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 旅行はあまり有名ではないところをメインに身勝手な感覚で記述し、武漢ウイルス以降はグチばかり・・・

新潟が生んだ日本の偉人

2017年06月27日 | 観光地ではない旅行
最後まで戦争に反対し、意に沿わぬ戦争を指揮しなくてはならなかった男 山本五十六海軍大将 【後に元帥】

記念館玄関
小さすぎて見落としそうな建物です


館内の片隅に置かれた山本五十六像


アップ画像。 撮影禁止だった実際の山本元帥のお写真と比較するとお顔の柔和さが違っています。スナップ写真では非常に温厚そうなお顔でした。


中村大三郎画伯による山本大将の肖像画


山本大将の戦死現場
ブーゲンビル島で米機に撃墜された山本大将搭乗機の実写真


パプアニューギニア政府の好意により1989年に機体の左翼が我が国に還されました


山本長官が搭乗していた海軍航空隊一式陸上攻撃の左翼実物




一式陸攻の乗員
撃墜された一式陸攻機には、山本長官のほか福崎副官、軍医、参謀、他に7名の乗員が搭乗していたそうです。


展示されている左翼部分の説明




傷痍軍人徽章
山本大将がお上から戴いた勲章の中で最も喜び、大切になされていた徽章だそうです。
 勲一等旭日大綬章もお持ちでしたが、同章もそれ以上の勲章さえも皇族ならほとんど自動的に何の功労もなく得られますが、この徽章は 「軍人」 かつ 「戦場で戦闘中に負傷」 しなければ戴くことはできませんから皇族・華族では絶対に得られない一平民としては貴重な徽章です。


※大勲位菊花章頸飾は、日本の勲章のうち最高位に位置します。
今上天皇は、最高位の大勲位菊花章頸飾、勲一等旭日桐花大綬章、瑞宝大綬章等々を自らお持ちであります。

 山本五十六元帥は、その大勲位菊花大綬章という大勲位菊花章頸飾に次ぐ勲章を死後に授けられています。

国葬については、昭和天皇が 「皇族や華族以外の一平民の山本を国葬にするのか」等々の疑義を挟まれたそうですが最終的に皇族以外で初めて国葬にして戴きました。
【皇族、華族ではない平民が国葬とされたのは唯一でした。】


真珠湾 (ますみ) 人形。 山本大将が慰問品の中から選んで、ますみ(真珠湾)と名付けて大切にしていたとされる日本人形で人形に付いている家紋は山本家の紋。

記念館はワンフロアの小さな展示でしたが貴重なお品が多くて観覧には数時間を要しました、後半は後日のアップにさせて戴きます。
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