Life is・・・so・・・××××××Gun-Parade-March!!

死ぬから生きよう。ただ・・それだけ。

Vol:-- The NO Number.merry-go-round orchestra-3

2006-05-05 21:19:52 | 妄想具現化
昼の12時まで後・・・・15分。
焼けそうな肺をものともせず、ジャギは人波を走りまくった。
こんな時に自分の”能力”はなんの役にも立たない。それが悔しかった。
それよりも今頭の中を締めている事は唯一つ。
「マリエル・・・どうして・・・!」
そう、どうしてあの屋敷から逃げ出したのか解らない。いや、それは何か理由があったのかもしれない。
でも・・・ならどうして・・・・
「なんでおれに一言いわねぇんだよ!」
ジャギは走りながら怒っていた。
「マリエルお嬢様に何かあれば死んでもらう」
ぼそり、と耳元で聞こえた声に反射的に拳をぶちこみそうになる。
真後ろには、あの老執事が屋敷の精鋭を連れて迫ってきているのだ。
「うっせぇじじぃ!何かなんて起こさせやしねぇよ!!!」
少し危険かとも思ったが、エーテルを足に集め加速を開始した。


「閣下、良い腕ですが模範的すぎます」
左のボディブローを叩き込んだ姿勢のまま、相手の耳に囁く。
「・・・・・・ぐっ・・・・・」
彼の・・・アリアルの剣ははっきりいって素晴らしかった。まったくブレない剣筋、打ち込む姿勢。体重の移動。全てが完璧だった。
まっとうな騎士であれば、あの剣はまず避けることができないだろう。
しかし、それだけに・・・・
「実戦や乱戦で戦ってきた人間には、通用しません」
「・・・・んむぅ・・・・」
腹を押さえて崩れ落ちるアリアル。もちろん、さっき叩き込んだボディブローはただのパンチでは無い。
”森羅万象”で拳が接触した瞬間にアリアルの体内に多く展開している”水”をイジった。
少なくとも30分は立てないだろう。
「貴様・・・こんな事をして・・・ただで済むと・・」
もうすでに立ち去りかけていた海猿は一度だけ振り返り
「貴族・・・しかも国家のTOP集団にいる貴族の頭首を殴ったのですからただでは済まないでしょう。でも・・・それでも軍曹の方が怖いって事です」
と言って、走り出した。


ジャギは適当に走っていた訳では無い。
かと言って、マリエルの行き先に心当たりがある訳でも無い。
なら、する事は一つ。
「あああああ!解ってたけど人込みすぎてわけわかんねええええええええ!!!」
人通りの多い、どこに行くのにも便利な道を徹底して探す。
これしかなかった。
難しい事だ。こんな人込みの中、子供1人を探し出すなんて。
一つだけ有利な事は・・・それは、マリエルが”目立つ”事にある。
マリエルの服はいつもパジャマだ。昨日も今日も特別な用があったわけでは無い。
そして、マリエルの部屋にはクローゼットが無い。なら、あのままの服装で出歩いているはずなのだ。
なら目立つ。どんなに最近のファッションが訳わからなくなっていようとも、パジャマの子供が走っていればめちゃくちゃ目立つ・・・はずだ!
中心街の更に中心、すでに車のロータリーでしかないようなその場所で、路地裏にするりと消えた白い何かが目に入る。
ジャギはそれを直感でマリエルだと思った。
実際には色々な可能性がある。
見間違いかもしれない。
白いワンピースの裾かもしれない。
あんな路地裏だ。ろくでもない人間かもしれない。
それでも、ジャギは自分の直感を信じた。
白い何かが消えた路地裏の入り口に駆け寄る。見ればそれは”路地裏の入り口”なんて大層なものじゃなかった。
ただの隙間。ビルとビルの間にできた、灰色の切れ目。
光もろくにささない、この切れ目の奥がどこかに繋がっているのかもわからない。
大人が体を横にしてなんとか通れるくらいの隙間でしかない。
もしさっきのが見間違いなら、物凄い時間の無駄になるだろう。
それでも
『ジャギさんは強いんだねぇ』
『私もジャギさんみたいに強ければなぁ』
・・・・・・・・・。
「・・・あああああああ!!!面倒くせええええええええええ!!!!!」
ジャギは体を灰色の切れ目に挿し入れた。

海猿は車の中で精神を集中させる。
アリアルを倒した海猿は、そのまま屋敷の警護に当っている人間にオラトリオの脱走を告げ、人を集め追いかけ出した。
”森羅万象”を常時展開し、大気に住む精霊にオラトリオの場所を聞く。
それはバラバラな情報だったが、なんとか大まかな位置は把握した。
「中心街の中心地より19時の方向に車をやってください。大体その辺りにいるはずです」
車を運転しているクルセイダーは「了解しました」とだけ言い、車を指定された位置に向けて走らせる。
自分で言ってわかったのだが、あの辺りには特に何も無い。ビジネス街となっている。
娯楽施設も何もないのに・・・あんな場所になにが・・・・。


ズルズルと壁に挟まれカニのように進む。すでにスーツはボロボロのドロドロに汚れていた。
そんなの構いやしない。
ただ、マリエルの身だけが心配だった。
進行方向に光が差す。この光も差さないビルの間に、光が。
「う・・・・」
暗い所を暫く進んでいたせいだろう。光が目に痛む。
その痛む目を細めて先を見ると、切れ目の終わり・・・開けた向こうにもう所々うすよごれたパジャマを着た子供が背中を見せて走っていくのが見えた。
「!?」
見間違いなんかじゃなかった。
あれは、やっぱりマリエルだった!
「マリエーーーーーーール!!!!」
隙間に挟まったまま、ジャギは少女の名前を叫んだ。もう、呼ぶことは無いかもしれないと覚悟した、その名を。
少女は立ち止まって、こっちを振り返り・・・・きる前に、その場に崩れ落ちた。
「がああああああああああああ!!!!!!!」
爆発的に足にエーテルを集め、その場を踏みしめて跳躍。ついにジャケットの右袖は肩から千切れてしまった。
そして、切れ目から飛び出した。


「海猿さん・・・本当にここで?」
目の前には灰色の切れ目。奥には日の光もささずまったくの暗闇。
「そう・・・です。」
自分でもそうは思わないのだけれど、精霊たちはこの先だと言っている。
これが人のもたらす情報ならば疑いもするのだが、それが精霊なら話は別だ。
彼等は、この切れ目に入っていくオラトリオは見ていたのだろうから。
「間違いありません。進みましょう」
そう言って、みずから先頭に立ちカニ歩きで海猿は歩き出した。


飛び出して解ったのだが、この場所はやっぱりまだ”隙間”だった。
ビルとビルの間に出来た”隙間”
それがただ、今まで通ってきた所よりも幅があるだけに過ぎない。
周りは全て15階クラスのビル。そのビルとビルの間にぽかんとあけられた、空間。
しかも、まるで冗談のようにそこにはコの字型に空いた空間があり、そこは公園になっていた。
ブランコ、シーソー、砂場、空き缶入れ。タイヤで出来た馬飛び。
その公園の入り口にたどり着く前に、マリエルは倒れた。
ジャギは足に溜めたエーテルを異常放出して、マリエルの場所まで一気に飛ぶ。
これで暫く左足は使えないだろう。まぁいまはそんな事どうでもいい。
「マリエル・・・大丈夫か?苦しいのか?おい・・・返事しろよちくしょう・・・・」
そっと抱え上げたマリエルの体が、まるで空気みたいに軽くて鳥肌が立つ。
「ちゃんと食えよ・・・お前サンドイッチ好きなんだろうがよぅ・・・」
「サラダばっかりじゃなく、鶏肉も食べればよかったなぁ・・」
「マリエル!!」
どうやら意識を失っていたのは一瞬らしい。今は弱々しくもちゃんと目に力が篭っている。
「ごめんねぇ・・・ジャギさん・・・スーツボロボロになっちゃったねぇ・・・」
むき出しになった右腕をそっと撫でながら、本当に申し訳ないように言う。
「ばっ・・!こんなもん・・あれだ・・・大した事ねぇよ!ほら・・・あれだ・・・!えーと・・・」
「朝飯前?」
「おう!それだそれ!朝飯前だ!マリエルは賢いなおいっ!もうおれより賢いんじゃねぇか!?」
「あははw」
笑っていたマリエルの顔が一瞬で強張る。視線の先では、あの老執事がちょうど切れ目から出てこようとしていた所だった。
「ジャギさん・・・私・・どうしても行かなきゃいけない所が・・・あったんだぁ・・・」
言いながらゆっくりでも確かに体を起こすマリエル。
「お・・おい・・・大丈夫か・・・?」
「そこに行く為にね・・・ジャギさんに酷い事言って・・・嘘ついて・・・ほんと・・・」
支えにしていたおれの右肩からマリエルの手が離れる。
「ごめんなさい。」
足なんてまだまだフラフラしてるのに、それでもきっちりと頭を下げた謝罪だった。
「ちょ、おま、そんな事・・・」
「我侭なのは、ダメだよねぇ・・・それでも・・・それでもぉ・・・・」
ぐぐぐ、と体の向きを変える。その先には、寂れた不思議な公園の入り口。
「行きたいの・・・・公園に・・あの場所に・・・・行かなきゃダメなんだよぉ!!」
「その子から離れろおおおおおおお!!!!」
マリエルが叫んで一歩を踏み出すのと同時に、目の前で刃が踊った。
咄嗟に中腰のまま腰をそらして避ける・・・が、眉間付近を刃が掠めた。
「っつぁ!?」
多少の血が流れる、が驚いたのは
「・・・・ガキ?」
自分に剣を振るったのが緑色の髪をし、緑色の目をした少年だったからだ。
しかもこのガキ・・・・おれの皮膚を概念兵装の剣で切りつけやがった。
成人の”能力者”でも傷つけられないのが大半の、おれを。
「マリエルをどうするつもりだてめぇ!!」
立ち上がって拳を構える。
「ジャギ?ジャギか?」
緑髪のガキの背後に、海猿が駆け寄ってきた。
「あ?海?なにやってんの?」
「仕事だけど・・・え・・?まさか?」
「マリエル・・・とりあえずこっちに・・・」
「うん・・・・」
「オラトリオさまあああ!!」
「マリエルさまああああああ!!」
オラトリオはマリエルに肩を貸して公園に入ろうとする。
ジャギと海猿は公園の入り口でぽかんと顔を合わせる。
双方のエージェントは隙間からやっと這い出て、こっちに詰め寄せてくる。
「おれぁその・・・そこの女の子の護衛を・・・」
「オレはその緑髪の・・・オラトリオ君の護衛を・・・」
自分たちの護衛対象は今や公園の中心で顔をあわせている。
「マリエル・・・レディはもっと身だしなみに気をつけるべきじゃないかね?w」
「あら、オラトリオ君も紳士にしてはちょっと派手なんじゃない?」
埃で真っ白になったオラトリオの服を指差して笑うマリエル。
二人は、見たことも無い笑顔で笑っていた。
「マリエル!」
できるだけ大声を出す。
マリエルがこっちを見たのを確認してから、親指で駆け寄る老執事御一行を指す。
「ジャギさん!ジャギさんって強いよね!!」
「おう!つえぇぞ!」
「レイドさん100人も泣かしちゃったんだよね!!」
「おう!朝飯前にな!」
「じゃあ・・・じゃあ・・・!」
「ガキはな!大人に我侭言うのを遠慮なんてすんじゃねぇ!!!」
「私!もうちょっと時間が欲しい!!!」
「ぃよっしゃああああああああああああ任せろやあああああああああああ!!!!!!」
公園入り口で振り返り、さっきの加速で使い物にならなくなった左足を地面に突き刺す。
「ここを通りたかったらおれを殺していきやがれやこのクソ×××××共!!!!!!」
「あぁ・・ジャギの馬鹿・・・・」
両手で顔を塞ぐ。ダメだ、もうこの馬鹿は止まらない。止めようとするとオレがぶん殴られるに違いない。
「オラトリオ!!」
左手にマリエルの右手を握ったまま、真っ直ぐこちらを向く。その目には、一切の曇りがなかった。
「海猿・・・頼む・・・・」
頭も下げない。でも、清々しいくらいに綺麗な瞳で彼は言った。
「あああああ!!治療費はレイ家でもってくれるんでしょうね!!?」
「もちろんだ。あー・・・もしかすると・・・空を飛ぶ羽目になる?」
「死んだら化けて出てやる!!」
「はははw特別報酬もつけるぞ!」
「うーん・・・それはいいから・・・そーだ、その子にヴァイオリンを聞かせてあげて下さい。オレはここで『やりあいながら』聞いてますから」
「承知した。今までで最高の演奏をしよう。」
「よし海ちゃんよ!」
「はいはい・・・やりますかぁ・・・!!!!!」
海猿も振り返って同じく使えなくなった右足を地面に突き立てる。
人数にして20人相手の、総当たり戦が始まった。



「なぁジャギよぅ・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「あれ・・・・死んだ・・・?」
「喋ると口がいてぇんだよ・・・」
「あはは・・・ひでぇ顔・・・・w」
「お前もなー・・・www」
地面に突き刺した足はとうの昔に抜けて、今は公園入り口の車輪止めにもたれかかっている。
スーツはもはや原型をとどめておらず、それは二人の顔面にしても同じだった。
「なぁジャギィ・・・いいヴァイオリンの音色だろ・・?」
「ばっか・・・マリエルのピアノのがすげーっつのw」
足元には、追っ手20人の気絶体。
公園の中には・・・・
「こーゆーの・・・なんつーんだっけかな・・・」
「学芸会・・・でいんじゃないかな・・それも知らないなんて・・・さすがジャギ・・・」
「うーるせぇ」
概念で練ったグランドピアノを弾くマリエルと、ヴァイオリンを弾くオラトリオ。
「拍手忘れんなよ・・・」
「ばか・・・手が折れててもやるに決まってんだろ・・・」
曲が終わる・・・・結局なんの曲だったかわからなかったけど・・・素晴らしかった。
二人は、たった二人の観客に向けて挨拶をする少年と少女に惜しみない拍手をしようと手を叩き、激痛でついに気を失った。



あの”学芸会”の日から2ヶ月が経った。
あの後病院で目を覚ました二人は、体がカクカクする状態のまま引っ立てられ、iwaokunの執務室で結果を報告する事に。
絶対殺される、死ぬのは宙を飛んでいる間かそれとも地面に落ちた瞬間か。それくらいに差しか、この仕事の結果には無いように思った。
しかし、恐る恐る伝えた結果にiwaokunは
『ふーん。ご苦労』
と言っただけ。せっかく染め直した髪がふたりとも白髪になっただけの罰ですんだ。
それから一週間ほど、二人は暗殺されると云う謎の妄想に苦しむ。
しかし、それはやっぱり妄想に過ぎなく、いつまで経っても刺客は放たれなかった。
そしてきっちり2ヶ月経った日、それは届いた。
「あん?コンサートの招待状?」
「うむ、iwaokunから直々にな」
あいすんが手渡しでくれた招待状は、なんだかこの間渡された恐ろしい手紙とは似ても似つかず、やすっぽい作りだった。
しかし中身は本物のコンサートチケット。
「あー?くらしっくぅぅぅ?おれがぁぁぁ?」
「わしもその辺がわからんが・・・まぁiwaokunが言って来いっていってたぞ」
「え・・・・言って来いって・・・・?」
「うむ、つまり行けってこったな」
「はぁぁぁぁぁぁ・・・マジですかぁぁぁぁぁぁ」
頭が重くなる。クラシックコンサートなんて途中で寝てしまうのがオチだからだ。
そんなモノを買う金があるんなら飯の一つでも奢ってもらった方がまだ嬉しい。
「ま・・まぁ・・・ちゃんと渡したからの」
あいすんはそれだけ言って足早に立ち去る。愚痴をこぼされるのはごめんらしい。
「う・・うう・・・・しかもまた服が指定だし・・・・」
今度の服はタキシードだった。

「で、なんでジャギがここにいるんだよ」
コンサート会場の前でばったりあったのは例のヤツ。
「海こそなんでこんなとこにいんだよ・・・・しかも何その格好wwwwwwwww」
「いやお前も同じ服だしwwwwwwwwww」
「うはwwwwwwwだせえええwwwwwwwwwwww」
「ツナギよりマシだよwwwwwwwww」
「うるせwwwwwwwwwwwww」
とまぁ、いつものテンションで開場を待つ。
二人は明らかに浮いていた。
「な・・なぁ海・・・おれら浮いてね?」
「なんか周りが貴族だらけのような・・・」
ぐるりと見回しても、一般人が見当たらない。
貴族しかいない世界に迷い込んだみたいだった。
「うへぁ・・・・もう貴族はこりごりだなぁ・・・・」
「うわっ!”マリエルゥゥ!”とか言ってた奴が!信じらんないね!」
「ばっ!てめぇ!それは言うなとあれほど・・・・!」
「あははははwそれにしても、二人とも元気かなぁ?」
「貴族なんだし、元気なんじゃね?」
「あーもー悪かったよー気を治せよー」
「別に不機嫌になんてなってませんが何か?」
「ほらwwwwwwwwwww」

二人がつい2ヶ月前に友人になった貴族様を壇上で見て驚きのあまり口をぽかーんと開け、壇上の少年と少女に笑われるにはこれから30分後の事である。


Vol:-- The NO Number.merry-go-round orchestra-2

2006-05-05 21:18:12 | 妄想具現化
「ふっ!・・」
斬り込まれた右手に、同じく右手に持っていた棍を合わせる。
カッ。
「ちょっと踏み込みが浅いですね」
「おおっ!」
大上段から股下まで、全体重を乗せたような兜割り。
が、
「力があっても重さがあっても、速くなければ避けられてしまいます」
その剣を海猿はなんなく避けた。
ズン、と地面に突き刺さる剣先。もうかれこれ1時間はこうして剣を振り続けている。
「そろそろお昼にしましょう。良い時間になりましたし。」
腕時計に目をやると、丁度針が12時を指していた。
「はぁ・・・は・・はぁ・・・」
少年・・・オラトリオは肩で息をしている。無理も無い。そもそもこの年齢でそこまで”実剣”を振り回せる事自体が異常だ。
暫く休んで行くのかもしれないな、と思い先に屋敷に足を向ける。
「いつか・・・お前にも勝てるか・・・・?」
海猿は背中から聞こえてきた声に
「えぇ、いつか」
とだけ答えた。それは、将来大いにありえると思えたからだ。

昼食を食べてからは海猿には殆ど仕事が無くなる。
”帝王学”とやらの授業があるからだ。しかも、日がくれるまで。
もうこの屋敷で寝泊りさせてもらって一週間になるが、その一日すらオラトリオはさぼった事は無い。
いやいや、まさか貴族がこんなにも大変だとは思わなかった。毎日食って寝てしてればいいのかと思ったよ。
『人の上に立つ人間が愚かだと、下の人間は不幸になるだろう。だから当然の事だ』
とは、オラトリオの言。
まぁまさしくその通りなのだけれど、13歳の少年に言われるとなぁ。
ちょっとおもしろい。
宛がわれたソファに身を沈めて、昼食後のコーヒーを啜っていると何処からかヴァイオリンの音色が聞こえてきた。
オラトリオのだ。彼は”帝王学”の一環としてでは無く、趣味としてヴァイオリンを嗜んでいる。
その腕は流石に好きなだけあって結構なモノだった。しかも、彼のヴァイオリンは彼自身の概念兵装の改造らしい。
一度目の前で見せてもらったが器用なものだった。
それは相当にヴァイオリンに思い入れがある証拠。なぜそこまでヴァイオリンが好きなのか聞いた事はないが、今度聞いてみるのもいいかもしれない。
柔らかすぎるソファに身を沈めながら「どうせやる事もないのだ・・・」とヴァイオリンの音色に耳を澄まして、目蓋を下ろした。


さらに一週間が過ぎようとしていたある日、マリエルは変な事を言い出した。
「ねぇジャギさん。ジャギさんは明後日でお仕事終わりだよね?」
マリエルはこっちを見ないで、顔を俯かせて呟いた。
「あ?あぁ、そうだな。なんだ?寂しいのか?w」
いひひ、と笑ってみるもマリエルの表情は変わらない。
「ジャギさん。私に何かあったら怒られる?」
やっぱりこっちを見ない。どうしたんだ?
「おお!そりゃもうこえー鬼に怒られるんだよ・・・怒られるっつーか空を飛ばされるっつーか・・・」
ついこの間あった事を思い出して身震いする。
それを見たマリエルは今度はばっと顔を上げ
「じゃ、じゃあさ!ジャギさんの契約明日で終わりにできないかな!」
と言った。
単純にショックだった。
「お・・おい・・・そりゃどーゆー・・おれ・・・なんか気に障る事した・・か・・?」
頭の中が真っ白だった。どうにも心当たりが無い。昨日・・いや、さっきまで仲良く話してたんだ。
なのに・・・どうして・・・
「違う!違うよ!そんなんじゃないんだけど・・・でも・・・」
「お、おい、何か原因があるなら言ってくれよ・・おれなんかしたか?なんか気に障ったか?」
「・・・・・」
「明後日何かあるのか?」
「べ・・・別に・・・」
「話して・・・くれないのか・・・?」
「・・・・・・・ごめん・・・でも・・・」
やっぱりおれは何かやらかしちまったらしい。
泣き出しそうなマリエルの顔を見て、何を悔やんでいいのかわからない自分に腹が立った。
いくら仲良くなっても、所詮は貴族様。何が気に障ったかすらもわかりゃしねぇ。
「マリエルの気持ちはわかった。けどな、おれも仕事だ。任期は変えられねぇ。変わりに明日は顔出さねぇから・・・」
「違う!そうじゃないよジャギさん!」
「明後日に何かある予感がするならおれぁがんばってマリエルを守るからよ。それは信じてくれや・・」
ドアノブに手を掛け、回すと後ろでマリエルがわぁと泣き出すのを感じた。
振り返りたい。振り返って泣き止ませてやりたい!面白い話をして笑わせてやりたい!
けど・・・・おれにはもう何を言っていいのか・・・・。
だから、そのままドアを開けて部屋を出た。
マリエルの部屋を自分から出て行くのはこれが初めてだった。


契約期間ももうあと数日に迫ったある日、オラトリオは妙な事を聞いて来た。
「海猿、私になにかあったらお前が責任を負うのか?」
昼食後のお茶をしていた時急に出てきた話だった。
「まぁ・・・そうですね。うちの鬼軍曹にぶっとばされるんですよ」
この間の件を思い出して、背筋に悪寒が走る。良く生きてたもんだ・・・・。
「鬼軍曹・・・・iwaokunか」
むぅ、と唸るオラトリオ。
「会った事があるの?」
軍曹は元は王立騎士団の一員で、近衛の隊だったらしいから貴族と面識があってもおかしくない。
「いや、話を聞いたことがあるだけだが・・・・厳しい人だが良い人らしいじゃないか」
「良い人は人をぶん殴って空を飛ばしたりしません・・・・」
背筋を冷や汗が伝う。
「はははwそれは私も見てみたいもんだなw」
「冗談、勘弁してくださいよ。比喩や例えでなく本当に空を飛ぶんですから・・・」
なんだか部屋が寒くなったような気がして、まだ暖かい紅茶に口をつける。
「ふん・・・私も比喩や例えや冗談で無く人が飛ぶところが見てみたい」
緑色の目は、どこまでも真面目だった。


次の日、ジャギは二週間も続けていたマリエルの部屋の訪問を自重した。
と言えば聞こえはいいのだが、あわせる顔が無い・・・のが正直な所だ。
ぶっちゃけ、「もう必要ないから明日出て行け」と言われたようなモノ。
思い出して頭が重くなる。ちょっと深酒が過ぎたかもしれない。
今日はまぁそんな理由でマリエルの顔は見ていないが、今もしているように部屋の前に椅子を置いてそこで護衛している。
昼になって老執事が部屋の前に来る。目があった。
「・・・・・んだよ・・・じぃさん・・・」
少なからず驚いているのかもしれない。が、それほど気に留めなかったのか
「いえ、別に」
とだけ言っていつもしているように部屋をノックする。
”どうぞ”と、いつもより幾分低いマリエルの声。たった・・・・一日顔を合わせてないだけなのに、なんだか妙に寂しい。
「失礼しました」
老執事が昼食を届けて部屋から出てくる。そしてそのままこっちをじぃっと見てきた。
「・・・・・んだ・・・なんか用かよ・・・・」
なんと無く顔向けできず、横を向く。
「近頃は元気そうにしておられたのに・・・また元通りか・・・」
老執事はそう一言だけ言って足早に立ち去る。
それでもジャギは、後を追う事も、何か言う事もできなかった。


次の日、レイ家ではちょっとしたハプニングが起きた。
オラトリオの父、アリアル=レイが一時帰還したのだ。
突然の帰還にオラトリオは当然喜んだ。
「父上!!どうされたのですか!?」
玄関まで走って行き、父親のマントを受け取る。
「あぁ、オラトリオ。元気にしていたかね。」
「えぇ、そりゃあもう毎日勉強漬けで元気って言うなら元気ですw」
「ははは、オラトリオも言う様になったな」
父アリアルは苦笑まじりに息子の頭をなでる。今ばかりは大人びたオラトリオが歳相応に見えた。
「うん?こちらの方は?」
右手でオラトリオの頭を撫でながら、こちらに体ごと向けてくる。さすが、貴族だった。
「申し遅れました。私この度依頼を受けて幻影騎士団から参りました海猿と申します」
礼をする。
「依頼?一体なんのだね?」
オラトリオの父親まで聴いてない事に少し驚く。これは彼等を飛び越えてまったく私物に出された依頼らしい。
「彼はおじいさまから依頼を受けたそうですよ。」
オラトリオが説明してくれて助かったが、父アリアルには何か思う事があったようだ。
「ははーん・・・オヤジめ、どうしても阻止したいらしいな・・・ったく、ラオゴル家とはもう何の因縁もなかろうに・・」
「父上・・・父上はどちらの・・・」
「心配するな。後でオヤジには言っておくよ。あーっと、海猿君と言ったね。」
「はい」
「君は今日でクビ・・・は酷いな。うーん・・・あ、そうだ。明日は有休にしたまえ」
「はい?」
情けない返事が出てしまった。それにしても・・・有休?
「ええと・・・どういう事でしょうか・・・?」
「うん、明日はこの屋敷内でのんびり過ごせばよろしい。護衛任務は忘れていい」
「はぁ・・・」
そうは言ってもアリアルは今回の依頼主では無い。なんと言われても依頼主かiwaokun以外の指示で命令を変更は出来ない。
「あーそれにしても疲れた!風呂だ!風呂に入るぞ!!」
「父上!こんな所で服を脱ぐのははしたないですよ!」
「うるせー!硬い事言うなよー」
父アリアルは、すでに40過ぎであるのにも関わらずその表情は子供みたいだった。
貴族、侮りがたし。


”明日はマリエルとお別れの日だ”と思うと眠れなかった夜が明けた。
酒も進まず、なんだか落ち着かない。
この家に来たときの事を思い出した。
そうそう、初めは嫌だったんだよなぁ・・・・。
なんで子守りなんてって思った。だってよー、ガキって何かわけわかんねぇじゃん。
言ってる事もやってる事も無茶苦茶だったりよー、常識なかったりさ。
いや、それが悪いって言ってんじゃねぇ。それにつき合わされるのは勘弁だって話だ。
その点マリエルは良い子だったな。言ってる事もわかるし、やってる事も理にかなってたっつーかまぁあいつはピアノ弾くくらいしかできなかったんだけど。
常識なんてばっちりあったな。あ、所々抜けてる所はあったかもしれんがw
我侭もいわねぇしな・・・・ほんと、一回くらいガキらしく言えばいいのによ・・・・。
なんだか、名残惜しかった。
こんなにこの家を去るのが惜しくなるなんて、来る時には夢にも思わなかった。
それでも・・・・
「出て行かなきゃ・・・いけないんだな・・・」
荷物はもうまとめてある。いつでも出て行ける。
後は・・・・マリエルにさよならを言うだけだ。
引き摺るアタッシュケースが囚人の足に嵌めてある鉄球のように重かった。
マリエルの部屋の扉は、今日も無機質で・・・真っ白で。
叩いても、音なんかしそうになかった。
お別れなんてせずに、このまま立ち去ればいいじゃないかなんて事も思った。
でも、それはできない。
数日とは云え、マリエルとはもう”友達”だったのだから。
ま、おれの勘違いかもしれねぇけど・・・・・。最後に自嘲気味に笑って、扉をノックした。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
返事が無い。いつもはすぐに返ってくる返事が。
もしかするとまだ寝ているのかもしれない。もう一度扉をノックしてみる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
やっぱり返事は無かった。
「!?」
マリエルの身に何かが!?
脳裏に最悪の事態が過ぎる。ばかな想像はやめろ!
勢いにまかせて扉を開け、ジャギは一瞬安堵し、腰にまで悪寒が這い上がってくるのを感じた。
「なんて・・・・こった・・・・・」
部屋の中には、誰もいなかった。
ただ部屋の窓が開け放たれ、そこにくくりつけられたベッドのシーツがゆらゆらと・・・
ジャギはそれが二回揺れる前に走り出した。


今日は一日有休をもらった日だ。
なんて嘘。やっぱり自分は命令に背く訳にはいかない。
一応貴族様の顔を立てて「今日は自室で一日のんびり過ごします」と言い、部屋に篭ったものの意識はしっかり屋敷の中に這わせてある。
オラトリオの気配は・・・・あった。屋敷の二回、いつも本だらけの部屋あたりに感じる。
まぁ二週間もお邪魔させてもらった訳だし、昼食の時に挨拶に行こうか。
それに今回の依頼の真意も知りたいし・・な。
そんな事を思いながら荷物の片付けをしていた時、異変が起きた。
オラトリオの座標がありえない位置に動いているのだ。
「!?」
その位置は場所で言うと屋敷の壁・・・しかも外。ぶっちゃけて言えば空中だ。
なんて事だ。ありえない事だが・・・・どうやらオラトリオは外壁にロープか何かを垂らしてこの屋敷から脱出しようとしている!
荷物を放り出し、急いで部屋から出る。
今回の依頼は”軟禁”・・・つまり、屋敷から出さない事なのだ。
部屋のドアを蹴破るようにして飛び出る。そこに白刃が煌いた。
「・・・・っつ!」
左目の下を少し斬られた。思わず後退。
目の前に立つ”敵”を睨む。その”敵”とは・・・・
「やっぱり見張ってたか・・・・ったく、仕事熱心だね君は」
オラトリオの父、アリアル。
「閣下・・・そこをどいてもらえませんか・・・ご子息が・・・」
ひうん、と白刃を正面の構えに戻し、剣先を廊下の床に差し
「知っとるよ。あいつはこれから行かねばならん所があるんだ」
と悠々と言った。
やっぱり何か隠してるとは思ったが・・
「しかし、それを行かせる訳にはいきません。これはあなたの父上から依頼された事ですから」
左目の下に出来た傷が熱を持つ。
「あぁ・・君もか・・。この屋敷の者はみんなオヤジの手の者でね。私よりもオヤジの言う事を聞くヤツばかりなんだ」
うんざりしたようにうなだれるアリアル。
「お分かりいただけましたか・・・さぁ、そこをどいてください。」
警戒は解かない。それだけの気配を、まだ目の前の敵が放っていたから。
「本当は花束でも持たせて、おしゃれをさせて出してやりたかったが・・・まるで泥棒みたいに送り出すのが精一杯か・・・」
きっ・・床に刺さっていた剣先をこっちに向ける。
「周りは敵ばっかり、ならその息子に父がしてやれる事は!」
アリアルは両手で握り締めた剣を大上段に構えて
「これくらいだ!」
脳天目掛けて振り下ろしてきた。





Vol:-- The NO Number.merry-go-round orchestra-1

2006-05-05 21:13:16 | 妄想具現化
なんだか嫌な予感がしてたんだっつーかなんつーか。
「はぁ・・はっ・・・・はぁ・・・」
通りを行く人の波を掻き分けて、目の前を走る小さな頭を見失わないように必死で走る。
肩や腕がガンガン人に当っているような気もするが、今はそれどころでは無い。
「ああっくそおおおおおおお!!!」
呼吸が乱れて肺が熱くなる。熱湯を注ぎ込まれているみたいだ。
左の脇腹が差し込むように痛い。
タバコの本数を減らそうかいやそれよりも―
やっぱり面倒な事になっちまいやがったぜ・・・・。

事の始まりはある部屋から受けた『仕事』だ。

『ジャギよ。悪いけど仕事頼むで』
畳みでいえば一畳はありそうな大きな木製の机の上に、冗談でもなんでもなく天井まで届きそうな勢いの書類が重なっている。
それも、机の上一面に。
まるで、この部屋の柱を目の前にしているな感じだ。
その柱みたいにそそり立つ書類の隙間から一通の手紙が滑り出てきた。
「ハァ?」
『その手紙に内容は書いてる』
声がくぐもって聞こえる。きっと顔も上げずに喋っているからだろう。書類に目を走らせ、ペンで何かを書いている絵が浮かぶ。
「なんなんスか?」
手紙を手に取り、封をしている面を見てびびった。
その封は、このプロンテラ東京でも五指に入る程の貴族の家門で蝋付けされている。
耳を澄ませば聞こえてきていた書類に走らすペンの音が一瞬途絶える。
『まぁ・・・簡単に言えば・・・子守だ』
またペンの走る音が始まる。
ガッデム。なんだと?子守?おれに子守をやれってか!?
「軍曹よぅ・・・子守なんてしょぼい仕事はわらびとかで十分なんじゃ」
ベキンッ!!
書類に走らせていたと思われるペンの音が途絶える。
コロコロ。
書類の間から、今度は真っ二つに折れた軍曹愛用ペン(+7万年筆)が転がってくる。
『ははは・・・最近どうも筆圧が高くなって困るで・・・んで?なんだって?』
「全力で勤めさせてもらいます、サー」
『よろしい。隣室に仕事用の服がある。くれぐれも失礼の無いようにな。ほらさっさと行け、邪魔だでな』
違うペンを手に取ったのだろう。書類の上をサラサラと綺麗に流れる音が聞こえてくる。
子守・・・・・・。
その単語を頭の中で反芻し、その言葉が重みを持ったようにジャギは頭をうな垂れて執務室を出た。

「(;・`д・´)」
仕事用の服に着替えて部屋を出てすぐに会ったニレコはドン引きした。
「な・・・なんだよ・・・・」
まぁ・・確かにオレを良く知る人からすればこの服装を見れば引くよな・・・
「じゃぎさん・・・ネクタイが団子むすび・・・」
「むすっ・・・結べばいんじゃねぇのか!?あぁ!?」
「・゜・(ノ∀`)・゜・。」
そう、今日のっつーかこの仕事は軍曹からもらった手紙にもあったように「スーツ着用」なのだ。
ニレコにささっとネクタイを結びなおしてもらう(二回間違えた)
「そんなにキメキメでどこ行くの?デート(*´ω`)?」
ああ・・・思い出したくもない事を思い出した・・・・。
「・・・・子守だよ・・・・」
がっくりと肩を落として玄関に向かう。
「が・・がんばってね・・・そしてスーツに雪駄はヤバイと思う(・ω・)”」
「は・・・履ければいいんじゃねぇのか!?あぁ!?」
出掛けに三分間紳士講座を受け、隙を見て緩めていたネクタイをきっちり締め上げられ、ジャギはやっと砦を後にした。


まさかこんな事になるとは思いもしなかった。
通りを行く人を掻き分けて、目の前を走る小さな頭を見失わないように注意する。
確かに、今回の仕事がいつもとちょっと違うってのはわかる。でもまさか自分がしくじる事になるとは・・・・・。
「ちょ・・・すいませーん!道開けてくださーい!すいませーん!」
できるだけ人に当らないように進む。
こんな時は体が小さい方が有利だ。
まだまだ体力には余力がある。けれど、目の前を走る影との距離は少しづつではあるが開いてきている。
こんな時に”能力”が使えたら・・・・あいすんがいれば・・・・
後悔やら葛藤やらが頭に浮かぶ。
なにせ、完全にしくじる訳にはいかなかった。コレは団長から直々に受けた仕事なのだ。

『海君よ、悪いけど仕事だで』
目の前にある書類の柱の間から、一通の手紙が滑り出てくる。
「はいはい、なんですかぁ?ぼくで良ければやらさせてもらいますよ」
この間の失態もある。ここは一つ名誉挽回をしておきたかった。
が、差し出された手紙の裏を見て絶句する。
何せその封は、プロンテラ東京でも五指に入るくらい有名な貴族の家門で蝋付けされていたからだ。
「軍曹・・これ・・・」
軍曹はサラサラとペンを走らせながら
『あぁ・・知り合いのツテでな。仕事回してもらったで』
軍曹はそれ以上何も言わない。つまり、仕事の説明は無し、手紙を見ろって事だ。
べりり、となるべく貴族の家門の蝋を崩さないように手紙を開け、中の書類に目を通す。
「・・・・?えーと・・・これは・・・子守?」
書類の中身を見て、把握する。要約するとどうやら”うちが手薄になっちゃうから、孫を頼むよってか部屋に軟禁しれ”みたいな事だった。
軍曹は答えない。
「えー・・・・こういった仕事は多分わらびの方が・・・」
バキンッ!
何かが割れる音が聞こえてくる。
コロコロ。
今度は書類の柱の間から、軍曹愛用ペン(+7万年筆)が転がってくる。
『ははは・・・まぁたやっちまったで・・・もういっちょ叩いて硬くするかなぁ・・・んで?なんだって?』
「いえ、全力で護衛に当ります、サー」
『よろしい。まぁ海君に至っては心配はないだろうけどくれぐれも失礼のないようにな。隣室に仕事服を用意してある。着替えて行くように』
「らじゃー」
もう軍曹は話しかけて来ない。すでにあの書類の向こうでは、こちらすら見ていないだろう。
いつもいつも忙しい人だなぁ・・・
心の中で「おつかれさまです」と呟いて、執務室を後にした。


「おおーヽ(゜∀゜)ノ」
仕事着に着替えて部屋から出てすぐ、二レコに会った。
「やぁニレちゃん。今日は非番の日かい?」
「んむ(・ω・)”krのダンスを見てやるのだ」
「あはは、krに脚を踏まれないようにねw」
「踏み返してやるヽ(・ω・)ノ」
「あははははw」
手早くハンカチを胸ポケットに閉まって玄関に向かう。
「デート(*´ω`)?」
「いや、仕事だよw」
靴箱の一番手前に、新しい革靴が用意されていた。それを取り出して靴べらを使って履く。うん、悪くない靴だ。
「何故同じギルドメンバーでこれだけの差が・・・・゜・(ノ∀`)・゜・。」
「うん?」
「や、なんでもありませぬ。気ぃつけてねーヽ(・ω・)ノ」
「あはは、変なニレちゃんw」
後手に挨拶して、海猿は玄関を出た。


徒歩や電車を使って約40分の所にその屋敷はあった。
屋敷・・・まさに屋敷だ。
暫く前から右手に見えていた壁が全部その屋敷の壁だったのには正直引いた。
それくらいでっかーい屋敷。
その玄関になんとか着いた。もちろん、ネクタイはゆるゆるに緩めてある。
こんなモンつけて歩いてたら首はしまるは変に背筋は伸びるわでロクな事が無い。
サラリーマンは大変だよなぁ・・・。
かっくりと垂れた頭で前を見ると、ちょうどまん前に呼び鈴が見えた。
あー・・・貴族様は呼び鈴なんていわないんだっけ?なんつーの?まぁいいけど。
とにかく、コレを押したら子守りが始まる・・・・始まってしまう・・・・。
逃げようかななんて・・・ははは。
殺されてしま・・う・・・・・。
身代わりを立てれば!咄嗟に脳裏に友人の顔がいくつか浮かぶ。
・・・・・・絶対バレる・・・・・。
ががっくりと頭が下がった時
『何用か』
門から声が聞こえた。どうやらこっちが子守りを始めるのではなく、もう子守りの仕事は始まっているようだ。
「あー・・・幻影騎士団から派遣されてきました・・・ジャギ・・・です」
気乗りはしない。多分表情にも出てて、この表情はどこかで見られている事だろう。まぁかまやしない。
『確認する。暫し待たれよ』
それから5分程待ちぼうけを食らわされ、やっと中に入れたと思ったらそこはまだ門の中だったりしてびびった。
ただの門なのに中はおれの部屋より全然広い・・・・。
一応の持ち物検査をされ、背の高い老執事に連れられて門の外に。
「なぁじーさんよぅ。”能力者”に持ち物検査しても意味なくねぇか?」
老執事は前を向いたまま。
「規則ですから」
と答えた。こっちを見もしねぇ。
「それに・・・何かあればあなたのギルドそのものが闇に葬られる事になります」
そのセリフは、まるで氷のように冷たかった。
「はん・・・マジでやんだろーなぁ」
「えぇ、やりますとも」
そう言いいながらやっと老執事はこっちを見たのだが、その顔には気味の悪い笑顔が張り付いていた。

「ふわー・・・迷路かよ・・・・」
屋敷の中は相当に迷路みたいだった。
どこの壁も同じような装飾がされており、何回角を曲がったかわらかない。
「この壷いくらすんだろ・・・」
歩くのにそろそろ飽きてきていたので、手近にあった壷に触れてみる。
「5Mでございます。さ、到着いたしました。」
とんでも無い金額をさらっと言い、カツッと踵を鳴らして老執事は一つの部屋の前で止まる。
「あぁそう5Mかぁ・・・5Mねぇ・・・5M!?」
「お嬢様、入ります」
「って聞けよじぃさんwwwwww」
人のすっげーデカイリアクションを無視してじぃさんは部屋に入っていく。
むかつくぜえええええええ!!!
じぃさんを追って部屋に入ると、そこは真っ白だった。
「はぁ?」
自然にため息にも似た声が漏れる。
なにせその部屋は、いままで通ってきた屋敷の中の壁やら装飾やらが何一つ無かったからだ。
そして部屋自体にもモノが少ない。
20畳くらいの部屋なのに、あるのは天蓋つきの大きなベッドとそのサイドテーブル。それと一際目を引く、部屋の中で唯一の色と言って良い真っ黒なグランドピアノ。
それだけだった。
そして、その大きなベッドに1人の少女が体だけを起こしてこちらをみている。
金色の髪をして、雪のような肌をした少女だった。
「こんな姿勢でごめんなさい。あなたが幻影騎士団から派遣されてきた・・・」
ごめんなさい、と言った時の顔はまさしく貴族そのものだったのだが、今こちらの名前を思い出そうと必死に考えている顔は少女そのモノだ。
多分12.3歳だろう。
では、失礼します。と言って老執事は部屋から出て行く。どこまでも無機質だ。
「えーと・・・」
「ジャギ。おれぁジャギってんだ。嬢ちゃんは?」
名前を名乗ってやると、少女はぱっと顔を輝かせ
「失礼しました。ワタクシはマリエル。マリエル=ラオゴル」
ワタクシだってよw
思わず噴出す所だった。
「?何かおかしな事でも?」
どうやら我慢したつもりが顔には出ちまっていたらしい。
「いやwなんでも。とりあえずよ、座ってもいいか?」
軍曹に知られたら何言われるかわからない口調になっちまったが、まぁそれはいいだろ。
「あ、えぇどうぞどうぞ」
と言ってからきょろきょろと辺りを見回す。この部屋にはグランドピアノの椅子以外の椅子は無いのだ。
構うもんか、まぁこりゃーさすがにレディは怒るかもしれないが・・・
「よっと」
ベッドに近づいて、そのままベッドの端に腰を下ろす。
「きゃあ!」
びっくりして布団を掴むお嬢様。
まぁ、貴族様にはこんなのは初めてだろうしなぁ。
「ありゃ、ダメか?」
一応腰を浮かせてみる。
「いえ・・・どこに座られるのかなぁと思っていたら予想もしてないところでしたから・・」
「まぁほら、気にすんなよ。それよりもさ、仕事の話っつーかまぁ・・雑談しようぜ」
「雑談?」
まだ少女の顔は真っ赤なままだ。
「おう、嬢ちゃんがどんな人か知ってた方がやり易いからなぁ」
「えっと・・・マリエル=ラオゴル・・・」
「そりゃあ、ただの名前だろ」
「ピアノが好きでお稽古して・・・えっと・・・」
こっちの顔を窺うようにみる。
「そんで?」
「えっと・・・サンドイッチが好きで・・」
「肉入り?それともサラダ?」
「サラダ!」
「ちゃんと大きな声も出るじゃねぇか。」
「あっ・・・ごめんなさい・・・」
また真っ赤になってうつむく。その表情がたまらなく可笑しかった。
「ぶっ・・・ははwわははははw」
「も・・もう!なんですかー!」
ばんばんと布団を叩く少女・・・もといマリエル。
良かった。どうやら悪い子じゃなさそうだ。


幻影騎士団の砦からタクシーで約30分。
プロンテラ東京にしては少し郊外に思えるその場所に、その屋敷はあった。
所々古い装飾のなされた壁、少しくすんだ屋根、大きな門。
それのどれにも、長い歴史と、この家が持つ力を感じさせる。
ネクタイをもう一度締め上げ、ジャケットに付いた皺を伸ばす。
「ん・・・あーあー」
喉の滑りを良くするのも忘れない。
大きな・・・大きな門の前に立ち、インターホンのボタンを押す。数秒の間があって男の声が聞こえてきた。
『どちらさまでしょうか?』
カメラがこちらから見えるなら、そちらに顔を向けて名乗ろうかとも思ったがカメラがこちらからは見えなかった。
「私、幻影騎士団から派遣されました”海猿”と申します。”iwaokun”がアポを取っているかと思いますが」
『確認いたします。暫くお待ち下さい』
ぶちっとも聞こえずインターホンは切れたようだ。隙の無い屋敷・・・。
20秒程で門が向こう側に開きだす。
『お待たせしました。どうぞお通り下さい』
門の上から降って来た声の指示に従い、門を通る。
そこには中年の紳士がいた。
「よくおいでくださった」
身長は約175前後、良く締まった体をしており腰には剣を帯びている。柄にはやたらと凝った装飾。実際に使う剣では無いのかもしれないな、と思った。
「私、この屋敷で若様に剣を教えている者です。執事も兼ねておりますからわからない事は是非私に聞いて下さい。」
すっと右手を出してくる。その動きから、目の前の中年紳士が結構な腕前を持っている事がわかった。
「えぇ、よろしくお願いします。」
相手の右手を握ると、想像通りのゴツい手だった。
とりあえず、若様に会っていただくとの事で中年紳士の後を追って屋敷に。
それはもう、凄い屋敷だった。
中が広い事はまぁ当たり前として、そこいらじゅうにM級の価値があると思われる調度品が置かれているのだ。
階段を上っているとき壁側に掛けてあった絵。4枚あったが、これが全部でいくらになるのか・・・考えたくもなかった。
そんな圧倒の屋敷の中を暫く進み、中年紳士は一つの扉の前で足を止め、ノックする。
二階の・・・構造的には真ん中の部屋。
「若、入ります」
中から”どうぞ”と返事があった。
その声は想像よりもまだ若い・・・・が、声にはすでに威厳が感じられる。不思議な感じだった。
がちゃり・・・部屋に入って最初に目にしたのは・・
「本・・・?」
本だった。それもおびただしい程の量の。
なんとは無く軍曹の部屋に入ったような感覚。
その部屋は、たった一つしか無い窓に遮光仕様と思われるカーテンを付け、壁の全てに本棚が天井まで這わされ、床にも踏み場が無い程に本が散らばっている。
「若、また本ですか」
中年紳士はこれがいつもの事のように苦笑してやけにデカイ”机”に向かって話しかける。
「あぁ、しかし本は良いものだ。何事も経験と知識よ」
やっぱり声は若い。が、喋りはすでに老人のよう。
「幻影騎士団から派遣されてきた者をお連れしました。私は席を外します故、後は若様に・・」
「あぁ、わかっている。下がってくれ」
”失礼しました”中年の紳士はそう言って部屋から出て行った。おれを1人残して。
「ええと・・・幻影騎士団から派遣されました海猿です。」
と言っては見たものの、相手は未だに顔を出さない。お陰で机に喋っているみたいだった。
「失礼した。」
ぴょこん、と机の下から顔が飛び出てくる。
「うぇあ!!」
あまりの唐突さにびっくりしてしまった。
「わたしがこの家の次期頭首、オラトリオ=レイだ。まぁ緊張しないでそこら辺に座ってくれ」
そこら辺を見回してみたが、本ばかりで座れそうにも無かった。


「君はおじいさまから仕事を請けたのか?」
少年は緑色の髪を真ん中で分けた、切れ長の目をした利発そうな顔をしていた。
「えぇ、まぁ正確にはあなたのおじいさまからうちのボスに依頼があって、私が派遣されてきた訳ですけど」
髪の色と同じ緑の目でこちらを見てくる。
その目を見て咄嗟に”危ういな”と思った。利発すぎるのだ。
まだ12.3歳くらいであろう少年の目では無い。すでに大人の目になっている。
何かおこらなければいいな・・・漠然とそう思っていた。
「ふむ・・ならどんな内容の依頼だったか教えてもらおう」
やっぱり。それを聞かれるとは思っていたんだ。
「屋敷が手薄になるので暫くあなた様をお守りするように言われたのですが・・・・」
緑髪の間からじぃと目で見つめられる。
「やっぱりそんな建前は信じませんか・・・」
嘘は通用しそうになかった。
「君が私をそこいらの子供と同じように見る愚か者では無い事がわかって嬉しい」
少年はそう言ってニヤリと笑う。
やはり”危うい”と思った。

急に”外に出よう”と誘われ、今はデカイ屋敷のデカイ庭に二人で立っている。
次期頭首・・・オラトリオは片手に剣を持って。
それを見て少しびっくりした。さっきまではその手には何も持っていなかったからだ。
”能力者”・・・
そう、そういえばレイ家は代々”能力者”の家系で、しかも軍関係のTOPだ。
この少年の父親、母親も一族の慣わしにならって最前線で戦っている。もちろん、東方でだ。
しかし驚いたのはソコでは無い。その”剣”にだ。
その”剣”はもちろん”能力者”の証である概念兵装(空気中のエーテルを想像力によって具現化したもの)であるのだけれど、その形が殆ど完成されていた所に驚いた。
少年は13歳だと云う。
普通の”能力者”ではその若さでこれだけ完成された形を持った概念兵装を作る事はまず出来ない。
それどころか、概念兵装を作れないのが一般的だ。
天才か努力か・・。
「どうしても、依頼の内容は言えない・・と?」
少年は真っ直ぐにこっちを見てくる。適当な嘘は見抜きそうな、そんな目で。
「何度聞かれても答えられません。守秘義務がありますから」
「雇った側の人間が聞いているのに?」
少年は剣を正面・・・こちらに向けて構える。中々良い構えだった。
「勘違いされては困ります。私の雇い主はあなたのおじいさまであり、あなたでは無い」
”あなたでは”の辺りで少年が踏み込んでくるのが見えた。
素早い・・・が、さすがにまだ若い。
”無い”の”い”で剣がこちらに振り下ろされる。構えに続いて剣筋も中々良かった。と云うよりは年齢に見合わない・・と言ったほうが正確か。
剣はなんの迷いも無く左の鎖骨に振り下ろされ、鎖骨に当った途端霧散消滅した。
「流石は将来人の上に立たれる方。迷いがまったくありませんね」
「・・・・ちぇっ。スーツも切れんか」
少年・・・オラトリオの剣が実剣ならスーツは切れたろう。その時は流石に海猿も避けていたろうが。
オラトリオは海猿を殺すつもりがなかったのでは無い。ただ、海猿が斬れなかった。
概念兵装とは、つまりそういうもの。
イメージに随分と寄るのだ。その彼のイメージで、海猿は斬れなかった。だから、オラトリオの剣は海猿の一部に触れただけで霧散してしまった。
まぁ自分が斬られるなんて夢にも思わなかったが・・・それでも恐ろしい。
オラトリオは本当にオレが斬れるとは思っていなかったろう。こういう結果になるのはわかっていただろう。
それでも殺す気で剣を振り下ろしてきた。その意思が、恐ろしいと感じた。
「剣の修練は止めだ。やはりつまらぬ」
オラトリオはくるりと屋敷に向き直り歩き出す。
「将来腕の良い騎士になりますよ」
本心だった。まぁ、彼が何になるかは解らないが。
「ふん、いつかそのスーツくらいは斬ってみせるぞ」
いじけたような声を聞いて、先程感じた恐怖が少し薄れた。


「そんでおれはこう・・ばーん!どかーん!!と殴り飛ばした訳よ!」
「それでそれで!?」
「そしたらレイドのやつ”ごめんなさーい!”だぜw」
「ええー!レイドさん100人も!?」
「あ・・あぁ!あったりめぇよ!100人全員泣かしてやったぜwww」
「すごーい!!すごいすごい!!ジャギさん強いんだねぇ」
「まぁな・・・そんなの朝飯前だぜ・・」
「朝飯前?」
「朝飯食わなくてもやれるってこった。おいまた賢くなったな!」
「賢くなったね!」
いひひひひ、と二人で顔を見合わせて笑う。ジャギと少女はもう随分と仲良しだ。
コンコン、ノックの音が部屋に響く。
「ちっ・・もうそんな時間か」
次いで予想通りの声が聞こえてくる。
「お昼をお持ちしました。失礼します」
もうこの屋敷で寝泊りして一週間になるが、その間この声はずぅっと無機質のままだ。
「もうちょっと愛想良くできないものかね・・・っと」
ベットから跳ね降りる。以前見咎められた事があるのだ。
「アイバッハは良くしてくれるわ・・・」
ならなんでそんな顔すんだよ、とは言えなかった。
「ま、おれも昼飯食ってのんびるすらぁな。お稽古無理すんなよー」
ベッドで小さく手をふる少女が見える。
たったこれだけ離れただけなのに、その姿はとても小さく見えた。
老執事が開けたままにしていた扉から廊下に出て、隣の部屋に。
滞在用に部屋を貸してもらっているのだけれど、どうにもこのベッドの柔らかさときたら・・・腰が痛くなっちまう。
部屋の前に置いてあるワゴンの取っ手を握り、部屋のドアを開けて中に引き込む。
一時間程の休憩だ。
一週間暮らしてやっとサイクルがわかった。
昼少し前に起床。昼飯を食い、夕方までピアノやらお勉強やら。晩飯も部屋で食べ、それから風呂に入って就寝。
どうやらこれの繰り返しっぽかった。
あまりの退屈さに一度外に出ようと誘ったのだが、体が弱い、との理由で断られてしまった。
原因は”能力”にあるらしい。
体の成長を”能力”が邪魔しているのだという。
たまにある話だった。
そもそもにおいて”能力者”は一般の人間から見れば異端。そしてそれは体の作りからしてやはり歪なのだ。
「まぁ大きくなれば問題ねぇとは聞くけどな・・・・」
ぼやいてみても、不安は消えない。たまにある話、の中にあるさらに”たまにある話”は、その成長途中で衰弱して死んでしまう、というモノだったから。
『50mも走れなくって・・・私って弱いなぁ』
『ジャギさんみたいに強かったらなぁ』
悔しそうに、自嘲気味に笑った少女の笑顔が思い出される。その度、ジャギの胸は抉られた。
どうにもなんねぇ・・・どうにもなんねぇけど・・・
「あああああちくしょう!!」
とりあえず、考えるのはやめてお上品な昼飯を腹いっぱい食う事にした。













Vol:21 Gun-Parade-March-5 a split happiness

2006-04-30 17:30:56 | 妄想具現化
夢は、まったく見なかった。



無味無臭の朝、なんてものがあればきっとそれは今みたいな時だろう。目が覚める原因となったものが何一つ無い、完全な自然起床。尤も、今は朝では無いはずだ。今の記憶に至った過程を思い起こす。自分は何故”目覚め”なければならなくなったのか。
それよりも、だ。
それよりも最初にしなければならない事がある。それは、目を開くことだ。
確かに、集中して考え事をするときには目を瞑る。それは視覚情報をカットして、余計な事に頭を使わせない為だ。思考能力を余すところ無く使いたい時、目を瞑って思考する事になる。
だが、今はそんなに悠長に構えている時では無いように思う。理由は、”目覚める”事になった原因を突き止めるに至っていない事なのだが・・・。
まぁいい。とりあえず現状を知らなければまずかろう。
目を開こう。
目を開かなければ。

おかしかった。
何がおかしいって、どうやら自分はいつからか知らない内に目を開いていたようなのだ。目蓋が下りて、また上がる感覚がある。筋肉の動きを感じられる。
なのにもかかわらず、世界はいまだ目を閉じた時のように真っ暗だった。一応、体の感覚が麻痺している可能性を考えて左手を顔の前まで持ってくる動きをする。
左腕はまったく問題なく、顔の前まで持ち上がった。はずだ。
見えないからわからないのだけれど、自分の腕の感覚は完璧にある。腕はそこにある。
でも、見えない。仰向けに寝ているはずなのに、空も何も。
左手を顔に近付ける。まったく見えない。もしかすると自分はもう死んでしまっているのではないだろうか?
中指がつい、と眉間に触れた。どうやら、先程の考えは思い過ごしのようであった。
安堵したのも束の間、そんなに目の前にあるはずの手の平が見えない。
つつつ、とそのまま指を滑らすと左手の人差し指が眉毛に触れる感触。中指は丁度両眉の間、鼻筋の上だ。
今自分の視界は左手の手の平によって制限されている。のにも関わらず、やはり視界は左手を上げる前とまったく変わらない。
そのままさらに左手を動かす。人差し指が目蓋の縁、左目の眼球寸前まで降りる。
そのまま、左目に触れてみた。
微かな違和感と共に左手の人差し指が眼球に触れる感触がした。
目は、開いていた。

「あぁ、暗かったか。ごめんよ」
突然声が聞こえた。その声はどこかで聞いたことがある・・・なんてレベルでは無く、そう・・・旧知の声。
耳元で普通に喋られたようでもあり、遠くから聞こえてきたようでもある、不思議な声。方向は・・・わからない。
「光を」
声の主がそう言うと、天井だか空だかわからない・・・とにかく頭の上から光が射した。
一組の少し大振な丸机と、二つの椅子。どちらも木製で、なんだか酷く暖かく感じた。
「”光あれ、するとそこに光があった”か。かはは、神みてぇだろ?」
自分から見て奥の椅子には、針金を思わせる痩身の男が座っていて、真っ赤に充血した目でこちらを見ながら両手を大仰に広げて哂った。
そのボロボロの白衣、その天を突くような髪、その痩身、その人を食ったような哂い方。
自分には覚えがあった。
「ジョン・・・・」
またの名を”白谷の悪魔”
悪魔は名前を呼ばれると、にっこりと微笑んだ。


「ジョン・・・ここは?」
促されるままに椅子に座ってジョンと正対する。
丸机の上にはスコッチと、適当に割ったと思われる氷が一つ入った透明なガラスコップが二つ。四角い銀色の灰皿が一つだけ乗っている。
「まぁまぁ、とりあえず一杯飲みねぇ」
ジョンは質問には答えず、おれのコップにスコッチのビンを傾ける。
「あぁ・・・悪いね」
そう言いながら手に持ったコップを見てぎょっとする。
中に注がれたスコッチは、真っ青だったからだ。
「なんだ・・・・?青色一号?」
つい最近発売されて少しだけ話題になった飲み物に使われていた着色料。発がん性物質を含むらしい。
よぼどマヌケな声を出してしまったらしい。
ジョンは一瞬だけ真顔になり、それから無邪気に笑った。
「かはははははははw」
「なんだよぅ」
もしかすると、今この飲み物は流行っているのかもしれないな、と思った。
知らなかった事を自然と恥じて、憮然とした声を出してしまう。
ジョンはまだ顔に微笑を浮かべたまま、自分のコップにも青色の液体を注ぐ。
「いやいやwそっか・・・わらにぃにはそう見えるのか・・・」
「・・・?」
「ほい、これでどう?」
ぴっとおれのコップを人差し指でジョンが指す。つられてコップを見ると、液体は琥珀色に変わっていた。
「おおおお!?」
「じょんずまーじーっく!かははははw」
コップを手に取り、上から注ぐ光に透かしてみる。液体は綺麗な琥珀色だった。
「これ・・・飲めるんだろうな・・・・」
「大丈夫だってw」
くふふ、と笑いを零しながらジョンは毒見をするように一口飲む。
「ほら、なんともないw」
また大仰に両腕を開いて微笑む。
それをジト目で睨んで、やっと一口目を飲む事にした。

コップは一度空になり、タバコは3本目。
いつも饒舌なジョンは、今日に限って聞き手に周りゆっくりとコップを傾けている。
話題はなんてことない雑談なのだが、それをとても楽しい話のように聞くジョン。
なんだか・・・不気味だった。
「あ、そうだ」
思い出した。真っ暗な部屋や色の変わるお酒、ジョンの奇妙な態度ですっかり後回しになっていた事がある。
「弟者は?弟者はどこだよ」
そう、おれは弟者に連れてこられたんだ。
異様に冷えた手の平の温度が記憶に蘇る。しかし、その手を取ってから目覚めるまでの記憶がどうやっても思い出せなかった。
ジョンは目を瞑り眉間に皺を寄せ
「あー・・・今はちょっと出てるんだ」
と言ってそのままコップの中身をまた一口飲む。
「弟者・・・怪我がまだ良くないんじゃないか?体温が低かったし・・何よりなんか苦しそうだった」
いつもちょっと猫背気味ではあった弟者だけれど、あの手を差し伸べてきた時は更に前屈みで・・そう、腹を抱えているようにも見えた。
「術後の経過は完璧さ、それは保障するよ」
ジョンはまた元の笑顔になってじっとこちらを見ている。
なんだか、観察されているようで気味が悪い。
「でも・・・顔色があまり・・・」
そこまで言った所で、ジョンは今までの笑顔をぐらっと崩し、眉を八の字にして「ハァー」
と長いため息を付いた。
「ジョン?」
「いつもいつも”弟者弟者”ってほんとにもう・・・過保護っつーかなんつーか・・」
がたんっ。
ジョンはそう言っていきなり席を立ち、おれの横を通り背中側に周って立ち止まる。
「はいちゅーもーく!」
どこか能天気な声に、振り向く。
それを見て、持っていたコップは地面に落ちて割れてしまった。


「・・・・なんだこれ?」
ジョンの声に振り返った目の前に、つい一瞬前までは存在しなかった風景が広がっている。
赤土の荒野に立つ、白亜の砦。所々から煙や爆発を纏っていて、一目で戦闘中だとわかる。
視点は上空、砦を空から斜めに見下ろしたような感じ。
砦の周りには黒い黒い点が大量に浮かんでおり、それがどうやら砦に対する攻撃勢力らしかった。
空中の攻め手が10程砦に滑空していく。一筋の光が一瞬だけ瞬き、滑空していった攻め手は盛大な爆発に巻き込まれ塵に変わる。砦の屋根には射手がいたのだ。
次に滑空を開始しようとしていた攻め手が、その爆発に怯み少しだけ後退。
余程強力な射手らしい。雑魚だったのかもしれないが、10もの目標を一撃で焼き払うなど並の実力では無い。
一目射手を見ようと目を凝らす。
その前に気がつくべきだった。
あの赤土に立つ砦が、どこか見覚えがある、と。
射手はノム3だった。


「ジョン!!!」
がたりと大きな音と立てて椅子から立ち上がる。
「いやー・・・かははははw」
ジョンは画面に向かって右側に針金みたいな腕を組んで立って哂っていた。
「これは・・・リアルタイム?」
もしかすると、ジョンが作った映像かもしれない。そうあって、欲しかった。
「かはは・・・もちろん」
「なら早く助けに行かないと!!!」
画面の中のノム3はかなり辛そうだった。周りに支援する仲間も見えない。援護も無い。あの大量の敵を相手に、屋根で1人きりだった。
「あー・・・いや、それは困る」
ジョンは腕組みをしたまま
「だって、これはおれがしてるようなモンだから」
そう言って、また「かははw」と哂った。


「え・・・・?ええ?」
今、ジョンはなんて・・・・?
「だから、これはおれがやってんの、かははははw」
ジョンの楽しくて仕方ないみたいな表情に比べて、今の自分の顔はどうなっているのだろうか?かなりのマヌケ面になっているのは間違いないのだろうが。
喉の奥がひりひりする。膝の裏や腰がぞっとする。
「だって・・・ジョン・・・ノム君1人だぜ?」
考えがまとまらずよくわからない事が口から漏れる。
「いやー、あの砦には・・えーーと・・・ノム君にバージル君にkr君にニレちゃんにめぐーに悪女ちゃんに司っぴにすまっぴに無ちゃんにのりちゃんがいるぜぃ」
「みんなを・・・どうするつもり・・なんだ?」
脳はまだよく理解していない。よく解っていない。
だって、ジョンだ。弟者の実弟。弟者を助ける為に日夜研究を続けていた。弟者が元気だった頃は、力を合わせて戦いもした。
みんなで馬鹿話をした。楽しかった。
ジョンだ。そのジョンが敵だと云う事を、脳は理解できていない。
「いや、皆殺しにしようかなって、かははははw」
苦笑、とも取れる笑顔に向けて刃が走る。
脳は理解できなくても、体は反応してしまっていたらしい。
「かははwこりゃあなんだい?わらにぃ」
剣先をぴんっと人差し指で弾いて哂う。
「や・・・止めるんだ」
どうしても、そのまま剣を突き立てれずに喉元で刃は止まる。
おれは気まずい事この上なく、情けない事にジョンの顔を見れないまま俯いて声を絞り出した。
「かはははははっw止めなきゃどうすんだ?ええ?髭でも剃ってくれちゃうの?ww」
かはは、かはは、と悪魔は身を捩って哂う哂う。
「脅しじゃないぞ!」
言ってから”それはチンピラのセリフだ”と軍曹に言われた事を思い出す。
”抜いたら斬れ”とも。
悪魔は、左目に浮かんだ涙をひぃひぃ言いながら指で掬い
「あー・・・笑った笑ったwわらにぃ殺すつもりかよ」
と言って持っていたボトルを口に運ぶ。
(あんなもの、持ってたっけ?)
的外れな考えが脳裏をよぎったとき、ジョンの姿が一際大きく照らされた。
「!?」
巨大な画面に映されていた砦に、変化が起きたのだ。
そこには、天を貫くような大きな火柱が一本。
徐々に火柱は細くなり、ただの光になって消える。そこに現れたのは二人の友人。
1人は体の殆どを機械化した幻影最強の騎士。
1人は弟と呼び、自分の失態で廃人にしてしまった黒衣の魔術師。
魔術師は宙に浮き、騎士は砦の屋根。
煤けた空を挟んで睨みあう。
魔術師は狂ったように微笑み、騎士は苦虫を噛み潰したように顰めた。
「弟者!ノム3!!」
ジョンを片手で払いのけ、巨大な画面に張り付く。
画面はまるでTVのブラウン管のように冷たく、硬かった。
あんなに顔色が悪かった弟者の顔には生気が満ち、自身の周りに黒くて歪な刃をいくつも漂わせる。
いつも不機嫌そうなノム3は、その顔をいつもの二倍くらいに顰めて右の手の平を宙に翳す。
先程の火柱は、宣戦布告だったと知った。

「ああ・・・あ・・・・」
目の前、と言えば語弊があるかもしれないがそれはまさしく目の前で起きた。
戦いの火蓋。
弟者は空中に漂っていた黒い捩れた刃をノム3に撃ち下ろす。
ノム3はそれを一つ一つ狙い撃って、その隙間から弟者を射殺そうとする。
衝突する二人のエーテルで、画面はときおり真っ白になるほど。
至近距離で撃ち落した為に黒刃の破片がノム3の頬を裂く。
撃ち落しきれずに弾幕を抜けてきたエーテルの槍が弟者のローブの端に穴を空ける。
手加減なんて、そこには欠片だってなかった。
「弟者・・・やめろよ・・ノム3も・・やめ・・・」
喉がひくついて大きな声が出ない。まぁ、TV画面に大声出しても意味はないのだけれど。
「いやぁ、聞こえててもアレは止めねぇよwかはははははw」
イラつく笑い声だった。しかも”アレ”?”アレ”ってなんだ?
激しい弾幕の張り合いは、このままずーっと続くかと思えた。それ程両者の実力は伯仲していた。
が、それを塗り替える出来事が起きる。
いきなり弟者の体に3つの穴が開いたのだ。
「弟者!!!」
致命傷だ。この離れた視点の画面ですら、弟者の胸に空いた穴から向こうの空が見える。
弟者は胸に空いた穴を左手で押さえてゆっくりと・・・・落ちてはこなかった。
ただ、キッと砦を睨む。
「あー?なんか居たかな?」
ちょっと視点変更っと、とジョンが言い、手を画面に翳すと弟者の背後からの視点に切り替わる。
視線の先にいたのは・・・
「あぁ、めぐちゃんかー忘れてたwwww」
パンパンと手を叩き、納得したと言わんばかりのジョン。
そこには確かに、自身より長大な対戦車ライフルを三脚で支え、それを2Fの窓枠から突き出すように構えためぐちゃんがいた。
その表情は能面のように硬い。戦闘モードになっているのが一目で見て取れる。
ノム3に援軍だ!
これで2対1。
「めぐちゃ・・・」
その援軍の名を呼ぼうとした時、弟者に変化があった。
両手を空に向けて挙げ、また黒い刃を生み出す。
今までと違ったのは、その黒い刃の大きさがノム3と撃ち合っていた時のモノとくらべて10倍程大きかった事だ。
めぐちゃんを睨む弟者。
射殺そうと雷撃の荒らしを弟者に降り注ぐめぐちゃん。
弟者は無数の穴を胸や腕に開けられているのにも関わらず、まったくの無表情で振り上げた両手を
「めぐちゃんにげ―」
下ろした。

砦に黒くて尖った何かが突き刺さっている。
2Fの一つの部屋をそのまま抉り潰すように。
「はい、ごしゅーしょーさまだ。かはははwあそこに居た人は死にました。でっどえーんど!!!王大人死亡確認ってなwwwwかはははははw」
ぱちぱちぱちと拍手が聞こえる。手を打っているのはもちろん、悪魔。
「ジョン!!!なんでだ!!!!」
画面を背に、悪魔と向き合う。
悪魔は「理由?うーん」と唸り、腕を組んで考えだした。
「なんでこんな!!・・・こんな酷いこと・・・」
右手に血が滲む程、剣を握り締める。
ジョンは”あそこに居た人は死にました”と言った。あそこに居た人・・・めぐちゃん・・・・。
「あー・・・うーん・・・」
あーでも無いこーでも無い、と頭を捻るジョン。
突然その頭がぐぃと上がり、悪魔はその理由を言った。
「楽しそうだと思ったから?」
腕の一本くらいもぎ取ってやろうと、剣をジョンに振りかざした。


Vol:-- The NO Number-2

2006-04-23 17:53:33 | 妄想具現化
緑がまだ多く茂る丘に、一つの建造物がある。
建造物、と遠まわしに言ったが実際は唯の砦だ。コンクリートで出来た3階建ての、すこし大振りな砦。
最近流行りのカラフルな壁や、艶のある屋根なんてものとはまったく縁遠い、まるでサイコロを三つ積み上げただけの様な無骨な砦。
窓は狙撃に対する為か殆ど無く、部屋が丸ごとトーチカか砲台にでもなってしまったような外観が目を引く。
訂正しよう。その砦の外観は、大振りのサイコロ3つ積みに爪楊枝を何本も適当に刺したような不出来なおもちゃの様。
そのおもちゃの屋上に一組の男女が居た。
一人はまるで燃えるような赤髪を適当に後で束ね、さらに燃えるような赤いマントを身に纏った男。
一人は白いシャツにグレーのタイトスカート。夏場の向日葵を連想させるような金髪を、さらに輝かしい金色の鈴の付いた髪留めで結った女。
「これぁどう思う?」
男は視線を荒野に向けたまま、口に咥えたタバコの煙を吐き出しながら気だるそうに言った。
そう、男の立つ砦から西は完全な荒野だった。
砦から東はまだまだ緑の映える大地にも関わらず、その砦の西は完全な荒野・・もとい、戦場。
所々にもう古くなってしまった塹壕や、それごと抉ったようなクレーターが目立つ。
それ以外は、見渡す限りの荒野。視界を唯一塞いでいる約10km離れた山ですら、丸坊主の有様。
彼等は知っている。その山の向こうも、また荒野だと。
男の口が咥えていたタバコから灰が落ちた。
いつまでたっても返事の無い相方を、特に気にする訳でも無く見ると、横に起つ女もまた同じように荒野を見ていた。
少し砂の混じった風を真正面から受け、髪留めの鈴が『りん』と鳴る。
その瞳からは、強い意志が感じられた。
”なんか考え事かいな”そう思い、話しかけるのを止めてまた荒野に振り返った時、返事は返った。
「第一防衛線があるにも関わらず、第二防衛線であるこの砦に敵が近づいて来ている事について?」
男はびっくりして相方のいる横を見ようと思ったが、なんとなく彼女はそれを望んではいないように思えたので前を向いたまま答える。
「あぁ、その事」
第一防衛線は約10km離れた山の向こう、少し行った所に展開している。
その更に20km先にある、別名”ゼロ・クレーター”と呼ばれるMOBの吹き溜まりを抑える為に。

”ゼロ・クレーター”正式名称は『特殊次元歪曲穴』又は単純に『侵攻穴』。
発生は2年程前。正確な日時は不明。王都プロンテラ東京から”北東”約70kmの一応ながら小さな町があった場所。
それが2年前のある日突然、底の見えない穴の空いた大きなクレーターになってしまった。
王都はそれの原因究明の為、調査チームを派遣。途中から交通機関が使えなかった事もあり、到着に2日を要した。
第一次調査チームは”ゼロ・クレーター”到着と共に全滅。派遣された調査チームは皆、一般の科学者だった。
原因は、”ゼロ・クレーター”のあたり一面に立ち込めるエーテルが通常の50倍近い濃度を持っていた事。
そんな濃度のエーテル域で、なんの装備も無い人間は1時間と生きていられない。
即座に第二次調査チームが編成、派遣された。
まったくの音沙汰無く返信が絶えた第一次調査チームが、何者かの襲撃を受けた可能性を考慮し第二次調査チームには軍と魔術協会から能力者が数名同行する事になった。(当時の教会は魔術協会と折り合いが付いていなかった為に同行を見送り)
この時斥候を勤めていた騎士がエーテル量の異常濃度に気が付き、第二次調査チームの全滅は防がれた。(この時の騎士の通信記録”まるで・・・瘴気のような感じだった”からエーテルの異常濃度は『瘴気』と呼ばれるようになる)
第二次研究チームは軍が搬送した特殊装備を受け取り、ついに”ゼロ・クレーター”の調査が始まる。
調査が始まって直に解った事がある。
それは、このクレーター内部がどうやら異次元であるらしい、という事。
”あるらしい”とされているのは、確証を得る為の方法が無かったからである。
魔術協会より派遣された魔術師は、その穴の底を目掛けて索敵用の指向性エーテル・ソナーを放った。
空気中のエーテルを伝わせ、自分の魔力を波紋として投げかけたのだ。
そうすれば、いつか底に伝わりその波紋はまた術者に返ってくる。
しかし、その波紋はいつまでたっても返っては来なかった。
術後1時間で唐突に消滅したのだ。それはつまり、この穴の先にエーテルが無い事を告げていた。
もっと解り易く言うと、エーテルが無い=空気が無いと言う事だ。
穴は物理的に空いているのにも関わらず、穴の先には空気の無い空間がある。
調査チームはその事実を受け、翌日には穴に入って調べる事を決定した。
翌日、王都プロンテラ東京にはなんの報告も届かなかった。
事態を重く見た王都は第三次調査チームを編成派遣。
そのチームには軍から騎士が半ダース、魔術協会から魔術師が3人同行する事になった。
また移動に3日を費やし、第三次調査チームが”ゼロ・クレーター”に到着したのは夕暮れ時。
元から盆地であった土地を、更に抉るように空いたクレーターの脇にある第二次調査チームのテントはバラバラにされた調査員や能力者達の血や肉で赤黒く変色していたと云う。
その余りの凄惨さから、一度王都に帰還する事が決定。
能力者の遺体は捨て置き、調査員の遺体(主に頭部がある)をパッキングしている最中にそれは起こった。
パッキング作業を護衛していた一人の騎士がゾンビと思われるMOBに接敵、それを斬り捨てた。
ゾンビはこの世界ではとてもありふれたMOB(モンスター)である。
MOBが発生する条件として、人間の闇因子(憎悪、妬み、嫉み等人間の暗部的心情)があるのだが、通常はある一定の量がエーテルと混ざり、溜まって初めて形となる。
だが、”入れ物”があるのならもっと少量の闇因子でMOBはMOBとして起動する。その”入れ物”が人間の遺体だ。
法儀礼を済ましていない人間の遺体に、闇因子が宿り、そして動き出す。しかし少量の闇因子で構成されているだけに、その能力はとても小さなモノとなっている。
精々、”入れ物”である遺体が破損し物理的に動けなくなるまで人間や動物を襲うくらいのもの。
それは確かに能力者では無い一般人なら脅威ではあるのだが、銃器で武装した一般人で倒せない事は無い程度。
パッキング現場を護衛していた騎士が倒したゾンビも、やはり特別強くも無く一刀で切り捨てられた。
しかし、彼は魔術師に「サイトをしてくれ。暗くて敵が見え難い」と言った。
夕暮れ時とは言え、まだ日は沈んでいない。世界は茜色に染まり、まだまだ暗いとは言えない時間なのに、だ。
この頃、騎士達は各自で戦闘態勢を強化する。
遺体のパッキング作業も終わり、第二次調査チームが建てたテントを後にしようとした時、またゾンビが現れた。調査対象である”ゼロ・クレーター”から。
この時は魔術師が目視と同時にファイヤーボールで焼き払った。
そうして、何も気が付かないまま第三次調査チームは最悪の撤退戦を始める事となる。
敵はゾンビでは無かった。確かに、ゾンビの外見はしていた。実力も彼等がよく知っているゾンビそのモノだった。
だが、それはやはりゾンビでは無かったのだ。
元は盆地でも、紛いなりにも街があった”ゼロ・クレーター”には、もちろん交通機関が通っていた。
森の中を走る電車が一本だけ。他の交通手段は徒歩による山越え森越えだけ。
その電車を通す為の線路は、森に入ってすぐに破壊されていた。第一次調査チームも第二次調査チームも、もちろん第三次調査チームもその破壊された線路の上を歩いて来たのだ。
撤退する為に線路の上を戻る第三次調査チームの前に、今度はジャックが現れる。
もちろん、同行していた騎士が一刀に伏せた。敵の死骸は塵に戻る。騎士は怒鳴った。
「サイトをしろと言ったろ!暗くて敵が見え難い!」
その騎士には、ジャックが輪郭しか見えず、真っ暗に見えた。森に入って夕暮れ時の日がまったく届かなくなったにも関わらず、魔術師がサイトをするのをサボったと思ったのだ。
だが
「サイトしていますが・・・」
一人の魔術師が弱弱しく怒鳴った騎士に答える。
そう、彼は森に入った事で視界が悪くなるのを懸念して一人でサイトをしていたのだ。
先頭に立つ、騎士の真後ろで。
「え・・・・」
一瞬の静寂の後、随分と暗くなった森のあちらこちらから、MOBが襲ってきた。
ウィスパーに見えるモノ、レイスに見えるモノ、ゾンビプリズナーに見えるモノ、全部何かに見える、モノ。
騎士も魔術師も何がなんだかわからないままに必死で応戦した。
調査員達も銃器を手に取り、応戦した。
その中で一人、また一人と命を落とし始める。
騎士が3人死に、魔術師が1人死に、調査員が3人死んだ時やっと森の出口に辿りついた。
戦って休んでを繰り返し、来たときよりも時間を掛け、夜通しの強行軍をし、やっと線路がぐちゃぐちゃに破壊されている場所まで帰って来れた。
つまり、すぐそこに森の出口がある。
よく見れば、今まで薄暗かった森にも光が差し込んできている。出口は、すぐそこなのだ。
安堵した第三次調査チームは、その光に照らされた最悪の現実を見る。
森の出口で待っていたMOBは・・・・ドッペルゲンガー。
王都プロンテラ東京に辿りつけた第三次調査チームは4人。騎士1人と魔術師1人、調査員が2人(一名は重症を負っており、その傷が原因で他界)
その4人に対する聴取と、第二次調査チームの遺体から情報を引き出し、王都は対策を建てた。
森を焼き払い、砦を設けた。
”ゼロ・クレーター”に一番近い場所に『第一防衛線』、一つ山を挟んだ所に『第二防衛線』、王都外周防壁から少し離れた場所に『第三防衛線』
数度の襲撃により、敵の目的はどうやら”南西”にあるものと推測。
敵はまっすぐに”南西”王都プロンテラに向かってきていた。
敵の目的は不明。敵の総数も不明。敵の正体も、すぐに塵になる為に不明。王都を灰にする為、無限に異次元から湧いてきている、と噂されている。

その戦いが始まって、もう2年になる。
一度は『第一防衛線』が全滅し、『第二防衛線』まで敵が雪崩れ込んで来た事もあった。目の前に広がる荒野や、塹壕、クレーターがそれを証明している。
だが、今は・・・


「第一防衛線にはぽこちゃんもレイちゃんもいるんだ。あいつらがなんの連絡もしねぇままやられちまうなんて、そりゃありえねぇ」
根元までいつのまにか灰になったタバコをプッと吹き捨て、脚で磨り潰す。
「・・・・私はその二人をよく知らないから、なんとも言えないわねぇ」
髪が荒野の風に揺られ、髪留めの鈴がりんとまた小さく鳴った。
男はもうとっくに消えてしまったタバコを苛立たしい表情を隠さずに潰し続ける。
「連絡がねぇのも、できねぇのも、ECM系(電子的妨害)のMOBのせいだ。そうに決まってる!」
MOBの中には、その一体の空間にあるエーテルを混沌とさせ、こちらの情報を妨害してくるモノもいる。
「そうだと・・・いいのだけれど」
金鈴の女は、そう言って西側の丘の下で塹壕待機や兵器搬送をしている兵士を見た。
「そろそろ目視可能な所まで来るな・・・N.O.A!!」
ボンッと小さな音を立て、男の横に全身を炎で包んだ女性が現れる。
否、その女性は炎そのモノだった。
見た目こそは、人であるものの、その潜在魔力は計り知れない。人から魔法に転身した、奇跡。
「どっちにしろ生かしちゃおかねぇ・・・見つけ次第焼き払え!」
「I♪」
炎の女性は、そう楽しそうに言って荒野に飛んだ。
「いつ見てもびっくり便利よねぇ」
「ま、使う魔力はおれから引っ張り出されるんだけどな」
空を飛んで行く少女の後姿を満足そうに見ながら、然程まんざらでも無いように彼は言った。
「てっちゃんは?」
てっちゃんと呼ばれた金鈴の女性は、パチンと指を鳴らす。
同時に、今まではただの荒野だった場所に色とりどりの魔方陣が大量に現れた。
「おぉーこりゃまた仕込んだなぁおい」
「まぁねぇ、こんな見渡しの良い場所で罠を仕掛けない手は無いでしょ?」
「ちげぇねぇ」
赤髪の男は「ニシシ」と笑った。
「でもN.O.Aちゃん便利だなぁ。猿君今度貸してよ」
「だっ・・ダメだ!NOAはお・・おおおおれが・・・面倒・・そう!面倒見なきゃいかんからっ!」
「えー、別に魔力注ぐだけでいーんでしょー?いーじゃーん」
「だだだだっだめ!てっちゃんは自分で見つけなさい!」
「うーん、自分でかぁ・・・そうだなぁ・・・」
脳裏に、パンを買いに行ってくれたり肩を揉んでくれる男が浮かんだ。
「・・・・別に今でも変わらないかw」
金鈴が同意するようにりんと一際大きく鳴る。
「わらびーなむ・・・・」
赤髪の男が笑いながら”東”に手を合わせる。
「みんな元気してっかなー」
金鈴の女は、そう言って”東”に微笑んだ。

Vol:20 Gun-Parade-March-4 ALLorALL

2006-04-16 01:54:18 | 妄想具現化
赤く、薄暗い空に濁った雲が流れる。
大地は真っ赤で、砂は一粒一粒がルビーの様。
風はどこか鉄の匂いを孕み、頬を撫で、鼻をくすぐり、赤い荒野と赤い空の境目まで流れ飛んで行く。
何も無い、何も無い。
ここはニブルヘイム4+。
異界の王族が避暑に訪れる、最高の楽園。最深の地獄。
今は、悪魔の茶会場。
白衣を来た悪魔と、墨色の魔術師の。

赤い空を照明にして。
濁った雲を緞帳にして。
赤い荒野を舞台にして。
ミニチュアのような砦を舞台に。

風が髪の先を惑って飛ぶ。
果ての無い、お茶会の地平線に。


ボロ布を纏った男は、その風景を素直に美しいと感じた。何よりも美しいと。
この、空と大地と濁った雲の世界が、何処と無く血の匂いを感じさせる風が、美しいと。
光もおぼろげで、何処か夢の中の世界を感じさせる全てが。ただ、美しいと。
男はもう色々な事が考えられなくなっている。怪我で入院していた、だからその為かもしれない。
白衣を着た弟が悪魔になってしまったからかもしれない。
自分が××××になってしまったからかもしれない。
よく、解らない。
ここは地獄みたいだ、と思うと同時に天国みたいだ、とも思う。
こんなに十字架の似合う世界は無い。
真っ赤な荒野に突き立てたなら、それは素晴らしい絵になるだろう。
業火も、鬼もいないのだけれど、それは確かに地獄のように思えた。
「・・・・・・・・・・」
足元で耳障りな轟音が響く。
男は地上50m程に浮かんでいた。足元にはちっぽけな砦が一つ。
薄い紫色につつまれ、ときおり花火を打ち上げたように爆炎が開く。
この美しい世界にあって、唯一美しくないもの。
濁って無いもの、赤くないもの。
それはびっくり箱だと、弟は言っていた様に思う。
『何が出てくるかわからない』
あの悪魔はそんな風に言っていた。
プレゼントだ、とも。
最初は嬉しかった。『目』を使って魔力を充填するだけで、空気から影絵のようなバケモノが出る。
そしてそれは途端に意思を持ち、眼下のちっぽけな砦に群がるのだ。
最初は、それこそ最初は楽しかった。
空気を吸うように影絵は生まれ出て、砦に群がる。そして爆発と共に塵になる。
ばーん、どどーん。すばーん、きゅあーん。
派手だった。
自分が今まで見てきたどんな映画よりも、それはリアルで熱かった。
30分がたった頃には自分でもびっくりするくらいに飽きていたが。
何も進展しないのだ。
影絵は砦に群がっては塵になる。
最初こそは、そのあまりにも異形な様を見て「こんなちっぽけな砦は、海辺の砂の城みたいに崩れるに違いない」と思っていたのだ。
ついさっきまで思っていたのかもしれない。
あとちょっと、あとちょっと、なんて思っていたら30分もたってしまった。
何も変わらずに。
そりゃあちょっとは変わった。
砦の外観は少しだけ薄汚れた。
砦の上空には硝煙みたいにものがたちこめていたりする。
それだけ。
それだけはあまりにもつまらなかった。
もう、飽きてしまった。
自分がちょっと手を加えてやれば、こんな砦は一瞬で潰れてしまうに違いない。
もう、砂山遊びには飽きた。
だから潰そうと思った。一思いに、足でぐしゃっと。
中に何があってもいい、潰してから探そう。
潰れてしまったのなら、それはそれでいい。そのまま飾ろう。
綺麗であって、完全である必要は無いと思う。
有る様に、有ればいいんだ。
がちゃん。
両目の周りに黒い歯車がかかる。
右目の歯車は少し小さく、左目の歯車は右目のよりは二周りも大きい。
キリキリキリキリキリキリ。
あぁ、そうだ。
砦に大きな十字架を落とそう。
この赤い大地に似合うように。その十字架で、砦を潰してしまおう。
その情景を想像してうっとりとする。
きっと、この世界には似合う。
赤い空と濁った雲と赤い荒野に、全部を縫うように立つ十字架。
地獄の様な天国の様なこの世界にきっと―
そして、自分を貫いて空に縫うような視線を感じた。


砦の屋上はチェスの盤の様だと思った。自分はもちろんナイト。敵はポーンばかり。
味方は・・・・無し。
依然ERとの通信は回復しない。砦の内部状況はまったくこっちには流れてこない。
右上空2時の方向から敵3体接近。
”アイリンクシステム”で敵を視認と同時にロック。
左腕”にーちぇ”より最少量のエンチャントが右腕”阿修羅”に送られる。
右腕より収斂されたエーテルを発射。・・・命中爆破。
細かい破片の確認。視認と同時に右肩の対物ファランクスが自動迎撃。
体内エーテル機関良好。
薄青い煌く線が体に接続されて、かれこれ10分。まだ線は切れていない。
ERで代理マスターをやっているバージルの『ブルーリンクス』
つまり、ERでバージルは生きている。状態までは解らないが。
もしかしたら、一秒後に死ぬのかもしれない。
全然元気かもしれない。
解らない。
上空00時から敵接近。
左肩対人ファランクス自動迎撃・・・成功。
味方が来ない。どこからも来ない。既に自分が接敵してから30分はたった。のにも関わらず、どこからも味方が来ない。
砦にはkrが居た。当てにしていた訳ではないが、どういった事か。
「・・・・・・」
どうと云う事は無い。
死んだのだ。
krは、砦内に侵入したMOBとの戦闘で命を落とした。それだけだと思われる。
当てにはしていなかった。強がりでもなく、本当に。
だって、自分はいつも一人で戦ってきたのだから。
いつも一人で生き残ってきたのだから。
砦の中を想像してぞっとする。
krが死んだのだ。ERの外は、地獄だろう。
応戦していた仲間はみんな死んだのではないのだろうか。
ERにはバージルが一人で血を吐いているだけなのではないだろうか。
絶望した訳では無い。そんなに自分は弱くない。
ただの現状確認。戦力確認。
・・・・・するまでも無い。
自分は死ぬだろう。弾切れで、致命傷を受けて。中々死なない自分は苦しむのだろう。
その果てにあるのは、ただの死だ。
ならば、それまでは・・・・・・・・・。
ピッ。
体内の魔力探知が高魔力を感じて網膜にその位置を投影する。
上空50m。
身を磨り潰されるような魔力を全身に受けながら尚、意思は死んでいなかった。
そしてその意思は死を覚悟した心と連動連結し、頑丈に絡め取り一つに合わさる。
『ただの一体でも、多く』
意思が、心が、上を見ろと言う。
『首が千切れ飛んでも』
そして”盤上のエース”はソレを見る。
『敵の喉笛を噛みちぎ』
赤い空と濁った雲を背景に、漂う黒いボロ布を。
「ロォォォォォォォキィィィィィィィィィ!!!!」

砦の裏門で一人塵の山を築いていたスマックダウンは、轟音と共に砦から火柱が立つのを見た。
空に大穴を開けるような、巨大な火柱を。



プロンテラ東門の近くで、大人の男性3人と少女一人が正座をしていた。
それはそれだけで異様な光景なのだが、それを見て笑う人間は一人も居ない。
とゆーか、周りに人気がまったく無い。
変わりにMVPBOSSもかくや、といった気配をさせている人物が一人いる。
正座させられている男女の前に立つ、30歳くらいの男性。
グレーのスーツに茶色のかばんを左手に下げた、何処にでもいそうな外見の男性。
だが、能力者であればわかるだろう。
その異様さが。
「たまに帰って来てみれば・・・こりゃなんだ?」
右手で万年筆をクルクルと弄ぶ。見るものが見たら万年筆が剣に見えるかもしれないが。
「じゃぎのせいだと思います!!」
ぴっ!と手を上げた男がもーそれ以外ありえないっ!って感じで発言。
「ちょwwwおまwwwwwww」
発言者の首を絞める男。
「軍曹、これには深いようでよくわからない訳が」
「あいすん・・・口出しするとロクな目に会いませんわよ」
下を向いた少女とあいすんと呼ばれた男性はボソボソと何事かを話す。
「海君の意見を採用。じゃぎ、おめーか?おめーがコレをやったのか?」
「え・・・えーと・・・コレ?」
バンッ!つーかベジャン!!と音を立てて50階から落としたスイカみたいになる茶色いかばん。

「なんで砦がねぇんだよwwwwwwwwwwwww」

その男性の叫びで、周囲10mのガラスと云うガラスが割れたとゆー。

おーるにでぃゆぁーらーぶ

2006-04-05 21:58:27 | Weblog
ホールデンは妹のフィービーと踊ったり話したりした後、知り合いの先生の家に行く事にしました。
しかしタクシーに乗ろうにもお金がまったく無かったのです。
だから、妹のフィービーに少しだけお金を借りれるか聞きました。
「フィービー、悪いんだけどお金を少し借りれないか?僕はすっかりおけらなんだ」
両親に見つからないように小声で真っ暗な部屋の中、フィービーを手探りで探しながら。
フィービーは
「いいわ、私まだクリスマスプレゼントも全然買ってないから」
フィービーは暗闇の中、ホールデンの手を掴みお金を渡します。
そのお金を見てホールデンは
「全部で無くてもいいんだ。ほんの2ドルでいいからさ」
と、返そうとしますがフィービーは受け取りません。
「8ドル62セントあるわ、あ、26セントだった。少し使っちゃったんだわ」
それを聞いたホールデンは急に泣いてしまいます。
本当に泣いてしまいます。

僕は、ここでホールデンが泣いてしまってこその「キャッチャー・イン・ザ・ライ」だと思い、何故だかほんわりとした気持ちになる。
意味が解らない人もいると思う。気持ちがわからない人がいると思う。
でも、きっと僕と同じように思う人が、この本を好きなんだとそう思う。

Vol:-- The NO Number

2006-03-31 21:29:49 | 妄想具現化
「おら、どっからでもいいで。さっさとかかってこいや」
机は亜麻色になった重厚なマホガニー。椅子はアーロンチェア。
誰もがあまりの統一感の無さに、「彼」の感性を疑う。
しかし、「彼」にはあまり関係は無かった。ただ、使いやすければなんでもいいのだ。物も、きっと人でさえも。
目の前の男はそう言って机の上の書類に目を戻した。
否、元からこっちなんて見てやしなかった。彼の目は書類だけを見ていたのだ。ずっと。
『おい、海猿・・・お前先にやっていいよ』
目の前の男が唯一立てる音・・・ペンを紙に走らせる音・・よりも小さくなるように、けれど真横の男にだけは聞こえるように呟く。
『冗談言うなよ・・・ジャギ・・お前が先にやれって』
うずたかく机に積もった書類の山(比喩ではない)の向こうには絶対に聞かれないように呟き返す。
『オレに死ねってのか!』
『うるせー!死ね!』
サラサラと走っていたペンがぴたりと止まる。
同時になんとか小声で話していた(つもりだった)二人の心臓も止まったように思えた。
ドンッ!!
二人の踵が数センチ浮かび、悪寒が腰から首までゾゾゾーっと駆け上がってくる。
書類の山から組まれた両足が見えた。
「あー、おめぇらやる気ねぇの?」
ジャギは『なんだか足が喋っているみたいだなぁ』と思った。
海猿は『晩飯何かなぁ』と思った。
現実はこの部屋の外にある。きっとある。あるといいなぁ。
ので、この部屋の中は現実では無い。別世界、夢の世界なのだと。
二人ともなんだか的外れな現実逃避をしていた。


事の発端はつまらないことだった。
否、いつも発端はつまらない。おこってしまった事に比べれば、そう、いつだって。

「「ごちそーさまー」」
海猿とジャギの二人は昼食には早く、朝食には遅い食事を終えて砦のダイニングでまったりと過ごしていた。
ちなみに、食事はレンジでチンである。
「かーっ、食後の一服はやめらんねぇなーおい!」
ぶかーっと煙を吐き出しながらジャギはソファにだらしなくもたれかかり、手近な雑誌を流し読みする。
「あぁもぅ・・・ここは禁煙だってのりちゃんが・・・」
たしなめようとするがすでに相手はグラビア相手に夢中だった。
「うおおお!こうやって斜めから見たらパンツ見えそう!見えそうだぞ海!!」
「それなんて立体映像だよ・・」
無駄そうなので辞めておいた。
「ひゃっほー!も・・もうちょいだぜー!」
無駄そうっつーか無駄だった。
時刻は11:10、これから向かう仕事先には12:00ジャストの到着予定。
海猿は嫌な予感がこの頃からしていた。何がかはわからなかったのだが。
「おいジャギ・・・そろそろ出かけないとマズイよ」
すでにソファで仰向けになり、なんとか平面のグラビアからパンチラをゲットしようとがんばっているジャギに声を掛ける。
「あー?仕事ってなんだっけ?」
「ほら、この間のMOB退治の料金回収」
ついこの間、金持ちの倉庫に住み着いたMOBを退治した。
仕事そのものはあっけないものだった。いつものようにぶん殴って敵消滅。ミッションコンプリート。
ただ、そこからが大変だった。
相手がちゃんとした料金を払わなかったのである。(金持ちなのに!)
「阿修羅なんて頼んでない」
「費用が多すぎる」
「倉庫の一部が破損した」
云々。
MOBを倒してくれと泣いて頼みに来た時とは人が変わったように。
まぁ確かに、と海猿は思う。
敵は一般的に言えばあまり強く無い方の部類に入る。見た目は凶悪なのだが、実力は大した事は無い。
あれならきっと治安維持騎士でも3人いればなんとかなったであろう。
それに対して、うち(幻影騎士団)の阿修羅二人の出動費用は軽く治安維持騎士10人分に相当するのだ。
まぁもちろん、それだけの価格に見合った仕事はするつもりだし、できると思ってはいる。
敵は弱く、うちは強かった。それだけの事。
しかし、なんだろうこーゆーのは。値切ろうとしている?
まさか。海猿はその考えを一笑に伏す。命が、依頼者の命がかかっていたのだ。
それを値切る?馬鹿馬鹿しい。
結局、海猿には相手が何故決められていた料金を払いたがらないのか理解できなかった。
「料金回収かぁ・・・ま、ギャングとしては普通の仕事だわなぁ」
ちぇっ、と雑誌を床に放り投げる。やっと傾けてもパンツが見えない事を悟ったようだ。
それはいい。それは非常にいい事なんだが。しかし。
「ギャング?」
なんとは無しにジャギが言った言葉の意味がよく解らなかった。
「なんだ?ギャングだろ。俺ら」
「ええと・・・・・誰が?」
「俺ら」
「俺らってチームジャギ?」
「聞いた事もねぇよ!」
こんな感じの会話が5分続いた。そして海猿は呆れかえる。
「ジャギ、良く聞け?いいな?冷静になって聞け。おれらは、ギャングじゃない」
「は?ナニイッテンノ?お前、どした?さっきのピザにやられたか?」
「お前も食ったろ!」
「俺は良いんだよ!」
「大体ギャングってなんだよ!おれはヤクザになった覚えはねぇ!」
「ヤクザじゃねぇ!ギャングだ!」
「どっちでも一緒だ!」
「一緒にすんなああああああああ!!!」
「ジャギ・・・いいか?おれらは何でも屋みたいなもんだ。強いて言えば探偵だ。ギャングやヤクザと一緒にすんな」
「海・・・・俺らが料金の回収行ってなんつーんだ?『ちわー!何でも屋でーす!』か?あああ!?俺らはスーツ着るのか?7:3に髪を分けんのか!?」
「スーツは着ないし7:3にもしねぇよ。ついでに『ちわー』とかも言わない。」
「ほれ見ろ!家に家を壊しそうな強面の男二人が行って『金払えやごるがあああ!』って言うんだろ?なぁ、これぁギャングだべ?」
「誰が『ごるがああ!』なんて言うか!普通に『料金の支払いをお願いします』でいいんだよ!」
「ああ・・・わかった。インテリヤクザな」
「ちげえええええ!」
「違わないだろ。そもそもヤツが金払うの渋ったらどうすんだよ」
「・・・・何回も行く」
「ほらな?インテリヤク「違う違う!なんでお前はそうヴァイオレンスな例えしか出来ないんだよ!」
「じゃああああ出さねぇ金をどーやって払わせるんだよおおおおお!!」
「・・・誠心誠意何回も払ってもらえるように頼む」
「ドアに張り紙とかするべ?」
「しねえええええええ!!」
「仕事場とかにも行くよな?」
「う・・・それは時と場合に寄る・・・」
「インテリヤ「があああああああ!!!」
海猿は久しぶりにいわゆる一つの『キレた』状況に陥った。
あんまりにも普段が温厚な為(特に嫁の前では)非常にレアな事態だった。
そう、レアだったのだ。
ジャギはそれにもちろん驚いた。ちょっと足が浮いたりした。
その足がサイドテーブルの脚を突っついたりもした。
するとサイドテーブルの上においてあったカップが一つ床に落ちたりもした。
カップは割れたりもした。
なぁに、なんて事は無い。カップなんてみんな100z均一で買っている。謝って弁償すればいいだけの事だ。
「あーあ」
急に冷静になった海猿が割れたカップの破片を指で集める。
「おいおい、指切ったらやべーぞ。おれが箒取ってくるからちっと待ってろ」
さっきまで言い合って居たのに、もう元に戻っていた。
「あぁ、悪いね」
大きな破片だけを取りあえず集めながら、背中越しにジャギに感謝。
いやいや、久しぶりに熱くなってしまった。
時計を見る。12:05だった。
あぁ、先方には何も連絡していない。いらない事に時間を使ってしまった、とは思わない。今になってみれば、こう、ガーッ!と喧嘩みたいな会話をして、直に仲直りできたのはなんかこう・・・スッキリした。
「うおーい、箒どこだっけかなー?」
隣の部屋からジャギの声が聞こえる。
「まったく、仕方ないな・・・」
やれやれ、と嘆息し
「そこら辺にあるだろー?」
と、声を掛けた。

ここまでは良かった。仕事の相手には少々待ってもらう事になったが、なに、どうとでも言い訳はできる。
しかし、海猿は見てしまった。ふいに気になった、自分の手の平に乗る欠片を。

「あったあった。んでもよー、なんで箒がこんな取り出し難いとこに置いてあんのよ?俺に喧嘩売ってんのか?あん?」
独り言を言いながらジャギが箒を持って隣の部屋から戻って来た時、すでに海猿の様子はおかしかった。
「ん?どした?指でも切ったか?ほれみろーいわんこっちゃねぇ」
きっと、指を深く切ってしまい、自分で呆れているのだろうと思った。
いや、思いたかった。
ジャギも見てしまったのだ。その欠片の模様を。
一つ一つでは決して解らなかったであろう、その模様は、大きな欠片だけを集めた海猿の手の平でなんとか見れる様になっていた。
あるいは、粉々になってしまって居た方が良かった、その模様が。
金色の、唐草模様が。
「「うわあああああああ!!!!!」」

二人の回想シーン。
『これはな、オレが幻影を作った時に記念に職人に作らせたモンだ。あれから色々あったが、このカップはずっとそれを見てきた。オレの宝物らしい宝物だで』
二人の回想シーン終わり。


海猿は取りあえず逃げた。
持ちうる全てのワープポータル先に飛び、その先の町の一番路地裏に最高の速度で逃げ込んだ。
すると不思議な事に、いつも誰かにこう呼びかけられたのだ。
「『彼』は元気かい?」
海猿は泣きながら「逃げられない」と言い、帰って来た。
ジャギは取りあえず全ての破片を米粒で接着し、修復を考えた。
無理だった。
修理工に出そうと思って店の親父の所まで持って行ったが、良く考えてみればこの親父は『彼』の馴染みだった。
ジャギは両手で大切そうにカップの破片を持ち、半泣きで帰って来た。
そして思い立つ。
「「iwaokunは仕事で全然帰ってこないじゃん!!」」
そう、『彼』こと幻影騎士団隊長、iwaokunは究極に多忙を極めており滅多な事ではこの砦には帰ってこない。
そして帰ってきたとしても喋りながら部屋に入ってそのまま部屋を出て行くと行った良くわからない行動をして砦を去るのだ。
なんてことは無い。言わなければバレない。そして、もし仮にバレたとしても絶対に今日では無いのだ。
それならば、いくらでも言い訳は付く。
ほぅ、と海猿とジャギは安堵のため息をダイニングで付く。
どっがーん。入り口のドアが蹴破られる音が響く。
「かえったぞー!喉が渇いた、茶を淹れてくれ」
声は忘れようもなかったし、こんな帰宅をする人間は一人しかいない。
ダイニングで安堵のため息をついていた二人は、そのまま呼吸をするのを忘れて死ぬ所だった。

ジャギは一応がんばった。
違うカップに茶を淹れて持っていったのだ。
40秒後に髪の毛を真っ白にしたジャギが台所に帰って来た。

海猿もがんばった。
茶を待ちながら書類にペンを走らすiwaokunの横にメモを置いたのだ。
『カップ割っちゃいました。 ジャギ&海』
わざわざ残影を使って台所に帰って来たと言うのに、海猿の髪の毛は根元が白くなっていた。

そしてダイニングから声が聞こえてきた。
「自室まで来るように」


iwaokunの自室は2Fの一番奥にある。
まったく統一の無い部屋。
部屋の主以外はなんとなく居心地の悪い部屋。
そこで蜘蛛の糸は垂らされた。
「一発。たった一発でも当てれたら二人とも無罪放免」
そう、我等が軍曹は書類を見ながら言った。

軍曹が机の上に脚を放り出して5分起つ。
二人共無言。
電脳での会話も盗聴される可能性があるので行わない。
海猿はチラと隣を見て驚愕した。
ジャギがメイスを持っていたのだ。
つまり・・・・彼は・・・やる気だった。
冷や汗ダラダラで、膝もガクガクなのに、右手に持ったメイスは拳に血管が浮き出る程握り締めている。
勇気が、どこからかにじみ出てきた。
そうとも。いかに恐ろしい相手であっても、人は人。
反射速度は人なのだ。
やられる前に、やればいい。
ジャギの目に「やろう」と合図する。
タイミングはお任せ。二人で人生で最速の阿修羅を―
ジャギの踵が1㍉浮き上がるのをこの目で見た。
それはまさに、全てがスローになった世界で。
本気の阿修羅はジャギよりこちらの方が早い。もし、おれがダメでもジャギがやれば。
光が収束していくのが見えた。全ての世界が後に後にゆっくり、でも確実に吹き飛んで行く。全てがだんだん、真っ白になって―
あの光の先には、一体なにが―


翌日、幻影騎士団の砦に大工が派遣される。
修理内容は部屋、及び砦の艤装。
2F一番奥の部屋から、砦の最外装までをぶち破って開けられた二つの穴の修理。

近所の人は言う。
「凄い爆発音がしたのでまた幻影かと思って砦を見たら、人が二人空を飛んでいた。新しい攻城兵器かと思った。」

空を飛んだ二人は救急車で運ばれ、運良く命をとり止めたと言う。



うわあああんんん

2006-03-31 05:54:48 | Weblog
5千文字書いた所で間違って進むクリックして書いた事が消え・・た・・・。
後は投稿するだけだったの・・に・・・gggggg!!
もうやだあああああああああ

Vol:19 Gun-Parade-March-3 Not Sleeep

2006-03-09 20:44:43 | 妄想具現化
『ふざっけんなッ!!!』
怒鳴りながら振り上げた右足は、適当に振ったにも関わらずそれでも確かに目の前で土下座をしていた人物・・・人物でいいと思う・・・の顔を的確に捉え、直撃した。あぁ、これがサッカーのPKならば、ゴール隅に突き刺さる改心の一発であったろうに。
まぁ・・今はいいや。
ププッなんていいながら鼻血を押さえて部屋の隅に逃げようとする男・・男でいいんかな・・・。
どうにもさっきから目の前の物体が人間に思えなくて困る。
歳は40台半ば、頭髪は前から禿げ上がり前歯が三本無い。
図体は中々に大きいのだが、腹は一見して「何か隠してるんじゃない?」と聞きたくなるくらい出ている。ボロボロで垢のこびり付いた元は白かったであろうシャツ。
くたくたになったサスペンダーでなんとか吊るしている茶色・・・元の色は不明・・のスラックス。
顔はもう・・・なんつーか・・あんまり見たくないような感じ。
しかも背景にはボロ屋の一室で空になった酒ビン常備。
もうどこから突っ込んでいいのかわからないくらいのダメ人間。
まぁ・・・そのダメ人間に金を貸したのはオレなのだが。
はー、今度からもうちょっと人を見て金を貸そう。
でもなぁ、一応金貸しとしてはなぁ・・。
『100kぽっち何ヶ月待たしてやがんだボゲッ!!』
ゴガッと横になっていた人間らしき男の横っ腹をもう一発蹴り上げる。
まぁ・・なんだ。ほんとはそう怒ってもないのだけれど、きっちり「返金が遅れたら怖いですよ」って所を見せておかなければならない。
舐められたら終わりな商売なもんで。
『すい・・すいませんっ・・今月は風邪で寝込んじまいましでっ!?』
更にもう一発腹を蹴り上げる。
言い訳は聞かないルールなのだ。
あーダルい。とゆーかオレの足がなんか感染しそうで嫌だ。
『旦那・・・ほんと・・もう・・もういっかげづっ!?』
また一発。
もう半年くらい待ってやってて、待つ度に蹴り上げてんだけども。
なんだかなぁ、学習しないのかねコレ。
それとも真性のマゾだったり!?ひぃ冗談じゃねぇ!
きょ・・・今日はこれくらいにしてやろうかな、と最後にもう一発蹴り上げようと右足を引いて、また適当に振りぬこうとした時。
『ん?』
右足が前に振りぬけない。なんだ?
右足を後に反らしたまま、なんとなくマヌケなポーズで後に首だけを回してみる。
そこには、両手でがっしりとオレの右足を抱え込んで、両の目に涙を溜め込んだ少女がいた。
年齢は10歳前後、ロングの黒髪を無造作に背中に流している。
髪飾り等は一切なし。服は・・・これ服か?なんか昔学校で習ったような・・あ、アレだ「貫頭衣」。
『んんんんん?』
じっくりと凝視してみたが、なんだろう・・・こう・・おお?睨まれてる!?
しょ・・少女に睨まれる覚えなんてまったくないぞ!
しかもなんか・・・ちょっと気持ちE!?
『マイ!やめないか!!』
危ない気持ちになりかけていた所を、なんか既にゴミみたいになったダメ人間の声で我に帰る。あぁ・・危なかったような惜しかったような。
少女はその声で右足を離してくれた。
代わりに。
『父ちゃんをいじめないで!!!』
ものすごい形相でこんな事言われちゃった。
やっべ、やっぱちょっと気持ちEか・・も・・・・。
『すいませんね旦那・・・マイ!こっちに来い!!』
グイと腕を掴まれ、引き摺るように引き寄せるダメ人間。
あーあ、涙なんてぽろぽろ零れてますよ。
肌の上を滑ってますよっ!!
わか・・いと言うより幼い・・か?
特権!?特権なの!?
『は・・・はい?』
あ、声に出てた。
『おめー・・娘なんていたんだ』
半年の付き合いでまったく気が付かなかった。
まぁなぁ、100kぽっちで家族構成まで調べ上げようなんて思わないし。
『は・・はぁ、その・・・ちょいと昔に連れ合いに産ませた子でして・・』
ふーん、そんな風に言っちゃうんだ。
『あぁ、良い事を思いついた。』
本当に良い事を思いついたんだ。
どうにもコイツが人間に見えなくて困ってた所だし。
『知り合いにな、こーゆー幼くて可愛い娘を売買してる奴がいるのよ』
まっとうなお涙頂戴でも見て、今日はお開きにしようかね。
『その子さぁ、お前の子供とは思えない位かわいー顔してっからさ、売っちゃえば良い金になるよ?紹介してやろうか?』
出来るだけイヤラシイ顔で娘を見る。んんん・・・こうか?こうか?
さぁ怒れダメ人間!人間らしいところを見せてみろ!
『あ・・』

開きかけた口を右手で掴んでそのまま壁に頭をぶち当ててやった。

『ぶげっ!』
ああ、やっぱこいつ人間じゃなくて豚だったんだな。
だって、ちょっと笑ってたもん。
『・・・来月だ。それ以上は待たん』
胸糞が悪くなってボロ家を出た。腹いせに力一杯閉めたドアの衝撃で、その家は壊れちゃうんじゃないかと、本気で思った。


一ヶ月も待たなくて良かった。
一週間後、ダメ人間は今まであのボロ家の中で見たことも無いような立派なジャケット、シャツ、ネクタイ、スラックス、時計まで身に付けて金を返しに来た。
うおっ!靴なんて昨日買ったばかりですか!?
『旦那・・・長い事お待たせしました・・』
目の前には長い事待ってやった借金100kが耳を揃えて置かれている。
帯なんかで閉じちゃって。
『お・・おう。なんだ?良い仕事でも見つかったのか?』
まぁ一応札を調べて見る。これで一番上と下だけが本物で中身は新聞紙とかだったら逆に借金をチャラにしてやる。
『は・・はぃ・・仕事と云うか・・まぁ・・はは』
ビビビビビッと札を親指で流しながら話を聞く。
まぁ、強盗でもなんでも良いんだけれどね。金さえ返してもらえればさ。
あああ!?今なんか袖から金色の時計が見えた!金色の時計!!
『え・・えらい羽振り良さそうじゃねぇか・・これであの・・なんつったっけ?マイ・・だっけ?にも良い服買ってやれるな』
金をトントンと机の上で揃える。マホガニーの艶が眩しい。
実はあいつの時計より高いんだぞ。いや、マジで。
『は・・はぁ・・・ははは』
なんだ?汗なんかかいたりして。この部屋そんなに暑かったっけか?
『ま・・まぁマイの奴も親孝行ができて・・』
さっきからまぁなんとかかんとか脳の隅に湧いては打ち消していた考え。
『お父さんがこんな立派になれるなら・・・』
そりゃあ・・・ないんじゃないか?と思ってた事が。
『あの娘もよろこんで―』

ザザー。
ノイズ。

走りまくった。
知り合いと云う知り合い全員の所に行ったと思う。
絶対顔を合わしたくない奴。
顔を合わすとマズイ奴の所にも行った。
情報を渋る奴は半殺しにしてやった。
お陰でこっちも何箇所か出血する羽目になったりもした。
走った。
もう、なんだか頭の中がぐちゃぐちゃしてた。
別にそんな事くらい平気な人間だと、オレはオレの事を思っていたのだけれど。
はぁ・・・。

真夜中、ある貴族の屋敷の裏の、ゴミ捨て場で。
胸に「マイ」と書かれた赤黒く変色した布着れを見たとき、オレ―

再度ノイズ。


川の傍に無造作に生えている木に人だかりが出来ている。
治安維持騎士が数人見え、人だかりを整理したり、少しでもスペースを取ろうとがんばってたり。
木の枝からはロープが垂れていて、その先には男性と思わしき人物がぶらさがっていた。
年齢は40台、特徴は左腕の金色の時計・・・。
現場に現れた王立賢者協会のセージが騎士から特徴を聞いている。
自殺に見せかけようとしたつもりなのか、木には吊っているが明らかな他殺。
まだ調査中なのが、吊る前に殺したのか、吊った後に殺したのか・・・・。
はは、吊りながら殺したが正解なんだけどな。
なんだか楽しくなってきて「はいはい、犯人知ってますよ!」と躍り出るところだった。
人垣に背を向け、大通りからも背を向け、なんとは無しに路地裏に入ってみた。
そこは暗くて、狭くて、どこか惨めで、何よりも寂しくて。
見上げる空は、建物で切り抜かれまくり。
太陽はどこにも見えなかった。

正直、死んでしまいたかった。


ズズズズズ。
小さな振動が体を揺り動かし、夢から覚醒させようとがんばっている小人のように思えた。
寝返りを打つ。
この時運が良かったのは、窓の方に寝返らなかった事なのだが、その幸運をしるのはまた少し後の事。
「んぐぐ・・・うぅ・・」
薄目を開けて天井を見る。
天井が良く見えれば昼間、見えなければ夜だ。
あくせくした毎日が嫌いで、自室には時計を置いていない。
寝たいときに寝て、起きたいときに起きる。気ままな毎日。
「はぁ、また懐かしい夢を」
もう一度目を閉じて夢を反芻する。
あまり、気持ちの良い夢では無い。
と、目を閉じる時にちょっと気になった事があった。
もう一度薄目を開けて見る。
目の端に、着信中の文字とランプ。
網膜に直接投影される、電脳のシステム。
誰かが直接連絡を取りたがっている?
寝起きで頭がうまく回ってない。なんで着信音がしないんだろう。
あ、そうだった。寝るときは問答無用で外部音声も内部音声も切ってるんだったっけ。
こないだの呼び出し音のしつこさに辟易して、自分でやったんだった。
「あー・・やっぱ寝起きはダメだ」
呟いてとりあえず内部音声だけを入れ、電通を取る。
途端に怒鳴り声が聞こえてきた。
『無君!?』
きぃぃぃぃいん。まぁ、耳じゃなくて脳に直接だからそんな事にはならないんだけど。
「あー・・・えー・・と、その声は・・ウェンさんか」
通常電通には相手の現在の映像もつけられるのだが、何故か今は「sound only」になっていて、ちょっと気がつかなかった。
なんでだろ・・・Gvじゃあるまいし。
Gv中の電通はsound onlyが常識だ。枝をつけられても会話自体には強力な暗号処理がかけれるのだが、映像にはかけにくい。
その結果、映像の唇を読んで作戦がバレたりする。それを防ぐ為に。
そこまで考えて、事態が少し呑めた。
「マズイ事になってる?」
つまり、電通が「sound only」になっている、それだけで何者かに攻撃されている可能性がある。
『残念だけど当り。砦内放送聞いてない?』
「すまない、外部音声を切ってた。今から入れる」
言い終わるや否や外部音声を入れてみる。かち。
どっがががががっががががががががが!!!!!!
「!???!?!」
外部音声を入れた途端に脳内を機銃掃射が埋め尽くす。
なんじゃこりゃ!?
『事態を簡単に説明するよ。嘘とかほんとって聞くのは無し』
「了解」
それから事情を聞かされたのだが、正気の沙汰では無い。
砦ごとまだ発見すらされていないニブルヘイムの階層に飛ばされた事。
見たことも無いモンスターに砦が強襲されている事。
エンペリウムが無いので、バージル君が一人でエンペリウムの代わりをしている事。
屋上でノム君が一人で戦っている事(音でなんとなくわかったが)
原因は未だに不明である事。(これは嘘臭い。何か隠していそう)
「・・・・了解」
『とりあえず、無君には屋上のノム君に補給物資を届けて貰いたいの。もちろん、砦の中に入ったモンスターを片付けながら。』
「了解だが・・・」
大事な事を聞いてないし、気になる事があった。
「本作戦の指揮官は誰だ?」
マスターであるiwaokunは滅多に砦に帰って来ない。こんな時に限って砦にいる方が怪しいのだ。
『それは・・』
『通話代わります』
電通の向こうで声がした。
『本作戦で指揮官代行権限を行使しているバージルです』
なるほど、バージル君は砦の防衛機構を司っていた。
その職務の中には確かにマスター不在時の指揮官代行も含まれる。
が・・・・
「なるほど、了解した。が、しかし」
たしかに、権限は解った。だけれど、まだその権限しか見せてもらってない。
「味方のマーキングさえ見れないのはどうした事だ?」
砦のMAPは網膜に投影されている。
が、その砦内で戦っているはずの味方のマーキングが見えない。
全滅なんて馬鹿な話は無い。
なによりその証拠に、屋上ではまだ機銃掃射の音がする。
『それは・・・』
バージル君は言いよどむ。何故言いよどむのかは、実は検討がついている。
「あぁ、いや、いいんだ。ちょっと辛いから手を抜いているだけだよな?」
『無君!バージル君は・・』
「ウェンさんは黙ってて」
『・・・・・』
「指揮官代行?いいだろういいだろう。そこでのんびり見てると良いよ。エンペの代わりをしてるんだもの、そりゃあ辛いだろう。手も抜きたくなるよな?解る解る」
「どうせ、そのせいで傷つくのは、自分じゃあ無いものな」
電通の向こうで、ぶつっ、と何かかちぎれる音がした。
それと同時に、砦内の味方のマーキングがMAPに現れる。
『バージル君!』
布ズレの音、机のきしむ音。
ぱたぱた、と何かが零れる音。
『これで・・・いいですか?』
途中、一度詰まったものの、バージル君の声は覚悟に満ちているように、感じた。
「十分納得した。バージル君を仮のマスターと認める」
ざっとクローゼットを開け、クリーニングから返って来たばかりのシャツに袖を通す。
別に、バージル君がいじめたかった訳じゃ無い。
ただ、なんの覚悟も無くマスター然とされるのが嫌だった。
命令を出す人間にも、血と云う名の覚悟を。
でも、ただそれだけでオレは死地にも迎える。
それが、欲しかったんだ。
「装備点検後出撃。リフトは使わず一階から敵を各個撃破。屋上のノム君に補給物資を届けてゴール、でいいかな」
『帰って来て、うちに二、三発ぶち殴られるのがゴール』
「・・・・了解した、ウェンさん・・・」
ぎゅっと皮手袋に手を通し、概念兵装”ピースメイカー”(両手持ちの大斧)を練る。
自室のドアを開けると、そこには見たことも無いモンスターが立ちふさがっていた。
いやぁ、ウェンさんに比べたら弱そうなことで。