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Be Natural

気取りも なんのてらいもなく 
あるがままの自分を 感性の赴くままに
そんな独りよがりの書き捨て日記です。

ナツメロ

2011-03-09 10:23:26 | 日記

今日は、

午前中に今回の仕事のレポートを提出しただけであとはフリー

 

ココは、2005年から定期的に来ていた場所なので

次の仕事の予定もあるものの、1年以上先の話なのでどうなるかは不明。

ということで、それこそ出会う人間すべてに固く握手をし、また地球上のどこかで会おうねと

目を見つめあって別れを惜しんできました。

 

昼からストレス解消に ハイウェイをぶっ飛ばしてお得意のプレミアムアウトレットに行って

きたのですが・・・

 

ほぼ固定しているお気に入りの”101.1”(ビーワンオーワン)から流れてきたのが

サタデーナイトフィーバーやフットルース&フラッシュダンスのメロディー

 

自分にとっては、青春時代の懐かしの曲で、いま聴いていてもまったく違和感を感じないけど

若い人(?)にとっては、”憧れのハワイ航路”みたいなものなのかな?と

 

そこまで考えなくてもいいのかもしれませんが、つい思いをめぐらせてみました

 

明日は、いよいよ帰国

予想に反して、なんとか無事(?)に帰ることができそうな気配ですが、

次に戻ってくるのはいつなんだろ? というより戻ってこらくるんだろうか? と

いつものように単純に帰国が喜べない気分です。

 

こちらで知り合ったギリシャ人からは、「パナマで仕事があるから手伝ってよ」と頼まれてるし

このままお迎えがくるまで、そんな浮草稼業も面白いかなと思案しているところです。

(自分の会社のこと、取引き先のことをすっかり忘れてたりして)

 

ただマグロ人間なんで、ひとつの場所に留まっていたらたぶん窒息しちゃうかも(笑)

 

って言うより、家族にナニも相談せずに そんなこと考えるなんて

どんだけ気儘な人間なんだろかと われながら信じられない思いだったりして

 

’70s ’80sミュージックを聞いてたから

身体がついてこないのに、つい気持ちだけ当時に戻っちゃったのかな(笑)

 

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Great Hospitality

2011-03-08 09:25:03 | 日記

昨日のブログのとおり、

どうにも体調がすぐれなかったのでHotelの部屋に閉じこもっていたところ

仕事先の知り合い(実際には、顧客の担当者)から電話があり、

『今日は、雨だからホテルに閉じこもってるんじゃない?』

『夕食をご馳走したいから、5時に同僚のStevenに迎えに行ってもらうからネ』

と断りを言おうと思っていたら、すでにすっかりアレンジしてもらっている様子

 

仕方なく(失礼ですよね。ごめんなさい)準備をして、迎えの車に乗って

お宅にお邪魔してきました

(よかったら、Google Mapで↓の住所で検索してみてください)

 

mill haven rd. glen mills, PA

 

 

 

お邪魔した家は、ハートの格好をした道の上側中央の家

 

これがまた、なかなかの豪邸でした

 

家に到着したら、知人の彼と愛犬、そして3歳の女の子が出迎えてくれ

すかさずガレージの冷蔵庫に入れてあったビールのボトルを持たされて家の中へ

(雨が降っていたのでガレージつづきの勝手口から)

 

アイランド型のキッチンテーブルの前で奥さんを紹介されて、

手土産のスイーツを渡しがてら、挨拶としばしの歓談

 

その後、1階のダイニング、リビング、ベースメントの子供のプレイルームに

趣味のコレクション部屋では 所せましと並べられた趣味の数々を披露してもらい

裏庭(林とストリーム)を眺められるベランダには BBQセット

(鹿は毎日のように家の敷地を横切り、ウサギやキツネも棲んでいるらしい)

 

30畳ほどの暖炉のあるリビングは、二階までの吹き抜け

アメリカでは、もう何軒か自宅にご招待してもらっていますが、

広さといい、調度類といい、ずば抜けた家でびっくり

 

奥さんは、電話でピザを注文してから引き取りに行き

帰ってきたら 早速子供達(12歳、10歳、3歳)をダイニングテーブルに座らせて

ピザを取らせて『いい子でお留守番しててネ』って(笑)

 

我々大人4人は、彼の運転で、近くのお勧めのBrandywineのSteak Houseへ

 

時間をかけてワインを選び、

前菜、サラダ、ステーキ、ソース、サイド、デザート・・・

 

もう、お腹がパンパンで苦しむほどつめこんで、また家に戻り

リビングで寛ぎながら適度に酔いを醒まして 日付の変わる前にようやくおいとま

 

 

「今度からは、ウチはもちろん大歓迎だし、

気兼ねするんだったら近くにいいHotelがあるからそこに泊まったらどう?」

「毎日の通勤が大変だと思うんだったら、週末だけでもいいから是非」

「そしたら、BBQもご馳走できるし、夜は裏の林で焚火も楽しめるヨ」

だって(笑)

 

今日も、仕事場であったら、

「フゥ~! 昨日は食べすぎたね~!今日は、B/Fもランチもいらなかったよ(爆)」

「でも、また次も行こうネ☆」と、明るく子供のような顔で話しかけてきました(笑) 

 

アメリカ人って、社交辞令でなく、ほんとに心から歓迎して誘ってくれるんですよ

 

飛行機に隣あわせただけでも、昔からの知り合いみたいに気やすく話しかけてくるし

雑だけど心根は とってもいいんですよネ

 

 

彼と彼の家族とも これからは大切な友人としてお付き合いしていこうと

固く心に誓った次第です。

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そろそろなのかな

2011-03-07 05:47:37 | 日記

今年の冬は、特に寒さが身にしみるからか

これまで以上に、なぜか時々胸の辺りが変な感じに動いたりして・・・

 

「もしかしたら これが前兆かな?」

「そろそろ、その時がきたのかな?」

 

と、ある種の覚悟を迫られている気分になります。

 

昨夜も、休日ということもあって昼からTVを観ては転寝を繰り返していたため、

眠りが浅いこともあってか、夜中に目を覚まし、ふと胸に違和感を感じたからか、

またそのような気持ちになってしまいました。

 

怖いか?と聞かれたら、全く恐怖心はないとまでは答えられませんが、

いまのように、或る程度仕事も終えていて、ほぼ帰国を待つばかり、

だったらあまり迷惑をかけることもないかと、むしろ許容する気持ちになったりしています。

 

ふりかえれば、27歳の時に、海外での長期滞在中に大病を患い、

日本からの要請で、オーストラリア大使館付けのドクターに迎えに来てもらい、

航空会社に「もしもの時には訴訟等一切の迷惑をおかけしません」と書かれた書類にサインし

ようやくストレッチャーで飛行機を乗り継いで帰国。

 

ほぼ昏睡して危篤状態でもあったからか、到着した成田空港のエプロンに待っていたのは、

救急車ではなくて寝台車

 

朦朧とした意識の中で、ボーディングブリッジではなく、担がれてタラップを降りて寝台車に運ばれたことを覚えています。

 

この時も、なぜか”死”が怖いものではなく、

”自分の好きな事をしてきた人生だったんだから、このままでも本望”とさえ思ったものでした。

 

 

その後も、30代前半に片肺のほとんどを浸潤する原因不明の腫瘍に冒され、

希望して入院した病院に胸部外科がなかったために、とりあえず検査ばかりの日々を送り

幸いなことに原因がわからぬまま、腫瘍が縮小していることがわかり、安静にしていただけで自然治癒

 

この時ばかりは、二人目の子供が生まれたばかりの頃で、

『なにクソ! こんな病気で死んでたまるか!』との負けじ魂に火をつけさせられましたが

 

それ以外にも、30歳を過ぎて行った扁桃腺の摘出手術で、

夜中になっても切開部からの出血がとまらず、血圧が急低下して危なくなったり

 

40代になったばかりの頃に心臓の動きが不調になって入院。(原因不明)

 

病気以外でも、車にはねられたり、車が大破するほどの交通事故にも遭い

 

治安の悪い東南アジアの某国では、夜中に押し込み強盗が手引きをしてるのを

偶然にも察知して、窓から逃げて助かったこと

 

また僻地の場末のナイトクラブで、共産ゲリラの暗殺チームに狙われて、店のママの助けで

店の裏にあった抜け穴から逃げだしたこと

 

内戦中のアンゴラでは、映画のシーンさながらに銃撃から逃げるように

車からビル ビルから車へと命からがらで移動したことなど

 

もうあまり細かいことまで覚えていませんが

 

これまで、あまりにも綱渡りのような人生を歩んできたために、普通の恐怖心が薄れてしまったのかもしれません。

 

仲良しの友人から言わせると『アンタは悪運の超強い、不死身男だから大丈夫』なんて

変な太鼓判を押してもらってますが(笑)

 

とはいえ、いずれ誰もが迎えなければならない人生終焉の時

 

父を18歳になったばかりで亡くした自分にとって、

あまりの悲しみに身を切られるような痛みさえ感じたものでしたが

むしろその悲しみをバネにしてきたことを考えれば、子供達にとっても悪いことばかりではないとの思いもあり

 

せめて少しでも迷惑をかけることが少ないようにと願うばかりです。

 

”こんなコトばっか言ってるヤツほど長生きする”って言われるのかな

 

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映画の舞台が気になって

2011-03-06 16:26:03 | 日記

”The Ghost Writer”を観られましたか?

さきほど またまたHotel内のCable TVで久々に鑑賞

http://www.imdb.com/title/tt1139328/

この映画 実は2度目  最初はどこの機内で観たんだったっけ と考えながら

 

ストーリーよりも、あのある種荒涼とした風景が心に残っていたため

んーーーと、たしかマサチューセッツ辺りだったはずだよな と

今回のアメリカ滞在中にロケサイトを訪れてみようと思い立ち

映画が終わったあとにネットで調べてみてビックリ

 

最初に Google Mapで 映画の中で空港として出ていた"Old Haven"を検索

それなのに どうしても出てこない

 

天の邪鬼な私は、余計に興味をもってしまい とうとうネットサーフィン

 

そうこうして 監督が ロマン・ポランスキーってわかり

アメリカ風に見せていて 実は、すべて別の場所だってことも知っちゃいました。

http://jerrygarrett.wordpress.com/2010/02/20/ten-secrets-behind-the-filming-of-roman-polanski%E2%80%99s-ghost-writer/

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%9D%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%BC

 

イヤ~ 面白かった~(相当なヒマ人だってバレちゃいましたね

 

でも、つくづくとネットの便利さを思い知らされた出来事でした

 

 

エンディングも なかなか 

ディテールが面白い作品なんで もしまだ観てない方は 是非ご覧くださいネ

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Everybody's Fine

2011-03-06 06:19:42 | 日記

久しぶりにゆっくりと過ごすことのできた土曜日の午後

 

HotelのCable TVで いま、この ↓ 映画を観終えたところです

http://www.imdb.com/title/tt0780511/

 

近頃すっかりキャラクターを変えたロバート・デ・ニーロが主演のこの映画

最近の彼の出演作品傾向のコメディがかったものかと思っていたら大違い

 

 

知らぬ間に、そこそこの年齢になってしまった自分にとって

なんともはや 身につまされるような物語でした。。。

 

主人公のような、コツコツと真面目に勤勉実直な人生歩んできたわけでもないし、

我が家の子供達はまだ学生。

 

映画のストーリーとは いまはまだあまりにもかけ離れた我が身なんですが

 

とはいえ、もし妻に先立たれたら・・・それこそまったく考えてもなかったことが起こったら

自分だったら どうするんだろうかと えもいわれぬ不安にかられてしまいました。。。

 

現実的には、いつ肝臓をいわせても不思議じゃなく心臓系に爆弾を抱えているような自分が

よもや妻よりも長生きできるとは想像もしていませんが

 

反対の立場だったら どうなんだろう?(予定どおり、自分が先立った場合)

 

ウチの場合、ちょっと気が楽なのが

長い事、ほとんど家にいない生活を続けてきたので

 

きっとこの世から姿を消したとしても またどこかに旅に出てると思うくらいで

誰も悲しがらずにいられるかも

 

 

もし、この記事をみていただいている方のなかで、私と同年または

それ以上の方々には必見のお勧め映画ですヨ。

 

今回のホテルは、ワンルームなんだけど一応長期滞在用なんで

独りきりの身にとっては、結構快適です

リクライニングソファでTVを観るのも楽ちん

今回のお供(?)は、BL(Bud Light) Golden Wheat& FRANZIA赤ワイン5L

あとは、ジャンボ缶のビール類と お得意のサン・ペリグリーノ&シトラス味のペリエ

仕入れた食料品類もついでにご紹介しちゃったりして

冷凍マグロに冷凍シュリンプ、唐揚げ用のチキンブレストとポークジンジャー用厚切り肉

お弁当のハンバーグに、大好きなバイス・ヴルスト(ミュンヘン風白ソーセージ)

そして、プライムビーフのサーロインにレタス

左上は、NZのグリーンシェルマッセルにココナッツクリーム

(南太平洋で覚えたココナッツミルク蒸しが、とってもおいしいんですヨ~

日本風木綿越し豆腐に BarillaのRoasted Garlic味 スパゲッティトマトソース

中央は、大好きな 広東風焼き豚♪

 

 

なはは  映画の話題の筈が すっかり食べ物ネタになっちゃっいましたネ

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NZ地震

2011-02-24 17:38:15 | 日記

なにげなく クセのようにつけっぱなしていているホテルの部屋のTV

このところ、エジプト、リビアと中東情勢がヘッドラインになってたのが

クライストチャーチの大聖堂の崩壊した映像が目に入ってショックを受けてしまいました。。。

 

NZは、それこそ思い出がいっぱいつまった国

1979年に練習船でオークランドに入港し、その後数年を共に過ごしたGFと知り合った国。

1982年から数年間は、南太平洋で過ごしていた時期に何度となく訪れた国。

1990年代以降は、ほぼ隔年ごとにトランジットがてら1泊して思い出探しをしてる国。

約1年前の2010年3月にもトランジットで立ち寄り、オークランドの街をそぞろ歩きしながら、

様変わりした様子に目を丸くしていたのがつい昨日のことのよう。

 

なかでもクライストチャーチは、

1986年に婚前旅行で1月をかけて北島、南島を一周した時の、南島の拠点として

幾度も訪れた場所でした。

  

ウェリントンからの飛行機で最初に訪れた南島の玄関口

アーサーズパス、グレイマウス、フォックス氷河への観光の拠点して滞在

YS11でマウントクックに飛び立ち

オタゴのダニィーディンから電車で戻り

その後北島へ戻る時、フェリーに乗るためにピクトンへ向けて出発した街。

 

ランドマークでもある大聖堂に隣接した対角線上にあるホテル2軒に泊まり、

夕食をすませ、当時はまだ出だしたばかりのロールプレイングのTVゲームに熱中し、

ワインの酔いにまかせてホテルのBarで深夜までゲームの興じたのがつい昨日のように

思い起こされます。

 

大聖堂に面した”マジェスティック”に出てきたような往時のオシャレな映画館で

ポップコーンを齧りながら観た”ネバーエンディングストーリー”の思い出。

 

当時のNZは、TVは夕方の一定時間に放送されるだけ。

娯楽といえば、男ならPubに行って談笑するか、家族を連れての映画鑑賞

そんな時代でした

 

 

風来坊のように 年がら年中世界中のアチコチを飛び回っていると

さまざまな天災に被災したNewsに遭遇し、その度にある種の感慨を持って回想してきたものの

 

New ZealandのChristchurchは、本当に特別な土地のひとつ

 

直行便も飛んでなく、日本人が珍しいと動物園状態になった田舎で、

あちこちで白豪主義の名残を実感させたれた当時と比べると 

語学留学でアジア系の学生や移民ばかりが目につき、治安も悪化し 

すっかり様変わりしてしまった昨今とは 全く別の良い思い出ばかりがつまった土地でした。

 

30代に入るころまで、『世界のどこに住みたいですか?』と聞かれるたびに

『クライストチャーチか、ダニーディン♪』と答えていたのを思い出しながら。。。

 

(またいつか 当時の写真を、ネガからおこしてアップしてみたいと思います)

 

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災い転じて福となす

2011-02-22 06:08:39 | 日記

先日の上海報告をあとまわしにして

本日は、昨日到着したPhiladelphiaについて

 

実は、そこそこ日本食材も持ち込んでいるのですが、

今回買っておいたはずの”出汁の素”がみあたらず大ショック 

 

仕方がないので、現地のグローサリーストアーを探していたところ

これまで特に気にもかけなかった東洋系スーパーマーケットを発見

 

http://www.phillychinatown.com/1storientalsupermarket.htm

 

この地域は、NY(マンハッタン)よりも下町的雰囲気があって元々お気に入り

イタリアンマーケットがあり、以前からベトナム系中華レストランが多いなぁ~と

思ってはいたんですが、ダウンタウンのChina Townとは別に

こんなスーパーがあるとはビックリしてしまいました

 

 

店内は、さすがアジア系  野菜から魚介類、その他モロモロ

食材の豊富さにビックリ

 

この時期、現地のスーパーでは野菜類がほとんど店頭に並ばないのに

なにからなにまで揃っていて、目的の出汁の素の他に、モヤシ+ニラ+台湾白菜を買ってしまいました

 

日本の豆腐もあったし、油揚げもあったし

 

アメリカンフードの高カロリー食はやめて、野菜中心のベジタリアン風にすることにしました

 

 

何故かというと、今回の宿のホテル 

入り口を入ったところが、トイレ&バスルームの入り口でもあるんですけど

クローゼットになってて、全面鏡の引き戸なんです

 

年間のほとんどをホテル住まいしている身にとっては、

さして珍しいつくりではないんですが

 

 

シャワーしてタオル巻いてドアを開けた瞬間に・・・

『な、なんなんだ! この醜い脂肪の塊は』と ショックを受けてしまいました

 

このところ、ゆっくりとスポクラに行く余裕もなくて 

ついシェイプアップをかまけていたことを大反省 

 

いや~視覚で訴えられると その気にさせられますね

 

 

というわけで、今回は、日本で買った食材を忘れたために

かえって有益な大発見ができたということでした

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ふるさとは遠きにありておもふもの

2011-02-15 00:25:27 | 日記

そして悲しくうたふもの

 

夢は夢のままで、大切に心の片隅に置いておくのが良いですね。

 

昨日から訪れている上海そして中国

 

1979年の最初の訪問以降、もう何回訪れたのか・・・

数えることもしなくなって久しいのですが、今日The BUND(外灘:ワイタン)を眺めながら

ふとそんな事を考えてしまいました。。。

 

馬車馬の如く、脇目も振らずにアチコチを飛び回るようになって

思い出の地を訪れても、なんの郷愁感も感じられなくってしまったのがとても悲しい

 

思い出探しの旅も良いけれど、

古き良き思い出のまま残しておいた方がよいのかもしれませんね

 

 

 

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これもまた人生

2011-02-10 17:36:14 | 日記

わたくしごとですが・・・

って、ブログなんだから当たり前か

このたび、有望な我が社の社員(♂)1名を手放すことにしました。。。

 

と言うのも、彼から来月には結婚するとの報告を受け

更に仲人まで引き受けてしまったことで、より一層本人の事を考えなければならないと思い

 

小さいながらも、業務内容はバラエティーに富み

ボーダレスに世界中を相手にしたグローバルな会社で

人間関係を重視して運営しているため、顧客や関係先とも心から通じられることが最優先

そんな日本国内では極めて稀な面白味のある労働環境であると自負しているものの

 

体力的にもまだまだ不安定な所詮ちっぽけな零細企業

 

リーマンショック以降、世界的経済不況の波に飲み込まれ、大型製品の受注も減少してしまった昨今

自分ひとりの収益で、事務所の経費から何名もの人件費までをまかなうには

どんなに身を粉にして働いていてもやはり限界があるな。。。と、

ここ数カ月ひとり悩んでいたこともあって、今回の決断をすることにしました。

 

”寄らば大樹の陰”の如く、大手の企業に属し、収入も安定すること

またより多くの実務経験を積むことによって、将来の糧となるよう自己研鑚を図ることもできると説得し、

ある会社に中途入社をお願いしました。

 

実を言えばその会社、2年前から我が社にアジアの中国に次ぐ新興国での海外駐在業務請負の

依頼がきてたために、OJTで仕事を覚えさせながら育てていたのが彼。

その話が、いつの間にか連絡もなく立ち消えになったため、

代わりに出向や請負の形で仕事を受けさせて欲しいとお願いしたところ、

『社員としてだったら考えますヨ。転職させる気はないですか』との回答

 

言い方は悪いけど、相手方に翻弄され、弱みを握られた上で横取りされたようなもの

 

当初その返答を受けた時には、表現できないほどの憤りを感じさせられましたが

”これも私に与えられた運命なんだろう”と、自分自身を納得させました

 

とはいえ、これまでの人生でも結構同じようなことの繰り返しばかり

逆境に立たされるほど、反骨心と負けじ魂で悔しさをバネにしてきましたから

今度もこれを契機にガンバルぞ~   

 

 ファイトー (といっても、もうあんまり若くないんですけどね

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Hola Amigo♪

2011-01-24 13:41:11 | 日記

というわけで(?)

 

出発2時間半前に早々とチェックインを済ませ

伊丹空港では唯一好みの蕎路坊に行ってお昼

板わさで生ビール2杯あおってからざる蕎麦(+追加1枚)をたぐって、

いまは”Lounge Osaka”いい気持ちになって搭乗待ち中

 

これから成田&JFK経由で ”Jorge Chavez A/P”へ行きま~す

 

自宅を出たのが10:45 

伊丹発 14:30

成田着 15:45

成田発 19:20

JFK着  18:20

JFK発  22:35

Jorge Chavez到着が 06:30 (日本時間25日 20:30)

 

その昔は、西海岸からMiami行って、Miamiから現地へとか

Spainのマドリッド経由とかのルートだったんで

 

当時と比べるとまだ楽な方かも

 

現地で時間ができたらマチュピチュは無理としても、

ナスカくらいには行ってみたいんだけど・・・

 

今回の経費は、渡航費から滞在費から、全額お客さん負担

だからたぶん無理かな

 

せいぜいLimaのBarで、セニョリータ相手に久々に片言のエスパニョール駆使して

口説いてみっかな    セルベッサの力借りて

 

というわけで 行ってきま~す

 

本場のサンポーニャが欲しいとか、アルパカのセーターが欲しいとか

果ては、お隣の便乗のエケコ人形を買ってきて とか

 

あったらメッセージ 

 

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”てにをは”

2011-01-21 17:11:07 | 日記

文章力のなさもさることながら、文法もメチャクチャ

いつもあとで読み返しては赤面するばかりです。

 

もともといい加減な性格なのに、いつも他のことをしながらの”ながら”記事

未完成なら下書きにしておけばいいのに、かまわず投稿

 

いやはやホントいい歳をしてと・・・今更ながら恥じ入るばかり

 

とりあえず、これまでアクセスしていただいた方々に対し、

この場をお借りして、心より深くお詫びさせていただきます

 

 

お詫びと言ってはなんですが、コメントやメッセージ、

それから時には”アレコレ買ってきて欲しい” とか 

”ドコソコでナニナニを調べてきて欲しい”など なんでもお気軽にご伝言下さいネ

 

お待ちしてま~す

 

 

ちなみに、次回の渡航は 24日の月曜から 旅立つ予定です

 

行き先は、事前に話すといっつもなんやかんやと変更や問題が発生したりするんで

また旅先からお知らせしま~す

 

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果たして正義は存在するのか

2010-12-01 19:16:38 | 日記

私ごとですが、

実はいま、大変厄介な出来事に直面しています。

 

それは、な、なんと隣地との境界問題(農地なんですけどネ) 

 

いまの家に暮らすようになって、ほぼ21年目

こちらに移り住むようになってからの最大懸案事項だったのですが・・・

 

なんと、我が家の方は、すでに40年前から休耕田状態としてあった場所に

棚田の上側から、畦を削り取りながら、その土を我が家の農地に少しづつ下におとし、

毎年数センチづつ自分の土地を広げているのです。

 

反対側の傾斜は、これまた無断で削り取って拡張  

(写真でおみせしたいところなんですが・・・またいずれ) 

 その長期計画のマメさに呆れるやら 感心(?)するやら

 

最近では、これまで強く抗議や対抗手段を講じてこなかったことから

すっかりなめられてしまい、それだけではおさまらず、入り口にコンクリートは流し込むは

果ては、農業機械を入れるために畦を整備するからそちら側の土地をひけ(無償提供しろ) と

餌でもやって取り込んだ農業委員とか称する大××(ピーーッ!:自主規制音)人間を介して圧力をかけてくるなど

やりたい放題

 

 

初めてその光景を目にした時の驚きといったら  

ホント! いまだにとても言葉にして言い尽くせるものではありません

 

あんなことが平気でできる人間が存在するってことに 

それに悪いことを知りながら共謀する仲間までいるなんて 大ショック

 

そんなこんなで、とうとう堪忍袋の緒が切れて このたび対抗手段を講じることにしました

 

無意味で、時間を浪費するばかりか 精神的にも疲弊する立ち会いを拒否し

法に従って判断されるように

 

もしかしたら そのまま法廷にまで持ち込むかもしれないので

いまはまだ詳細を書くことはできませんが

 

 

現代では文明の利器のおかげで、数十年前の過去にまでさかのぼって

しっかりと証拠固めができる方法があるんですね

 

それ以外にも 隠し玉をいくつも準備しながら

 

あとで、決着したら事細かに詳細を報告して、同じような被害にあわれている方々の

お役に立てればと思っています

 

とはいえ、世の中とは、どんなに正当であったとしても、

信じられないような理不尽なことがまま起こりえるもの

 

でもぜったいに諦めずに最後まで戦う所存です

 

明日は弁護士に会って、対策を相談(生まれて初めての経験) 

完全に問題が解決するよう、うやむやにせず訴訟にまで持ち込む覚悟です。 

 

実は、面倒でもあるけど ”血沸き肉躍る”って感じで 結構楽しんでたりして

 

 

では この記事は、必ず続きで報告することにしま~す

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いつものことながら 

2010-11-30 16:16:12 | 日記

無断欠勤といいましょうか 突然の失踪

いつも優しいKaoriちゃんからコメントまでいただいていたのに。。。

 

ほんっとにすみません 

 

実は、野暮用で国内をウロウロしてて・・・

ついつい、また記事の投稿が疎かになってしまいましたぁ

 

それでは、失踪中の今回の国内の旅についてちょっと(?)だけ

 

22日の月曜の夜 新幹線や飛行機に乗り飽きたのと 経費削減にもなるし

翌日朝から活動できるので、大阪南港からフェリーに乗って門司へ

 

ネットで二等(洋)6000円少々を予約したのが、

乗船受付時にはワンランクグレードアップしてくれて二等(洋)TV付きに 

 

出港時刻は、20:00なのに なぜかレストランは19:00から開店

作り置きした”めし屋風”のおかずやご飯、飲み物類を選んでレジへ

ホッケの開きと サバのきずし それと大ジョッキ+瓶ビール1本で 

たしか 合計2100円くらい

 

結局飲み足らずに 自動販売機にロング缶を買いに何度も走ってしまいましたけどネ  

 

その後、酔いざましをかねてデッキで 久々に出港風景をお客さんの目線で眺め

ライトアップされた明石海峡大橋の下を通過するまで船旅を楽しんでから浴室に直行~

 

あまりの気持ちよさに、カプセルホテルみたいなチープなベッドにもかかわらず

横たわった途端に撃沈してしまいました~

 

なんとなくイメージ的に 船内はガラガラかと思ってたんだけど

実は、ほぼ満席

 

ほとんどがシルバー世代で占める団体ツアーのお客さん達みたいでした

 

翌日は、朝の8時過ぎに到着 無料のシャトルバスで 門司駅を経由して小倉駅に

 

予約しておいたレンタカー(またもやプリウス)をピックアップして 博多へ

 

博多で♀の友達の家に行ってから 

車を乗り換えて(な、なんとベンツのSLKクラス) 『運転はお願いネ』 ってことで

唐津までドライブがてらお昼を食べに

 

名物のイカのお造りで有名なお店で お腹いっぱいになって

のんびりと唐津城に登って玄界灘を眺めて・・・ 最高のドライブでした

夜になって、今度は♂の友達と 中洲というか 天神というか

繁華街で鍋食べてから 福岡空港に仕事のパートナーを迎えにいって

そのまま長崎まで高速を突っ走って 日付の変わる頃にホテルに到着

 

翌日、午前中長崎でプレゼンして またまた福岡まで戻ってから 

で羽田に移動して リムジンバスで東京駅行って タクシーに乗って日比谷のホテル

次の日は、内幸町でプレゼンして、JRで川崎に移動して 午後いちでまたプレゼン

夕方近くになってから ゆりかもめ沿線で またまたプレゼン

 

ホテルで荷物をピックアップしてタクシーで浜松町行ってモノレールで羽田に行って

空港内のイタ飯屋さんで生ビールとボトルワイン飲みながら夕食をすませてから

神戸に飛んで、またまたタクシーで ハーバーランドのホテルに到着

 

外に出る元気もなく ホテルのラウンジでカクテル3杯ほど飲んだところで撃沈

 

翌朝は気力を振り絞って 

神戸のモザイクの近くでプレゼンして ようやく仕事は終了 (金曜日の正午頃)

 

翌日関空から北欧に戻るパートナーを、

ホテルのある空港行きのリムジンバスに乗せて見送ってから 電車に乗ってようやく帰宅

 

いや~ ハードな数日間でした 

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遺言状

2010-10-28 17:10:19 | 日記

またまた 突然とんでもない記事を投稿してしまいますが

昨日、することもなくオフィスで缶詰になっていたんで
以前から作っておかなきゃ・・・って気になってた”遺言状”をつくってみました

というのも、18歳で父を亡くしたのですが
その父が、生前、50歳を過ぎた頃に大病を患ってから、
己の死期を悟ったのかどうかはわからないのですが

その後しばらくして心臓病で急逝した時、遺言が残されていて、
そこには、事細かく、緊急時の連絡先、葬儀のこと、生命保険その他のこと
そして家族ひとりひとりに宛てた伝言まであり

自分を含め、茫然自失となってしまった母や兄も、困ることなく葬儀を終え、
その後、自暴自棄になることもなく、悲しみにくれながらも生きる希望を得ることができたのも
父からの温かいメッセージがあったからでした

また、20代の頃から、
”葬儀はしない” ”墓はいらない(入らない)” ”遺骨は海にばら撒いてくれたらいい”

と広言していたため、

「それならば、せめて遺言でそのような意志であることを残しておかないと家族が可哀想だ」

と実家の親族から諭されていたのを思い出したから




いまのような生活を送っていると

いつ、どこで、どのようにして この世を去るのかまったくわからないのですが

*宗教的な葬祭はぜったいにしないこと

*荼毘にふすまでの手続きと依頼先

*親族、友人、知人への連絡先と連絡網(同居する家族以外には事後連絡で)

*遺骨は仏壇ではなく、自宅の私室に置き、時期をみて神島にゆき、船をチャーターして
できれば引き潮の時に 黒潮に乗って世界中に散ってゆくように撒いて欲しいこと

*法事はいらないから、いつか家族みんなの都合がついたら、鳥羽か伊良湖岬にでもいって
海を眺めながら家族で食事でもしてくれたらそれで満足

*会社関係の手続き、事後処理、従業員の処遇その他もろもろ

*生命保険、年金関係

*遺産はないけれど、若しも多額の生命保険が入った場合は、
少額でも基金を設立して、夢であった活動の資金として使ってほしいこと

*最低限の生活費以外は、自助努力で家族が団結して協力し生きてゆくこと
苦労を怖れず、よって心の痛み、感謝の念を知り、
より強靭な精神力と、慈しみの心を養うこと、それが自分自身の糧となってゆくこと

なんとか ここまでを書き記すことができました。

あとは、家族一人一人にむけたメッセージが残っていますが、
とりあえず、CDにでもおとして封筒に入れ、家のリビングにでも置いておこうかとおもいます。

何かあった時に開封するようにって


それにしても こんなアイドル時間ができたのも天啓だったんでしょうね


なんかとてもホッとした気分

そのうち

「あの面倒臭がりで横着者が、なんでここまでしたんだろ?」
「たぶん虫が知らせたんだろうね。」

なんて 会話が聞こえてきそう

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う~~~ん

2010-10-24 21:42:40 | 日記

認めたくないんだけど・・・

ここ最近、20歳から使ってるキーボードの打ち間違いも 信じられないほど

きっと、もう頭と指の動きが一致しなくなってきてるんでしょうね。。。

スペルの打ち間違いは日常茶飯事
それから 写真でしっかり名前が出てるのに まったく違う文字を打ち込んだり
(Grand Centralをグランドユニオンって・・・

81stを 81thって書いてみたり


我ながら 情けないというか みっともないというか
穴があったら入りたいとは まさしくこのことなんでしょうね


オッチョコチョイでいい加減なのは昔からと自覚してるんですけど
完成前に確認しないのが一番いけないんです


あとで気づいては、修正してるんですけど
ホントに ごめんなさい 


では とりあえずお詫びしておきま~す

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