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カイブログ2

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ジュディノート ピックアップ 5/27

2021-05-28 10:54:43 | イルミ

文面から察するに、

2021-05-28 10:50:50 | イルミ

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世界がショックを受ける逮捕者はトランプ大統領と仮定すると、

アメリカ国民が大噴火する流れになると・・?


オペレーションハイジャンプ。

2021-05-28 01:02:46 | 地球の真実。

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ハイジャンプ作戦(Operation Highjump)は1946年から1947年にかけて、アメリカ海軍が行った大規模な南極観測プロジェクト。リチャード・バード少将が指揮を執った。南極における恒久基地建設の調査や合衆国のプレゼンスの提示、寒冷地における人員・機材の動作状況の確認・技術研究などを目的としていた。人員規模は4,700名、13隻の艦船と多数の航空機により支援されていた。

調査隊のうち、西部グループは1946年12月2日にサンディエゴを出港。南太平洋のマルキーズ諸島を経由し、12月下旬に南極海に到着した。バレニー諸島周辺から調査を開始している。西部グループは主に西南極周辺を調査した。

東部グループは12月2日にノーフォークを出港し、12月下旬にピョートル1世島近海に到着した。12月30日にはPBM飛行艇が悪天候により墜落した。3名が死亡し、6名が13日後に救助されている。東部グループは主に東南極周辺を調査した。

中央グループは12月下旬に南極に到着。1947年1月15日には主力はロス海クジラ湾にあった。主にロス海周辺を調査している。

1月にも調査隊は、空母と砕氷艦の増援を受けている。空母フィリピン・シーR4D 6機の輸送を行っている。なお、全調査隊は2月から3月にかけて調査を終了し、帰還している。

ハイジャンプ作戦には多数の航空機が投入された。そのため、南極の沿岸を広い範囲にわたり、航空写真を撮影することに成功し、科学的意義は評価された。

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1946年12月2日
バード少将は南極遠征に行く前に、マスコミに対して「私の遠征は軍事的なものだ」と言った。

1946年12月31日
砕氷船から成る中心艦隊がロス海の漂氷群に侵入。

1947年1月29日
バード少将も飛行機に乗り、実際に南極点までの探検を開始。

1947年2月19日
スケジュール通りにすべての飛行機は帰ってきたが、バード少将の乗った飛行機だけ戻って来なかった。

バード少将は約3時間程、行方不明となる。

その間のバード少将の日誌↓

9時15分
遠くに山みたいなものが見えた。

10時
私たちは小さな山脈を超えようとしている。その山脈を越えた後は渓谷の中心に小川が流れている。ここに緑の渓谷はあるべきではない(だって、南極ど真ん中)

10時半
緑のなだらかな丘陵地帯に遭遇。外の気温は23度となっている。

左舷は山の斜面に大森林地帯が広がっている。

航空用計器はいまだに回っている。ジャイロスコープ(回転機)は振り子のように前後している。

ここの明るさはちょっと違うようだ。

11時半
田舎の方は平野のようだ。そして、その先には町が見える。

これは不可能なことだ。

窓と右側の翼の直ぐ傍らに、変な飛行機が。それらは急速に飛行機の脇に近づいてきた。それらは円盤の形をしており、光輝いていた。

 

・・・・・・・・・・・・・地底人の話 (rawcals.com)から転載。

 

 

俺個人的な推測ですが、地底人説はフェイクかもしれませんね。

南極の向こう側へハイジャンプして探索する作戦だとすればですが、地底には向かわないハズ。

地球世界とは別のクレーターにある世界に遭遇したというのが正解かもしれませんね?