
べいさんが生まれた日らしい。
たぶん九州で生まれたらしいということしかわからないけれど。
1998年かな?
べいはべいなりにやんちゃだったなあと振り返る。
10日以内に転院予定。
「なにがあっても」という状態は日々つきまとうけれど。
見つけたよ。そこの療養型いいとこだよ!
スタッフもドクターもいいと思う。
母をみならってこの瞬間だけを喜びたいと思う。やった~
今宵はいい夢みよう~
明日はゆっくりしよう~
明後日は事務処理に走るけれど週末にはマッサージに。できれば2時間ぐらい~自分に投資したい。
まずは身体とかしたい・・・心は今はぎりぎりセーフ。
居間でいろんなことを見守り見守られた珈琲の木。
下のほうには実がたくさん。
そうだよな。
自然を愛し生活を楽しむおしゃれな夫婦だった。
形はかわったけどたぶん今も。
もし全くよれよれの介護者を支援する身内がいなかったらそれはそれでどうにかなるんだろうか。
たぶんなる。
未来の自分への不安がこんなふうにシンクロするんだよな。
とにかく今回は覚悟の時間をきっときっと作ってくれているのだと思うからチャンスだと思って進めよう。
進めないといつまでたっても有料は退所にならないんだから。
荷物は頼めるサービスを利用して移動することは決まった。
手続きに行かないと。
絶対に帰ることが可能ではないから退所優先。
介護者の理解はえられ動く。
べべこさんの膀胱炎は安定していて良かった。
今日のすごく荒れる予報は今のところ回避できて良かった。
退所と並行して次を探す。
未来と過去に引きずられそうになっている。
ふわふわの雪。
べべこさん散歩に行こうか。
どこまで?どこまでにしようか。
複数の叔父やら叔母やらの介護を通じて日に日にやるせない気持ちになる真実。
それはいつかの自分を重ねるからなんだ。
そしてそこに私の立場がいないということなんだろう。
たぶん言うというか伝える勇気は無いんだけれど。
中おじ担当のケアマネさんがいつも中おばのことを「おかあさん」「おかあさん」って呼んでいた。
私でさえ違和感を覚えてたんだよね。
その夫婦のことをおとうさん・おかあさんと呼ぶ人はいなかったからね。
いろいろ状況が落ち着くきわについにおばはこう言ったの。
「私はあなたのおかあさんじゃありません。
私には苗字も名前もあります。
あなたに(汗)おかあさんと言われる覚えはありません」
側にいた私は突然今更かよってびっくりしたけれどなるほどと思ったよ。
。。。。。
何故今それを書くかというと最近「ママ」(汗)といわれることが多くてびっくりしている。
ぶぶとべいの時はぶぶちゃんのおかあさんとかべいちゃんのおかあさんだったの。
「ママ」って私にとってはけっこう違和感あるんだけど。
昨今の状況が変化しているんだと受け止めてはいる。
もちろん苗字も名前も名乗っている場所や人にママ?
。。。。。
べべこを迎えてから「ママ」「ママ」と呼ばれて「へっ」「私?」とめんくらってはいる。
獣医師は会話の流れで患畜を犬の名前そして私に説明する時は目を見て苗字で呼ぶ。
それがあたりまえだと思っている。
ちょっとだけアジリティーを教わっている先生に苗字で呼ばれ逆にびっくりした。
それってひょっとしたら大切なことじゃないかなって思う。
それとともにおばがヒステリックに「私はあなたのおかあさんじゃない」って言いきったことをふっと思いだして大人の対応を(笑)心がけてはいるが苗字だったり名前だったりをさり気に呼ばれると新鮮なこのごろである。
「べべちゃんママ」ならまだまだありか。
もちろんここでは「ぶべべはは」だ。
「ママっママっ」それはひょっとしたら普通じゃないことかもしれないとぼんやりと思う。
ゲージとともに間違っているのかもしれない。
ほんの少しですが。
1周忌に思い出話ができないってのはやはり寂しかったようです。
あっ。主語は私。
思いがけず体調を崩し寝込んだ。
寝込むことを身体が要求していたんだなあという感じ。
点滴投薬で3日後にはなんとかなる。
たぶん食あたり?胃腸風邪?というような症状です。
一区切りのほっとしたかたっと感もあるんだろうな。
季節の変わり目です。
人も動物もご自愛くださいませ。
。。。。。
べべさんは病院でのトリミングの予約をしていたため
はやめはやめに重た~い身体を動かして
トリミングの合間に私が受診。
病院でたおれそ~
しっかり症状がでてくれたおかげで
ピンポイントで早めの治療ができました。
べべこさんはハウス&夫とまあまあ上手に
過ごしてくれました。
ふ~っ。
ケージです。
お願いケージと言って。
プロなら言ってケージだって。
ゲージって編み目の単位とかを表したりあんまり動物とは関係ないからさ~
ケージって言って!(笑)プロなら言って~
。。。。。
べっこさんお留守番頑張ったね。
ここ数日はべっこさんはなんだかんだとハウスで過ごしていい子でした。
。。。。。
父の法要とどこおりなく終了~
いろんな思いはありますが
母はアルツハイマーで幸せなんじゃないかなと思う。
良い思い出・そうでない想い出。
ひっくるめて父が母にとって無になった。
いつを軸に母はそうなったか。
父が溶け出したのはいつか。
ぴんぴんころりと口にした時にはもうどろどろだったからな。
ふっと謎だなとは思う。
。。。。。
まあ想い出話もでることなく(母が理解してないから)
お坊さん付き食事会って感じで母は楽しそうだったから良かった。
お墓もお参りするにはとっても良い天気だった。
。。。。。
昨日はべっこさん私よりはやくマッサージ。
羨ましい~
ただいつもよりは暴れん坊でしたね。
そして本日はランへ。
車中もいい感じに仕上がってきたかな。
雨です。
こちらの雨は夏しのぎになっていますが被害などがないことを願います。
儀式としてのお盆も新盆も昨日で終わり。
迎え火~送り日~
慌ただしい日々でした。
。。。。。
娘から「何か」弟の邪魔にならないものと思って・・・・・・・・
http://item.rakuten.co.jp/hotokudo/ha006/
これを選びました。
仏壇にすっぽりおさまり電池式で淡い光が美しい。
そうか~楽天で買うという方法があったか。
仏具店を回ってやっと「これ」と出会う。
楽天安い(笑)
まあ悔いは皆無です。
。。。。。。
とにかくお盆はすぎ今日は雨なので階下の提灯を片づけようと思う。
。。。。。。
階下に供えた仏花…今年は私が白の八重のトルコ桔梗を中心に選んだ。
例年水あがりが良くない。
今年はとても暑かったが花の質が良かったのか昨日の夜の段階で美しく咲きほこってくれた。
6日に用意して16日までつぼみを次々と咲かせた白い花は愛おしくかった。
もう・・・・なんというか・・・・
愛せなかったことの罪から自分を解放しても良いか・・・
ふっとそんなことを思った。
。。。。。。
実家父の菩提寺の新盆合同供養祭では本堂での読経にやはり心洗われる。
涙がなんのためらいもなく流れてくれる。
。。。。。。
天使の里にも手を合わせ塔婆の更新をしてきた。
べべも一緒にね。
。。。。。。
穏やかにすごすために走り回った日々・・・休憩の今日の雨だ。
。。。。。。
うん。疲れた。
「7日には納骨堂の扉を開くのがあたりまえだからね」
夫の母の弟の妻から義両親存命の時から「私」に言われたこと。
宗派は禅宗の中のひとつ。
のちに何かで調べたら7日が迎え火らしい。
こちらでは七夕さん.
その風習はすっかりすたれてしまったようです。
提灯をさげ各家庭を「ろうさくだせだせよ。ださないよかっちゃくぞ。おまけにくいつくぞ」
あれはその提灯が結果として迎え火だったのかな。
。。。。。。。。
新しい仏壇を欲しい欲しいとねだられてここの仏壇を私達は新調した・・・心もぶも伴わない。
そんなに高い値段の仏壇ではないが家計を圧迫はした。
デザインはシンプルイズベスト。
そして盆提灯・・・これは・・・古いものは一掃し新しいものをそろえた。
人の口だけはたくさんでたが納めてくれる方はいなかった。
対で2つ新しい仏さんが増えた時に一つ。
結果つるしタイプが3つ。
置きタイプ対は家紋入り。高かった・・・
すべて岐阜提灯。
晩年小さな対の灯篭を今は亡き義姉のひとりからおくられた。
結果としてお盆の時は提灯・灯篭ありすぎ。
盆提灯に7日にスイッチオンできるようにスタンバる。
。。。。。
とにかく義実家は7日からお盆は始まり16日に水仏をおさめるまで続く。
7日には花とつるしと花を持ち納骨堂の扉を開いて手を合わせてきた。
盆参りは指定された日の早朝・・・玄関を清め花でお迎えする。
当然お布施と車代を包んでおく。
任務終了。
。。。。。
だんごは高いから(たぶんそうなんだと自分で思う)自分で作る。。。。。。
ただ心まあるくなるようにとは一個一個を丸めて積んで蒸かす。
たぶんそれは子供時代から作っていたから苦にはならない。
。。。。。。
それと・・・・夫は「お供え」を一切食べません。
御霊供膳はもちろん果物でも菓子でも。
それは親の作ったたべものを食べられなかった背景に通じるのかなと漠然と思っている。
御霊供膳はお寺参りがあるときはせっせと作るが一晩おいたら破棄する・・・
箸をさされた御霊供膳は私も食べられない・・・
団子は蒸してみたらし団子状にして私は食べれる。果物も・・・しかり。
16日まではゼリーとかそんなもものが仏壇廻りを飾る。
。。。。。。
茄子ときゅうりの馬と牛。
一度売っているという茄子ときゅうりの細工を関東から送っていただいて驚いた。
昨今こちらでも当たり前に売っているが・・・私はもう用意はしない。
義実家での私のお盆の用意は心伴なわない儀式である。
心ともわなくてごめんなさないね。
。。。。。。
実家は浄土宗で父が最期の仕事としてか古い仏壇を洗いにだして金を施しぴかぴかになっていた。
・・・・弟が引き継いでくれた。
姉は「何もしなくていいよ。花だけ用意して水とご飯とくだものぐらい。自分が食べられるもの供えて。そう伝えている。
猫がいるから提灯は秒殺されそうですしね。
いまはやりの寿司のろうそくあたりいいんじゃないかな。
父の新盆をこれからだ・・・・
。。。。。。。。。。
父は墓に眠る。
でも寺には空っぽの納骨堂もあるという複雑さ。
それは北国冬季間墓参りに行けない納骨できない由来からかとは思う。
いづれシンプルにしなくちゃ。
こちらはあれこれの想い出がぐるぐるする。
実家の菩提寺は心洗われる。
速いな。昨年のお盆の記憶はない・・・
。。。。。。。。
天使の里にはぶぶとべいや代々の獣の命をしのんで行ってくる予定。
ぶぶとべいの塔婆は更新してきたいと思う。
。。。。。。。
つるしとは盆提灯を飾れない場所に華やかいろどりをそえるためのものらしい。
船だとか・・・海辺の街ではやったらしい。
つるしを作っている菓子メーカーに目的を確認したことがあった。
確かに義両親は海辺が出身だからな。
それまで内陸出身の私は知らなかった。
提灯のある我が家には必要のないものとして引き算の対象となった。
今年からはたべない落雁はこちらでは引き算の対象とした。
甘くて保存のきく落雁はかつては実際に「供え」「備え」の役割を担っていたのだろうと察する。
実家では弟は用意していた。
姉は今後は用意しなくてよいよ~あなたが食べられる保存のきくものにしようよ。
そう告げる。ただ弟にそれ以上の口だしはしない。
。。。。。。。。。
花だけは美しく咲いていてほしいな。
ご主人の実家が漁師だったという友人から海藻類をたくさんいただいて重宝している。
先日その友人と話していて彼女がある特定の病気になっていると知った。
食べてはいけないものの中に海藻類が含まれていた。
彼女は食べ物だけではなく投薬も続けている。
その病名は父の本当の晩年?に複数の病名が診断されたもののひとつと同じで「父は放射能汚染に対しても負けまいと生きようとしてるんだ・・・」
そんな失礼な認識というか「生への執着に父らしさ」を覚えた・・・昨年の今頃だったかなあ・・・診断を受けたっけ。
実際友人も「私は選ばれた人なのよ~」などと言っていて一瞬「?」だった。
あーそういうことか・・・と父の時に病名を検索したことを思いだしていた。
それからしばらくして別の男性の友人が同じ病だと聞き驚いた。
男性には珍しいらしく彼は食事制限だけで無事に過ごしている。
あまり聞きなれない病名だけれど増えているのかもしれない。
本当に選ばれた人なのかも。
先日猫の近親間の繁殖のことに触れた。
うん?じゃあ昆虫は?鳥は?ってふっと思った。
検索してみたらなるほど~な答えに出会った。
弱ってゆくもの強くなってゆくもの。
自然界だからこそのあれこれがあるようだ。
ただそこに人間がかかわるととっても難しいのだろうな。
犬にしても猫にしても。
馬だとか・・・へ~っと・・・思っていたところに友人や父がかかった病名をふっと思った。