偏平足

里山の石神・石仏探訪

石仏879飯岡・石尊山(栃木)大山不動

2019年10月25日 | 登山

飯岡・石尊山(せきそんさん) 大山不動(おおやまふどう)

【データ】 飯岡・石尊山 480メートル▼最寄駅 JR東北本線・矢板駅▼登山口 栃木県塩谷町飯岡の星野神社、地図の黒丸印▼石仏 石尊山の中腹、地図の赤丸印▼地図は国土地理院ホームページより

【案内】 山頂に石尊・大山不動を祀った塩谷町の石尊山へは、飯岡の星宮神社から登った。山頂に祀られた阿夫利神社への参道である。舗装された林道を右折、左折して登ると沢沿いの道になり、電柱635の先で尾根に取りつく山道に入る。杉林をすぎると岩混じりの尾根道になり、姥神、大黒天に続いて大山不動を祀った岩場に出る。


 岩上に不動明王、一段下に矜羯羅(こんがら)童子・制吨迦(せいたか・吨は口偏に乇)童子の丸彫り不動三尊が並ぶ。不動の高さは75センチ。右手に剣、左手に羂索を持つ穴だけあけ、頭髪は渦巻模様の簡素な造りである。高さ45センチの合掌の矜羯羅と首に巻いた布を持つ制吨迦もシンプルな像容である。不動の背にある「大山」銘は、神奈川県丹沢の大山であり、塩谷町のこの石尊山が大山阿夫利山の神・石尊大権現を移し祀った山であることがわかる。丹沢の大山が中腹に大山不動、山頂に石尊大権現を祀るように、飯岡石尊山でもそれに倣って中腹に不動、山頂に石尊を祀ったのである。
 不動三尊から右手の尾根に出るのが山頂への道。緩やかな尾根をたどると山頂に出る。山頂の覆屋に納められた石祠が石尊大権現。覆屋脇に立つ町の案内には「当社の創建は宝永3年(1706)6月28日である。古来、雨を降らせる神と信仰された相模国の大山阿夫利神社(おおやまあふりじんじゃ)より勧進されたと伝えられる。阿夫利神社は霊石の由縁をもって大山石尊大権現と称されたゆえに、石尊山の山頂に鎮座した」とある。

【独り言】 飯岡石尊の山頂の覆屋脇に立つ町の案内には「石尊神社御神体」として1枚の写真が貼り付けてありました。中央に厨子にはいった不動明王、両脇には天狗風のお面が二つ。一つは鼻高天狗、一つは鬼風の天狗です。これが石尊大権現と大天狗、小天狗なのでしょう。



 丹沢大山の石尊大権現を移し祀った山は関東に沢山あります。その多くは三基の石祠を造り祀っています。石尊・大天狗・小天狗の三基です。これは、石尊が大山山頂にある岩(霊石)を御神体とし、そこに大天狗と小天狗も祀ったことに由来しているものです。
 大山の東山麓にある日向薬師の宝城坊に残された『日向薬師』(昭和40年、中央公論美術出版)には峰入り行場を記した「峯中記略扣」の件があります。その大山の項には、「石尊大天狗、小天狗の行場へ行って札納め」とあるように、大山山頂には大天狗と小天狗の行場がありました。もっとも本尊の大権現に大・小天狗がつきまとうのは大山だけでなく、修験の山では普通に見られる状況ではあります。

 ところで飯岡石尊山頂の写真にある石尊・大天狗・小天狗の具体的な姿ですが、これに似た石面に、千葉県の房総にある嶺岡浅間山で会ったことがありました=上写真=。その後同じ石面に出会うのを楽しみにしていますが、いまだに叶っていません。

石尊信仰についてはホームページ・偏平足の「石尊信仰」をご覧ください。

 


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 石仏番外 富士山・須走道(... | トップ | 石仏番外 飯岡・石尊山(栃... »

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。