二十年も前、最初の職場でアップアップしていた頃のことです。
同じ職場を切り盛りしているのは、六十代の男性でした。
二十代のわたしにとっては、まさに「おじいちゃん」。背丈は150cm代で、白髪。
まさに「あしたのジョー」丹下のおやっさんの風格でした。にこやかな笑顔がとても印象的なFさんです。
「こういう時は、こんな風にしたらいい」
「こういうポイントさえしっかり押さえとけば大丈夫!」
当時、いろいろ示唆を与えてもらったものですが、なにせこっちは、足の届かないプールに飛び込んで懸命にもがいているに等しい状態です。
見当違いなリアクションを起こし、正直「なんと不器用な若者だろう」と、眉を潜められていたのではないかと、思い起こすだに顔が赤くなります(はははっ)。
しかし、発見っ!
…というか、いやが上でも、気付かざるをえなかった。
この世界、経験というものが、どんなにすごいものかということを!
前回紹介した、わたしがたった五分でノックアウトされてしまう屈強な人たち、強モミ(*強くもみほぐすこと)が好みの常連さんたちが、この人の手(正確には指1本)にかかると、ぎゃーぎゃー悲鳴をあげて、ベットの上をもんどりうってしまうのです。
そして、30分。
施術を終えて立ち上がった時の、そのゆるみ切った至福の顔。
驚くのはそれだけではありません。
この60代のFさん、力み返ってヘトヘトに疲れきっているかというと、そうではないのです。
軽くそんきょの姿勢(お相撲さんが懸賞金を受け取る時のポーズ)で、すっと、軽く指をあてがっているだけなのです。その顔が、ニコニコと笑っている。
そうなんです! 力なんて、すぐれた指先の感覚にくらべれば、まるでアリンコの一徹のように無力なのです。
ああ、なんと偉大な先輩っ!
わたしのやっていたことは、ダンプカーに乗って落ちたコンタクトレンズを探しているようなもの、
いやいや、ゲートボールのクラブで耳の掃除をしているようなもの、
だったのです。
Fさんによくいわれたものでした。
「いやね、ちょっとした指のあて方なんだけけどね」。
(わたし)「は…ははっ、そうスッか」
「こればっかは、教えようがないもんなぁ~」
この指先の感覚を、まがりなりに実感できるようになるまでなんと7年という歳月が過ぎてゆきました。
最初の職場で、こういう方たちに囲まれて過ごしたことが、その後のわたしに大きな財産になっていったのです。