先日の → ホログラム地球の人類に宿った意識の真実。。という記事で
ホログラム地球の人類には
‘人間の肉体’というホログラムのなかに、鉱物意識の者も、植物意識の者も、動物意識の者も、あった
と、書かせていただきました
それぞれの意識領域で、人間に顕れる特徴があります
それについて、今日は書いてみますね
ホログラムでは人間のカタチをとっていても
その内実は、意識領域の在りかたそのまま、です
→ アセンションする者にとってもしない者にとっても、宇宙は‘愛しかない’という理由。。 に書きましたように
意識領域の区別は、密度の違い・・つまり、光・愛の量・・神の素粒子・ヒッグス粒子の量の違い、です
このヒッグス粒子の波が広ければひろいほど密度は緩(ゆる)くなり
それは意識の在りかたが拡大してゆく、ということで
ヒッグス粒子の波が狭ければせまいほど密度は濃くなり
意識の在りかたは狭まって・・低くなって・・ゆく、ということになります
意識の在りかたとは、結局、自身の意識で動ける範囲、と言ってもいいかもしれません
つまり、自分の意志で考え行動する能力や、自身で選択する能力。。
鉱物意識は、ヒッグス粒子が少ないため
自身の意志や選択をもって創造する、ということがより制限されてしまいます
いっぽう、アセンデッド・マスター意識は、ヒッグス粒子が多いため
自身の意志や選択で自ら創造することがより可能になる、ということです
この違いがどう人間のホログラム現実の創造に顕れるかというと
ヒッグス粒子が少ない鉱物意識は
自身の意図よりも、集合意識に影響されやすい・拘束されやすい、ということ
集合意識でいっぱいいっぱいになってしまうため
独自の現実を創造するゆとりがありません
いっぽう、アセンデッド・マスター意識は
自身の意図をより反映させることができるため、集合意識に触れてもそこに疑問を抱くことができます
つまり、集合意識に囚われにくい、ということ
なおかつ自身の見解や気づきを活かし独自の現実を創造、結果、その影響をまわりにも及ぼしてゆきます
より現実的な観方をしてみましょう
★鉱物意識をもった人々・・
集合意識に影響されやすい鉱物意識の人間は
親の言うこと、学校で習うこと、世間体、社会通念、一般常識、既成の概念などを
なんの疑うことなく自身の現実に映しこみます、そこに自分の想いや考えというものを生みだす余地がありません
なので、人に言われるがまま、ルールに従うがまま、です
こうした人々は、自身を取り巻く環境に多大に影響され
そこが闇が色濃くあれば闇の在りかたのままに、
そこに光が色濃くあれば光の在りかたのままに、生きてゆきます
もし、闇が色濃くあったならば?
・戦争を起こすことが正義とするなら戦争に扇動されるでしょう
・「気に入らない人間はいじめてしまえ」と誰かが言うなら、言われるがままその人をいじめるでしょう
・もし、ネットやメディアで、こういった犯罪や殺人が起こっていると報道されれば、自分もその通りに行動、いわゆる模倣犯となりやすいのも、そう
もし、光が色濃くあったならば?
自然と調和し人の和を重んじるような独自の民族意識などがあったならばそのままに生きます
まわりに、思いやりや優しさをもって行動する人たちが多くいるならば、自身もそのようにあるでしょう
鉱物意識をもった人々には、こういった傾向が顕著です
★植物意識をもった人々・・
鉱物意識をもった人々よりは、より光・愛を吸収することができます
ゆえに、集合意識の拘束力は大きいのですが、でもそんななかでも
より優しいほう繊細なほうへと意識をもってゆくことができます
闇にあっては。。
・戦争には疑問を抱く、そんなことはしたくないと思う。にもかかわらず、社会がそうするならそれに従がわざるおえない、という認識での行動
・「気に入らない人間はいじめてしまえ」と言われたら、そんなことはしたくない。人をいじめるくらいなら自分がいじめられるほうがいいと、いじめられっ子になるのは植物意識の人たちが多いのです
・ネットやメディアで、残酷なニュースを目にすると、今の世のなかはなんてヒドイ世の中なのだろうと、悲しく、虚しく感じるのもそう。でもだからといって、その社会を変えようとする意志力までをも持つことはなかなか難しい
というのが、植物意識の人々の特徴です
光にあっては。。
自然と対話し、ひとり瞑想するなど、ひとり静かに過ごす時間がすきです
もちろん、繊細な思いやりや優しさはそのままに・・
★動物意識をもった人々・・
集合意識の影響力は強いのですが、そのなかでも自身の自由度が増します
闇にあっては。。
より残忍さが増します
猟奇的な犯罪や、人としてどうしてそんなことができるの?と思ってしまうようなことを他者に平気でするような人は、動物意識の人です
どうしてこうした現象が起こるのかというと
動物意識の人は、意識を拡大し、低次アストラル界に接することができてしまうためです
低次アストラル界というのは、いってみれば、魔の巣窟です
動物霊などの低級霊や、悪霊とつながってしまうのですね?
生霊となったり、憑依をうけてしまうのは、動物意識の人々です
光にあっては。。
陽気に、または愛嬌をもって人々に接することができる人です
それは必ずしも、人を喜ばせようという意図があるわけではないのですが
要するに、自分がそうすることが楽しい♪ という感じですね?
★人間意識をもった人々・・
集合意識のなかにあって、そこに疑問を抱き、ではどうすればいいのか?というところまで自身の意図を拡大させることができる人です
闇にあっては。。
光との統合を目指しはじめます
闇にありながら光の在りかたであろうと意図する力が働きます
→ 光のツイン “プラチナツインレイ” の皆様へ 2。。 をご参照いただければと想いますが
抜粋して・・
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>ホログラム地球では、
>人の数だけあった真実や正義や善や体験のなかで
>
>たがいに
>
>。。理解しあおう
>。。受けとめあおう
>。。思いやりあおう
>。。妥協点を見つけ、よりともに過ごしやすいように譲りあおう
>
>・・と努力することにこそ、価値が見い出されてきました
>
>そしてそれが、個人を尊重することだとも・・
と、以前、書かせていただきましたが
これは、3次元ホログラム地球においては
光と闇を統合させるプロセスにおいて
どうしても必要な心の持って行き方でした
そうして、人間には闇の側面があることを容認し、理解し
光の側面と闇の側面をうまくコントロールできるよう鍛錬しながら
自身のバランスをとること、意識を高めてゆくことが、求められていたのです
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こうして、自身や他者に働きかけながら気づきを増し意識を拡大し
集合意識を変えてゆけるほどにまで内なる創造を進めてゆける人々
光にあっては。。
その光を、世界の闇の領域まで広げ、闇を駆逐しようと、あえて闇に飛び込んでゆきます
★男神女神、アセンデッド・マスター意識をもった人々・・
集合意識の変革を一気にすすめる意志力と明晰な意図をもちます
闇にあっても光にあっても。。
これまでの既成概念や一般常識など、人々を拘束している集合意識をことごとく押し倒し、まったく新しいものの見方考え方を世間に知らせます
また自らにその在りかたを生き、示し、人々に‘変わり者’とみられ敬遠されがちなのもこういった人たちです