地元では『道了さん』として親しまれて県民なら誰でも知っている有名なお寺です
この辺りは、足柄山の金太郎さん、大天狗さん、カラス小天狗、二宮尊徳翁などを輩出した地域です
最乗寺は
800年前に達磨さんで知られる禅宗五家(曹洞、臨済、潙仰、雲門、法眼)のうち単一宗教宗派最大の曹洞宗のお寺で、600余年前に相模国大住郡糟谷の庄(現在伊勢原市)に生まれ、藤原姓だった了庵慧明禅師が開山
地頭でしたが戦国乱世の虚しさを感じ、鎌倉 不聞禅師に就いて出家、能登總持寺・丹波(兵庫県三田市)永沢寺通幻禅師の大法を相続、大本山總持寺に輪住
50才半ばにして相模国に帰り、曽我の里にて修行中のある日、1羽の大鷲が禅師の袈裟をつかんで足柄の山中に飛び大松(袈裟掛けの松)の枝に掛ける奇瑞(めでたいことの前兆として起こる不思議な現象 )を現じ、その啓示によって應永元年(1394年)3月10日この山中に大寺を建立、大雄山最乗寺と号
大雄山最乗寺の守護道了大薩埵
了庵慧明禅師の弟子だった道了尊者は、師匠の了庵慧明禅師が最乗寺を建立することを聞いて、近江の三井寺から天狗の姿になって故郷の相模の国足柄に飛んできて、500人力といわれた神通力を使って谷を埋めたり、岩を持ち上げて砕いたりして寺の建設を手伝いました。
そして了庵慧明禅師が75歳でこの世を去ると、寺を永久に護るために天狗の姿に化身して舞い上がり、山中深くに飛び去ったといわれ、以来、寺の守護神として祀られています。
道了さんは今も山々や参拝者・庶民を護るために大天狗となって広大な杉林で生きているそうです。
天狗のカエデの葉ウチワがお寺の紋章
曹洞宗は、日本におけるとしては最大であり、14,000を超える寺院を有し、総本山は2つ。大本山を両大本山と呼び神奈川県の大本山總持寺と福井県の大本山永平寺だとのことです。
※鶴見の総持寺には
芦田均 - 内閣総理大臣、清浦奎吾 - 内閣総理大臣、大西瀧治郎 - 海軍軍人
関屋敏子 - オペラ歌手、作曲家、石原裕次郎 - 俳優、歌手
黛敏郎 - 作曲家、アントニオ猪木 - プロレスラー
なども墓所があって菩提寺になっています。
大雄山の堂塔は30余棟
世界一の大高下駄
天狗さんの履き物は、高下駄ですが、下駄は左右一対そろっていないと役割をなせないところから、夫婦和合の信仰がうまれ、奉納者が後を絶たないとのこと。
🔶天狗さんの高下駄は一本歯と二本歯があり、一本歯の下駄はもともと登山用として使われていたので坂道を負担なく歩くための知恵。
下駄の歯に石コロが挟まらないだけでなく、「頭の先から、足の先まで一直線になっている姿勢」で体幹が整えられ、声量がアップする・腹から力強く発声できるなどのメリットがあるとされています。
天狗の葉団扇のようなカエデの落葉があちこちに
應永18年3月27日、了庵禅師75才(1411年)にしてご遷化。道了大薩埵は「以後山中にあって大雄山を護り多くの人々を利済する」と五大誓願文を唱えて姿を変え、火焔を背負い右手に拄杖左手に綱を持ち白狐の背に立って、天地鳴動して山中に身をかくされた。
以後諸願成就の道了大薩埵と称され絶大な尊崇をあつめ、十一面観世音菩薩の御化身であるとの御信仰をいよいよ深くしているとか
≪すべて修行僧のかたに聞いた知識の受け売りでした≫
紅葉が美しい境内
道了尊が 天狗に化身したときの像
「五大誓願文を唱え、火炎を背負い、右手には悪を打つ拄状(しゅじょう)左手に悪を捕縛する縄を持ち、両手両足に幸運の使いの蛇を従え、天狗に化身し、白狐の背に立ち、天地鳴動して山中に身を隠された」という伝説をかたどった石像。
奥の院につづく300余段の石段
結構キツかったです。。。