最近、岐阜大学大学院医学系研究科脳神経内科学分野
下畑享良 教授の講演を聞きました。
COVID-19は急性期の呼吸器疾患から慢性期の神経疾患として人体への影響が危惧され始めていること。Long COVIDの病態機序もだいぶ明らかになりつつあり、COVID-19感染が認知症の新しい危険因子となっていることについて、最新情報を含めての講演でした。
要旨は、
・COVID-19罹患はアルツハイマー病のリスクを2倍程度上昇させる.
・認知症のリスク因子として、高齢者、重症感染、3ヶ月以上の嗅覚障害がある。
・軽症感染でも(気が付かないだけで)高次脳機能に影響が生じている可能性がある。
・軽症感染でも脳血管に炎症が生じうる。
・高齢者では感染後、眼窩前頭皮質の萎縮や機能障害が生じうる。
・嗅球から眼窩前頭皮質までの嗅覚伝導路にウイルス感染や炎症の伝播が生じうる。
・神経後遺症の機序として,ウイルスの持続感染が重要視されている(咽頭のPCR陰性は全身のウイルス消失を意味しない)
・ワクチン接種はlong COVID予防・治療に有効である。
・抗ウイルス薬の長期間投与がlong COVID治療に有効かどうかが注目されている。
・COVID-19から脳を守ることを啓発する必要がある、とのことです。
下畑先生のブログでは、
1.Long COVIDの一因がSARS-CoV-2ウイルスの持続感染であることを示す知見が続々と発表されています。
舌で最長1年3ヶ月、大腸では約2年の持続感染が報告され、long COVIDの治療は、ウイルスを体内から完全に除去する必要があること。このため、抗ウイルス薬Paxlovid を通常処方の5日間でなく、15日ないし25日間使用するRECOVER VITAL試験がNIH主導で始まっていること。
また今回、動物への感染実験で、オミクロン株は(ワクチンのためでなく)武漢株等と比べ弱毒化し、嗅覚障害も減少することが示されましたが、それでも嗅覚伝導路を経由して脳に伝わっていること。このため、オミクロン株になっても、ウィルスが神経に向かいやすい事が示され、感染アカゲザルの脳には炎症が生じていること。つまりヒトでも感染時に脳に神経炎症が生じる可能性があるようです。
このことは、例えばその人にアルツハイマー病理(アミロイドβの蓄積)が存在すれば、神経炎症により発症リスクが増加したり、認知症が増悪する可能性がある。また日本の第9波では子供の感染が外国に比べ多いとのことですが、子供の未熟な脳の発達に神経炎症が影響しないか気になるとのことでした。
2.メトホルミンはlong COVID予防薬としての効果が期待されること。
感染後すぐにメトホルミン、イベルメクチン、フルボキサミンによる外来治療を行うことで、long COVIDのリスクが低下するかを検討した研究が報告された。米国の6施設で無作為化四重盲検第3相試験(COVID-OUT)を実施。対象は発症7日未満で、登録前3日以内に感染が証明された30~85歳の過体重または肥満の成人。メトホルミン+イベルメクチン、メトホルミン+フルボキサミン、メトホルミン+偽薬、イベルメクチン+偽薬、フルボキサミン+偽薬、偽薬+偽薬の投与群に1431人が無作為に割り付けられ、うち1126人が長期フォローアップに同意し、1126人中1074人(95%)が少なくとも9ヵ月の追跡を完了。1126人のうち93人(8.3%)が300日目までにlong COVIDと診断。300日目までのlong COVIDの累積発生率はメトホルミン投与群で6.3%、偽薬群で10.4%(ハザード比0.59;p=0.012)。発症後3日以内にメトホルミンを開始した場合、HRは0.37でした。イベルメクチン(HR 0.99)またはフルボキサミン(1.36)は無効だった.以上より、メトホルミンは、偽薬と比較してlong COVID罹患率を約41%減少させ、絶対減少率は4.1%でした。糖尿病治療薬のメトホルミンが、long COVID予防薬としての効果が期待されるとのことです。Lancet Infect Dis. 2023 Jun 8:S1473-3099(23)00299-2.(doi.org/10.1016/S1473-3099(23)00299-2)
講演会の反応として、「驚いた.一般の人にも広く知らせるべきだ」「画像でわかる脳の変化を起こすとは怖い」「もうワクチンを打たないつもりだったけれど打ちます」「不安を煽るのも良くはないが、神経疾患リスクについて啓発し、極力、感染を防ぐべきだ」等の意見が寄せられているとのことです。