偏平足

里山の石神・石仏探訪

石仏858米山(新潟)薬師如来

2019年06月17日 | 登山

米山(よねやま) 薬師如来(やくしにょらい)

【データ】 米山 993メートル最寄駅 JR信越本線・柏崎駅登山口 新潟県上越市(柿崎町)柿崎区下牧石仏 下牧集落の先の登山口、地図の赤丸印地図は国土地理院ホームページよりこの案内は拙著『里山の石仏巡礼』(平成18年、山と渓谷社)から転載したものです

【里山石仏巡礼108 米山では予想がはずれたことがいくつかあった。ある年の4月中旬、柿崎町米山寺から初めて米山に登ったときの雪の多さ。標高千メートル程度の山に、これほど雪があるとは思いもつかなかったほど残っていて、山を登るには楽だったが、石仏調べにはならなかった。再起を期し5月に柏崎市吉尾から登ったときも上部に残雪があり、女尸羅場(おんなしらば)の三十三観音は雪に埋まっていた。薬師如来の石仏が少なかったことも予想外だった。薬師信仰の山だけに山中に信仰の痕跡が残り、祀られた石仏も多く、薬師如来の石仏が沢山あるだろうと探してみたところ、それはあまり見つからなかった。
 信仰の痕跡の一つが女尸羅場。尸羅は戒律の戒で、女性はここまでしか登れなかった。米山には各登山口の山頂手前に女尸羅場が設けられ、女人堂があったという。かつて、信仰の山ではどこでも女人に対して結界を設けた。女人堂のある場所が結界で、これを女尸羅場とした山は米山以外に知らない。修行の妨げとなる者の入山を禁止する結界石(けっかいせき)では、禅宗寺院の山門に立つ「不許葷酒入山門」(葷はニラやニンニクなど臭いに強いもの)の文字塔が知られている。
米山薬師を支配したのが柿崎町米山寺の密蔵院。米山を開いたとされる僧・泰澄ゆかりの寺である。この寺からの道、下牧の薬師堂で六地蔵のなかに紛れた薬師如来の石仏を見た。薬師の石仏はその先にもあった。薬師は趺坐(ふざ)した上に定印を組んだ手を置き、薬壺(やっこ)をのせている。薬師を信仰する人々は、病を治す薬が入った薬壺にすがった。しかし米山信仰ではこれに作神の願いが加わり、越後平野に米山を信仰する米山講ができた。講では田植えが終わると米山に代参を送り、田んぼには「米山塔」を立てた。米山寺からの道の女尸羅場には避難小屋が建っていた。しかし、結界を示すものは何もなかった。これも予想がはずれた一つだった。

【追伸】
石仏850米山(新潟)地蔵菩薩
石仏番外米山(新潟)尸羅場



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