この日は陽射しはありましたが風が強くグループホームの入居者にとっては体温管理が楽だったのではないかとは思います。
本格的に炭をおこしあれやこれと趣向を凝らして楽しませて頂いて感謝です。
スタッフ・家族の皆様お疲れ様でした。
入居者の方々はそれぞれ楽しんでいた様子でした。
先日の家族会には中おじの介護で参加できなかったのでこの日はなんとしても母の側にいたかった。
べべもお留守番お疲れさまでした!
この日は陽射しはありましたが風が強くグループホームの入居者にとっては体温管理が楽だったのではないかとは思います。
本格的に炭をおこしあれやこれと趣向を凝らして楽しませて頂いて感謝です。
スタッフ・家族の皆様お疲れ様でした。
入居者の方々はそれぞれ楽しんでいた様子でした。
先日の家族会には中おじの介護で参加できなかったのでこの日はなんとしても母の側にいたかった。
べべもお留守番お疲れさまでした!
始まりはたぶん実母の早逝なんだろうなあ。
かわいがられて育ったのだと思う。
実母の闘病中と死を経験して今の母を迎えるまで3人の叔母達に育てられた・・・ことになるんだなあ。
老いの世代を迎えて育てて頂いたのだと自覚はあるからたずさわることになる。
実母を看取り…数年たって今の母がきた・・・それから祖父が逝って次は叔父だった・・・そして夫側の義両親が・・・そして・・・もろもろありの。
それから父の一番下の妹がおぶさってきた。
その間にもぶぶとべいがいた・・・かわいいぶぶとべい・・・晩年は大変だったがそれでも人とは違う。
父の一番下の弟が他界した。
その前後に両親が溶けた。
叔母との両立は無理だった。
もろもろあって。
両親は完全に溶けていたことを知らしめられる。
父を看取った。
母は今グループホームだ・・・以外と知られていないがグループホームって認知症対応なんだよね。
だから普通に長い手紙を出されても読めないし理解はできないんだ・・・
そうこして父の下の妹が3月に入院介護が必要となり動いた。
少し落ち着いたと思ったらつい先日から現在進行形で真ん中の妹の夫が・・・叔父が介護の範囲で急変した。
道をつけるためにばたばたしている。
私は「たんたんと」
叔母は泣き叫ぶ・・・それをたんたんと受け止めることが今の私。
冷たいと思うけれど汚い言葉だけど無いのではないのなら金で何とかしてほしい・・・そう思う。
手続きなどに走っている。
まだ父の死から1年たっていない。
たずさわるにはそれなりの理由もある。
でもあまりに遠い日々の恩返しになる。
私にできないことも多い。
ふと思う。私の時は誰がする?
まあその時はその時だと覚悟はしている。
世話になった世代が一斉に介護先代を迎えた。
私をあてにする理由は解っていても困惑する。
生死の確認を必要とする人。
介護認定をうながす人。
いろいろ・・・・・・・・でも決めたんだ。
もう手はださないって。線引いた。たぶん・・・だけど。
私が中学生の時に父が作ってくれました。
大音響で独特の響きがったバックロードホーン。
スピーカー部分は何度かもちろん交換しました。
最初はフォルテクスというメーカーだったと思います。
磁力がすごいのですよね。
どんどん隅においやられどっしりさを利用して花台にしていたけれど思うことがあって断捨離しました。
赤いテーブルはぶぶの他界後夫が急にサンダーをかけて塗ったもの。
べいはこの赤いテーブルが好きでした。
べい他界後階下に降ろされた赤いテーブル。
2階は私達が白を望む時期になったとようで赤から白に変化してゆきました。
べべが登場して何故か噛みごごちがよろしいらしいらしい赤いテーブルはボロボロかつ食べてしまい危険なテーブルになりました。
かじるだけながら良いのだよ~
思い入れがたくさんある今日の断捨離。
ありがとう。バックロードホン。ありがとう。赤いテーブル。
炎となって青い空に向かってください。
追加の庭木のまとめも頑張りました。
小さな枝た木は5月に無料回収があります。
その数10袋。庭すっきりしました。
やはり何かよいことがきっとあります。
腰・膝・全身がいてて~でも断捨離ありがとう。
特にバックロードホンありがとう!おとうさんありがとう
!
降雪お見舞い申し上げます。
転ばぬように。
大事に至りませんように。
先日一つの命とのお別れがありました。
預かった大事な命は空へと旅立ってゆきました。
ゆっくり眠ってくださいね。
牛蒡の風味が無い煮物を作って「それを感じること」はできるのです。
やっぱりにんにくの香りは解らないのですよ。
手についた臭いは解るような気はするが本体をかいでも解らん。
右の鼻はべべこの臭いをキャッチできる。
肛門腺のにおいも解る。
「異嗅覚症」
それでも全く香の無い世界からぼちぼち回復できて良かったとは思う。
いろんな原因で臭いや味が解らくなる。
私はインフルエンザの熱か薬がきっかけ。
目が覚めたらぶぶのにおいが皆無になって焦った。
そうそう。
家の中にみかんがかびているとたとえ1階だろうと気が付いた。
目の前で青々してるのに視覚で確認するまでは気づかない。
うん。カレーをカレーと味わえるのは嬉しいものだ。
味が解らない。それは口がおかしいだけではなく鼻・・・嗅覚が携わっていることを知っておいて良かった。
左の鼻はラベンダーの香りもキャッチしてくれないはやっぱり寂しい。
嗅覚障害はやはり治療の方法はステロイドなど限られている。
味や香りは無くても生きて行けるがちょっと寂しい。
本当に無い場合は心底辛いだろうなと経験を通して思う。
私の大好物の銀杏の味はたぶんしっかりわかる。
でもあのくっさい大元の香りは解らない。
いいんだかそうでないか。
積雪少なくつるっつるっ路面の本日です。
体感温度はとても低く感じます。
刺すように寒い。
まあまあゆっくり年をとり開けて2日までは近年にない穏やかさで過ごすことができました。
いろんなことに感謝です。
3日からはすんごい走ったり登ったり・・・母に会いたいという方の送迎や夫の酔っ払い新年会など。
3日4日はなんじゃこれ~
ふ~っなスタートでやれやれ~
正月料理はまあまあ充実かな。
煮物に牛蒡を入れるのを忘れてちょっと風味がよろしくなかったけれど美味しくできたかなあという感じ。
石狩で購入してきたたらばがにの脚がとってもおいしくてそれが一番。
夫婦ともインフルエンザの予防接種が功をなしたか救急車のお世話になることもなくってまずまず。
べべこさんはね~
3日に病院。
肛門腺からあれがあふれまして。
2週間前にしぼってもらっていたのですがスカンクのごとく臭くなりました。
自分で絞ることが可能では無かったのと暮れに腎臓の血液検査をして改めて11月9日以来になる尿を持ち込む予定になっていたので年末年始も診察しているぶぶとべいもお世話になった病院へ。
車はそれはそれは暴れまして。
途中から夫が歩きで私が運転してたどりつきました。
血液検査は問題なかったのですが尿検査・・・・・・・・・・・ストラバイトだらけ。
幸いまだ菌や血尿はなくって・・・私悩んでますがまあ今は療法食の形です。
「体質」?
今後食べ物にしても水にしてもどうしたら良いかは試行錯誤してゆきます。
車に乗れるようにレッスンスタート予約済みです。
フリーだろうとクレートだろうとその暴れ方は尋常ではない。
レメディーも頼もうかと思うほど。
うん。初めてのドライブで「うっ」とは夫より早く気づいたのだよね。
べべことドライブできるようになるにはどうしたよいのかな。
ぶぶやべいとくらべてはいけない。
晩年のぶぶは車がだめでしたが・・・晩年のぶぶには私レメディーじゃなくてもっと割り切った楽にさせる治療があったのではとも思っています。
1歳児はぶぶのその様を超えてクレートはひっくり返り・・・
すっごいです。
ドクターに「この子いいとこ無しですね~」とこぼすと「元気じゃないですか」
いや・・・元気だけどストラバイトはでないで欲しかったなあ。
べべことまあ夫と・・・そこが基本。
時々娘でめいっこで姉でぼちぼちスタートしています。
そうそう暮れの近所のスーパ―の買い出しでうちじゃない車の助手席をあけて「なんですか~」と驚かれ。
2日だったかべべのための必需品を購入しに大型ホームセンターへ帰路。
我が家の駐車スペースで夫が踏んじゃった!猫さんのうんぴん。
そのまま靴につけたまま玄関に~
そんなこんなの年末年始でした。
2015年に感と謝をこめて。
2016年へ感と謝をこめて。
ふ~っ。
降りました。
ホワイトクリスマス。
べっこさんと結構遠くまで歩きで散歩。
とうちゃんとも超短い散歩も行ってきましたね~
降るか~降るか~と思っていたらやっぱり降りましたね~
そう声を掛け合いながらご近所さんと雪かきタイム。
良かった。膝雪かきできるようになった。
朝起きる時に痛む程度になりました。
正坐はできないけれどね。
うん?今日は満月?
吹雪いているから見えないかな。
昨年の今日の画像。
にたような天気かな。
ご冥福を祈るという表現は無いんだというようなことを浄土真宗の坊さんである叔父から聞いたことがあった。
それ以来言葉として使う時も何となく躊躇してしまう。
検索すると何かしらヒットはしてきた。
言葉とは難しい。
私は若いころから友人には年賀状よりクリスマスカードを送りたい人だった。
ある時有名な歌人の句を見てからこれまたクリスマスカードをだすことを躊躇した。
他人の言葉に右往左往する自分がそれらしいなあと苦笑してしまう。
今年は精神的時間的にカードを今のところ1枚も書いていない。
くる年は肩の力を抜いて書ければ良いなと思う。
今の母がいるグループホームの向かいは私が通ったカトリックの幼稚園だったところだ。
もちろん実母が想いを寄せて鼻息あらく入れてくれた幼稚園。
どうしてもそこに入れたかったのだという雰囲気を私は今も覚えている。
幼い私は一人でバスに乗って2年だったか通った。
当時は珍しかったのではないかと振り返る。
なんであそこにこだわったのか知りたいと少し思う。
実母が亡くなってから50年。
今年は50年忌(50年からは祭ともいうのかな)
今の母はしるよしもないがこの季節の教会は心底懐かしい。
昨年はこの前を通り毎日実家に通った。
昨年の秋だったか幼稚園は壊されどこかに移動したのかは定かではないが現在は教会とシスター達の住まいが当時の面影を残す。
今年の今にこんな想いを抱えるとはたぶん思ってなかった。
父も母も実家にすみ続けたかった。
自宅をでるのが嫌だ嫌だと言っていたあれこれをやはり夢にみる。
先日火事があった。
テレビでも新聞でも報道されていた。
実家近くで家族構成が同じでご夫婦どちらかが亡くなった。
父は亡くなったが嫌だ嫌だをはねのけ強硬するしかなかったのだと再度思ってはいるがぐっと胸がしめつけられる時は避けられない。
しかたがない。
しょうもないことだ。
吐き出しながら。
また前進します。
そだね。新入りべべこの成長とともに。
父、母、伯母の介護に煮詰まった時に検索でヒットしました。
在宅介護をされている方のブログをいつのころからか愛読させて頂いていました。
コメントを記載したことはおそらくなかったと思います。
急逝のご報告が目に飛び込んできました。
お悔やみ申しあげます。
安らかに。
べべとちょっとだけ星を見て来ました。
ふたご座流星群は確認できなかったけれどきれいな星空でした。
久しぶりに星空を見上げました。
すぐそばの小さな公園が「犬を近づけないでください」ととても汚い字で書かれています。
その他ゴミのことなどがとても汚い字で書かれています。
悲しいなあ。ぶぶとべいとはよくベンチに坐って星を眺めたりいろいろお世話になりました。
犬を近づけないで・・・何があったのだろう。
落とし物の処理かなあ。
べべとちょっとベンチに何て坐って長めに夜空をながめてみたいものです。
とにかくべべのことが心配です。
明日左膝手術。
一週間から10日入院予定でしたが一応9日に帰宅予定。
べべこは昼に一度夫が帰宅してちっこさせてくれます。
膀胱炎の検査が月曜日。
うーん。
痛くて退院できなかったら笑うしかないなあ。
入院して看護師さんの後ろ姿に父入院中のことがよぎりました。
夫頑張って!
お見舞いにはこないでべべこをよろしく。