神さま、私にお与えください
自分に変えられないものを受け入れるおちつきを
変えられるものは変えていく勇気を
そして2つのものを見分ける賢さを
今日一日に生き
それぞれの瞬間を楽しみ
困難を平和への道として受け入れ
この欠点の多い世の中を、あなたがなさったように
自分の思うようにではなくてそのままに受け取り
自分を明け渡してあなたの意志に従えば
あなたが全てを正してくださると信じ
この世ではほどほどに幸福であり
次の世ではあなたと共に至上の幸福を味わうであろうと信じることを。
困難を平和への道として受け入れ?
その言葉に私は何かを感じた。確かに今は生きにくさを感じていて、何をしてもうまくいかなくて…しんどいなぁと感じている。でも、今までから、そして今現在も感じている生きにくさを、逆にプラスのものに変えることができるのではないと感じている。私は看護師として生きることをあきらめた。責任をもつことは私にとっては重圧であり、資格を持って働くということはそれだけ私には耐え難い責任をさらに持つことになる。看護助手として働き始め、看護師ほどの責任を負うこともなく、私が自分がほどほどに持てる責任を負うだけですんでいて、それでいて、やりたかった仕事に限りなく近い仕事に就けたのだから…よかったと感じている。看護師になることで承認を求めようとして…そうしているうちに自分が何であるかわからなくなっていた。何であるのかわからなくなった自分はやっぱりしんどかった。その頃に比べるとずいぶん楽になったなぁと感じる。今は痩せることで認められるという誤った認識が私の中に生じていて、誤った認識だなぁと感じつつも、止められずにいる。しんどいんだよ。いい加減に承認を追い求めようとするのをやめたいなぁと思う。…思うのだが、認められることで安心できる自分がいるのだから仕方がない。ありのままの自分でいいんだよといわれても、ありのままの自分は否認してしまう。承認を追い求めてしまう自分がいるんだよということを受け入れることならできるかもしれないけれど…。
幸いにも私は「機能不全」といわれる家庭の中で育ちました。
幸い?何が幸いなの?私は子どもの頃から犠牲になってきたんだよ。…今、生きている分には全然幸いなんかじゃあない。でもね、私が今、「カウンセラーになりたい」という夢を持っているから…今は幸いではないかもしれないけれど、いつかカウンセラーとして動き出すとき、私が苦しんできた経験は必ず生かされるはず。そう考えれば「機能不全」といわれる家族の中で育ったこと、いじめにあって来たこと、挫折を味わってきたことなどは…必ずプラスの力になる。今までの、そして今現在の困難を私はプラスの力に変えることができる。
機能不全の家庭で育ったことというのは変えられない過去。だけど、それをマイナスのものにするか、プラスのものにするか…それはこれから変えていけること。
困難は決してマイナスにしかならないものではないんだよね。
そうだよ…私は困難に感じているものをプラスのものに変えていきたい。
自分に変えられないものを受け入れるおちつきを
変えられるものは変えていく勇気を
そして2つのものを見分ける賢さを
今日一日に生き
それぞれの瞬間を楽しみ
困難を平和への道として受け入れ
この欠点の多い世の中を、あなたがなさったように
自分の思うようにではなくてそのままに受け取り
自分を明け渡してあなたの意志に従えば
あなたが全てを正してくださると信じ
この世ではほどほどに幸福であり
次の世ではあなたと共に至上の幸福を味わうであろうと信じることを。
困難を平和への道として受け入れ?
その言葉に私は何かを感じた。確かに今は生きにくさを感じていて、何をしてもうまくいかなくて…しんどいなぁと感じている。でも、今までから、そして今現在も感じている生きにくさを、逆にプラスのものに変えることができるのではないと感じている。私は看護師として生きることをあきらめた。責任をもつことは私にとっては重圧であり、資格を持って働くということはそれだけ私には耐え難い責任をさらに持つことになる。看護助手として働き始め、看護師ほどの責任を負うこともなく、私が自分がほどほどに持てる責任を負うだけですんでいて、それでいて、やりたかった仕事に限りなく近い仕事に就けたのだから…よかったと感じている。看護師になることで承認を求めようとして…そうしているうちに自分が何であるかわからなくなっていた。何であるのかわからなくなった自分はやっぱりしんどかった。その頃に比べるとずいぶん楽になったなぁと感じる。今は痩せることで認められるという誤った認識が私の中に生じていて、誤った認識だなぁと感じつつも、止められずにいる。しんどいんだよ。いい加減に承認を追い求めようとするのをやめたいなぁと思う。…思うのだが、認められることで安心できる自分がいるのだから仕方がない。ありのままの自分でいいんだよといわれても、ありのままの自分は否認してしまう。承認を追い求めてしまう自分がいるんだよということを受け入れることならできるかもしれないけれど…。
幸いにも私は「機能不全」といわれる家庭の中で育ちました。
幸い?何が幸いなの?私は子どもの頃から犠牲になってきたんだよ。…今、生きている分には全然幸いなんかじゃあない。でもね、私が今、「カウンセラーになりたい」という夢を持っているから…今は幸いではないかもしれないけれど、いつかカウンセラーとして動き出すとき、私が苦しんできた経験は必ず生かされるはず。そう考えれば「機能不全」といわれる家族の中で育ったこと、いじめにあって来たこと、挫折を味わってきたことなどは…必ずプラスの力になる。今までの、そして今現在の困難を私はプラスの力に変えることができる。
機能不全の家庭で育ったことというのは変えられない過去。だけど、それをマイナスのものにするか、プラスのものにするか…それはこれから変えていけること。
困難は決してマイナスにしかならないものではないんだよね。
そうだよ…私は困難に感じているものをプラスのものに変えていきたい。