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ゆるりとよいしょ♪

ぶぶを看取ってべいを看取って・・・想定外にレッボーべべこと暮らすことに・・・おてんば娘は今日も元気💪

明治・大正・昭和…世が世ならブロガーだっただろう。

2015年06月22日 | ブログ

祖父のアルバムは写真との合間合間に説明が入っていてとても読みやすかった。

祖父はワープロなどは使わなかったがコピー機をもっていた。

コピーというかアンモニアと筒を使って「焼く」

そして大量にうす水色の同じもの作れる何かがあった。

押入れ一間がまるまるその機械で私が幼少の時にも学級新聞などに重宝させてもらった。

ガリ版とは違って。

懐かしい。

実母はタイピンクの機械をつかいこなしていた。

いろんな「へっ~」がゴミとともにでてきた。

いろんなものを処分するのに弟とほぼすべてに目を通した。

良き時代は祖父のころまで。

時代がね。

父の才覚の問題だけではなかったと思う。

ただ父の奥さん二人とも苦労した・・・・・・・・・

その足跡が次から次とでてくる。

土地ももしすべてが自分の土地ならとっくに抵当に入って今は家もなかったと思う。

ただ父は今でも今でもあそこの土地を手に入れたいと思っている。

いや~もしあの土地が父のものなら私もいい思いができるかもなあ。

ただ即売りです。よ!

父の書いたものを読む。

けっこうユーモアにあふれ読みやすい。

ただ長い。

祖父は世が世ならきっとおもしろいブログを作っただろうなあ。

実家は今日で空っぽになった。

今週最終見積もりをとって七月に入るが解体の運びとなる。

もう少しもう少し。

もう少しだ。


べべこちゃん・・・薬3種。初レントゲン。

2015年06月20日 | ブログ

予防接種以外にべべが通院したのは耳と下痢。

夜間救急なんてこの子には無縁。

そう思っていた。

とある夜。

20時30分に3度めの食事。

牛ガムを少しかじってサークルで寝せた。

22時半ごろ・・・

ベットで転がっていた私の耳がピーンとなる。

ごぼっぼぼっ。

見たら吐きたいけれど吐けないべべが。

一瞬舌の色が紫~

サークルから出てこない無理に手を出すとこの子の悪い癖がでた。

「うなる」

よろよろっとでてきた。

がぼっ~~~~~~~~~~~

口からでたでた。

これですっきりしてくれたら良かったのだけど。

ごほっぐふっ。

床舐め行動。

腹部を触ると牙をむく。

うろうろげっげっしながら床をなめなめなめ。

これって。

かなり具合が悪いサイン・・・

夜間救急に行こうかどうしようか迷った。

訓練士さんにメール。

実はこの日は訓練の日で・・・

帰宅したら砂のようなつかめない便がでてちっと気にはなっていて。

うーん。

夜間救急に行こうか・・・

ただべべは車は騒ぐ。

タクシーは無理。

ぶぶとかべいの時代にあったエースタクシー・・・

この地域はペットタクシーなくなっちゃったのをべべが来た時に一応調べておいたのだ。

とうちゃんは寝てるし。アルコール入ってるし。

運転してべべを街中の夜間に連れてゆく自信なくって・・・

それだけ重篤じゃなかったといえばそうなのか。

なんてゆうか。

胃腸が動いてないようなそんな感じはあったで。

様子見て様子見て。午前2時半床なめをやめてくれて寝る体制。

うん。だいじょぶ。

朝一で病院へ。

耳の後ろに具合悪べべをさわりまくってマダニも発見したし。。。

連れてってもらったドックランで石と砂を口にいれたような・・・

マダニをとってもらってから初レントゲン。

なされるまま。

わりとよいこ。

腸に空気は移動して異物がてんてんとしてたが時間を追って便として排泄されるでしょう~

あ~血液検査してほしかったなあ。

ダニの塗り薬と飲み薬2種。

「べべこちゃん」って書かれてた。

5日間薬飲んで様子見中。

だいじょぶだとは思う。

。。。。。

実家の解体に向けて毎日通う。

あとはアルバムだけ。

本当に空っぽになった。

仏壇は弟がもって行った。

神棚はおたきあげにだした。

人が住まなくなった実家は廃墟・・・

スギナの勢力がすごい。

祖父のアルバムに私と犬の原点をみつけた。

私がポチに書いた手紙もでてきた。

ぽちって。やっぱり実母亡きあとすぐにやってきたんだ。

捨てられなくてやぶってそのページはもってきた。

雌のポチ。

小屋に手を入れるとうなってたな・・・・・・・


 


電子マネーなどと母

2015年06月16日 | ブログ

実家の荷物を片づけていて。

うん。アルツハイマー特有の購入してきた「同じもの」がたくさんでてきたのはもちろん。

母と歩いていていつも思っていたことがこういう形になってたんだと思ったことがあった。

母はティッシュを配っていたりチラシを配っていたりしたら「どうぞ」と言われたら「下さい」と言葉にして受け取っていた。

とても不自然に感じてはいた。

古くなった古いポケットティッシュなんて45リットルのごみ袋何個になっただろうか。

それはいいのだが・・・

実家に一番近いスーパーはイオン系列だった。

以前は違う名前のスーパーで最後まで新しいスーパーの名前は認識することはできなかった。

それに支障はなかったが・・・・・・・・・・・

イオンといえば私ももっているがワオンの電子マネー・・・

イオン系列になる前はただのポイントカードだった。

だとしてもポイントがたまったから何をするでもなくそんなポイントカードも山ほどあったのだが。

電子マネーを作る場合確か300円ほど支払わなければならないはず・・・

チャージができるお年寄りはアルツハイマーにかかわらずどれぐらいの割合がいるのだろうか・・・

「ワオン作りませんか?」そう声をかけられるたびに母は「下さい」と言ったんだろうな。

未開封やただ財布に入ったままのワオンがたくさん見つかった。

一枚にお金がかかっているという認識はなかったのだろうな。

そして1万円札をだしておつりをもらっていたんだろうな。

母は1万円札以外お金だと認識できなくなっていた。

というかお金の感覚に異常をきたし1万円札さえだしたら間に合うんじゃないかとという特異な予測の中で不安と戦っていたのだろう。

チャージする電子マネーカードはこれからの高齢者社会の課題でもあると感じた。

「下さい」おかあさんタタほど怖いものはないのよ。

最後の最後に布団と着物の買い取りさぎにあいそうになった。

とりあえず何時にくるということがわかっていたので私が待ち構えて家にはいれなかった。

私も夫も含めてこれからの時代・・・・・・・・・・

おいしい話にはかかわらず交わしていけたらと思う。

ワオンを使うたびに母を思う。

たぶんこれからもずっと。

ドラックストアもポイントと電子マネーが融合され私はこれを便利だと利用している。

でもチャージを理解できなかった母の気持ちもとてもわかる。


ぶぶさんの生まれた日。

2015年06月15日 | ブログ

札幌祭り。

車を走らせるとたなびく旗が「札幌祭りなんだなあ」そう感じさせる。

今日はぶぶさんの生まれた日。

ぶぶと何度か行ったな中島公園。

札幌祭りは夫婦の初デートの日。

そこで行ったのが中島公園だったから。

結婚記念日より入籍記念日より思い入れが深い日。

たまたまその日生まれのぶぶがやってきたんだ。

初デート。あの日がなければ今は本当に無い。

ぶぶともべいともべべことも会ってないだろう。たった18日間のもこともね。

子供は・・・いたかもしれないしやっぱりいなかったかもしれないな。

。。。。。

両親はいろいろな問題を抱えて私たちを困らせている。

ただ自分達の後始末を金銭でカバーできる可能性は残してくれた。

もし二人が今後10年以上生きたら私達姉弟は金銭的援助をしなければならない。

その時は私達夫婦は年金生活でまあどうなっているかはわからない。

べべこのことは・・・私に万が一のことがあったらささやかな(私にとってはせいいっぱい)金額でひきとってくれる関係の方が存在する・・・

。。。。。

やってしまった。

左胸肋骨のひびが完治したのに左足の外側の半月板が水平断裂してしまった。

毎週痛み止め及び水を抜く。

1か月様子をみて手術する。

入院手術したらべべこはその方に預けたいと思っている。

肩は不全断裂。膝は完全水平断裂。かなり痛い。

右足の半月板はこの家を建てた年に両側手術した。

近年の左側に集中している不調。

これが私の更年期なのだと思う。

更年期という境目を私は感じずになんとなく過ごした。

精神的にはいつも不安定だったから。

今のほうが安定しているくらい。

それは・・・・・・・・夫の両親と姉妹とのかかわりが・・・

義両親を責め立てられるように看取り姉妹二人の急逝。

そのころからぐんとかかわりがうすくなった。

私は楽になった。本当にもうかかわりたくはないと思っている。

そして現在両親の介護というかあれやこれで隙がない。

1階の和室は一時的に実家整理のあずかりものであふれている。

7月に解体がずれこんだが・・・あと少し。あと少し。

それが盾になってるのか・・・

両親二人がばらばらに住むことで住所変更にともなうあれやこれやでてんやわんやがしばらく続く。

。。。。。

べべこは・・・・・・・・

幼稚園?にお世話になっている。

朝お迎えにきてくれて夜8時頃帰宅する。

訓練と遊び・・・一人っ子のべべこに群れのルールも教えてくれる。

え~~~~~~~~~っ幼稚園なんて変なの~お金かけてるんだね~

ちゃかされる時だってある。

そんなことは無い。

必要に迫られてお世話になっている。

「べべこを愛するために」

べべこが来て3日目から夫婦でいさかいが多くなった。

「噛む」

「うなる」

夫婦の仲をも噛みさきそうな2か月の獣はすさまじかった。

プロのお世話にならなかったら・・・3日で返したかもしれない。

ぶぶやべいとは全く違う強さをもった獣。

今サークルの中ですやすや寝ている。

ぶぶさん。

べいさん。

私は犬たちをさんづけで本当に呼んできた。

呼べない・・・べべさんとはね。

そんな雰囲気。

両親のいろいろと戦っていた一番つらい時期にべべこを迎えた。

間違ったとさえ思った。

無表情両親と顔にしわをよせて噛んでくる子犬と。

なんだかんだ言って何とかなってきた。

あとは膝が完治したらべべこと走り回りたい。

今は本格的アジリティーなどはさせられない時期。

股関節形成不全を防ぐために1年間はすべったりジャンプさせたりは避けたい。

だがこの獣。ジャンプが得意。

ドックランに行けば教えてなくても勝手にトンネルで遊んでいるそうだ。

アジリティーをするために生まれたきたようだとさえ言われる。

今後はどうなるかはわからない。

血統はそれほど良くはない。

噂にきいただけだがぶぶとべいの血統書はすごいらしい・・・チャンピオン・チャンピオン・そんな血統らしかった。

血統なんてともかくよくはわからないがいい子だった。

ぶぶもべいも去勢しなかった・・・それにしてはたぶん長生きしてくれた。

だがべべこは避妊するのは絶対だと思っている。

もしこの子が子供を産んだらおそらく子供を守るために気性がもっとあらくなるだろうし。

噛み犬の素因を受け継がせてはならない。

私の手術が先かべべこの避妊が先か。

微妙なところだ。

ぶぶさんは7か月の時にはとても弱かったけれど運転席の横にぴとっとくっついてドライブが大好きだった。

そうそうそのころ鼻腔を広げる手術はすんでいたんだよね。

胆嚢に障害があって吐いてばかりだった。

でも。

かわいかった。

私が産んだと言えた。

出会いにありがとね。ぶぶさん。大好きだよ。

お金かかっているけどべべこを抱きしめることができるようになったよ。

今日も歯があたって手が切れたけどまあまあかわいいと思えるようになったよ。

ぶぶさんやべいさんとは出来が違うしたぶん私産んでないな。って感じ。

でも頑張るよ。少しずつ家族らしくなってきてる。

こんな「犬」「獣」は本当に初めて。

たち耳ボーダーコリーになったべべこのこと。

見守っていてね。

 

 


母グループホーム入所

2015年06月04日 | ブログ

4月中旬以降に母はグループホームにおさまった。

いろんな方々の尽力と母の適応力がぴたっとはまった。

入所までは泣いたり叫んだり切ない日々が続いた。

だが母をすぽっと守ってくれるようなグループホームをさがすことができた。

案ずるより産むがやすし・・・この言葉は弟出産時に祖父が母にかけた言葉だったが今まさに次元を超えてこの言葉を再度捧ぐ。

ロボット型のぬいぐるみをプレゼントした。

これがいい仕事をしている。

いい仕事をさせる母はアルツハイマーだからなのだろう。

。。。。。。。。。。。。

そして現在も続く実家の物との戦い。

物はいらない・・・・・・・・・・つくづく反面教師を見せつけられる。

弟と私の共同作業。

弟は来週には新天地に飛び立つ。

もう少しもう少し。

まさに物というごみとの格闘。

子供時代の写真でさえ・・・・・・・・・・・・・・8ミリとかスライドとか・・・・・・・・・・・・・・もはや・・・・・・・・・ごみだ・・・・・・・・・・・・・・・

明治時代からのゴミが次から次とでてくる。

はぁ~父が生まれた時に誰からお祝いをいただいたかという帳簿のようなものまででてくるのだから。

すまないがごみだ。。。。。。

ごみを捨てるのには金がかかる。

売れる物はもちろん売る。

古物分野になればふーんこんなものが金になるんだ・・・そんなものに価値があった。

結果としてガラクタだった物をくれた方が(親戚)何度も言ってきた。

「あれ高かったから。」いや~お返ししたい・・・・・・・・・・・・ほんと。

買取してくれるところはなかった。「価値はないですよ」

「そんなはずはない・・・・・」「私も弟もいらない」

お金かけて捨てました・・・・・・・・・・・・・

古い家の想い出はどんどん汚されてゆく。汚してゆく。

母はそれらから解放されてほっとしているように見える。

父は相変わらず自己中。

人としてはおそらく終わっている・・・・・・・・・・・・・・・・家と同じだ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ごめん。

でも正直そう思う。

身体の自由がきかないから脱走は無理だがたびたび問題行動を起こし呼び出される。

勘弁してくれと・・・・・ただそう思う。

先日父のお気に入りの腕時計が壊れた。

単に電池交換時期だったのだと思う。

秒針が動かいないからいじっていじってばらばらにしてなお机に打ち付けた。

想定内でそれを機にまた問題行動を起こした。

あくまでも物にとらわれた人生だったんだと思う。

ホームセンターで4桁代の似たような腕時計を購入して与えた。

ん。1070円でした。

どうやら収まった?満足したらしい・・・・・

我が身はシンプルでありたいと切に願う。現状シンプルでない物は犬なのだが・・・・・・・・・

これから誰かに何かをプレゼントする場合は考えよう。

あとかたもなくなるものにしたいと思った。

。。。。。。。。。。。。。。。

わがやの雌の獣の現状。

プロの力を徹底的にかりて噛むという行為・・・攻撃は封印しかけています。

牙をむける行為は小型犬だって笑ってすまされることではないはずだ。

そう思うけれど人は人。危機感が違う。

中型犬の雌の獣が牙をむけば事件になる。

飼い主として失格だ。

責任もって改善させる。

牙をむけることを徹底して封印しなければ。

飼い主にももちろん他の命に牙をむけてはけっしてならない。

近所の小さな獣の飼い主が笑っていた。

「隣の奥さんをかんじゃってね。慰謝料請求された・・・」どれと思って小さな口のそばにそっと手をもって言った。

うなり牙を見せた。

かわいい小さな獣。

小さいからそれでいいのか。

しつけの先生紹介しましょうか?

笑っていやいやと手を振り立ち去った。

近所の方の間ではあの犬の噛み癖は噂になっていた。

小さいから大きいからではない。

己の犬の牙を侮ってはいけない・・・・・・・・・・・・・・・・

心からそう思う。

少しずつ雌の獣がかわいい・・・愛しいと思えるようになってきた。

シーザーミランに会いたいと思っていた時期は少し落ち着いてきた。

みかけによらずお腹が弱い雌の獣。

どうやらグルテンフリーで育てなくてはいけないお腹らしい。

あと数か月で発情をむかえるだろう。

できれば腹腔鏡避妊手術にしようか・・・そう思っている。

べべこ。ぶぶとべいに近づくにはあと5年の修行は必要だろう。

そう。この雌の獣。

家でしか排泄(便も尿も)をしないという実直な面もある。

他所に迷惑かけなくていいが外出時はやっかいだ。

フードアグレッションはずいぶん影をひそめた。ほっ。

無駄吠えはめったにないが・・・・・・・・・・・・車中がだめである・・・・・・・・・・・・・・・・・

雌の獣・・・べべこ・・・現在12.5キロ。

まもなく7か月。

 


獣が一匹。

2015年04月13日 | ブログ

いろいろもろもろの経緯があって我が家に獣が一匹存在する。

1月22日の夜中にやつは我が家にやってきた。

たった2か月だというの鼻にしわを寄せて牙をむきむきする。

ひねた瞳のそれでもみかけは牙をしまっているときはかわいい顔だとは思った。

3日様子を見た。

私達の手・知識だけでは無理だと思ってプロに相談した。

訓練士さんは翌日やってきた。

生後2か月でこの表情。

「おかあさん気づいて良かった」

「早めの対処の一歩をして良かった」

そう言われた。

その獣は雌。

血統証を持つらしい。

イエローとホワイトに見えるボーダーコリー。

2度とまして10キロ超えるまして雌。

そんな仔を迎えようとは思いもよらなかった。

ひねた目とあまされた扱い。

引き取ろうと思いあがった夫婦は今も戸惑う。

少しづつ我が家の仔らしくなりつつある。

雌とか獣とか一匹とか。

例えば餌とか。

そういう表現をぶぶとべいには決して使ってこなかった。

だが。

今ここにいる獣は強い。

明るいともいうのだろう。

明らかに雌の獣だ。

ぶぶとべいは優しかった。

目の前の獣は・・・

雌の獣。

その名を通称べべこと呼ぶ。

。。。。。。

さまざまな課題は何とか乗り越えてきたが。

すさまじいフードアグレッションと食糞と闘う?共存?

さまよえる飼い主は迷う。

。。。。。。

父は3月下旬特別養護老人ホームの住人になった。

パーキンソンによる脳の硬直などなど。

特養に入所できるように状態が悪化した。

。。。。。。

泣いて叫んで。

アルツな母を近々グループホームに入所させることが決定した。

お金はかかる。

安全をお金で手に入れようとしている。

苦しいとむすめはいろんな意味で思う。

だがしかし。

今日も「今日から入所してくれ」

そう思ったのも事実だ。

。。。。。。。。

獣なんて迎え入れられる状況ではなかったのだ。

「べべこ~~~~~」

なめられないように飼い主は低い声をできるだけだしてべべこを調教中。

我が家にきた当時のがりがりべべこ。この時4キロ弱。

現在11キロ。


今日はべいさんの誕生日。

2015年02月15日 | ブログ

べいさんが生まれた日。

数少ないべいの過去の情報のひとつ。

本当なのかは謎。

ほんといい子でした。

べいのにおいべいの重さ。

忘れない。

ふっと思い出せば2月初めには夫婦の記念日も通り過ぎ。

慌ただしい日々がある。

いろんなことを日々思う。

重みも味わう。

自問自答の日々。


真夜中の朝支度に突入ですか・・・・

2015年01月22日 | ブログ

アルツの母。

弟から真夜中のメール。

「お母さんが朝の用意をしている」

顔洗っては磨いて入れ歯入れて朝ごはんの用意をしようとしていたと。

夜中だよ。

そう伝えると目覚まし時計が間違って鳴ったから。

鳴ってないよ。

弟の部屋には両親を見守るためのモニターがついているのだ・・・・・・


しなくてはならないこと。

2015年01月22日 | ブログ

父の長いスパンのショートスティーを「介護付き有料老人ホーム」に移動させる。

母・・・夜中に朝ごはんの支度をしたと昨夜夜中に弟からメールがきた。

日中尋ねた時に「おかあさんねヘルパーの仕事しようと思う。」

娘にしたら「えっ?はっ?」

これも病だと思う。

だけど。「自が書けるようになったらね」

そう答えた。

グループホーム入所を実現させなければ。

資金の確定をするために家を壊し更地にする。

更地にする金額を早急に知りたい。

500万かかるか・・・・・・・・・・

広い美しい庭を恨む。

その先は地主に返す。

地主と話をした。


謹んで2015年を迎えています。

2015年01月11日 | ブログ

何から書けばよいのやら。

ご無沙汰ご無礼の2015年の始まり。

暮れには伊丹空港・新幹線・山下公園・サプライズありのプチ旅を夫からプレゼントされとにかくとにかくゆくとこゆくとこで良く眠りました。

写真撮るの忘れました。

新幹線が動いてから気が付きました。ね。

旅先でスマホ落としました。

2014年の運をしぼりきったかのように見つかりました。

本州の常緑樹に驚いて花壇に色がついているのを確認。

造花?しげしげっと見つめると花でした。

でも私ふっと思ったんです。

これじゃやっぱりねんから年中ダニが繁殖できるはずだって。

。。。。。。。。。。

風景写真はぼちぼちとアップします。

。。。。。。。。。。

今日母に告知しました。

「施設に入ろう」って。

辛かった。弟よちょっとずるいぞ。

実家の家を処分する方向で動きます。

次から次とするべきこととショート先から連絡に翻弄している年の初めです。

暮の北国脱出は電話がこない。走らなくて良い。

そんな日々でした。

まとまりません。

今日の母の表情がせつなくて。

涙がほほをつっーとつたわります。

父は入所に諦めの兆しが見え隠れします。

辛いよ。親のことの決断。

叔母達は勝手にやってくれ・・・・・・・余裕なんてないよ・・・・・・・・・・・

。。。。。。。。。。。。

そんな中犬を見に行きました。

ちょっと抱いてみました。

なじむだきごこちでした・・・・・・・・・

。。。。。。。。。。。。

夫婦だけの生活は落ち着いています。

。。。。。。。。。。。

親の事。

思うと頭をただただ抱えます。

親の事で心の薬が必要です。

。。。。。。。。。。。。。。

2014年いろいろお世話になりました。

謹んで2015年を走り回っております。

よろしくお願いいたします。

 


弱らせている・・・解っていても在宅は無理だと思う。

2014年12月28日 | ブログ

ショート先に行く。

すごい積雪とすごい荷物のため夫の協力をあおいだ。

弟発熱。

仕事収めの土曜日予定を過ぎ施設についたのは19時過ぎ。

父はぼたぼたととろみ食を口元からたらたらとこぼしながら一人残ってまだ食事をしていた。

背中が骨ばって・・・筋肉の衰えからなのだろう。

後姿で父だと認識するのに時間を要した。

夫は第三者だ。

愛想よく声がけしてくれた。

ぐちゃぐちゃの口元ながら夫ににっこりほほ笑む父。

夫は自分の亡くなった父親と重ね合わせていたのはよく解った。

帰りの車の中は無言だった。

弱って行く父。

誤嚥しているようなごほごほとした音が耳についている。

31日まで。

私は少し地元から離れる。

何事もないことを願う。

お父さん。

お母さん。

どうすることがいいのか私にはもう、今。やっぱりわからない。

父に独りで面会に行くのはしんどい。

アルツな母はアルツだ・・・・・

それでも新しい歳はすぐそこまで。

弟の発熱はインフルではなかった。

ごめんね。

予定通り休暇もらう。

おとうさん・・・・・・・

今日の姿はかなりショックだった。

日に日に・・・

ただ・・・ただ・・・

3月の時点で在宅は厳しいと言われていたんだよ。

そういいわけしなければ・・・・・

せつなすぎる。

 


39℃台の発熱が月に一回ってなんだろ(´・ω・`)

2014年12月24日 | ブログ

土曜日夫とすき焼き道具と調理に必要な材料をすべて持って実家にイン。

クリスマスというか弟の誕生日というか、母の慰問というか。

きっかけは弟の誕生日はぶべはは夫婦を呼んでお祝いしよう~

そう母がきぼうしていたらしいと耳にしたのだが

誕生日当日何故か寿司がでてきて終わったらしい。

まあ事実当日は夫は実家へ出向くことは不可能でした。

私が「上等の肉プレゼントするよ~」

弟・・・「おかあさんちゃんと料理できないからいいよ」

そんなやりとりがなんか寂しくてね。

昨年までは誰の誕生日にもそんなことしなかった。

電話くらいなもんだったな。

それが当たり前だった・・・・・・・・

それだけ私実家からぶぶとべいに守られてた。

で。野菜やら豆腐やら上等なお肉やら~

ふんぱつしたもん。

じさんした鍋で持参した卓上コンロでおいしく頂きました。

ちっこいホールケーキもね。

母から皆におこずかい・・・私はプラス米券もらって帰ってきた・・・アルツな母の天使の部分。

グッスン。もっと早くもっと早く気づいてあげれば・・・・・・・・・・

夫は軽く飲んだから夜の街を私が運転。

つるつる道路~

無事到着。

あれこれ片付けして寝た。

夜中体中が痛いの。

うん?

木・金・雪かきで無理した?

夜中3時・・・うーん・・・熱はかったら39℃2分。

葛根湯2袋のみ~

朝39℃6分・・・

あかんの月曜日に病院につれていかなきゃならない叔母夫婦がおる。

結局これはアウト。

発熱当日当番病院を確認したらなんと懇意にしている病院よ~

私は真っ青のふらっふらっで日曜休みの夫の冷たい言葉とともにではあるが送ってもらった。

おでこには冷却何とか貼って首にはべいのお下がりの保冷剤結んで。

すげ混みで行く前から覚悟はしていたけれど。

フラフラの私は看護師のはからいで奥の椅子へ~

診察。検査。

またインフルじゃなかった。

それは良いけれど。

うーん。なんだろうこの熱。

喉も鼻も痛くなくてインフルじゃない。

以前の発熱は喉だったよね。

今回はひたすら腰は痛いです。

「ねえ一度精密検査したらば?」「今40℃あるよ」

「いやいや」

「まだまだ」

わけのわからない会話をして雪崩れながら会計してペンギンになって薬局行ってずどんと倒れて。

寝たまま会計・・・すみません…財布から勝手にだしてください・・・・・・・・な私。

座薬などを処方してもらって夫に向かえにきてもらって車までまた氷の上をペンギンになって歩いて行った。

こんな時ぐらい肩をかしておくれではないかい・・・・・・・・・・

「なんか食べたいものは?」「なんもいらない」「横になりたい。一刻も早く薬飲みたい。座薬つっこみたい」

前回さっぱりしたものが食べたいと言ったら「イカさし」「納豆巻き」を買ってきやがった・・・・・・・・・・・

さすがに今回は「国産白桃の缶詰」とのちに答えた。

なんだろう。この発熱。定期的にでてる。

日月は壊滅状態でした。

火曜日には快復。

今日はもう完璧。

先週あたりからぶぶとべいの洋服やぬいぐるみなどを洗って暖房をがんがんつけるこの時期にぶらぶらさせて想い出浸っています。

今の洗剤は改良されました。

父の便失禁もきれいにしてくれて臭いも残さないような洗剤も多くあります。

ただ私は気を付けなくてはならない。

苦手な香りが多すぎる。

なんじゃこりゃ!?

臭いです。

いやいや驚きました。

外国の洗剤でかの有名な公害レベルな香りを身にまとうお客様の残り香に苦労しておりましたよ。

パート時代。

もしあの洗剤を動物のいる家庭で常用していて「うちの子アトピーで」

あったりまえじゃ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

あほじゃないっ!

日本のものも購入する時に気を付けねば。

私が使用しているのはハイジアとブライトの組み合わせ。

汚れがひどい父のものにはアリエールの24時間なんとかというでかいボトル。

そしてぶぶとべいのものには再度みよしの洗剤で洗い直したいぐらい。

たぶん生き物とくらしていたらそうすると思う。

ぶぶとべいのにおいはかなり毛をとってあるので時々くんくん。

リードは洗ってないでジップロック。時々くんくん。

夢であっごはん間違って豆やっちゃった!

焦る私は汗だくでした。

父のお世話になってる園が豆屋さんの向かいだからだな。

おいしいんです。ここの豆。

イヴですね。

明日は通っていた幼稚園の前を通ります。

おそらく市内では一番大きなカトリック教会。

そんな何にもないクリスマス。

メリークリスマス・・・・・・・・・・・

 

 


爆弾低気圧は微妙にそれて。

2014年12月19日 | ブログ

それでも小中学校は2連休。

ところにより微妙に違うようですが。

お母さんたちのほうが大変だったようです。

クリスマスの飾りをほんの少しというか納戸の整理もかねてしてみました。

シンプルいずベスト。

行事というのは整理整頓の意味もあるかしら。

昨年はべいを看取り、親、叔母、そしてパートに翻弄していたこの時期でした。

そして身体の不調。特に肩。

近所の方から言われました。

肩良くなってるでしょ。雪かき無理したら駄目だよ。

身体はサクサク動きます。

心のリハビリも身体のリハビリもきっちりしながら日々を暮らします。

昨年の今頃・・・パートが印象的な出来事でした。

べいのことで時間などの融通をしていただいていたからがむしゃらに飛ばしていました。

新店舗をどんどん車で飛ばしてさくさくばりばり独身時代のように働いていたな。

頭のかたすみに母の異変を想いながら・・・・・・・・・・・・・

あの時。もっと歩み寄っていたらと。

父はスパンの長い短期入所で意固地に磨きがかかる。

帰宅する日を「覚えてろよ」と「威嚇」してくる。

母は飛んでいる。

ひらひらとぱたぱたと音をたてずに壊れて行く。

誰が止めて・・・・・・・・・・・・

もろもろの対処をしている。

行政の助けを借りながら・・・・・・・・

協力者の善意を受けながら。

。。。。。。。。。。

実は私ブレークする以前からある俳優さん・・・子役上がりの生意気な方のファンでありました。

「この人知ってる?」

なんていうと「あ~」って感じでしたがバラエティーの世界で開花したのか。

たくさんのわんこと暮らす以前から勇逸芸能人のブログをお気にいりに入れてました。

たぶん弟と同じ世代で独身でという興味もあったのかな。根本。

母はぼそっと「この人大っ嫌い」つぶやいた。

そういう物言いをする母じゃないから笑っちゃった。

私好きです。

この人のことずつと応援してたよん。っては一度も他人には言ってないけど。

夫が昨夜・・・こいつおもしろいよな。毒があって毒を隠さないからいいよな。

うん。私は好きだよん。

「犬7匹ちゃんと虹の橋の一匹ちゃんと暮らしているんだよ~」

得意げに話してあげました。

あっ。歌手としては嫌いです。

あの毒が好きです。

 

 


インフルエンザのような・・・・・・・・上咽頭炎でいいのかな。

2014年12月04日 | ブログ

そうではないような。

高熱が二日続いた。39.6。

熱さましでも下がらなかった。

ただ一日半後にすごい勢いで36度台になった。

インフルエンザではないと言われらた。

病院へ行った時期が速かった?

Bスポット療法をしてきた。

最初焼けるような鼻と喉の間の痛みと掌蹠膿疱症の症状があっという間に表れた。

今を手足にはたたれのようなものがある。

それを「ぴっ!」「かん」と診断してくれる医者を私は忘れていた・・・・・・

義両親の介護以前だったか・・・いや・・・義母の介護は始まっていた。

ぶぶともべいとも会っていないころに尋ねた病院だった。

隣の市で診察券がくたくたになって残っていた。

当時いきなり「ぎゃー」と叫ぶような痛みのある薬を上咽頭にぐりっとぬられた。

血がでて悲鳴をあげたがどんな点滴より有効だと身体が反応していた。

遠い・混んでいるのもあり私はこの病院から遠ざかった。

腎臓などにも効果があるらしい。

「熱でるからね~」

ただ喉の焼けるような痛みは「ぐりっ」「ぎゃー」で治まった。

やっと雪。

風邪は強いが雪質はぶぶやべいが大好きな感じ。

ただここは雪があるけれど実家は無い。

介護放棄をして身体を休めた。

熱に感謝なのか。

行きの小さな一人歩きの足跡は猫だろう。

桜の花びらのようなちょんちょんな陰影がかわいらしい。

季節は冬。やっと?