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熟年オジサンの映画・観劇・読書の感想です。タイトルは『イヴの総て』のミュージカル化『アプローズ』の中の挿入歌です。

母べえ

2008-02-02 | 映画
日中戦争はすでに始まり、日米開戦の火蓋を切る前年、昭和15年の東京が舞台。暗い時代へ突き進んで行く寸前の束の間の平安が、まだわずかながらも残っていたことを思わせてくれる、卓袱台を囲んだ質素ながら幸せそうな野上家4人の団らん場面から始まる。
お互いに、「父べえ」「母べえ」「初べえ」「照べえ」と「べえ」付けで呼び合う楽しい一家団欒も、土足で踏み込んだ特高刑事に蹂躙されてしまい、ドイツ文学者の父べえ(坂東三津五郎)は、治安維持法違反の容疑で逮捕されてしまう。
2人の娘、初子(志田未来)と照美(佐藤未来)を養うため母べえ(吉永小百合)は代用教員として働き、父べえの教え子(浅野忠信)や父べえの妹(壇れい)が出入りして、何かと支えになっている。
母べえが教えるシーンの教室は、アングル・マジック無しのフルサイズの教室で、当時の素朴な小学生たちが確かに40数人いたのにも驚いた。
また、奈良から出て来た叔父さん(笑福亭鶴瓶)は、まさに寅さんの再来を思わせるキャラクターで、暗く沈みがちな一家に笑いの灯をともしてくれる。
子供たちを相手にした「スイカの種飛ばし」は、落語みたいで微笑ましいエピソードである。

『Always三丁目の夕日』が昭和の懐古カタログの羅列だとすれば、こちらは戦時中のタブーに対する映像での抵抗と言える。
例をあげれば、父べえに差し入れするドイツ語の書籍の日本語の書き込みをみんなで消しゴムで消す作業や、差し入れた着物を着替えさせる時の背中の拷問痕など、言葉は無くても映像の力はとても大きい。
また、父べえの恩師の大学教授によって、当時のインテリゲンチャーの無力さも戦争協力者として対比されている。

一見暗そうなエピソードばかりに思われそうだが、泣かされた場面よりは笑わせられた箇所のほうがもっと多かった気がする。
それは映画が次女・照べえの純粋な視点で描かれているからである。可笑しな大人たちの描き方こそ、山田洋次監督が最も得意とするところだ。
笑いの根源は人間賛歌であり、それを圧殺するのが戦争という構図は解り易く、声高の反戦アピールは無いのに、それ以上の効果をもたらしている。


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5 コメント

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演劇もかなり、です。 (ヌートリアE)
2008-02-18 18:41:24
こんばんは。
東京は2月になって2回行きました。1月から2月にかけてほとんど自由な日々だったので、どうせならと前日は演劇の2本立て、当日は実務と結構きついスケジュールでした。まあ、いつものことですけれど、、。

大阪の演劇も月2本程度は見ていますので、昨年から演劇もほとんど僕の休みの主要なテーマとなっております。でも、東京の演劇はやはり質が高い。コント一つにしても練られ方が違います。

2月中旬から一時的な自由の日々も終わり、またいつものサラリーマン生活をしております。(会社を変わりました。)
あちこち旅行もしたり、云十年のアカは落とせたでしょうか、、。今度の職場はほとんど出張がないので、東京も本当に行きたければ今までのような「ついで」は無理ですね。自費で行くこともありかな、という感じです。

「母べえ」、あまり期待しないで見に行ったんですが、演出力がすごく驚きました。地味ですけど、素晴らしい反戦映画ですね。
想像していたとおり、海外では評価は無理でしょうね。今、海外の映画祭では、演出力よりも素材そのものに興味があるようですね。
ですから演出力より、例えば戦争ものでは、サラエボの女性の悲劇をテーマにしたものなどが賞を取っていますね。「サラエボの花」を見ましたけれど、テーマに頼りすぎた映画に思えました。肝心の演出が稚拙でテーマがいいのに勿体ないと。
特に、私見ですが、カンヌは最近ひどいと思っています。

では、また。
毎日、何やら忙しい毎日です。でも、これが僕の元気の源泉かもしれませんね。
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反戦いろいろ・・・ (butler)
2008-02-18 21:25:41
>ヌートリアさん、

個人的な状況の変化が、いろいろあって大変だったでしょうね。

『母べえ』の物静かなメッセージは、声高な反戦アピールよりも品が良くて効果的でしたね。
山田洋次の感性の優れた点だと思いました。
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私もひと言 (hermann-mccartney)
2008-02-24 15:45:31
私も『母べえ』観ました。
吉永さん、きれいですねー。。。

撮影時のエピソードで、吉永小百合さんが照べえを呼ぶ時、思わず
  “鶴べー”
と言ってしまったのには、大笑いですね~。

山田洋次監督は世田谷・成城に住んでるのに、よくあんな下町風情の映画が撮れるなー、と感心&皮肉です。。。
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Unknown (Unknown)
2008-02-25 12:13:05
>hermann-mccartneyさん、

吉永さんは、僕より2歳上だから確か62歳!
キレイですねぇ~。女優は魔物です。(笑)

鶴瓶は映像には不向きだと思っていましたが、
意外にもピッタリでした。

戦時中の当時は、山の手でも今の下町の趣が
あったんでしょうかねぇ?
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名乗り忘れでした (butler)
2008-02-25 12:27:34
↑のhermann-mccartneyさんへのコメントは
私=butlerからでした。
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