暮らしていけなくて、子供を連れて実家に戻った。
その半年後に父は亡くなった。
私に「自分が生きている内でなければ戻れないよ」と言っていた。
「遺影にするから」とデッキの、父のお気に入りの椅子に座って私に写真を撮らせた。
その写真は葬式に使われることはなかったが、今は仏壇で、にこやかに収まっている。
癌だった。手術後、割とすぐ退院した。手術は成功したが、食べられなくなった。
最後を看取ったのは私だった。
その朝、父はいつものようにベッドに上半身を半分起こしていた。
さすってあげようとして掛け布団に手を入れた。触った脚がもう生きていなかった。粘土のようだった。
父は私を制止し、「オムツを替えてくれ」「シーツは綺麗か?」と言った。
意識が無くなっても目は半分開いていた。心臓の鼓動が止まってしまっても私が背中をさするとまた動いた。
さするのを止めると心臓も止まった。ずっとこうしていても仕方のないことだと思ってやめた。
父を大好きだったし、尊敬していた。ただ胸の内の相談はずっとできなかった。
私が中学生の頃父が描いた油絵が一枚ある。故郷の風景を「あそこはこうだった」とか言いながら描いていた。
描いたのはこれ一枚。瀬戸内の穏やかな暖かい海だ。
私が美大に通っていた時の主任教授でいらして、卒業後も本当にお世話になった塩出英雄先生の絵を思い出す。
ようやく覚えたデジタル画のやり方で、絵にアルのイラストを重ねる。
その瞬間に思いもかけなかった想いが起こる。
入れたのはアルの姿なのに、「じゃあね」と手を上げて父が行ってしまう姿に見える。
もう戻ってこない?