病院で看護助手という仕事を勤めながら、かれこれ4ヶ月ほどが過ぎた。
集中治療室と病棟を兼ねた部署で働いている為、毎日のように緊急で患者が運ばれてくる。
最近になって感じることは、患者の身の回りのお手伝いをさせてもらって「健康」であることについて考えさせられることがある。
循環器系の病棟に配属になったのだが、運ばれてくる患者は大体50~80歳ほどが平均年齢である。
もちろん、もっと若い人や80を超えた方も当然運ばれくる。
看護助手なので、医療に関する仕事はしてないが、傍で患者や看護師を見ている為、いろんなことを感じるようになった。
健康であることは、日常生活を営む上での必要条件である。
でも、健康を維持することがいかに困難であるかということが問題なのである。
病院に運ばれて入院を余儀なくされた患者にとっての目標というのは、少しでも健康に、元気になって元の生活に戻ること、社会的復帰というのが目標になってくる。ご飯を食べれるようになったら、ほんの少しでもいい。食べないよりマシだから少しずつご飯を口にして内側から栄養をつけ、体力をつけ、元気になる努力をしていくことが大事。
すべては自分の体に影響していくということなのである。
私の仕事というのは、看護師はもちろん、患者の容体が少しでもよくなるお手伝いをすること。
しかし、その中には看護師からいろんなことを教えてもらい、学ぶことも多い。
今後に活かせることが沢山あるということだ。
この仕事をして健康について考える反面、「生」と「死」を見ることになる。
突然の急変に、一時、もうだめか!と思った人が奇跡的にも自分の生命力、先生、看護師の手によって救われ、助かる人もいる。
しかし、どんなに手を尽くしても、生き続けようという患者の努力も報われず、亡くなる患者もいる。
2つにひとつ。どちらかの答えが出る。それが、人間の生命力の恐ろしさなのかもしれない。
病院なんて長く居ないほうがいいのである。
そもそも、人間は健康であることがいいのだから。
自分が患者にならないこと。その努力をすること。
だけど、努力が実らず体調を崩したりしてなんらかの形で病院にお世話になる。
病院で働いてはいるが、患者にとってこれほど心苦しいことはない。
1日も早く元気になって、家に帰る。それがいつになるのかを皆、待っているのだ。私は、1日も早く、一般病棟に行けるようになり、そこで頑張って目標である退院を目指して欲しいと思っている。
元気になって退院出来る事ほど、病院で働く人が喜ぶことはないと思うから。
私も、病棟を出て、外来で以前運ばれて入院し、退院した患者に会うことがある。
定期的に診察に来ているらしい。
ここまで元気になってよかったな~~と思う。
何より、患者もうれしそうだから。
患者が嬉しいということは、その家族も嬉しいことにつながるのだと思う。
「生」を見つめることは、すばらしいと思う。
「死」を見つめることは、正直、苦しいものがある。
しかし、人間、生命を持って生まれた生き物だから、いつか必ず「死」を見つめることになる。そういう日が来るのである。
自然に身を任せて、そういう日が来るまでは、元気で生きる。
そうあることが大事なんだと思う。

集中治療室と病棟を兼ねた部署で働いている為、毎日のように緊急で患者が運ばれてくる。
最近になって感じることは、患者の身の回りのお手伝いをさせてもらって「健康」であることについて考えさせられることがある。
循環器系の病棟に配属になったのだが、運ばれてくる患者は大体50~80歳ほどが平均年齢である。
もちろん、もっと若い人や80を超えた方も当然運ばれくる。
看護助手なので、医療に関する仕事はしてないが、傍で患者や看護師を見ている為、いろんなことを感じるようになった。
健康であることは、日常生活を営む上での必要条件である。
でも、健康を維持することがいかに困難であるかということが問題なのである。
病院に運ばれて入院を余儀なくされた患者にとっての目標というのは、少しでも健康に、元気になって元の生活に戻ること、社会的復帰というのが目標になってくる。ご飯を食べれるようになったら、ほんの少しでもいい。食べないよりマシだから少しずつご飯を口にして内側から栄養をつけ、体力をつけ、元気になる努力をしていくことが大事。
すべては自分の体に影響していくということなのである。
私の仕事というのは、看護師はもちろん、患者の容体が少しでもよくなるお手伝いをすること。
しかし、その中には看護師からいろんなことを教えてもらい、学ぶことも多い。
今後に活かせることが沢山あるということだ。
この仕事をして健康について考える反面、「生」と「死」を見ることになる。
突然の急変に、一時、もうだめか!と思った人が奇跡的にも自分の生命力、先生、看護師の手によって救われ、助かる人もいる。
しかし、どんなに手を尽くしても、生き続けようという患者の努力も報われず、亡くなる患者もいる。
2つにひとつ。どちらかの答えが出る。それが、人間の生命力の恐ろしさなのかもしれない。
病院なんて長く居ないほうがいいのである。
そもそも、人間は健康であることがいいのだから。
自分が患者にならないこと。その努力をすること。
だけど、努力が実らず体調を崩したりしてなんらかの形で病院にお世話になる。
病院で働いてはいるが、患者にとってこれほど心苦しいことはない。
1日も早く元気になって、家に帰る。それがいつになるのかを皆、待っているのだ。私は、1日も早く、一般病棟に行けるようになり、そこで頑張って目標である退院を目指して欲しいと思っている。
元気になって退院出来る事ほど、病院で働く人が喜ぶことはないと思うから。
私も、病棟を出て、外来で以前運ばれて入院し、退院した患者に会うことがある。
定期的に診察に来ているらしい。
ここまで元気になってよかったな~~と思う。
何より、患者もうれしそうだから。
患者が嬉しいということは、その家族も嬉しいことにつながるのだと思う。
「生」を見つめることは、すばらしいと思う。
「死」を見つめることは、正直、苦しいものがある。
しかし、人間、生命を持って生まれた生き物だから、いつか必ず「死」を見つめることになる。そういう日が来るのである。
自然に身を任せて、そういう日が来るまでは、元気で生きる。
そうあることが大事なんだと思う。
