「黒い太陽」
夜は彼の時間だ。
漆黒の翼に身を包み、真紅の瞳を輝かせる、悪魔の時間。
今夜もまた、彼の仕事が始まる。
都会の街は明るかった。
道路の交差点では多くの人間が横断歩道を渡っている。
しかし彼の姿を見る者はいない。
彼はあるひとつのビルに入っていった。
この会社に勤めているのであろう、帰宅するサラリーマンたちとも何人かすれ違った。
受付で身分証明もせずに最上階を目指す。
しかし防犯システムなどは起動しなかった。
本来なら不法侵入で捕まっているだろう。
そう、人間だったなら。
彼はよくわからない書類らしき物を持つ眼鏡をかけた男と入れ違いに[社長室]と書かれた部屋に入っていった。
室内には高そうな壺、鷲の剥製、壁には高そうな絵画などが飾ってあり、巨大な振り子時計まである。
その部屋の奥、窓ガラス越しに見える夜景をバックに男が一人、座っていた。
おそらくこの会社の社長だろう。
頭はオールバック、服は灰色のスーツ、指には宝石がついた指輪がいくつかはめられていた。
(趣味の悪い、貪欲な金持ち社長・・・・・か。)
机の上には灰皿、数枚の紙、ノートパソコンが置かれている。
男は書類を見ながら歪んだ笑みを見せていた。
彼はその男の持っている書類を覗き込む。
しかし男は文句ひとつ言わない。
書類の内容は株価、土地の売買、今月の売り上げなどが書かれていた。
しかし彼にとってそんなことはどうでもよかった。
用があるのはこの男。
この男に憑いているダークマインドだ。
男の周りには人間には決して見えない、黒い炎が取り巻いていた。
最近のダークマインドは人間の欲望すら餌にしているらしい。
彼は何もないところから一振りの剣を取り出した。
するとその剣で男を横から突き刺し、そのままぐいっと上に引っ張りあげる。
男には外傷もなければ痛みすら感じなかった。
頭上には男の体からでてきた黒い煙がだんだんひとつの形となってきている。
しかし、彼は黒い煙が原型を形作る前に斬りかかる。
切り裂かれた煙はそのまま都会の闇夜に消えていった。
これで彼はもうこの男には用がない。
男は今何が起きたかも知らずに一日の仕事の疲れで頬杖をついて眠っていた。
「たいしたものです。」
知らない声を耳にした。
見ると扉の前に天使が一人立っていた。
男の成人男性、背が高く、眼鏡をかけた真面目そうな・・・・それは先ほど入れ違いで出て行った男であった。
髪の長さと色は違うがたしかにそうであった。
その男の後ろには全てが鉄、もしくは鋼でできている鎧が・・・・鎧の姿をした精霊がいた。
「あんた、さっきの・・・・気付いていたんでしょう、なんで排除しなかったんですか。」
大人相手なので一応敬語を使う。
「君が来たからですよ。次期魔皇候補と呼ばれる君の力が見たかった。」
彼はそういうことを言われることに嫌気がさしていた。
皆、群がるように彼に色々と頼んできたものだ。
そして今回も、おそらく・・・・・・
「連れの精霊がいないようだが・・・・?」
鎧の精霊が彼に問いかける。
「あいつとは別行動だ。そのほうが多くのダークマインドを排除できる。」
精霊がいなくても一人でダークマインドを排除できるほどの能力が彼にはあった。
「素晴らしい。より多くの悪を裁けるというわけですね。」
(なんだこの男・・・・・・・・)
「しかしあのやり方では悪を撲滅させることはできない。」
「・・・・どういう意味ですか。」
「わかりませんか?君は驚くことに、先ほどのようにダークマインドを無理矢理引っ張り出して排除しています。しかしそれでは何の意味もない・・・・また新たなダークマインドが取り憑くだけです。」
「そうなったらまた排除するまで。」
「取り憑かれた人間が改心しなければ何の意味もありません。」
「・・・・改心しない人間はどうする。」
それからしばらくの沈黙が流れる。
室内には振り子時計が時を刻む音だけが響き渡る。
そして男の天使はゆっくりと言葉を放った。
「そのような人間は世間に出るべきではありません。法で裁かれてもらいます、現に私は検事です。改心しない人間に近づき、犯罪の証拠を押さえ、法によってそのような人間を裁いてきました。」
(天使の能力は使わず人間の法というものを使って・・・・ということか。)
「話は変わりますが、君に頼みたいことがあるのです。」
(やっぱりな・・・・・)
頼まれる内容は大体予想がついていた。
どうしても排除できないダークマインドがいるので彼に排除してもらいたい・・・・・そんなところだろうと彼は考えていた。
彼はそこらの悪魔や天使とは比べ物にならないほどの力を持っているため、いつかはこういう申し出があることは覚悟していた。
「君の力を貸して欲しい。」
彼は小さくため息をついた。
「・・・何をすればいいんですか?」
「・・・・最近のダークマインドのことは知っているね?」
もちろん知っている。
つい最近、魔皇が正式に発表した。
ダークマインドが生産されている、創り出す者が存在している。
「ダークマインドの生産・・・・止めたくはないですか?」
「・・・・・!」
「私と共に創り出す者を・・・犯罪者を倒すのです。」
正直、冗談ではない、と彼は思った。
たしかに彼は人を助けるために数ヶ月前、悪魔の仕事・・・・ダークマインドの排除を引き受けた。
しかしそれは自分のできる範囲である。
自分のできないことは大人の悪魔や天使に任せることが前提でこの仕事を引き受けたのだ。
彼は昔から優秀で、大抵のことはなんでもできた。
それ故、人から実力以上の期待をかけられた。
できないことを頼まれるのはもう御免だ。
当然、断ろうと彼は思った。
ダークマインドを創り出す者は彼以上の力を持っている可能性が高いのだから。
「・・・・悪いですが他をあたってください、俺にはできそうにありません。」
「今のところ頼めるのは君しかいません、いや、君にしかできないと私は思っています。」
(本当になんなんだこの男・・・・・・)
「・・・・あなた一人ではできないんですか?」
男はあっけに取られたようだった。
「あなただって相当強い力を持っているでしょう。俺に頼る必要なんてないんじゃ・・・・・。」
「私一人では駄目なのだよ・・・・。」
男は諦めにも似た、悔しそうな顔をした。
「わかっているかもしれないが犯罪者は私や君よりもずっと強い力を持っている可能性が高い。もしかしたら現在の魔皇、女神よりも・・・・だが君と私二人ならその犯罪者にも勝てる!」
彼は少し考えてみた。
誰かと力を合わせるなど今までは考えたこともなかった。
もしかしたら自分の実力以上のことができるのかもしれない・・・・・・と。
彼は今までになかった一つの可能性を見出していた。
「・・・俺にできることなら。」
「ありがとう、私のことはダイと呼んでくれ、後ろのでかい鎧はテミス、
君は・・・・」
「・・・・ツバサだ。」
夜は彼の時間。
夜闇を切り裂き、自身を黒く染め、人々の心に光をもたらす。
彼は黒い太陽。
夜は彼の時間だ。
漆黒の翼に身を包み、真紅の瞳を輝かせる、悪魔の時間。
今夜もまた、彼の仕事が始まる。
都会の街は明るかった。
道路の交差点では多くの人間が横断歩道を渡っている。
しかし彼の姿を見る者はいない。
彼はあるひとつのビルに入っていった。
この会社に勤めているのであろう、帰宅するサラリーマンたちとも何人かすれ違った。
受付で身分証明もせずに最上階を目指す。
しかし防犯システムなどは起動しなかった。
本来なら不法侵入で捕まっているだろう。
そう、人間だったなら。
彼はよくわからない書類らしき物を持つ眼鏡をかけた男と入れ違いに[社長室]と書かれた部屋に入っていった。
室内には高そうな壺、鷲の剥製、壁には高そうな絵画などが飾ってあり、巨大な振り子時計まである。
その部屋の奥、窓ガラス越しに見える夜景をバックに男が一人、座っていた。
おそらくこの会社の社長だろう。
頭はオールバック、服は灰色のスーツ、指には宝石がついた指輪がいくつかはめられていた。
(趣味の悪い、貪欲な金持ち社長・・・・・か。)
机の上には灰皿、数枚の紙、ノートパソコンが置かれている。
男は書類を見ながら歪んだ笑みを見せていた。
彼はその男の持っている書類を覗き込む。
しかし男は文句ひとつ言わない。
書類の内容は株価、土地の売買、今月の売り上げなどが書かれていた。
しかし彼にとってそんなことはどうでもよかった。
用があるのはこの男。
この男に憑いているダークマインドだ。
男の周りには人間には決して見えない、黒い炎が取り巻いていた。
最近のダークマインドは人間の欲望すら餌にしているらしい。
彼は何もないところから一振りの剣を取り出した。
するとその剣で男を横から突き刺し、そのままぐいっと上に引っ張りあげる。
男には外傷もなければ痛みすら感じなかった。
頭上には男の体からでてきた黒い煙がだんだんひとつの形となってきている。
しかし、彼は黒い煙が原型を形作る前に斬りかかる。
切り裂かれた煙はそのまま都会の闇夜に消えていった。
これで彼はもうこの男には用がない。
男は今何が起きたかも知らずに一日の仕事の疲れで頬杖をついて眠っていた。
「たいしたものです。」
知らない声を耳にした。
見ると扉の前に天使が一人立っていた。
男の成人男性、背が高く、眼鏡をかけた真面目そうな・・・・それは先ほど入れ違いで出て行った男であった。
髪の長さと色は違うがたしかにそうであった。
その男の後ろには全てが鉄、もしくは鋼でできている鎧が・・・・鎧の姿をした精霊がいた。
「あんた、さっきの・・・・気付いていたんでしょう、なんで排除しなかったんですか。」
大人相手なので一応敬語を使う。
「君が来たからですよ。次期魔皇候補と呼ばれる君の力が見たかった。」
彼はそういうことを言われることに嫌気がさしていた。
皆、群がるように彼に色々と頼んできたものだ。
そして今回も、おそらく・・・・・・
「連れの精霊がいないようだが・・・・?」
鎧の精霊が彼に問いかける。
「あいつとは別行動だ。そのほうが多くのダークマインドを排除できる。」
精霊がいなくても一人でダークマインドを排除できるほどの能力が彼にはあった。
「素晴らしい。より多くの悪を裁けるというわけですね。」
(なんだこの男・・・・・・・・)
「しかしあのやり方では悪を撲滅させることはできない。」
「・・・・どういう意味ですか。」
「わかりませんか?君は驚くことに、先ほどのようにダークマインドを無理矢理引っ張り出して排除しています。しかしそれでは何の意味もない・・・・また新たなダークマインドが取り憑くだけです。」
「そうなったらまた排除するまで。」
「取り憑かれた人間が改心しなければ何の意味もありません。」
「・・・・改心しない人間はどうする。」
それからしばらくの沈黙が流れる。
室内には振り子時計が時を刻む音だけが響き渡る。
そして男の天使はゆっくりと言葉を放った。
「そのような人間は世間に出るべきではありません。法で裁かれてもらいます、現に私は検事です。改心しない人間に近づき、犯罪の証拠を押さえ、法によってそのような人間を裁いてきました。」
(天使の能力は使わず人間の法というものを使って・・・・ということか。)
「話は変わりますが、君に頼みたいことがあるのです。」
(やっぱりな・・・・・)
頼まれる内容は大体予想がついていた。
どうしても排除できないダークマインドがいるので彼に排除してもらいたい・・・・・そんなところだろうと彼は考えていた。
彼はそこらの悪魔や天使とは比べ物にならないほどの力を持っているため、いつかはこういう申し出があることは覚悟していた。
「君の力を貸して欲しい。」
彼は小さくため息をついた。
「・・・何をすればいいんですか?」
「・・・・最近のダークマインドのことは知っているね?」
もちろん知っている。
つい最近、魔皇が正式に発表した。
ダークマインドが生産されている、創り出す者が存在している。
「ダークマインドの生産・・・・止めたくはないですか?」
「・・・・・!」
「私と共に創り出す者を・・・犯罪者を倒すのです。」
正直、冗談ではない、と彼は思った。
たしかに彼は人を助けるために数ヶ月前、悪魔の仕事・・・・ダークマインドの排除を引き受けた。
しかしそれは自分のできる範囲である。
自分のできないことは大人の悪魔や天使に任せることが前提でこの仕事を引き受けたのだ。
彼は昔から優秀で、大抵のことはなんでもできた。
それ故、人から実力以上の期待をかけられた。
できないことを頼まれるのはもう御免だ。
当然、断ろうと彼は思った。
ダークマインドを創り出す者は彼以上の力を持っている可能性が高いのだから。
「・・・・悪いですが他をあたってください、俺にはできそうにありません。」
「今のところ頼めるのは君しかいません、いや、君にしかできないと私は思っています。」
(本当になんなんだこの男・・・・・・)
「・・・・あなた一人ではできないんですか?」
男はあっけに取られたようだった。
「あなただって相当強い力を持っているでしょう。俺に頼る必要なんてないんじゃ・・・・・。」
「私一人では駄目なのだよ・・・・。」
男は諦めにも似た、悔しそうな顔をした。
「わかっているかもしれないが犯罪者は私や君よりもずっと強い力を持っている可能性が高い。もしかしたら現在の魔皇、女神よりも・・・・だが君と私二人ならその犯罪者にも勝てる!」
彼は少し考えてみた。
誰かと力を合わせるなど今までは考えたこともなかった。
もしかしたら自分の実力以上のことができるのかもしれない・・・・・・と。
彼は今までになかった一つの可能性を見出していた。
「・・・俺にできることなら。」
「ありがとう、私のことはダイと呼んでくれ、後ろのでかい鎧はテミス、
君は・・・・」
「・・・・ツバサだ。」
夜は彼の時間。
夜闇を切り裂き、自身を黒く染め、人々の心に光をもたらす。
彼は黒い太陽。