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おぼろ男=おぼろ夜のおぼろ男は朧なり 三佐夫 

小説・エッセー。編著書100余冊、歴史小説『命燃ゆー養珠院お万の方と家康公』(幻冬舎ルネッサンス)好評!重版書店販売。

愛の芽生え

2014-01-30 19:24:50 | Weblog
">翌日は、撮影会に呼ばれていて、帰宅が遅くなってしまったが、頭の片隅には、撮影中も夢の中の鯛とミゲルの姿が、浮かんだり消えたりしていた。二人は、茉莉子よりも若いので妹と弟のように思われるからであろうか、とても身近に思われる。

 晴れた朝は、海を見下ろす砂丘の上で沖を通る船を眺めていたり、風の強い日は、網をしまう小屋の中でミゲルの語る片言のルソンの話を聞いていたりする。
 鯛が磯ものを獲りに海へ出かけると、仕事がなければ鯛の後を追う。畑へ野菜を獲りに出かければ、手伝いをする。
 村の若者の中には、鯛とミゲルが、いつも一緒なのが面白くないので
「鯛よう、おめぇは、いつからノビスパンの人間になっただい」
「目の青い奴と付き合うと、ろくなことはねぇぞ」
などと、すれ違うと大声で言う者もいる。
 ルソンに妻子のいるオットーが、羨ましがって
「ミゲルよ、鯛さんといつも一緒で二人は、恋人みたいだなぁ」
と、からかうと、鯛は頬をあからめるが、ミゲルは嬉しそうに笑っている。
 鯛のおっかぁさんも
「若い娘と男が、いつも一緒じゃ、村の者たちに噂が立つからよう気をつけろよ
と、心配しているのだが、二人はますます仲が良くなった。
 鯛が磯で栄螺を獲ろうとして深みに手を伸ばしたとき、急に大波が寄せて来た。
「よう、助けてぇ」
と、叫んで、鯛の姿は見えなくなった。
ミゲルは、その時、蟹を獲ろうとしていた。
鯛の声を聞きつけて、走り寄り、海に飛び込んだ。腕を伸ばして鯛の着物をつかんだが、引き波にミゲルも一緒に大浪に引き寄せられてしまった。
二人の頭は、水面に浮きつ沈みつ、必死で岩にしがみついた。
そこへこの前、鯛に悪口を言った若者が三人通りかかって、助けてくれた。
「有難うね。あぶねぇところだったよう」
「皆様の~お蔭様でぇ~助かりましたよ~。ほんとに~ありがたく~思います。」
「だかん、言うことじゃねぇよ。いつも二人だけだかん危ねぇ目に合うだぞ。気をつけろよ」
と、言うと、大声で話しながらすたすたと帰って行った。

閑話休題
敬愛する知人・詩人の吉野弘さんがご逝去なされて、心に空洞が出来ていたのですが、ニュースで松戸市出身のおぼかたさん(女性・30歳)が、従来の発想を覆す歴史的な研究を発表なさったので、小生も老骨に鞭打って、文芸の道をひたすらに歩もうと言う意欲が湧いてきました。チャーミングな彼女の意欲に学ぼうと考えております。
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正夢?

2014-01-29 19:25:34 | Weblog
夕方、父が帰ってきて、食事になった。
「おう、珍しく活きの良い肴があるね。茉莉子は、御宿では民宿に泊まったのかい」
 と、父が尋ねると、母が、
「それがねぇ、親切な海女さんの家に泊めていただいたんですって」
「そうなの。海女さんのリーダーの家で、お世話になったの。それに」
「それに?何かあったのかい」
「ええ、岩和田一の長老のおばぁさんの家に伺って、湯浅家のことをいろいろと教えていたがきました」
「へぇ、そんなに古いことを知っているおばぁさんが、いたんだねぇ。どんなことを聞いて来たのかね」
「あのねぇ、うちのお爺さんのお兄さんは、ハワイへ一家で行ったんですって。もともとは、干し鰯屋をやっていたけれども衰退してしまってね、ハワイでパイナップル栽培をしたんだって」
「そうだったのか。それでうちのお爺さんが岩和田へ訪ねた時には、家屋敷も跡形なかったんだなぁ」
「それで、ハワイで事業に成功したんですって。そう長老のおばぁさんが話して下さったの」
「そうか、それはよかったね」
「わたし、昨夜は面白い夢をみたの。それはね、昔の昔、岩和田の浜にスペインの船が嵐に会って座礁したことがあるんだって。そのお話は、お父さんも、おかぁさんも知っているでしょう」
「わたしは、お嫁に来た頃、お爺さんが元気でしたからお話を聞いたことがありますよ」
「何でも三百人余りの異国の人たちが、浜に上陸して、村人に助けられたと言う話は、お爺さんがよく話してくれた。村の娘と恋仲になったスペインの若者もいたそうだよ」
「だから岩和田には、今でも外国の人に似た赤ちゃんが玉に生まれると言う話が伝わっているそうよ」
と、祖父から聞いた話を母が思い出した。
 茉莉子は、昨夜の夢がもしかすると正夢なのかもしれないと、背筋がゾクゾクとしたのだった

干し鰮屋

2014-01-28 17:13:24 | Weblog
">">「茉莉子さんよう、日が高くなったから起きるといいだ」
 聞きなれない声で茉莉子は、目をさました。周りを見回すと、いつもと違う家であることに気付いた。
「ゆうべは、長い夢を見ていて、ここがどこかを忘れていた。たしか昨夜は、岩和田の海女さんの家に泊めていただいたのだった」
 急いで布団から飛び起きて身づくろいをして隣の部屋に行くと、もう朝食の用意がしてあった。
「お早う御座います。昨夜は、本当にお世話になりました」
 と、土間の海女さんに声をかけると、
「やっと、目を覚ましたかい。随分良く眠っていたから声をかけなかったが、いつになっても起きてこねぇから心配になって起こしただよ。庭先に水が汲んであるから顔を洗うといいだよ」
と、海女さんは手ぬぐいを差し出してくれた。
「昨夜は、ご馳走様でした。満腹で、ぐっすりと眠れましたから今朝は、とても快適です」
「そうかい、そりゃいかったよ。おれは、先に朝飯を食ったからおめぇさんは一人で食いなよ。みそ汁は、昨日の残り物だが、今あっためるからよ」
「有難うございます。遠慮なくいただきます」
 茉莉子は、昨夜の長い夢を思い出しながら海の香りのするみそ汁をすすった。
食べながら「あの、ミゲルと鯛さんは、その後はどうなったのか」と、気がかりになっている自分に気づいた。
「ああ、そうだ。おめぇさんが起きねぇもんだから村で一番の年より婆さんに聞いて来ただよ」
「何をでしょうか」
「ゆうべ話していた湯浅さんのことだよ。ハワイでパイナップルを作るために村を離れた家のことだが、年寄婆さんは覚えていただよ。おめぇさんも訪ねていくといいだよ。おらが、おめぇさんのことを話してあるからよ。ただ、でぇぶ耳が遠くなっているから大きな声で話さねぇと駄目だよ」
「有難うございます。帰る前に寄らせていただきます」
「帰る前にもう一度よるといいよ。活きのいい鮃と鯵が揚がったから土産に持って行きなよ」
 海女さんの気前の良いのに茉莉子は驚いてしまった。
 尋ねる家は、大宮神社の入り口にあった。山に向かって、左右に民家が数軒建っていて、右側の一軒目に村一番の年長者のお婆さんが住んでいる。茉莉子が、玄関で声をかけると、待ちかねていたらしく、すぐに
「おうよう、よく来たねぇ」
と、言って、建てつけの良くない扉を開けて、おばぁさんが顔を出した。
 元海女さんで、九十歳までは海に潜っていたと言うだけあって、がっしりとした体型であった。
「おめぇさんは、写真のモデルだそうだね。岩の井の旦那さんは、毎日のように写真機をかついで、浜に来るだよ」
「わたしも一度お世話になりました。海女さんの写真では、有名な方だそうですね」
「おう、そうだよう。あんたは、干し鰯(ほしか)屋の湯浅の親類の者かねぇ」
「ええ、わたしも湯浅と申しますから親類ではないかと思います。祖父が、この村から東京へ出たので、よくは分かりませんが」
「おめぇさんの爺さまは、おれが子供のころには隣に住んでいただよ。おれは、かわいがってもらったもんだ。背丈が、すらぁっとしていて色白の若者だったなぁ。名前は、ヨシ兄いと言ったと思うよ。おめぇさんも爺さまのヨシ兄い似だねぇ」
と、おばぁさんは、茉莉子の顔を懐かしそうにしげしげと見つめるのだった。
「おう、そうだよう。何年かたって、たしか、大宮神社にお参りしにきれいな嫁さんを連れて来ただよ。そん時に東京の土産の菓子をもらったなぁ。それは、えれぇ旨かったから今でも忘れねぇよ。おれも学校を出たら東京へ行きてぇったが、お父に海女の後を継げと言われて、諦めたよ」
「干し鰯屋は、おめぇさんのおじさんだがよう、商売がすたれてしまって、しょうがねぇからハワイに一家で行くことになったのだよ。この辺りでは、昔から海を渡って一旗揚げようとする者がいるだよ。何でも世話をしてくれる人がいて、向こうでパイナップル畑をやったと聞いている」
「でぇぶ前になるが、町の本屋の跡継ぎが、ハワイに仲間と旅行して世話になったそうだよ。広いパイナップル農場で缶詰工場もあるそうだからよかったなぁ」
 耳が遠いので、人の話はあまり聞かないで、思い出話を大声で話してくれるから茉莉子は、耳を傾けて相槌を打っていればよいのである。
 茉莉子は、自分のルーツがこの岩和田の村にあることを確かめて、感動したのであった。
「早速、東京へ帰ったらこのことを父や母に話そう」と考えて、御宿駅から両国行きの汽車に乗った。
font>誤字・脱字がありますが、草稿ですのご容赦ください。出版の時には手入れと推敲をいたします。

長い夢

2014-01-27 19:05:25 | Weblog
"「茉莉子さんよう、日が高くなったから起きるといいだ」
 聞きなれない声で茉莉子は、目をさました。周りを見回すと、いつもと違う家であることに気付いた。
「ゆうべは、長い夢を見ていて、ここがどこかを忘れていた。たしか昨夜は、岩和田の海女さんの家に泊めていただいたのだった」
 急いで布団から飛び起きて身づくろいをして隣の部屋に行くと、もう朝食の用意がしてあった。
「お早う御座います。昨夜は、本当にお世話になりました」
 と、土間の海女さんに声をかけると、
「やっと、目を覚ましたかい。随分良く眠っていたから声をかけなかったが、いつになっても起きてこねぇから心配になって起こしただよ。庭先に水が汲んであるから顔を洗うといいだよ」
と、海女さんは手ぬぐいを差し出してくれた。
「昨夜は、ご馳走様でした。満腹で、ぐっすりと眠れましたから今朝は、とても快適です」
「そうかい、そりゃいかったよ。おれは、先に朝飯を食ったからおめぇさんは一人でくいなよ。みそ汁は、昨日の残り物だが、今あっためるからよ」
「有難うございます。いただきます」
 茉莉子は、昨夜の長い夢を思い出しながらみそ汁をすすった。
「あの、ミゲルと鯛さんは、その後はどうなったのか、気がかりになっている自分に気づいたのである」
「ああ、そうだ。おめぇさんが起きねぇもんだから村で一番の年より婆さんに聞いて来ただよ」
「何をでしょうか」
「ゆうべ話していた湯浅さんのことだよ。ハワイでパイナップルを作るために村を離れた家のことだが、年寄婆さんは覚えていただよ。おめぇさんも訪ねていくといいだよ。おらが、おめぇさんのことを話してあるからよ。ただ、でぇぶ耳が遠くなっているから大きな声で花さねぇと駄目だよ」
「有難うございます。替える前によらせていただきます」
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誕生日

2014-01-26 22:45:05 | Weblog
1月25日は、私の誕生日!!
                               安藤  三佐夫     
わたしは、幼いころ6歳の姉と母と、いつもは三人暮らしだった。
住んでいたのは、千葉県市原郡原田字木の根坂と言う所で、父が金を工面して家を建てたのである。おそらく篤農家の自作農の祖父母に小金があったから助けてもらったのであろう。(この家は、今でもリニューアルして左官屋の小坂さんの末裔が住んでいる)
 木の根坂には、父も含めての4人家族で、妹が生まれるまで住んでいた。4歳までで、その後は、隣の島田の祖父母の家に転居して、高校卒業まで暮らした。何故なら父は、道楽者で勘当されてはいたが、跡取り息子だったからだ。
槇の木の垣根に屋敷は囲まれていて、母屋と長屋門、厩・物置小屋と風呂場・便所の4棟があり、かなり広い庭があった。なぜ屋敷が広いかと言うと、前と後ろの家が去って、その屋敷も我が家が買い取ったからである。おそらく千坪に近かったのではなかろうか。
道楽者の父は、いつものことだが、どこへ行っているのか、その日は不在であった。
大雪の日の夕方に母に陣痛が来たので、姉は1.5キロほど離れた村の産婆さんを呼びに行ったが、途中の田舎道は雪で折れた木の枝が通せんぼしていた。
 運よく親切な郵便配達のおじさんが通りかかって、
「枝を折れば通れるよ。小さいのにえらいね」
と、言って助けてくれた。
 今、84歳の姉は、よくそのことを話す。
 よくもまぁ、幼い子供が一人で産婆さんを雪の夕方に呼びに行ったものだが、我が家では、父の不在の時は、姉が母を助けて家事をよくやってくれていたことを今でも思い出す。私も朝寝坊の母に代わって、5~6歳ごろは土でできた竈(へっついと言う)で毎朝、御飯を炊いた。だから焚火は得意である。姉は、早く起きて、前日のご飯を食べ、弁当を詰めて、4~5キロある高台の鶴舞高女へ通った。だからしっかり者であることは、誰もが知っているし、また自負もしている。
思い出せば、切もない。
 今年は、夫婦で風光明媚な住みよい御宿のリゾートマンションに転居して、初めての誕生日を迎えた。息子は奈良でオイリュートミーの指導をしているし、娘は結婚して茅ヶ崎に家を建て、二人の子を育てている。妻は、水頭症で3度の手術に耐えて、よちよち歩きだが炊事は出来る。
 わたしは、このところ、小説を手掛けていて、句作を怠けているが、一念発起!
  天地燦然 余生の春を老夫婦
 冬疾風 帆となる背なは沖へ沖へ
 首に巻くマフラーぬくし孫の顔(まな=7歳が手編みを送ってくれた)
  幼児語ほのぼの「おたんじょうび おめでとう」(かなる=5歳)

 朝寝坊のわたしは、満78歳にして、初めて初日を拝んだ!
濃いオレンジ色に輝いた空と、太平洋の燦然たる輝きに感銘したのであった。マンションの6階からの眺めは、ことのほかに見事である。180度のオーシャンビューとは、このことであろう

食べ物の工夫

2014-01-26 19:29:40 | Weblog
 サンフランシスコ号の乗組員たちは、海が凪いでいる日は、大勢で船の材木を浜へ引き上げることに精を出している。
 夕方になると、ミゲルとオットーは、びしょぬれになって帰って来うからたえは温かい物を食べさせることにした。
 野菜や芋の煮つけを小魚と土鍋で煮て、食卓に出したら「う~まいですねぇ」と、喜んで食べた。米は、沢山はないので毎日、大根や芋を混ぜて炊いたが、二人は、いつも喜んで沢山食べた。
「たえさんの料理は~とても~美味しいですねぇ」
と、二人はお代わりをするのだった。
「ミゲルさん、ルソンでは、どんな物を食っていたのかい」
と、菊が尋ねると、
「豚や鶏の肉と野菜を~ヤシの油で炒めて~たべます。それに~牛のミルクを~沢山飲みますよう、とても~美味しいですねぇ」
「鶏はいるけんが、卵をとるためだから祭りと、正月しかつぶさねぇだ、豚はこの辺りでは、飼っていねぇしなぁ」
と、祖父が言った、
 父が、
「それなら海の大物をつかめぇて来てやるべぇよ。沖には、いつもマグロやカツオがいるし、たまには鯨や、イルカも群れていることがあるぞ」
 菊が、
「いることは、いるが、小さな舟で漁をしているからなかなか大物は捕まらねぇよ」
「だかん、何人かで舟を出して、奴らを囲んで捕まえれば何とかなるさ」
 父が、得意げに話した。
「お父、もしか大物が獲れれば、助かるねぇ。二人も口が増えたから足りねぇから頼んだよ」
 たえは、毎日何を食べさせたらいいか頭を悩ましているのだった。ただ、大多喜城の本多のお殿様からコメや、鶏の肉が、間もなく届くと言う嬉しい話を名主から聞いたので、それを待ちかねているのである。

恩返し

2014-01-25 19:25:12 | Weblog
「今晩は、たえのとってきた磯ものの鮑のたたきと、さぜぇのつぼ焼き、それに海の草の汁にしべぇよ」
と、母の菊が言った。
「それじゃぁ、鮑のたたきは、おらが造るよ。ちょうど、柚子がもらってあるからその皮を入れると香りがいいからよ」
と、たえが言うと、母が
「そうか、それじゃたたきは、たえに任せるからな」
と、言った。
 夕方、ミゲルと、オットーが、びしょ濡れで帰ってきた。
「あれよう、あじょしただい?えらく濡れているじゃぁねぇかよう」
菊かぁさんが、驚いて声をかけると、
「わたしたちは~ご恩返しに~船の帆柱を~お世話になりました~名主さんの家へ~差し上げようと~考えました~。それで、海へ入ってぇ~ロープを~かけました~」
「濡れていると、風邪を引くから、これと着替えるといいよ」
たえは、大急ぎで、お爺さんと、お父さんの大事にしている着物を出してきた。
母の菊も
「すぐに着替えるとよかっぺぇ。体をよく拭いてから着るんだよ」
「有難うごぜぇますよう」
と、二人は言って部屋で着替えた。
 夕食は、栄螺のつぼ焼きと、海の草の汁で、磯の香りが部屋中に立ちこめていた。
「さあさ、いっぺぇ食いなぁよ。腹がへったぺぇよ。今晩は、たえがとって来たものだからちいとばぁりちいせぇけんど、味はかわらねぇよ」
 菊が言った。
 二人は、物も言わずに大根を混ぜたご飯を知ると栄螺と鮑でもりもりと食べた。
 父が漁から帰ってきて、たずねた。
「ルソンの者たちは、海へ入って、なんかやっていたけんが、何をいってぇしてただい」
 祖父が、御飯を食べながら言った。
「それはよう、助けてくれた恩返しに船の帆柱を名主さんの家にくれようとしていただよ」
「そらぁえれぇもんだなぁ。ちゃぁんとお礼を考えているだからよう」
 ミゲルが言った。
「でも、あの帆柱は~太くて~重いですから~幾日もかかりますねぇ」
 黙って聞いていたオットーが、大声を出した。
「ミゲルさん、なんて言っただい」
と、菊が尋ねると、ミゲルが
「海が穏やかのときにやろうよ。あきらめては、エスパニアやノビスパンの者たちが、この浜の者たちに笑われてしまう」
と、通訳した。
 それを聞いて、たえは、嬉しくなってしまった。この人たちは、怖ろしい耶蘇教だから油断するなと、言われているが、本当は、優しい心を持っているのではないか、と思ったのだ

神様に祈る

2014-01-24 19:44:29 | Weblog
 たえが、田尻の浜で尻っぱしょりをして、磯ものを探していると、ミゲルがやって来た。
「たえさん、何を~してぇいるのですか~」
 と言いながら磯へ濡れるのもかまわずに寄って来た。
 たえは、それには答えずに磯ものを探していると、
「ドンロドリゴさんが~、臼杵の~港から帰って来てぇ、半分の~者たちは~、臼杵に~ある船でぇ、アカプルコに~行きま~す」
「えっ、ミゲルさんも、その船で行くのかい」
と、聞き返すと、
「わたしは~残りま~す。大御所様が~船を下さるので~その船でぇ、後から行きま~す」
 たえは、思わずにっこりと笑顔を見せた。
 ミゲルといつまでも同じ家で暮らしかったのだ。
「なぜミゲルさんは、後回しになったんだい」
「それは~船に~全部は~乗り切れないのでぇす。だから~わたしは~ロドリゴさんなどと~後の船でぇ行くことになりま~したよ」
「それは、いつごろになるのかい?」
「エゲリスの~人が~今、造ってぇいる船が~出来たらぁそれに乗るのです。いつになるのでしょうかねぇ」
「あぁ、エゲリスの人と言うのは、この前、岩和田に来た人かも知れねぇね。何でも大御所様の家来で、船も造れる偉い人だって名主さんが、言ってたよ」
「そのう~人は~ウイリアムアダムスとか~いう名前だそうですよう」
「きっと、そうにちげぇねぇよ。その人は、船のことを何でも知っていると言う話だからよう」
 たえは、ノビスパンへ行く船の出来るのが、なるべく遅くなってくれることを神様にいのるのであった。
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ミゲルの言葉

2014-01-23 19:30:49 | Weblog
 岩和田の岬の森には、けもの道のような山道がある。たえは、この頂から海を眺めるのが好きであった。急な上り坂を息を切らせて登っていくと、聞きなれない歌声が聞こえて来た。
「おや、誰かなぁ」
と、声のする方へ近づいていくと、ミゲロが、はるか彼方の水平線に向かって、歌っていた。しばらくその声に聴きほれていたが、いつになっても終わらないので、そばへそろりと近づいて行った。
 ミゲルが気づいて、
「たえさん、聞いて~いたのですか~」
と、目を丸くして、振り返った。
「ミゲロさんは、えれぇいい声だねぇ。何の歌だい?」
「私の~声は、よいですか~。この歌は~仕事の~お休みの~日にチャ-チで~歌うのですよう。イエス様に~お祈りを~みんなで~しますよう」
「へぇ、お経とは違うんだねえ、ルソンにも休みの日があるのかい。岩和田では、大風や雨の日が休みだから決まっちゃいねぇよ」
「そうですか~。チャーチには~イエス様が~クルスにかけられています。そのお姿に~私たちの~身代わりでぇ、磔に~なったのですよう。アーメン」
と、ミゲルさんは、胸で十字をきったのでした。
「たえさん。この海の~向こうには~ルソンが~あります。また~もっと向こうには、ノビスパンもあります。私は~船に乗ってぇ、お父さんの生まれた~アカプルコの~港に~行きたいのです。そこには~もっと遠い所のエスパニアに向かう~大きな船が~沢山行き来しているそうです」
「へぇ、海の向こうには、いろいろな国があるんだねぇ。おらも行ってみてぇなぁ」
「たえさん。私は、あなたが~大好きです~。一緒に船に乗ってぇ、アカプルコに~行きませんか~」
「えっ、おらを連れて行ってくれるのかい。それは、だめだ、だめだよう。おっかぁや、おっとうが、許してはくんねぇもんよう」
 いつの間にか、風が吹いて、黒雲が沖の方にわいて来た。
「ミゲルさん。こらぁ雨になるよう。すぐもどるべぇ」
 二人は、手を取り合って坂道を滑らないように気を付けて下った。
 家に帰ると、たえは、ミゲルの言葉を思い出して、頬がほてるのだった。
「たえさん。私は、あなたが~大好きです~。一緒に船に乗ってぇ、アカプルコに~行きませんか~」
 その言葉は、夜、布団に入っても頭の中を駆け巡っているのだった

クルス

2014-01-22 19:25:39 | Weblog
<「ミゲロさんよう。おめぇさんらは、いつもは何を食っているんだい。何でも赤い血のような物を飲んでいるそうだな」
 お爺さんが、尋ねたら
 「それは~、ワインと言うものですよ~。葡萄でつくる甘い飲み物です」
 「おれたちは、米で造ったどぶろくちゅうもんを飲むからお前さんたちは、ワインを飲むのかい。ロドリゴさんたちが、集まって大宮寺で血を飲んでいるちゅう話を聞いたぞ」
 「サンフランシスコ号から~ワインの樽が~浜辺に流れ着いたので~、それを~寄合の~時に~飲んでいたのでしょう」
 「ああ、そうかい。そんなら安心だけどもよう、まさか日地の生き血を飲むわけはねぇよなあ」
 「私たちは~、そんな~恐ろしい者では~ございませんよう。イエス様に~叱られて~しまいます」
 ミゲロさんが、急に血相を変えて大声を出した。
「それならあんたたちは、耶蘇教の信者かい」
母の菊さんが、怖ろしそうな声で尋ねた。
「は~い、私たちは~、みんな~これをさげて~おます」
と言って、胸に下げているクルスを見せた。
「おやまぁ、これが耶蘇教のしるしかい」
「そうです~。これは~、キリスト様が~、はりつけに~されたことを~わすれないために~み~んな~下げています」
ミゲロさんは、クルスにキスをして
「アーメン」
と、つぶやいた。
 たえは、大宮寺でお盆にお坊さんが数珠をまさぐってのとお経をあげるのと、耶蘇教がクルス
にキスをするは同じようなものかな、と考えた。
だが、子どものころから「毛唐の拝む耶蘇教は恐ろしいものだ」と、聞いているので、ミゲロさ
んの胸のクルスが、魔物かもしれないとも思うのであった。
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