<夏や果てなむ水鏡> その3
あの世でも遊びをせむと茄子の馬
梅雨晴間風枇杷色に熟るるかな
とまどひを繰返しをり走馬灯
暑からむ熱砂の底の蟻地獄
黄金虫落としてみてもハズレ籤
昼顔やこれぞ女優と思ひけり
山椒魚ほんとは嫌な水族館
蚯蚓鳴く亀も鳴くなり吾もなく
黒南風やカフカの髪に静電気
噴水の誰も止めねば止めどなく
夜の秋手擦れし聖書の熱さかな
晩年や遠きに卯波綺羅綺羅し
くちなはや晩年くねくねくねるなり
蜘蛛の囲の埃となりし秘密かな
紫陽花や花相似たり人の来て
木蓮が終止符のやうに落ちてゐる
蝸牛人無き世まで急ぐなよ
たこ焼の蛸ほどはある復讐心
蛸壷の身も蓋も無き暑さかな
五月雨や進化不明の頭蓋骨
原爆忌世界を終らせたくないか
外つ国の戦は知らず蟇蛙
飛び込めば肺から烏賊になってをり
夜濯や隣のテレビの昭和演歌
梅雨冷や口の中には口内炎
バウムクーヘンの地層を剥すネイリング
日照雨私は翼見失ふ
どくだみや握手なら骨砕くまで
胃袋の形に溶ける夏野菜
メルカトル図法で青林檎切つてみよ
炎昼や狂気の蛸の茹で上がる
二重虹よからぬ系図阿弗利加まで
偽系図薄荷オイルを二三滴
夕焼けや煙突折ってみたくなり
敗戦日あっけらかんと風呂故障
端居してパンジーの三色目を考える
また逢ふ日なけれど菫つつがなし
蜂の胸希望のごとく括れをり
人体として木下闇を出て行かむ
耳立てて犬猫私日雷
蝸牛友達一人溶かしをり
ぬばたまの即身仏や夏の蝶
アネモネと早口言葉で言ってみるか
聖五月チタンの翼にしてあげる
なめくじの体内時計くれないか
ピアス穴に堕天使親子喧嘩して
明易し人類一斉にゴミを出す
五月雨や座敷童子の蒙古班
無目的的に蛇泳ぎ去る極暑かな
胸板を叩き痰切る梅雨の冷え
背を伸ばす猫ながながし梅雨晴間
奇術師の人体も鳩も道具なり
炎昼や活字大きな未来論
携帯電話を切ればほどける夏星座
モアイ皆夏の汀に望郷す
スペインの夏ピカソ少年泣いてをり
よくみればうぶな葡萄でありにけり
ここからは竜の領分瀧煙る
金魚鉢うつろふものは水替て
舟虫のわつと走りて泣きたし
月光に溶けては駄目よ蝸牛
ボトルシップに時間ずれだす夏日差
猫の尾は月の扉の合鍵
走馬灯燃えてしまへと止めてをり
梅雨寒や頭痛で測る脳の位置
無花果の撃たれしごとく落ちてをり
カサブランカ全人格とはこんなもの
自画像より鯨が美しいなんて
手花火や無声映画の雨となり
突っ伏せば草から夏となりにけり
施餓鬼会や人間の子のぐずりだす
絵を描けば慈姑のごとき叫びかな
雲の峰翔べない翼退化せず
青林檎半分喰つて考へる
赤海鼠掬へば少し嫌がれり
行く春やマジックミラーの草食系
地球儀の夏の地帯を削りとる
夏果てて魔術の函の中はから
宅配便明日には着くと竜に言ふ
九紫火星と大見得切って蝿叩く
海鼠にも神はおはすと海鼠言ふ
立葵音叉のごとく濡れてをり
身の底に穴惑するもののあり
身の底の蛇穴時に吾を呑む
半年を育てて卵火蛾となり
黒南風や旗はためいていて安心
八月の指から清算青酸燦燦
恋情の白装束の曼珠沙華
玫瑰や造反有理の少年過ぐ
せやからなあなんぼのもんやどぜう鍋
夏の海進化を止めしもの元気
墜ちてこそ瀧たまきはる命かな
一葉一葉見えぬ神ゐし椎若葉
原爆ドーム肺の空洞吹くやうに
片陰に少年半身失へり
夏の空鷹の形を整へぬ
夏の空溶けて水色の蛸となり
山椒魚どうせだつたら枕くれ
雲の峰悟空のごとく猫の坐す
未来より黒揚羽来る死にけるや