「それってマジですの?」
助手席に座った娘が胡散臭そうに聞いてくる。
「マジも大マジだって、嘘じゃないよ」
ハンドルを持ったまま、前を向いて答える。この辺はちょっと混んでるなからな・・。
「喜ばしいですわ。切ないですわ。もう一度最初から・・」
はぁ、とため息をついて右手をハンドルから離し、ちょっと頭を掻く。
えーと、これで何度目だっけ?
「いーかい?よーく聞いておくんだぜ?」
助手席の娘の目をちらっと見る。うむ、ちゃんと聞いてる目だ。
さっき話した時もそうだったけれど・・・・。
「アムスで大麻は合法だ。」
もう何回も話してちょっと暗記しつつある話をまた始める。
「でも、いいか?合法とはいえ、ちゃんと規則はある」
うんうん、と頷く娘。うむ、ちゃんと聞いてるな。
「まず、吸って良い所ってのは決まってる。販売が許されている喫茶店。自宅。広い公園だな。ちなみに持ち歩くのはどこでも可。正し、それを人に売ったりするのはNGだ。売るのはあくまでも許可を持ってる人だけ。いいか?」
「そこが不思議でたまりませんわ。それですと、家の食事の後に家族で大麻を一服って事になったりしますの?」
「うむ、自宅で全員が規則で定められた年齢を超えていたらね」
「ふーん。どうにもこの国で生まれ育ったワタクシには信じられませんわねぇ」
どうしても信じられないらしい。
「まぁ、今度家族旅行で行ってみるか?家族で大麻を吸いに行くみたいであれだけど・・」
「いいですわねぇ。素敵ですわ。悲惨ですわ」
目を輝かせてどうなのか解らない事を呟く娘。どっちなんだ・・・。
「今日はホームセンターに青ジェム買いに行くだけだからアレだけど・・・エレーはいつもその格好?」
ちらっと娘に目をやって聞いてみる。おれにはこっちの方が幾分も不思議だ。
「なんですの?親父様はこの格好に文句でもあるんですの?」
自分が着ている薄布をちょっとつまんで不機嫌そうに言う。
いや、しかしそれはなぁ・・・
「ちょっと・・その・・扇情的すぎやしないかい?」
何せその格好ときたら、殆どボロボロになったスクール水着みたいなモンなのだ。
「いいんですのよ。これが暗殺者の正装らしいんですもの」
「うーん、それは聞いてるんだけれどねぇ。どうも・・その・・・」
「なんですの?」
「エレーは歳や身長の割には胸がもう大きいからなぁ・・お父さん心配で・・」
「っの変態!」
どぐわっしゃっと右から殴られる。
「ぐぅ・・・ナイスキック・・・」
「パンチですわ、変態親父」
く・・くそっ・・・車の運転中だと思って思いっきり殴りおって・・・。
事故ったらどうすんだっ!
「あともう一つ気になる事がありますわ。気にならない事がありますわ」
ど・・・どっち?
「う・・うん?なんだい?」
まだちょっと痛む右脇腹をさすりながら右にカーブ。
「フランスとかでハンバーガーはどう言いますの?ほら・・あちらは・・」
うむ、大変良い質問である。
食い物ってのがアレだが。
「そうだね。メートル法の世界だからね。例えばチーズバーガー」
ちらっとまた娘の目を見やる。お、今度はいつになく真面目な目だ。
「ロワイヤルチーズ」
くわっと目を開く娘。どうやら相当にショックだったらしい。
「本当に!?本当に”ロワイヤルチーズ”なんですの?子供と思って騙そうとしてませんこと!?」
早口でまくし立てて、右手を掴んでくる。あ・・あぶねぇなぁ・・。
「ほ・・本当だよ。誓って、チーズバーガーはロワイヤルチーズさ」
右手に摑まった手を見て、娘の目を見る。
すると娘はぱっと手を離し、座席の背凭れにどっかと身を沈め
「外国ってすっごいですわ・・・」
と一言漏らした。
んむ、外国は凄い。わけわからん。
と、まぁ娘とどこぞの映画の会話みたいなのをしている間に目的地まで着いた。
「じゃあちょっと青ジェム買ってくるからね、いい子で待ってるんだよ」
ドアを閉めながら娘に言って鍵を閉める。
ホームセンターの方を向いた時、背中に声がかかる。
「アイス・・・ストロベリーとバニラのダブルでよろしくですわ」
まったく、仕方ないなぁ。
「おれはそれにミントをプラスした方が好きだから、そのトリプルを2つ買ってくるよ」
振り返って見る、古いビートル”アンティーク・マーダー”の助手席で、娘が笑うのが見えた。
ひゆう。
今日は良い風が吹く。
ちょっとぬるめの風が背中を撫でる。
さて、買い物を済まして娘とアイスでも舐めようかと、ホームセンターに振り返ると。
その間にある噴水の前に、騎士がいた。
金色の逆毛を風にたなびかせ、少し空を向いた、概念防具をつけたままの騎士が。
別にそう珍しい事はない。騎士なんて、この界隈にはたくさんいる。
一歩一歩ホームセンターに足を向けるのだけれど、なんだかその間にいる騎士に向かっているよう。
どこか気になる。何か気になる。あの外装・・・どこかで見たような気もする。
騎士は未だ空を見たまま。肌は少し血の気が感じられず灰色のような。
不吉な色。
横顔からは感情がまったく感じられない。とゆーより、全身から生気が感じられない。
肌は微妙に危険を感じるが、それは相手が騎士ならば自然な事だ。
また一歩ホームセンターに、騎士に近づく。
どうも・・・目が離せない。
そこで不思議な事に気が付く。
・・・・静かすぎる・・・・。
今日は平日。確かに人がまばらであってもおかしくは無い。
が、しかし、ここは一番人の往来が激しい場所であったはず。
そこが静か過ぎる。否、大変な事に気が付く。
”誰もいない”
見渡す範囲に誰も、いない。
車の中には娘がいる。それは解る。けれど、その他には誰も。
騎士とおれと車の中の娘と。
それ以外に人がいない。異常・・・すぎる。
ただ、噴水から流れる水の音がするだけ。
異常に気が付き、娘のいる車まで戻ろうと思ったのだけれど、もう足は一歩前に出ていた。
それが、何かのスイッチとも気が付かずに。
『兄者』
聞きなれた声がどこからか聞こえる。(どこから?)
『兄者』
音を発するのは噴水と、おれの脚。あとは・・・・
『兄者』
ぎりり、と。目の前の騎士がこちらを首だけで向いた。
本当に、首からぎりりと音を鳴らしながら。
驚きで足が一歩後ずさる。
声は確かに弟者の声だった。
が、その声を発したのはどこかで会った事があるようなないような・・・灰色の騎士。
事態がうまく飲み込めない。
『ああ、この顔じゃわかりませんか』
ずるり、と騎士の顔が溶け落ちる。本当に、顔面の肌が溶けて、落ちる。
下から現れたのは、少し青ざめたよく知っている弟者の顔。
でも、体は騎士のままだ。
「お・・・弟者・・・か?」
おれを兄と呼び、見慣れた顔で反射的に問い返す。
『あぁ、兄者。驚かして申し訳ない。この体は借り物なんです。覚えてませんか?』
ぎここ、ぎり、と右手を動かしてみたりこっちを向いてみたりする。
先程までの金髪の逆毛。
今見つけた二の腕に走る概念防具の傷。
”借り物”と言った騎士の体。
「もしかして・・・”くし団子”?」
見覚えがあるはずだ。
それもそのはず、”くし団子”はついこの間まで自分自身が使っていた”アストラル”(別人体)なのだから。
でも”くし団子”はもう正式に破棄したはず・・・・。
『兄者。破棄申請をして渡した場所を、忘れましたか?』
ちょっと楽しそうに聞いてくる弟者。
えーと、たしかあれは・・・・
「弟者が入院していた”病院”?」
そうだ、確かジョンが格安で廃棄しておくからと薦めてくれたんだっけか・・。
『ですよ。それをちょっと保管してまして。愚弟の奴がですがね。それをちょちょっといじって借りさせてもらってるんです』
あはは、と顔色は悪いながらも笑う弟者。
無理しているようには見えないけれど、別人体を使うって事はやっぱりそこまで良くはないのか・・。
「体・・・良くないのか?」
思った事をそのまま聞いてみる。
心配なんて、今更なのだけれど。
弟者は首を振り
『いえ、もう随分良いですよ。今日はそのことで話がありましてな』
一歩、何気なく近づく弟者。
一歩歩くだけでも、借り物と呼ばれた別人体はぎこぎこと音を立てる。
手を貸そうと思い、こっちからも一歩近づいたその時。
「わらび。”それ”から離れろ」
真横から声がした。きっと、この辺りには誰も居ないだろうと思った場所から。
「?」
声がした方を向く。声がした事そのものもちょっと不思議だったのだけれど、それよりもっと不思議な事が・・・。
目を向けた先には、プリーストとチャンプが居た。よく知っている、二人。
「はろー、わらにぃ」
ニコニコと笑顔のチャンプ―海猿君がわきわきと右手を挙げる。
隣にいるのはプリーストのメタトロン君だ。
今日はいつもよりも更にしかめっ面だけれども。
「ああ、海君にメタ君か。どしたの?BOSSの帰り?」
二人の肩、いつもは幻影騎士団のエンブレムがあるはずの場所には茶色の羽が並んで貼り付けられている。
海君は10枚。メタ君は11枚。
斑鳩の羽―
これは主にBOSSと呼ばれるモンスターの集合体を倒しに行くときにつけられるエンブレムだ。
つまり、それを付けている間は、何かのBOSSを倒しに行っている時か、その後。
「いやぁ、帰りってゆーか最中って言うか・・ねぇ?」
海君はニコニコしたままメタ君を見やる。
「わらび。もう一度言うぞ。”それ”から離れろ」
びしっと弟者を指差して言い放つメタ君。
先程の違和感の正体がわかった。
「おいおいメタ君。”それ”なんて弟者に失礼だぜ。メタ君は知らないだろうけれど弟者は元幻影の」
メンバーなんだよ、と紹介しようとした瞬間
「離れろと言うとろうが阿呆!」
メタ君の怒声が聞こえ、目の前に海君がいた。
「え?」
「ごめんよ、わらにぃ」
海君は右の掌をそっと胸にあて
「ぐっ!」
寸剄を放っておれを5mは離れた”アンティーク・マーダー”まで吹き飛ばした。
がしゃん。自分の車の助手席側のドアに衝突して止まる。
しまった・・・中にはまだ娘のエレーが・・・
「メタ君海君!弟者だよ!覚えてないのかよ!!」
なんとは無しに弟者の危険を察知して叫ぶと同時に車の中を見る。
誰も居ない。さっきまで確かにエレーが居たのに。
「こんな”深淵”が弟?わらび、大層な弟を持ったものだな!」
ふっ、と息を短く吐いて神聖術詠唱の体勢に入るメタ君。
海君は
「森羅万象悉く右手に宿れ」
その能力を開放していた。
”森羅万象”
その地にあるエレメント全てを体の一部にエンチャントする海君の特殊能力。
『隔離空間にしたはずが、入ってこられるとはね』
弟者は呑気に構えすら取らない。
「味方だよ!味方!」
と、叫ぶ自分こそが、抜けているのだろうか。
2人は完全に戦闘体勢で
メタ君は自身のエーテルを解き放つ。
「走れ影矢。軸位、暗転、貫通!」
いつの間にか足元に展開されていた魔方陣を一部蹴り崩し、右の手で空間を刺す。
その空間先に海君は突然現れた。
なんの前触れも無く、突然に。
”invincible tears”
指定された空間にある一定質量の物体を送り込めるメタ君の特殊能力。
黄金色に輝く海君の右腕が弟者に突き刺さる前、その数瞬。
二本のきらめくナイフが弟者の背中に刺さる。
「空間内在座標固定!”足を失った人形”!!」
娘・・エレナの声どこからかして、弟者はぴくりとも動かなくなった。
そこに突き刺さる黄金色の右腕。
幻影騎士団3人による、とっさのコンボ。
熱い様な冷たいような爆発が弟者を中心に起こる。
自分は、その瞬間を見ている事しかできなかった。
ただ、見ている事しかできなかった。
黄金色の爆発が引いていく。
「やったか?海」
次の移動先を目で探りながら、メタ君が魔方陣を再構築し始める。
「いや、ダメだ。こいつは・・・っ!」
爆発で起こった煙の中から右腕を押さえながら海君が飛び出してくる。灰色になった、右腕を押さえながら。
『良いコンビネーションだけれどね』
まだ煙った中心からのんびりとした弟者の声。
『エレナ君。どうせなら内在座標だけじゃなく、指定空間事固定してればベストだったよ』
だんだんと煙が引く。
『裏まで固定できないかもしれないけれどね』
煙の中から姿を現したのは・・・
「弟者・・」
まっくろなローブに身を包んだ、魔術師然とした弟者だった。
辺りに、元は先程の騎士であったであろう肉片が飛び散っている。
『兄者、すまない。”くし団子”は壊されてしまったよ』
それ以外は、なんでも無いと手を広げる弟者。
『まったく、思い出の品だと云うのにね』
ちらっと、未だ戦闘意欲を失わないメタ君と海君を見る弟者。
「こいつっ・・・次元歪曲してやがる・・・3次元のダメージソースだけじゃこいつには・・っ!」
固まってしまったように動かない右腕を押さえて海君が吐く。
『さて、兄者。ここだと少し話難い。移動・・しようか』
右手を差し伸べてくる弟者。
「あ・・・あぁ・・・でも、弟者・・」
何かが聞きたいのだけれど、何が聞きたいのかもわからず、その右手をとりあえず取った。
途端に地面が沼のように沈みだす。
不安は・・・特に無い。弟者の手を握っているのだから。
少し、ほんの少し怖いけれど。
「空間断絶!舞い神r―」
姿の見えない娘の声が聞こえたが
『エレナ。子供は殺したく・・・ないんだ』
弟者の一言で、周りは全て静かになった。
とぷんとぷんと地面に沈んでいく体。
最後に目が捉えたのは、こちらに手を差し出すメタ君だった。
助手席に座った娘が胡散臭そうに聞いてくる。
「マジも大マジだって、嘘じゃないよ」
ハンドルを持ったまま、前を向いて答える。この辺はちょっと混んでるなからな・・。
「喜ばしいですわ。切ないですわ。もう一度最初から・・」
はぁ、とため息をついて右手をハンドルから離し、ちょっと頭を掻く。
えーと、これで何度目だっけ?
「いーかい?よーく聞いておくんだぜ?」
助手席の娘の目をちらっと見る。うむ、ちゃんと聞いてる目だ。
さっき話した時もそうだったけれど・・・・。
「アムスで大麻は合法だ。」
もう何回も話してちょっと暗記しつつある話をまた始める。
「でも、いいか?合法とはいえ、ちゃんと規則はある」
うんうん、と頷く娘。うむ、ちゃんと聞いてるな。
「まず、吸って良い所ってのは決まってる。販売が許されている喫茶店。自宅。広い公園だな。ちなみに持ち歩くのはどこでも可。正し、それを人に売ったりするのはNGだ。売るのはあくまでも許可を持ってる人だけ。いいか?」
「そこが不思議でたまりませんわ。それですと、家の食事の後に家族で大麻を一服って事になったりしますの?」
「うむ、自宅で全員が規則で定められた年齢を超えていたらね」
「ふーん。どうにもこの国で生まれ育ったワタクシには信じられませんわねぇ」
どうしても信じられないらしい。
「まぁ、今度家族旅行で行ってみるか?家族で大麻を吸いに行くみたいであれだけど・・」
「いいですわねぇ。素敵ですわ。悲惨ですわ」
目を輝かせてどうなのか解らない事を呟く娘。どっちなんだ・・・。
「今日はホームセンターに青ジェム買いに行くだけだからアレだけど・・・エレーはいつもその格好?」
ちらっと娘に目をやって聞いてみる。おれにはこっちの方が幾分も不思議だ。
「なんですの?親父様はこの格好に文句でもあるんですの?」
自分が着ている薄布をちょっとつまんで不機嫌そうに言う。
いや、しかしそれはなぁ・・・
「ちょっと・・その・・扇情的すぎやしないかい?」
何せその格好ときたら、殆どボロボロになったスクール水着みたいなモンなのだ。
「いいんですのよ。これが暗殺者の正装らしいんですもの」
「うーん、それは聞いてるんだけれどねぇ。どうも・・その・・・」
「なんですの?」
「エレーは歳や身長の割には胸がもう大きいからなぁ・・お父さん心配で・・」
「っの変態!」
どぐわっしゃっと右から殴られる。
「ぐぅ・・・ナイスキック・・・」
「パンチですわ、変態親父」
く・・くそっ・・・車の運転中だと思って思いっきり殴りおって・・・。
事故ったらどうすんだっ!
「あともう一つ気になる事がありますわ。気にならない事がありますわ」
ど・・・どっち?
「う・・うん?なんだい?」
まだちょっと痛む右脇腹をさすりながら右にカーブ。
「フランスとかでハンバーガーはどう言いますの?ほら・・あちらは・・」
うむ、大変良い質問である。
食い物ってのがアレだが。
「そうだね。メートル法の世界だからね。例えばチーズバーガー」
ちらっとまた娘の目を見やる。お、今度はいつになく真面目な目だ。
「ロワイヤルチーズ」
くわっと目を開く娘。どうやら相当にショックだったらしい。
「本当に!?本当に”ロワイヤルチーズ”なんですの?子供と思って騙そうとしてませんこと!?」
早口でまくし立てて、右手を掴んでくる。あ・・あぶねぇなぁ・・。
「ほ・・本当だよ。誓って、チーズバーガーはロワイヤルチーズさ」
右手に摑まった手を見て、娘の目を見る。
すると娘はぱっと手を離し、座席の背凭れにどっかと身を沈め
「外国ってすっごいですわ・・・」
と一言漏らした。
んむ、外国は凄い。わけわからん。
と、まぁ娘とどこぞの映画の会話みたいなのをしている間に目的地まで着いた。
「じゃあちょっと青ジェム買ってくるからね、いい子で待ってるんだよ」
ドアを閉めながら娘に言って鍵を閉める。
ホームセンターの方を向いた時、背中に声がかかる。
「アイス・・・ストロベリーとバニラのダブルでよろしくですわ」
まったく、仕方ないなぁ。
「おれはそれにミントをプラスした方が好きだから、そのトリプルを2つ買ってくるよ」
振り返って見る、古いビートル”アンティーク・マーダー”の助手席で、娘が笑うのが見えた。
ひゆう。
今日は良い風が吹く。
ちょっとぬるめの風が背中を撫でる。
さて、買い物を済まして娘とアイスでも舐めようかと、ホームセンターに振り返ると。
その間にある噴水の前に、騎士がいた。
金色の逆毛を風にたなびかせ、少し空を向いた、概念防具をつけたままの騎士が。
別にそう珍しい事はない。騎士なんて、この界隈にはたくさんいる。
一歩一歩ホームセンターに足を向けるのだけれど、なんだかその間にいる騎士に向かっているよう。
どこか気になる。何か気になる。あの外装・・・どこかで見たような気もする。
騎士は未だ空を見たまま。肌は少し血の気が感じられず灰色のような。
不吉な色。
横顔からは感情がまったく感じられない。とゆーより、全身から生気が感じられない。
肌は微妙に危険を感じるが、それは相手が騎士ならば自然な事だ。
また一歩ホームセンターに、騎士に近づく。
どうも・・・目が離せない。
そこで不思議な事に気が付く。
・・・・静かすぎる・・・・。
今日は平日。確かに人がまばらであってもおかしくは無い。
が、しかし、ここは一番人の往来が激しい場所であったはず。
そこが静か過ぎる。否、大変な事に気が付く。
”誰もいない”
見渡す範囲に誰も、いない。
車の中には娘がいる。それは解る。けれど、その他には誰も。
騎士とおれと車の中の娘と。
それ以外に人がいない。異常・・・すぎる。
ただ、噴水から流れる水の音がするだけ。
異常に気が付き、娘のいる車まで戻ろうと思ったのだけれど、もう足は一歩前に出ていた。
それが、何かのスイッチとも気が付かずに。
『兄者』
聞きなれた声がどこからか聞こえる。(どこから?)
『兄者』
音を発するのは噴水と、おれの脚。あとは・・・・
『兄者』
ぎりり、と。目の前の騎士がこちらを首だけで向いた。
本当に、首からぎりりと音を鳴らしながら。
驚きで足が一歩後ずさる。
声は確かに弟者の声だった。
が、その声を発したのはどこかで会った事があるようなないような・・・灰色の騎士。
事態がうまく飲み込めない。
『ああ、この顔じゃわかりませんか』
ずるり、と騎士の顔が溶け落ちる。本当に、顔面の肌が溶けて、落ちる。
下から現れたのは、少し青ざめたよく知っている弟者の顔。
でも、体は騎士のままだ。
「お・・・弟者・・・か?」
おれを兄と呼び、見慣れた顔で反射的に問い返す。
『あぁ、兄者。驚かして申し訳ない。この体は借り物なんです。覚えてませんか?』
ぎここ、ぎり、と右手を動かしてみたりこっちを向いてみたりする。
先程までの金髪の逆毛。
今見つけた二の腕に走る概念防具の傷。
”借り物”と言った騎士の体。
「もしかして・・・”くし団子”?」
見覚えがあるはずだ。
それもそのはず、”くし団子”はついこの間まで自分自身が使っていた”アストラル”(別人体)なのだから。
でも”くし団子”はもう正式に破棄したはず・・・・。
『兄者。破棄申請をして渡した場所を、忘れましたか?』
ちょっと楽しそうに聞いてくる弟者。
えーと、たしかあれは・・・・
「弟者が入院していた”病院”?」
そうだ、確かジョンが格安で廃棄しておくからと薦めてくれたんだっけか・・。
『ですよ。それをちょっと保管してまして。愚弟の奴がですがね。それをちょちょっといじって借りさせてもらってるんです』
あはは、と顔色は悪いながらも笑う弟者。
無理しているようには見えないけれど、別人体を使うって事はやっぱりそこまで良くはないのか・・。
「体・・・良くないのか?」
思った事をそのまま聞いてみる。
心配なんて、今更なのだけれど。
弟者は首を振り
『いえ、もう随分良いですよ。今日はそのことで話がありましてな』
一歩、何気なく近づく弟者。
一歩歩くだけでも、借り物と呼ばれた別人体はぎこぎこと音を立てる。
手を貸そうと思い、こっちからも一歩近づいたその時。
「わらび。”それ”から離れろ」
真横から声がした。きっと、この辺りには誰も居ないだろうと思った場所から。
「?」
声がした方を向く。声がした事そのものもちょっと不思議だったのだけれど、それよりもっと不思議な事が・・・。
目を向けた先には、プリーストとチャンプが居た。よく知っている、二人。
「はろー、わらにぃ」
ニコニコと笑顔のチャンプ―海猿君がわきわきと右手を挙げる。
隣にいるのはプリーストのメタトロン君だ。
今日はいつもよりも更にしかめっ面だけれども。
「ああ、海君にメタ君か。どしたの?BOSSの帰り?」
二人の肩、いつもは幻影騎士団のエンブレムがあるはずの場所には茶色の羽が並んで貼り付けられている。
海君は10枚。メタ君は11枚。
斑鳩の羽―
これは主にBOSSと呼ばれるモンスターの集合体を倒しに行くときにつけられるエンブレムだ。
つまり、それを付けている間は、何かのBOSSを倒しに行っている時か、その後。
「いやぁ、帰りってゆーか最中って言うか・・ねぇ?」
海君はニコニコしたままメタ君を見やる。
「わらび。もう一度言うぞ。”それ”から離れろ」
びしっと弟者を指差して言い放つメタ君。
先程の違和感の正体がわかった。
「おいおいメタ君。”それ”なんて弟者に失礼だぜ。メタ君は知らないだろうけれど弟者は元幻影の」
メンバーなんだよ、と紹介しようとした瞬間
「離れろと言うとろうが阿呆!」
メタ君の怒声が聞こえ、目の前に海君がいた。
「え?」
「ごめんよ、わらにぃ」
海君は右の掌をそっと胸にあて
「ぐっ!」
寸剄を放っておれを5mは離れた”アンティーク・マーダー”まで吹き飛ばした。
がしゃん。自分の車の助手席側のドアに衝突して止まる。
しまった・・・中にはまだ娘のエレーが・・・
「メタ君海君!弟者だよ!覚えてないのかよ!!」
なんとは無しに弟者の危険を察知して叫ぶと同時に車の中を見る。
誰も居ない。さっきまで確かにエレーが居たのに。
「こんな”深淵”が弟?わらび、大層な弟を持ったものだな!」
ふっ、と息を短く吐いて神聖術詠唱の体勢に入るメタ君。
海君は
「森羅万象悉く右手に宿れ」
その能力を開放していた。
”森羅万象”
その地にあるエレメント全てを体の一部にエンチャントする海君の特殊能力。
『隔離空間にしたはずが、入ってこられるとはね』
弟者は呑気に構えすら取らない。
「味方だよ!味方!」
と、叫ぶ自分こそが、抜けているのだろうか。
2人は完全に戦闘体勢で
メタ君は自身のエーテルを解き放つ。
「走れ影矢。軸位、暗転、貫通!」
いつの間にか足元に展開されていた魔方陣を一部蹴り崩し、右の手で空間を刺す。
その空間先に海君は突然現れた。
なんの前触れも無く、突然に。
”invincible tears”
指定された空間にある一定質量の物体を送り込めるメタ君の特殊能力。
黄金色に輝く海君の右腕が弟者に突き刺さる前、その数瞬。
二本のきらめくナイフが弟者の背中に刺さる。
「空間内在座標固定!”足を失った人形”!!」
娘・・エレナの声どこからかして、弟者はぴくりとも動かなくなった。
そこに突き刺さる黄金色の右腕。
幻影騎士団3人による、とっさのコンボ。
熱い様な冷たいような爆発が弟者を中心に起こる。
自分は、その瞬間を見ている事しかできなかった。
ただ、見ている事しかできなかった。
黄金色の爆発が引いていく。
「やったか?海」
次の移動先を目で探りながら、メタ君が魔方陣を再構築し始める。
「いや、ダメだ。こいつは・・・っ!」
爆発で起こった煙の中から右腕を押さえながら海君が飛び出してくる。灰色になった、右腕を押さえながら。
『良いコンビネーションだけれどね』
まだ煙った中心からのんびりとした弟者の声。
『エレナ君。どうせなら内在座標だけじゃなく、指定空間事固定してればベストだったよ』
だんだんと煙が引く。
『裏まで固定できないかもしれないけれどね』
煙の中から姿を現したのは・・・
「弟者・・」
まっくろなローブに身を包んだ、魔術師然とした弟者だった。
辺りに、元は先程の騎士であったであろう肉片が飛び散っている。
『兄者、すまない。”くし団子”は壊されてしまったよ』
それ以外は、なんでも無いと手を広げる弟者。
『まったく、思い出の品だと云うのにね』
ちらっと、未だ戦闘意欲を失わないメタ君と海君を見る弟者。
「こいつっ・・・次元歪曲してやがる・・・3次元のダメージソースだけじゃこいつには・・っ!」
固まってしまったように動かない右腕を押さえて海君が吐く。
『さて、兄者。ここだと少し話難い。移動・・しようか』
右手を差し伸べてくる弟者。
「あ・・・あぁ・・・でも、弟者・・」
何かが聞きたいのだけれど、何が聞きたいのかもわからず、その右手をとりあえず取った。
途端に地面が沼のように沈みだす。
不安は・・・特に無い。弟者の手を握っているのだから。
少し、ほんの少し怖いけれど。
「空間断絶!舞い神r―」
姿の見えない娘の声が聞こえたが
『エレナ。子供は殺したく・・・ないんだ』
弟者の一言で、周りは全て静かになった。
とぷんとぷんと地面に沈んでいく体。
最後に目が捉えたのは、こちらに手を差し出すメタ君だった。