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熟年オジサンの映画・観劇・読書の感想です。タイトルは『イヴの総て』のミュージカル化『アプローズ』の中の挿入歌です。

悪人

2007-07-18 | 読書
長編420ページが少しも苦にならない圧倒的な面白さだ。
お話は九州の国道263号線の三瀬峠で発生した殺人事件を核にして、その国道で結ばれた福岡県と佐賀県の周辺地域で展開する。

保険外交員の佳乃は、同僚の女性たちには金持ちの大学生とデートだと嘘をつき、実際には出会い系サイトで知り合った土木作業員・祐一と逢う約束をしていて、福岡市内の公園に来る。しかし、そこで偶然に大学生・増尾と出会い、佳乃と若い男2人の不運と悲劇の始まりとなり、翌日、佳乃は死体で発見される。
犯人は早々に明らかになるが、犯人が判ってしまっても、この小説の面白さは少しも損なわれることはない倒叙ミステリー小説の形式とも言えるが、ジャンルに囚われない人間ドラマとして読みごたえがある。

随所で挿入される、加害者と被害者それぞれの家族や友人たちのモノローグは、九州弁の一人称で語られ、犯人の生い立ち、性格、心情のみならず、証言者の心理までも鮮やかに浮き彫りにして圧巻だ。
この小説の感動は、犯人が出会う紳士服の量販店員・光代との逃避行の過程に収斂されてゆく。ふたりの関係は切なくて、何とかしてあげたくなるが、メロドラマ的な甘さは一切無く、誰かと繋がりを持ちたいと望む思いや、地方の閉塞感に共感を抱かせる。
かと言って、救いの無い絶望的な結末ではなく、余韻の残る、実に巧い結びの語りに、やっぱり泣かされてしまう。
「あの人は悪人やったんですよね?」
最後から2行目でやっと出てくる題名の『悪人』は、「?」マークで光代の気持ちを雄弁に語っている。吉田修一の代表作になることは間違いない。


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