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座標空間

     奥友志津子 フリースケッチ Ⅰ

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イメージは変化する

2019-01-24 20:39:30 | ブログ

こちらの絵ですが、4年ほど前に描いた絵です。
日付を見ると2015年の5月に描いたものですね。

当時、ある出来事があって、すごく落ち込んで、そんなときに
自分の中のイメージとして出てきた子どもでした。

いわゆる、インナーチャイルドがこんな姿で
出てきてくれたんだと思います。

でも、この子ども、顔がわからないのですよね。
どうして 顔がないのか、表情がわからないのか、自分でも
謎でした。

私にとって重要な意味を持つ子どもらしく、
ふとした折に、その姿が思い出されるのでしたが・・・
依然として、どういう顔を持った子どもなのかは
わからないままでした。

ずーっと この子の表情を知りたいと思い続けていました。

最近まで。



で、今年に入ってだったかな。
また、この子どものことを思い出して

ちょっと変わったりしてるかな~~と 思い描いて
その顔をアップにしてみたら 


なんと、なんと 変化があったのです。



顔の中に  宇宙が見えました。




こんな風にです。


そして、その顔をどんどんアップにして
その宇宙に入り込んでみると






そこには広大な宇宙が広がっていて


ぼんやりと 顔が浮かび上がっていました。


こんなです。




この宇宙を視ている 意識・・・みたいな印象を受けました。
理由はわからない。
最初のちっちゃい女の子からなんでこういう風に
イメージが展開するのか、自分でも よくわかりません。

ただ、実際に私の内部ではこんな風にイメージが広がっていって


私のなかで、最初の顔のない女の子の顔を知りたい!という
切実な思いは消えました。


ああ、こんな風な宇宙をこの子どもは持っていたんだな~、という感じです。

ここが到着点なのか、この先もっと変化するのかは まだわかりません。

ちょっと 楽しみだったりします。




自分の中にあるイメージも変化します。


もし自分の中に 意味のあるイメージがあるのなら
時々意識に取り出して 見返してみるのも 面白いかもしれませんよ。

ご挨拶

2019-01-13 11:25:19 | ブログ
またまた、今年も遅れてのご挨拶とあいなりました。
なんとも申し訳ありません。


しかし、遅れてもなんでも とにかく挨拶するぞ!の
根性をほめてあげてください。(なんか 間違っているかも・えへっ)


最近のことですが下手でもいいや、絵を描いていければそれでいいや
って気持ちが出てきています。

昔みたいな緻密な絵はもう無理かもしれないけれど
今だから描けるものもあるかもしれない。

今年は、自分のペースで、それでも着実に
やってゆければいいなって、思っています。


よろしく お願いいたします

それぞれの荒れ地に佇む 2

2018-12-28 23:15:48 | ブログ
さて、前回は「元ボニータ読者さん」の コメントに触発されて描いた絵でしたが
今回は、私の中に繰り返し出てきていたイメージというか、脳内風景を描いてみました。

これが私の中にある荒れ野です。
(しかも実を言うと これだけじゃない)

ずいぶん若いころから こんな風なところをさまよっている自分を視ていたように思います。


荒れて枯れかけた草地。
しかも冷たい風が吹きすさぶがけっぷちを、一人で風に逆らいながらとぼとぼ歩いている私。


「そういう風にして生きている自分」というように 人生をとらえていたのかもしれません。



でもこれもまた、イメージのひとつです。


たぶん 私の中には何百も何千も何万ものイメージが蓄えられていて、その総体がいまここに現われている私なのじゃないかなあ…って そんな風に今は思っているのですが。

はて、どうなんでしょうね?


ただ、今の私が 昔と違うのは、確実に自分の中のイメージを変えることができる。
もっと楽な 苦しくないイメージに描きかえることができるよ・・と 知っていることです。

それぞれの荒れ地に佇む

2018-12-28 00:12:07 | ブログ

さてさて、またしばらくご無沙汰しておりました。
年も押し迫って、また絵を描く体制を整えております。

もう、8月のことなのだけど、いただいたコメントを読んでいるうちに、頭の中にイメージが浮かび、これは描いてみたいと思ったことがありました。

「元ボニータ読者さん」からいただいたコメントでしたが。

随分時間がたってしまいましたが、ようよう絵にできました。


ごめんなさい、たぶんご本人が持っているイメージとはだいぶ違うんだろうとは思うのですが、文章に喚起された私のイメージを描いたものです。

そして、たぶん・・・なのですが、こういったイメージって誰の中にもあるものじゃないのかな・・・と、今の私は思っています。

孤独とか、拒絶とか、悲しみ、静かな絶望――――言葉にすると、ちょっとありきたりで軽く感じられますね。。。。
でも、私はずいぶん長くこうしたイメージを抱え込んで自分の生命力のかなりをそこに注ぎ込んでいたような気がするのですよ。


私の作品の中にも 幾分かこういった場所のイメージが顕れていたかもしれません。
そう思います。

血を流す妖怪たち

2018-09-22 17:29:21 | ブログ
ただいま、地元T市にて、子どもたちの描いた妖怪絵の展示会を開催しています。
何を隠そう(別に隠されてないけれど)
ここ、T市は、ちょっと有名な妖怪の産地でありまして

子どもや大人の描いた妖怪絵を なんとか商業活動や観光に生かせないものだろうか
というモチベーションのもとに
絵を募集してみたら、皆さまのご協力もあって、
たくさん子どもたちの妖怪絵が集まりました。

最初の年は、100枚集まったら大成功、と思っていたら
一気に200枚も集まったのですよ。

びっくりでした。



今年で3年目になります。

今は町の中心部にある 社会福祉協議会の施設「ちょボラ」というところで
今年の分の妖怪絵を展示中。

来月1日からは、今まで3年間に集まった全部の絵を
市役所のロビーにて展示します。

で、こちらが展示の様子。



その絵の一部を紹介します。





展示された絵を見ていて気づくのが、血を流す妖怪たちがけっこう
いるな、ということです。

子どもたちの描く妖怪はさまざま。
昔ながらのカッパや座敷童、一つ目小僧なんてのも もちろんいるし

現代的な楽しいポップな妖怪も、かわいい妖怪 物語を感じさせる妖怪もいます。


その中でも、一定数 血を流したり傷ついたりしている妖怪が
目を引きます。

そういう絵をみて 私が思うのは、これを描いた子供の中には
傷ついて血をながしている感覚があるんだろうなあ…ということ。

言葉にはできなくても、絵にはその子の内部にある 感覚や感情やイメージが
表れます。

こうして絵にできることはすごいことでもあるのですよ。
子どもたちはホントにすごい。
自分の中にあるもの、それを素直に表現できる。

生命に近いのだと感じます。



実は、大人もね。

隠れた心の奥に、傷ついて血を流してる 誰かがいるかもしれない。
でも、ほとんどの大人は 
大人であることの方を優先しているから、

この社会できちんと生きることを背負っているから

傷ついてしまっている自分の中の子どもを忘れているのかもしれないです。

大人がそういう自分の中の傷に気がついてそれをケアできたら
その人の世界が変わります。

そして きっとその人の周りも変わるのじゃないかなあ、と 思います。


そこにあるのに 見えない 2

2018-08-27 11:12:22 | ブログ
ちょうど1か月くらい前に(そこにあるのに 見えない)で 
私は以前、自分の本当の感情が
わかっていなかった・・・・・と、書きましたが

その以前の私としては、自分の感情がわかってないなどとは
思っていなかったのです。

ちゃんと 嬉しい・悲しい・悔しい・怒り・不平不満
順当に自分の感情をわかっていると思っていた。
一般基準より、感じているとさえ 内心自負していたんじゃなかろうか。




勘違いでした。
( ̄^ ̄)えっへん

(別に威張る必要はないです)





私たちが自分として意識することのできる部分、顕在意識は
意識全体の4~6%なのだそうです。
残りの95%くらいは、私たち本人にさえ、見えていない、
わかっていない。

むしろ、他の人たちからは見えているのに、本人だけが
わかっていないことさえ、ありそうです。


私が以前感じていた、もろもろの感情は 表面意識に近い部分に
漂っている部分の感情たちでした。


そうして、からっぽでその空虚感が苦しくてしょうがない
その感覚の持ち主は 
ずーっと私の奥深く 潜在意識の奥にいた
小さいころから閉じ込められていた感情(忘れられた子供)
だったのです。



そこへたどり着くのは 簡単なことではなかったです。

影の子ども

2018-08-22 14:08:01 | ブログ
ゆうべ眠る前に出てきたイメージです。

たぶん、前回 14日にアップした記事のシャドウの中に
いた子どもが顕れてくれたんじゃないかと 感じるのですが。

ゆっくりと受け入れて この子が何を感じていたのか いっしょに感じて
今までこの子を見捨てて わかってあげていなかったことを謝って

しばらくそのままでいました。


ゆうべは、ずいぶん久しぶりにゆっくり眠ることができました。

気力(エネルギー)が足りない

2018-08-14 14:14:36 | ブログ
日ごろ、怠惰でなまけものデフォルトの私ですが
最近の猛暑で いっそう怠惰に拍車がかかっております。

みなさま、お元気でお過ごしですか。

今年の夏は、あれっすね、あれこれ言うより サバイバルメインで
生き抜く方針の方がいいんじゃなかろうか、と思ったりしています。


さて、どんなに夏が暑かろうと お盆はやってくるわけで
お盆の準備もしなくちゃいけないのでした。


確か 4~5日前のことだったと思うけど
そろそろお盆の準備にとりかからなくちゃな~、家の片付け
さっさとしなきゃな~~~
と思うのですが


と 切実に思うのですが 全然身体が動かない。
どうしても やる気になれない。


…こりゃ、夏バテのせいばかりじゃない、なんかきっと 他にも
原因があるな。
と感じて、自分の中のイメージをさぐってみました。

そうしたら、上の絵の影のようなものが 私に重なって居座っているのが
感じられたのです。

私ねぇ、絵を描く仕事を長くしていたせいか、
もしくはその能力があったから、絵を描くことを続けていたのか
わからないけれど、
自分の中にあるものを 絵画的にキャッチする能力があるように
思っているのです。


で、その時に出てきたものがこれ。
ユング的に言えば、シャドウ。
エックハルト・トール で言うところのペインボディなのかな。

ま、そんな風に感じられました。



で、この影との対話をしたのです。

最初はEFT。
それから、ディープルッキングの手法も使いました。


昔は、自分の問題を見つけても、それをどうすれば解決できるのか
わからなかったです。

自分を分析して、問題を見つけて、そこでストップしたまま
あとは、問題が自然に消滅するか、解決してくれるのを待つ、という
感じだったのかな。


逆に言えば、個々の問題が解決できなかったので、そこにとどまっている
しかなかったということかもしれません。


個々のそのような問題にきちんと対処できるようになったのは
(途上ですけどね) ここ数年のことです。

それぞれの問題に対処できるツールを手に入れた ということかな。



そこいら辺も 書いてゆきます。


からだの仕組み こころの仕組み

2018-08-03 10:09:37 | ブログ
人によっては 自分探しは無駄だから そういう無駄なことはやめなさい

と、言う人もいるとのこと
(読んでないけれど、本の中でそういうことを語られていたみたい)


それはちょっと乱暴かな?なんてことを 私は思う。

いやいや、人は千差万別だから、中にはやめたほうがいいって
人もいるでしょう、確かに。

でも、どうしても 自分探しをせずにはいられない人もいるからね。

そうせざるを得ないなら、そこで進んでもいいんじゃないかな。


きっと なにかが見つかるよ。



もちろん 自分探しせずに 豊かに生きる人だって 多くいるし
実りのある人生という意味では等価であるけれど。


人間は 自分の欲しいものが何かを 本当は知っている。
意識的であれ、無意識であれ。


私はどうしても 知りたかった。
欲しかった。

そして それはけして無駄じゃなかったと思うのです。

そこにあるのに 見えない

2018-07-31 11:41:23 | ブログ
自分の中のからっぽな感じ
それがふと気づくと 消えてなくなっていたのです。

気づいたのは、たぶん ここ1~2年のことじゃないかと思うんだけど。


あれれ?と 自分でびっくりして、なんでなのかな~と 考えてわかってきたことは
以前は、自分の本当の感情をわかってなかったんだな、ということ。

それが ここ数年の 恩寵としか言えない出会いと色々な出来事とじたばたの努力のかいあって

この頃は 素直に自分の感情を感じて 可能なときはそれを表現できるように
なってきているってことでした。



でもね、自分の気持ちを素直に感じるってこと それだけのことなのに
かなり難易度高く 難しいことなんですよね。

そのこと わかっている人あまりいないんじゃないかな~、と 思うんです。

訂正****からっぽだったし暗かった

2018-07-29 15:41:23 | ブログ
うん、記事をアップしたあと、なんか違うな~~~って気がして
考えたら、もっともっとネガティブで暗かった記憶が。。。。

このところ 自分のネガティブをせっせと お掃除しちゃったもんで
過去の自分も様相が変化してしまっているんですよね。
すっかり アホおばさん化。
(* ̄∇ ̄*)エヘヘ

で、とりあえず 訂正イラスト

うん、こっちの方が近い