「パリイェルム・ペルマール」
(主人公の名前、「馬にまたがった黒い肌の神」)
IMW邦題「僕の名はパリエルム・ペルマール」
監督・脚本: Mari Selvaraj
音楽 : Santhosh Narayanan
音楽 : Santhosh Narayanan
撮影 : Sridal
出演 : Kathir, Anandhi, Yogi Babu
公開 : 2018年9月28日(タミル語・154分)
出演 : Kathir, Anandhi, Yogi Babu
公開 : 2018年9月28日(タミル語・154分)
※2020.9.7
IMW上映にあたり加筆しました。
※2020.9.18
念のため出典を追加しました。行が増えて読みにくくなり恐縮ですがご容赦ください。
◆ストーリー
ダリトの青年パリイェルム・ペルマール=パリヤン(カディル)は、仲間や猟犬たちと狩りに出たが、彼の愛犬カルッピが行方不明になる。ダリトであるパリヤンたちを差別し嫌う若者らの悪意により、カルッピは線路につながれていたのだった。パリヤンは駆けつけて救おうとするが、カルッピは彼の目の前で列車に轢かれてしまう。
その後パリヤンは、弁護士をめざして意気揚々とティルネルヴェーリ法科大学に進学するも、英語で行われる授業についていけない。そんな中、同じクラスのアーナンド(ヨーギ・バーブ)と意気投合。また女子学生のジョー(アーナンディ)は、その正直すぎる発言で教師たちを怒らせてしまうパリヤンのユニークさに興味を持ち、彼に英語を教えサポートすることを約束する。
街では、バスに乗り遅れかけた白髪の老人が、学生に助けられ乗車する。しかし老人はその後、走行中の満員のバスの乗降口で談笑する学生の手をそっと手すりからはずし、学生は転落して死亡。老人は群衆に「私を助けてくれた優しい青年が、なぜこんなことに」と嘆いてみせていた。
パリヤンは、彼に好意をいだく様子のジョーから身内の結婚式に招待される。「招待する友達はあなた一人よ、絶対に来てね」とジョーから念を押され、パリヤンは贈り物を用意してパーティの場に足を運ぶが、そこにはジョーの姿はなかった。
じつはジョーは、父親から急用を申し付けられ「パリヤンが来るから席をはずせない」と抵抗したものの、聞き入れられずに一旦帰宅していた。そしてパリヤンは、ジョーの父親から「話がある」と物置小屋に連れて行かれる。「どうか娘に近づかないでほしい。なぜなら...」ここからパリヤンは、カースト差別にもとづく理不尽な事態に直面することになる。
◆まとめ
クラスの女子学生と仲良くなった弁護士志望の青年の苦悩を通して、ダリト差別の現実を描く。パー・ランジットの初プロデュース作品で、監督は新人のマーリ・セルヴァラージ。彼もまたランジットに同じくダリトの出身だそうだ。ちなみに主人公の出身地とされ、劇中で何度も言及されるプリヤングラムは実在の村で、セルヴァラージ監督の故郷でもある(これらの情報は、下部に記載したインタビュー記事に詳しい)。
前半ちらちらと見えていた不穏な流れは、中盤以降に一気に加速する。パリヤンの黒い飼い犬・カルッピ(「クロちゃん」あたりか。おそらくダリトの暗示)の運命、そのイメージにパリヤン=ダリトの姿を重ねるセリフや映像・歌詞が胸に刺さる。
テーマの描き方は、ランジット自身の監督作・ラジニ主演の「カーラ〜黒い砦の戦い」よりもさらにラディカルな印象。ダリト解放運動の象徴的存在であるアンベードカル博士については、物語の本筋にはさほど関与しない場面でシンボル的な形での言及や引用がある。「カーラ」のあのクライマックスシーンの「青」もすさまじかったけど、本作でのアンベードカル・ブルー(ダリト運動そのもののテーマカラー)の使われ方、その視覚的インパクトも相当なものです。
この作品が持つ重いテーマに、鑑賞後もショックはなかなか去らない。なのに意外にも、暗い気持ちにはならないのが新しい。つらい描写のそのつらさが「不快感」にかわってしまう一歩手前にうまくおさめられていて、痛みだけが残るというそのさじ加減が絶妙と感じる。
この作品が持つ重いテーマに、鑑賞後もショックはなかなか去らない。なのに意外にも、暗い気持ちにはならないのが新しい。つらい描写のそのつらさが「不快感」にかわってしまう一歩手前にうまくおさめられていて、痛みだけが残るというそのさじ加減が絶妙と感じる。
たとえばバーラー監督作だと、わたしなどは重苦しく胸につかえ、あげくにうなされたりするんだが(泣)この作品にそういった感覚や後味の悪さがないのは、折々に見られる救いの要素や、かすかな希望を感じさせるエンディング、そして作品世界のカラリと乾いた空気感(謎の老人の挿話だけは別で、じっとりと重く湿った空気)なども理由かも。
好みは分かれるかもしれないけれど、強力なメッセージ、スタイリッシュな映像・音楽とその一体感、観賞後の余韻、わたしはこれは「映画」というものが生み出すことができるパワーをガツンと体感できる、ものすごい作品だと思った。現地での数々の賞の受賞にも納得。
必見の1本です。
参考:
Mari Selvaraj on his sleeper hit ‘Pariyerum Perumal’
(この作品を撮ることになった経緯、作品の背景、パー・ランジットと関係など)
If you praised ‘Pariyerum Perumal’, speaks up on caste killings:Director Mari selvaraj
(カースト差別に関するセルヴァラージ監督の発言など)
◆俳優さんたち
「ヴィクラムとヴェーダー」(2017)でヴェーダーの弟役が光っていた、そして明日公開のヴィジャイ「Bigil」にもその名前が見えるカディル。
彼のお芝居は非常に繊細なんだけど、感情におぼれすぎることなく抑制がきいていて、その味わい深さはストーリーに心を奪われすぎてしまう初見時よりも、2度・3度と見れば見るほどそのインパクトと感激がジワジワと増していくように思えた(実際に増した)。
後半にジョーと語り合うシーンや線路のシーンなど、彼の演技が印象に残った場面は数え切れないほどあるんだが、この作品に関してはそれを語るとどうしても物語の核心に触れてしまい未鑑賞の方の興を削いでしまうため、ひかえることとします。
苦悩する表情や怒りの表情も非常に良いけれど、中でも澄み切った瞳をキラキラとさせる彼の笑顔には本当に胸を打たれた。
ほかにも劇中で鑑賞者に救いを与えてくれるヨーギ・バーブの役柄とその熱い演技、かわいらしいアーナンディについてなど、あれこれと語りたいのに、エネルギーを使い果たし力尽きたので(泣)いろんな意味で印象に残った主人公の父親役・タンガラージ氏について少しだけ。
インタビューによると、タンガラージ氏は長年、劇中と同じあのスタイルで無名のプロとして働いてきたが、引退して数か月たった頃、マーリ・セルヴァラージ監督から「どうしてもあなたに」と出演依頼があったとのこと。監督の地元の寺院のお祭りに毎年呼ばれていたのを、監督が覚えていてのスカウトとなったらしい。
インタビューによると、タンガラージ氏は長年、劇中と同じあのスタイルで無名のプロとして働いてきたが、引退して数か月たった頃、マーリ・セルヴァラージ監督から「どうしてもあなたに」と出演依頼があったとのこと。監督の地元の寺院のお祭りに毎年呼ばれていたのを、監督が覚えていてのスカウトとなったらしい。
劇中での彼のエピソードに衝撃を受け、その後、彼のインタビューやメイキング映像、はたまた映画祭で喝采を浴びる映像など見ることで、平常心を取り戻したような次第でした。
※タンガラージ氏インタビュー
The untold history of Tangaraj
そうそう、あと忘れてはいけないのがカルッピを演じた黒いワンコ。彼女の名演には本当に泣かされた(何かのインタビュー記事でカディルが「彼女はとても賢く、理解力のある犬だった」と言っていたのでたぶん女の子)
※カディルが出演の経緯・撮影の様子などに加え、カルッピについても語っている該当記事
Actor Kathir on Pariyerum Perumal
◆音楽
サントーシュ・ナーラーヤナンよ、あんたはやっぱり天才や(号泣)と再確認したのがこのアルバム。
とくに主人公の(そしてダリトの)心の叫びソング “Naan Yaar”(俺は何者だ)の、サントーシュ・ナーラーヤナンらの魂のヴォーカル、監督みずから手がけた歌詞、さらに劇中での使われ方とそのインパクトには、打ちのめされ卒倒した(号泣)
この曲がなければ、作品にここまでのインパクトはなかったかも?と思えるほど、作品・映像との一体感、そのエネルギーがすさまじい。この曲と”Karuppi” の2曲については、もうこれこそが「映画そのもの」というほどの存在感。
下記のサントーシュ・ナーラーヤナン出演の歌詞入り公式動画には、セルヴァラージ監督のお姿も。(YouTubeには他に本編映像バージョンもあり)差別をテーマとしたつらい映像も含まれ、歌詞もまた非常に重いものだけど、この曲の素晴らしさには本当に鳥肌が立つ。メロディもヴォーカルも編曲もシンプルなのにすさまじいカッコよさで、とくにラストのサビ以降のたたみかけてくる感じ、ベースの音運びの渋さなどもたまらない。これはもう、何百回聴いても飽きない。
ほかにもアンドニー・ダーサンが劇中、おそらくメジャーになる前に旅回りのミュージシャンだった頃そのままの姿でダンスも披露している、ソウルフルな”Engum Pugazh Thuvanga"、やわらかなメロディと美しい歌声、そしてこれもまたその歌詞に涙なしには聴けないエンディングの"Vaa Rayil Vida Polaama“など、このサントラのすべてが名曲ぞろい。
マーリ・セルヴァラージ監督、そしてサントーシュ・ナーラーヤナン、制作に関わるすべての人たちの魂と情熱が注ぎ込まれた熱い、重い、そして感動の1枚です。
◆おまけ
マーリ・セルヴァラージ監督は、次作でダヌシュと組むそうだ。この12月から撮影開始との情報あり(タイトル未定)。このセルヴァラージ監督と、あのダヌシュなので、これもまたすごい作品になりそうな気がする。非常に楽しみ。
※追記〜その後発表されたタイトルは「Karnan」
★追記★
IMW2020で、この作品が公開されるとのこと。これを劇場のスクリーンで観られるなんて、本当に夢のような時代だ(泣)私にとっては「これを観ずにタミル映画は語れない」と言ってしまいたいほど、インパクトが大きく非常に感銘を受けた作品(物語だけでなく映像表現や音楽などすべてに)なので、少しでも多くの方にこの「映画体験」を味わっていただけたらなあ、と。
それにしても「ヴィクラムとヴェーダー」「ビギル 勝利のホイッスル」「僕の名はパリエルム・ペルマール」と、日本では続々とカディルの主演・主要キャスト作品の公開がつづきますね。人気が出るといいな。
※以下、ちょっとネタバレのおまけ追加
とても印象的なラストシーンについて。紅茶=英語での名称がBlack Teaであることをふまえて、グラスの種類だけでなく中身にも注目していただくと、より味わいが増すかもしれません。
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