Der König Hat Eselsohren

山口晃展@群馬県立館林美術館(3)

さて、画伯と桐生新聞の記者の方との対談。
ここは、覚えていることを箇条書きで。



・館長の紹介に後ずさる画伯

・今日の対談相手の蓑崎さんは'95幻の初個展のときにも取材を。

・似顔絵(自画像)が実際の泥棒ヒゲではなくペテン師ヒゲなのは、口の表情を描くため。

・今回公開された板絵が完成までに4年掛かったのは「いつでもいいですよ」というのを額面通りに受け取ったから(笑)

・今、大倉集古館で展示されている「広尾-六本木」を改めてみてみたら、自分でもビックリするほど細かい。当時0.05ミリのロットリングでも太いと思いながら描いていた。今では根気もないし老眼も入ってきて、もうあんなのは描けない

・3歳頃まで(正確には2歳7ヶ月まで)いた広尾の記憶が残っている。

・広尾の家の庭に穴が掘ってあって、そこに落ちていた消防自動車のおもちゃを拾って「こんないいものを、こんないいものを」といって遊んでいた。実はおもちゃに夢中になりすぎて言うことを聞かないので、母親が穴に投げ捨てて火をつけたのだが、その悪い記憶は消去されている(笑)

・(車を描いて)あぁっ、こんなになってしまった…。これでは、親に芸大に払った学費は?と言われる…orz

・小学生のときに算数の授業で、先生が黒板に描いた車の絵を見て、友達の○○くんと「あれじゃ車軸がおかしいよ」と騒いでいたら、「山口君、立ってなさい。」と立たされた。なのに今自分の描いた車もこの程度…。

・たまに学芸員さんから「生きている間から売れるなんておかしい!!」と言われる。

・でもそんなに儲かってません。

・絵の仕事でやって行ければいいなぁとは思っていたけれど、職業として画家になりたいと思ったことはない。

・子供の頃から、周りから絵が上手いと褒められることは多かったけれど、当時は「子供の絵はのびのびしているのが良い!」という傾向が強かったので、賞などとは無縁。←そうそう!

・(親鸞の挿絵の「笑い声が起こった」などは怒られないのかについて)最初の頃は先に五木先生に見せていたんですが、途中から編集さんが上手くなって、「時間がなくて、先に紙面に出ちゃいましたf(^_^;」ということになってます。

・でも単行本にはまったく挿絵が載らず、非売品で配られた特製本にのみ載っている…。

・五木先生からは「親鸞の顔は描くな」と言われているので大変

・「TOKIO山水」はもうちょっと手を入れることは考えているが、全部をきっちり描くつもりはない。

・芸大の国技館での入試監督で、行司の格好をしていたという伝説は嘘。監督員の控え室に行司の衣装が掛かっていたので、周りから「山ちゃん、これ着なよ」と言われたが、実際には芸大祭のはっぴを着て監督していた。でも心配した先生が、試験中に「山口君、どこ?!」と…。

・(平等院鳳凰堂を描こうとして、またもやカニのようになり、がっくり。)

・平等院の障壁画を、今度は室内の方にも描いて欲しいと言われたはずなのだが、話が進まない。

・前回描いたところは戸も閉まらない「どうでも良い場所」だったのだが(笑)、室内の方は重要文化財になるので、画材など色々難しいらしい。もしかして、初の顔料を使うことになるかも。


等々。

その他、かなりの時間を、西洋絵画に影響を受けすぎている日本画壇への批判と、伝統的な日本の「技芸」を受け継ぐことについての話に費やされてましたが。



…と、いうことで対談終了。

さぞかし、皆、さっ!と立ち上がって、サイン会絵殺到!!かと思いきや。

なに?
なぜか皆のんびり。

いいんすか?
ダッシュしちゃうよん!
だってそのために、真ん中の通路のところの席を確保したんだし♪

ということで、おもむろに立ち上がり、出口へダッシュ!
受付のあるコーナーにさしかかると…。

ロビーの向こうに長蛇の列が!!(T_T)
通路へと折れ曲がり、長々と続いてるよ!
これはマズイなぁ…orz
名前:
コメント:

※文字化け等の原因になりますので顔文字の投稿はお控えください。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

 

  • Xでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最新の画像もっと見る

最近の「文化・芸術」カテゴリーもっと見る

最近の記事
バックナンバー
人気記事