年09月30日 | 捜猫記
本栖湖から、「希望」も一緒に帰ってきました。
パンドラみたいに。


翌26日は娘は登校日、わたしは年1回の婦人科検診でした。
そして両親はいったん、別荘を撤収し、ひと月の滞在を終えて帰京します。

27日は、中学1年の娘がはじめてお友だちとふたり、こどもだけで新宿に遊びにいく約束の日、
28日は親子で教会の夏のおわりの恒例のビアパーティ、
29日は婦人科以外の検診の予定。
わたしは手帳とさんざんにらめっこした挙句に
ついに決心して、
週末の予定をキャンセルもしくは延期して
ひとりでもういちど八ヶ岳に行くことに決めました。

白虎はいま、あの場所のどこかにいる。



問題なのはわたしの留守の間です。
高度成長期とバブル時代の申し子のようなオットは、
「なければ買えばよいではないか。
コンビニにはなんでもあるしね」という生き方が身にしみついております。
それではよくないこともあるので、小さい娘を置いていくとき、
いままでは出来るだけ食事に困らないよう、できるだけ作り置きしてきました。
しかしことしの夏はいま、きびしい暑さ。
しかも、2泊3日です。

わたしはついに決意して、娘に自炊させることにしました。

もう13歳なんだから出来るにきまっているのですが
心配で仕方ないのは、
わたしが子離れしていないからです。

おりしも女の子の思春期、反抗期で
この5月はひどいもんでした。
しかし、親が五月蝿(うるさ)くかまうからよけい反抗するので、
つまり自立していないのは、わたしなのだと気がついていました。


びゃこたんのおかげで、ママは子離れ、娘は自立の一歩です。


わたしは、先に八ヶ岳からたくさん買ってきた野菜と一緒に野菜炒めを作るようにとコンビーフとツナ缶を買い、
ご飯の炊き方(うちは土鍋で毎日ご飯を炊くのです)、
それから、冬瓜のスープの
レシピと注意を書いて、
敢然と(のつもり)、娘に向かって言いました。

「いい、人間、自立の一歩は
 まず自分の食べるものを作ることからよ。

 それが一番だいじなのだから、
 パパが「買おう」とか「食べにでよう」とか言っても
 とにかくご飯を炊き、自分でなにか、つくってごらんなさいね」

「あーい」と、最近は相変わらず無愛想な娘。
レシピと、ごみ出しなどの注意書きを手にとり、
「わかりました。がんばってね、ママ」

しかし、なかなか頼りになることを
ほんとうはわたしは知っています。


思春期の娘とそろそろ更年期の母。
娘が青春の入り口なら
母は白秋の入り口で、
春と秋、ともに不安定な季節です。
でも、春も秋も、さまざまに移り変わっていく、うつくしい季節であって
その季節の入り口で足踏みしていては、もったいない。
ともに次の季節に、自分を探しながら踏み出さなくてはならないときだと思います。


26日金曜日。
立派なアニメオタクに育ちつつある(~_~;)娘は
教会の中学生会のお友だちと、
はじめてこどもだけで、新宿に繰り出します。
まず新しく新宿にできたアニメイト(アニメ関連商品で、少年少女からオトナまで
オタクなコアなファンの心と、お財布をしっかりつかむお店)にいき、
それからお昼を食べて、
アニメ映画を見て、
そのあと教会のお当番にふたりで行くのです。

その間、両方の母親がスポット的に付き添い、最後に教会に行く予定でした。

まず朝、娘を送り出し、
その後、車に荷物を積み、
前夜に40分ほどかけてゆっくり焼き上げた鶏のササミのジャーキーも持って、
伊勢丹に向かい、
伊勢丹の駐車場に車を入れました。

娘とお友だちのSちゃんと落ち合って
無印良品のデリでお昼を一緒に食べ、
紀伊国屋のマンガコーナーとサーティーワンの場所を教え、
ふたりに、サーティーワンのアイスと映画の飲み物代
(娘はすっかりアニメイトにやられてしまい、少ないお小遣いを散財してたので)
を渡して

そしてふたりと別れて、伊勢丹の地下で
別荘地のYKちゃんやIKさんやおとなりのすみこさんにと
お菓子やデリカテッセンのお惣菜などを買って

外苑まえから中央高速に乗り、
一路 八ヶ岳へ。

昨日帰京した両親に、山の家の電気や冷蔵庫や
いくつかのものをそのままにしておいてもらっています。
夕方まえには山に着く予定です。


高速をひとり、ひた走っていて、ふと
いつもは、小さかった娘が必ず一緒に乗っていたのに
往復ひとりなんだなあ 
と、すごくさみしくなりました。

一緒にお話したり、歌をうたってくれたり
春も、夏も、秋も、冬もこの高速を一緒に乗せて八ヶ岳にいき、
そして沢山の楽しい思い出と一緒に東京に帰ってきました。

子供がいるまえにも、こうして、ひとりで八ヶ岳に行くことはよくあったのに
たった10年かそこらで、ひとりの往復がさみしいなんて
いつのまにかわたしは娘の存在にすっかり頼っていたのだなあと
若いときはこども嫌いで有名だったわたしが
いまの自分に驚くのでした。

こどもってすごいなあ と思うのでした。

でも猫だって、すごいかも(^_^;)。








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6.2度目の目撃 彼はたしかに、別荘地の「どこか」に…

2011年09月30日 | 捜猫記
翌24日、朝8時半の高速バスに乗り、お昼に本栖湖につきました。
青少年スポーツセンターから本栖湖を見下ろすバス停まで
先生とYさんが車でむかえに来てくださいました。

娘はひとりへこたれているか、しおれているかな?と心配していましたが
高校生のクラブの女子のお部屋に入れていただいて
しっかり「後輩」していて、
まじめな顔をして、淡々と練習していました。

スポーツセンターのグラウンドがぐうっと広がるその向こうに道路が通っていて
その道路のむこうに、涼やかに豊かな水をたたえた大きな本栖湖がひろがっています。


中学生から大学生まで、若い子たちがたくさん来ていて
広い芝生のフィールドや体育館で朝から夕方までトレーニングをしていました。
東京の暑さがうそのように涼しく、
いろいろな意味で気持ちのよい、とても良い場所でした。

午後は、練習をみたり、ほかの団体の様子をみたり
すぐ目のまえの湖の湖畔にいってみたりして過ごしました。


その日(8月24日)の夕方、そとはすごい夕立でした。
八ヶ岳もこんな雨かな…

そのとき、またIKさんからお電話がありました!

ドキドキしながら電話に出ると、

「さっき、またびゃっこちゃん、来ましたよ!
 もう間違いないです!」とIKさん!
「びゃっこちゃん、びゃっこちゃん!って呼んだけど、
 上の家のほうに行っちゃいました!
 
 でも二日続けて来たから、餌付けしてみますよ!

 うまくつかまればいいですね。
 そしたらうちの猫のケージもリードもあるからだいじょうぶですよ」
と、どこまでもご親切なのでした(T_T)

IKさんのおうちの猫ちゃんが、電話の向こうでにゃーん、にゃーんって鳴いていました。



二日間、同じおうちに行ったのなら、たしかにまた来るかもしれません。


山の家に滞在中のYKちゃんが両親のところまで来てくれ、
猫缶や、ハクちゃんの匂いのする猫の保定の網などを
IKさんのおうちに持っていってくれました。
そのYKちゃんからメール。
「IKさんは、東京でお隣から殺処分に出されてしまった「てっちゃん」という犬を探しにいって連れ帰って、
 山のおうちで、てっちゃんは、昨年亡くなるまで幸せに一緒に暮らしてたの。
 すごく心やさしい方だから、白虎はまた、IKさんちに現れるかもしれないね。
 IKさんちでご飯を食べてくれたら、一前進。
 IKさんはずっと住んでらっしゃるから、焦らずに行こう」


父がびゃこたんを呼びながら歩いていたら、
むこうからIKさんがやっぱり「びゃっこちゃーん、びゃっこちゃーん」と呼びながら歩いていらした  と母が笑っていました。 

父も、やさしいひとなので、散歩しながらずいぶん探してくれたようでした。

YKちゃんも「道で探索中のパパにお会いしたよ」って言っていました。

その両親も、あと二日で帰京です。
うちの山荘もいよいよ無人になってしまいます。

おとなりの猫のプロ(?)、バレリーナのYちゃんも
「住んでいる人が餌付けしてくれるなら、
寒くなるまでにきっと、びゃこたん、帰ってくるよ」と言ってくれました。

希望と不安。
びゃこたんは、間違いなく別荘地のなかのどこかにいるのです。



わたしはその夕方、手帳をみて、考え込んでいました。






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