風の族の祝祭

詩歌の森のなかで、風に吹かれて、詩や短歌や俳句の世界に遊んでいたい。
著作権は石原明に所属します。

真夜中の文学的断想⑥ 『青年日本の歌』と漢文故事

2007-11-03 00:47:00 | 真夜中の文学的断想
革命歌というと「インターナショナル」や「ワルシャワ労働歌」よりもこの歌を想い出す。もちろんこれは「維新」の歌であって「革命」歌ではないが。



青年日本の歌(昭和維新の歌)


作詞・作曲:三上 卓

一、
汨羅(べきら)の渕に波騒ぎ
巫山(ふざん)の雲は乱れ飛ぶ
混濁(こんだく)の世に我れ立てば
義憤に燃えて血潮湧く

二、
権門(けんもん)上(かみ)に傲(おご)れども
国を憂うる誠なし
財閥富を誇れども
社稷(しゃしょく)を思う心なし

三、
ああ人栄え国亡ぶ
盲(めしい)たる民世に踊る
治乱興亡夢に似て
世は一局の碁なりけり

四、
昭和維新の春の空
正義に結ぶ丈夫(ますらお)が
胸裡(きょうり)百万兵足りて
散るや万朶(ばんだ)の桜花

五、
古びし死骸(むくろ)乗り越えて
雲漂揺(ひょうよう)の身は一つ
国を憂いて立つからは
丈夫の歌なからめや

六、
天の怒りか地の声か
そもただならぬ響あり
民永劫(えいごう)の眠りより
醒めよ日本の朝ぼらけ

七、
見よ九天の雲は垂れ
四海の水は雄叫(おたけ)びて
革新の機(とき)到りぬと
吹くや日本の夕嵐

八、
ああうらぶれし天地(あめつち)の
迷いの道を人はゆく
栄華を誇る塵の世に
誰(た)が高楼の眺めぞや

九、
功名何ぞ夢の跡
消えざるものはただ誠
人生意気に感じては
成否を誰かあげつらう

十、
やめよ離騒(りそう)の一悲曲
悲歌慷慨(こうがい)の日は去りぬ
われらが剣(つるぎ)今こそは
廓清(かくせい)の血に躍るかな


作詞者の三上卓はこの歌の発表当時海軍少尉で、昭和5年5月24才の時佐世保でこの歌を発表した。以来、昭和7年の5.15事件(自ら犬養首相を暗殺)や、昭和11年の2.26事件に連座した青年将校などが歌い継いだ。
したがってこの歌は右翼にとってもタブーとなる。戦前は逆賊の歌であった。戦後も私は右翼の街宣車からこの歌が流れるのを聞いたことが無い。

ところでこの歌は古代中国の故事をいくつか引用している。
「汨羅」「巫山」「離騒」「廓清」
である。

当時のシナ蔑視の風潮の中で国粋主義の右翼青年将校が歌っていたのは不思議な気分でもある。


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1 コメント

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お元気ですか? (Bruxelles)
2010-12-25 11:33:33
漢文故事はすで根を張る日本文化だったのではないでしょうか?曲のYou Tubeアドレスを入れておきます。
http://www.youtube.com/watchv=nMa67HPnyQo&NR=1
この人(掲載者)によると、既に日本文学からの引用とみなされています。

今荒木貞夫元陸軍大将の弁護人だった菅原裕氏の「東京裁判の正体」(国書刊行会)を読んでいますが、そのP.272~P.274にかけて菅原弁護人から荒木大将に贈った漢詩が掲載されています。物凄い力量です。今は大学入試からも漢文がなくなったそうですが、敗戦前は日本の文化人なら漢詩も故事も中国古典も、そしてある程度の中国語も、日本人の教養として自在に操れたのではないでしょうか。

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