都ちゃんは、まだぼーっとした顔で、ドンちゃんを見上げた。ドンちゃんは5歳児みたいな笑顔を見せた。
「都がそんな格好してると、何だか嬉しい。可愛いよ。都はもっと、自分の好きな服着たらいい」
「今だって別に嫌いな服着てるわけじゃ」
「わかってる。でももっといろんな服、着てみたらいい。都が我慢してるの、知ってた。我慢しなくていいよ」
ドンちゃんを見上げる都ちゃんが、ポロッと涙をこぼした。
「都、スカート似合うやん。どうして今まで着らんやったと。これからどんどん着て。俺、都がスカート着てるの、好き」
トンちゃんも素直に褒める。なかなか女たらしなセリフだけど、8歳児なので罪はない。 先生はいつの間にかのんちゃんまで連れて来た。
「うおっ。都のそんな格好、初めて見たな。いいやん。横浜の女子大生って感じするぞ」
「そしてこれが、私の形見」
桜さんが、タンザナイトのリングとピアスを都ちゃんに贈った。
「これなら小さいから、勉強の邪魔にもならんやろ。瑠那にはロイヤルブルーのムーンストーンをあげたんや。色違いのお揃い」
都ちゃんは、私の方をちらっと見た。
「私は螺鈿細工の帯留め、いただいたの」
「そう」
都ちゃんは安心したらしい息をついた。この子はやっぱりいつも、私に気を遣っているなあ。
「今度は一緒に服、買いに行こうね」
瑠那が笑うと、都ちゃんもやっと笑顔を見せた。やっぱりこの2人は似ている。魂の双子みたい。
「桜さん、襖開けたり、指輪のケース持ったり出来るんですね」
のんちゃんは、変なところに感心している。
「そこらの、ほやほや融けそうなホタルと一緒にせんで」
「そんな。私だって桂清水に浸かれば、このくらい持てますよ」
ドンちゃんが、紫さんの宅急便を持ち上げて見せた。一同に笑いが起きた。
「都が来てて、びっくりしたよ。瑠那に会いに来たんだろ? 今夜は泊まって行けるのか?」
のんちゃんが、都ちゃんに声をかけた。
「でも、明日も講義あるし、部活休めないし」
都ちゃんはインカレを控えた、弓道部の主力選手なのだ。
「今夜のメシ、焼きナスと茗荷の田楽。それにキスの天ぷらと素麺やで」
通りすがりにきーちゃんが、献立を発表した。
「始発で帰ればええやん。瑠那とも桜さんとも久しぶりやし。朝、駅まで車で送ったる」
「ありがとう、きーちゃん」
「それ、似合っとるぞ。夕飯はそれで出たり。おふくろも喜ぶ」
夕飯の後、咲さんが以前断られたレース編みのブラウスを出して来た。リベンジだ。こういう装飾も、部分的に合わせれば都ちゃんも着られそうだ。ドンちゃんが褒めたので、それも帰り支度のカバンに入れることにしたようだ。咲さんは感激していた。タンザナイトのピアスとリングは、都忘れ色のストールを巻いた都ちゃんにとても似合っていた。鷹ちゃんに見せたかっただろうな。本当は、都ちゃんは着物も似合うと思うのだけど、まだ勧めていない。まだきっと、その段階まで来ていない気がしたから。
丹生神社の拝殿で、テーブルセットを組み立てて、食後のお茶を飲んだ。試しに呼んでみたら、黒曜もメノウも現れて、スカート姿の都ちゃんを、可愛い可愛いと褒めた。
2人とも、わからないと言った。お手上げだと。わからないはずがない。多分みんな、知ってる。村主さんも気づいてるだろう。でもみんな口に出さない。
ミギワ様を起こす秘密の鍵は、きっとトンちゃんだ。鷹ちゃんは多分、消える前に何かおまじないをした。あるいは。その封印のために、鷹ちゃんは消えた。鷹ちゃんは今、どこにいるんだろう。竜宮の向こうのどこかにいるのか。それとも竜宮にいて、ミギワ様に子守唄を歌っているのかもしれない。鷹ちゃんはずっと声を出さなかった。竜宮なら、好きに歌えるから。私は一度だけ、夢の中で鷹ちゃんに竜宮に連れて行ってもらった。白い花の咲き乱れる、星が怖いように綺麗に見える丘で、歌を歌ってもらった。花畑は、突然険しい崖になって、崖に丸く囲まれた谷の真ん中に灰色の石造りの塔が見えた。
「もし、この花畑に落ちて来て、道に迷ったら、あの塔においで。ミギワが道を教えてくれるから」
それが、初めて聞いた鷹ちゃんの声だった。思念じゃない。生の声。
都ちゃんも、あの花畑を見たことがあるだろうか。鷹ちゃんの歌を聴かせてもらったことが、あるだろうか。だったらいい。あの子には、力が必要だ。こんなに健康的で、可愛くて、才能に溢れてて、何でも出来る可能性に恵まれているのに、都ちゃんはなぜか自分に自信がない。異能と、変わった外見のせいで、いつも疎外感を感じて育って、力を制御するために気持ちを抑えて来たからだ。ミギワをコントロールするもうひとつの鍵は、きっと都ちゃんだ。都ちゃんがネガティブな精神に支配されてしまうと、奈落から帰って来れない。私はここに縛りつけられてて、都ちゃんをお手伝い出来ない。私は都ちゃんに何をしてあげられるだろう。
翌朝、母屋から出発する都ちゃんに、透かし編みのボレロ風のカーディガンを渡した。細い銀色の糸で編んだものだ。
「良かったらあのスカートと合わせて着て」
「これ、手編み? すごく凝った模様編み。時間かかったでしょう?」
「都ちゃんの髪と合うと思って」
都ちゃんは、紫さんお見立てのグリーンのセットアップにサファリシャツを着ていた。
「都、絶対似合うよ。今、着てみて」
トンちゃんに促されて、都ちゃんはサファリシャツの代わりにボレロを羽織った。繊細な模様が都ちゃんに似合ってる。でも気に入ってくれるだろうか?
「うわー。いいよ。センニンソウの花みたいや」
トンちゃんが、昨日、祖父に教えてもらった、庭に咲き始めた花の名前を言った。
「トンすけ、あんた絶対、将来、女泣かすよ」
瑠那に言われて、トンちゃんは“なんで?”とポカンとしている。煽てて言ったわけじゃなく、本気で褒めているのだ。いつも褒め言葉に恐縮して否定する都ちゃんが、トンちゃんの言葉には照れながらニッコリ笑った。
「ありがとう。センニンソウ、好き」
この2人が、あの黒黒とした深い峡谷に迷わずに、白い花の野にたどり着いて欲しい。健やかに、自分を信じる心を、失わないで欲しい。
瑠那が都ちゃんをぎゅうっと抱き締めた。
「わざわざ会いに来てくれて、ありがとう。いつも心配かけてばかりで、ごめんね。会えてうれしかった」
「学校の休みに、またゆっくり来るね」
双子は、名残り惜しいようだ。
「東の魔女見習いさんよ。その時は、じっくり話、聞かせてもらうぜ」
朱い瞳の魔法使いが、ほとんど凶悪と言ってもいい、暴力のような綺麗な笑みを見せた。彼にとっても、都ちゃんは興味深い素材だろう。
桜さんも、都ちゃんをふんわり抱き締めた。
「あんたは、もっともっと、自分を好きになんなさい」
「桜さん……うん……頑張る……」
きーちゃんが車の運転席から声をかけた。
「ほら。新幹線、出ちまうぞ。今生の別れじゃあるまいし」
家族一同に見送られて、都ちゃんは東に帰って行った。カーディガン、気に入ってくれたかな。紫さんと、今度は秋冬もの、見立てよう。次はもしかしたら、着物を着てくれるかもしれない。都ちゃんには、草木染が似合いそうだ。
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