シーン10 福生組資料館の事務所で丸べえと角べえが話している。丸べえが「水野さん。長寿集落の先祖は一日に六〇〇〇文字以上印字してる。われわれが一日に回収できる量は、一二〇〇〇文字ぐらいで二人ぶんにしかならない。他の書類は、どこかに消えてるのだろうか」と言った。角べえが「どこかに宇宙人がいて、ひそかに回収してるのだろう。おれは両替商の女中がそれだと思うんだ。お金のことに関してわれわれが知らないことまで知ってる。絶対あやしい」と言う。角べえが事務所の片隅に、置いてある短針だけで文字盤の間隔が少しずつ短くなってゆく時計を見つけて「悪魔の時計だな。レプリカをつくったのか」と言った。丸べえが「五〇〇年以上昔の物なんだが」と、答えると、角べえが「回収される書類も昔の、状態の物ばかりだ。どこかに瞬間物質移動装置があるのかもしれない」と言う。丸べえが「われわれも大陸へ移動する準備をしましょうか」と言って、「一七八六ねん一がつ一一にち。まるべえは五〇さいになって、しんこくににゅうこくしたので、よていじゅみょうはむせいげんになりました」と書いた書類を角べえに見せる。
シーン11 江戸の郊外に、長さ一〇〇mぐらいのまっすぐな長屋が三棟並んでいる。真んなかが人間の住む長屋で外側は養豚場になっていた。長屋の入り口に、みすぼらしい身なりの親子がたたずんでいて、丸べえと角べえが並んで歩いて近づく。角べえが丸べえに「ここにくると、大陸に、移住した気ぶんになりますなあ」と話しかける。丸べえが「販売計画書の『えた』と『』が私にはよくわかりません。罪人を意味するのか、元の、奴隷をたとえてるのか見当がつかない」と言う。角ベえが「おれは元の奴隷でいいと思うけどな」と言った。長屋の、なかの方へ入っていくと、南蛮人の、格(かっ)好(こう)をした元の奴隷が机に座って、筆で巻物を書いている。一〇人ぐらい豚をながめながら、巻物を書いていた。角べえが丸べえに「巻物は売れてるか」と聞く。丸べえは「売れてるよ。戦国時代の巻物をこうしてつくってることに誰も気づかない」と言う。角べえが「識字率を下げたあとは、こいつらの送りがなとあべこべな『ず』や『づ』を使えばわれわれ以外に読み書きが、できる者がいなくなる」と言った。丸べえは「その前に大陸へ移住しましょうよ」と言う。
シーン12 中学館の悪魔編集部。幸司が「そんなことになったら悪魔が売れなくなる」と叫んだ。典子が「編集長。どうかなさったんですか」と聞く。幸司が「時代小説の新英先生が急病で入院した。かわりに一〇〇万円ぐらいの原稿を選んで」と言う。典子が「本人からの申し出なんですか」と聞いたら、幸司が「思い出しただけで頭痛と吐き気がするそうだ。午前中に選んでおいて」と言った。典子は窓ぎわの金庫をあけて、値札がついた原稿の束をとり出す。幸司は「えたに巻物を書かせる話は読んだ記憶があるな」とつぶやきながらデータ室に向かう。幸司はデータ室のパソコンで検索しながら、「わざわざ旧漢字で入力しやがって」とつぶやいたがデータは、なかった。
シーン13 長寿集落。机の上に印字された紙がある。「一〇一六ねん一がつ一一にち。さかたに一お。だれもよみかきができなくなったらこっちではんばいけいかくしょもしさんひょうもぜんぶつくるから」。一おが直径一〇㎝ぐらいの竹で、酒の入れ物をつくっている。一おが「酒を飲んだら読み書きができるような気ぶんに、なれるようにするからさ」と言う。
中学館の食堂で幸司が生(しょう)姜(が)焼き定食を食べながら「読み書きができるような気ぶんってなんだろうな」と考えていたら、「その調味料だから」と言う声が聞こえた。まわりを見まわしたが、腹話術を使ったような人物はいない。幸司は「野菜を、食べてる豚を食べれば、野菜を食べたことになるか」とつぶやく。配達係の男が、前の席に座ろうとしていたら、「そこ私の席です」と言いいながら典子が座った。お盆にハンバーグを、パンではさんだ物を二つと、コーラを載せている。典子が「編集長。選んでおきました。大修先生の、一五〇万円の原稿を一〇〇万円に値切ればいいんですね」と言う。幸司が「そうすると五〇万円まるまるもうかるわけだな」と言って、典子が「新英先生の見舞いはどうしますか」と言った。幸司は「干し魚の袋詰めでも送っておいて」と言いながらコーヒーを飲み干す。
シーン14 江戸の町。大道芸人が語りながら十字架三つをお手玉のようにしている。他に十字架が六つ置いてあるから、あれを全部お手玉にするんだろう。大道芸人が「隠れキリシタンの幸司と典子は、長崎の町から、自由の町江戸へ向かって旅を続ける」と語りながら十字架を四つにした。手前の箱に一文銭が一枚投げ入れられる。大道芸人はさらに、「嘆願書を懐に、したためた幸司にとおりすがりの侍が『そいつをよこしてもらおう』と声をかけた。幸司は『この道は江戸へ続いてるんでしょうか』と聞き返す。侍が『貴様は隠れキリシタンだな』と言いながら刀を振り上げる。典子が『きゃあ』と悲鳴を上げた。幸司は腰につけてた十字架を、侍に投げつける」と語りながら十字架を六つにした。一文銭がばらばらと一〇枚ぐらい投げ入れられる。大道芸人は「幸司の十字架は、侍の目玉に命中して、侍は後ろにひっくり返った。幸司は十字架を拾って、二人の旅はまだまだ続く」と語りながら十字架を九つにした。馬でとおりかかった角べえと丸べえはちょうどその場面を見て、馬をとめる。角べえが「南蛮人の血が三種類まざってるやつは時空を超えるんだろう」と丸べえに声をかけた。丸べえが「最後を失敗するとおしゃかになるんだ」と説明するように言う。大道芸人は九つの十字架を三〇秒ほどお手玉にしてから、最後に片手でひとつずつそろえて全部受けとめて目を見開いた。箱に一文銭が一〇〇枚くらい投げ入れられる。
シーン15 福生組資料館の事務所。角べえが丸べえに「このままさらに読み書きができなくなると、未来からこっちに、さかのぼってくるようになるな」と言う。丸べえが「すでに各地の大名屋敷で、元の奴隷が巻物を書いてる。未来に残る物は送りがなの間違った不規則変化しかない」と言った。角べえが「そうすると未来で書物を読むときに、われわれの時空にさかのぼってくるわけだ。われわれがもうかるように、細工するべきだな」と言う。丸べえが「どのようにやりますか」と、聞くと、角ベえが「われわれが国語辞典をつくって、画数が多い漢字を未来のやつらに覚えさせれば、大陸に移住してからでも指示ができる」と言った。丸べえが「それはいい考えだ。さっそくやろうか」と言う。二人で、馬であちこち駆けまわって事務所にびっしり書物を並べる。
シーン16 中学館の悪魔編集部。幸司がパソコンでスパイダソリティアをやっている。幸司が「また周回遅れパターンか。もう二時間以上クリアできてない」とつぶやく。典子がやってきて「学生バイトがいつもより多く集まってますけど」と言う。幸司が「なん人ぐらい」と、聞くと、典子が「全部で五〇〇人はきてます」と答えた。幸司は「説明を柔道整復師にやらせて全員立ち読みさせて」と指示してソリティアの続きをやる。幸司が「『日中戦争までやらないと』は誰のせりふになるんだ」と、つぶやいたらソリティアがクリアできた。
二九階で机と椅子を前に詰めて、後ろに原稿を持った学生が五〇〇人ほど立っている。肩幅の広い柔道整復師が「講評を書くときだけ、そこの椅子とテーブルを使ってください。腰が痛くなったら私に、テレパシーで言うように。それじゃあ始めてください」と言う。
長寿集落。一おが、先が黒くて短いわりばしみたいな棒を煉(れん)瓦(が)のような物でこすって、火をつけてすぐ、直径四㎝くらいで長さ一〇㎝ぐらいのろうそくに火をつける。ろうそくを机に立ててから、紙に印字し始めた。「にっちゅうせんそうのことはこだわらなくてもいいよ。きみのなまえはたしか。われわれがけつぎしたことだから、しょうがないのさ」。
シーン17 福生組資料館の事務所。丸べえが西洋紙に万年筆でことばを書きながら「国語辞典の編集をやると未来がかいま見えるな」と言う。角べえが「大陸で近親婚の意味あいがある漢字をそっちに書けばいいんだ」と言った。丸べえが「するとこれはわれわれの販売計画書になるわけだな」と言う。角べえが「そうだ。複雑な漢字の方が、頭の体操になる。はっはっはっは」と笑った。丸べえが紙に阿片と書きながら、「未来で日本と大陸が戦争になる原因は日本向けの、貨幣の供給を停止したことだとさ」と言う。角べえが「けちくさいやつだな。おれの子孫じゃないぞ」と言った。丸べえが「おれの子孫に、流れ弾が当たらないようにできるだろうか」と言う。角べえが「それは無理だな。おれたちが移住して孫の代になったら、こっちの、国との関係をわからないようにするしかない」と言った。丸べえは紙に阿呆と書きながら、「いずれにしてもわれわれがいないとここの時空は、なにもわからないな」と言う。
シーン18 江戸の町。両替商の店先。ちょんまげの男が入っていくと、高価な着物を着たヒス子(女性宇宙人)がすぐ出てくる。ヒス子が「なにかご用でしょうか」と聞いたら、男が「長屋の屋根をなおすお金が、いるんですが」と言う。ヒス子が「修繕費でございますね」と言いながら、紙に筆で「屋根の修繕費」と書く。ヒス子はそれを男に渡して「これを資料館に持っていって小切手と交換してきてください」と言って小切手の見本を見せる。男は資料館に向かって歩き出す。男が資料館に着いて一階右側の奥で、普通の着物を、着た案内係の女性に紙を渡すと案内係は、「ちょっと待っててくださいね」と言って二階へ上がっていった。二階に着くと案内係は、事務所のドア越しに「長屋の、屋根の修繕費はいくらでしたか」と大きな声で聞く。丸べえが「二〇文だ」と言ったら、案内係は「二〇文ですね」と言って下へ下りていった。案内係は二㎝くらいの金属活字で、「二〇文」と印字してから福生組のはんこを押して、小切手をさっきの男に渡す。男が両替商に小切手を持っていくと、両替商の主人が「二〇文だな」と言いながら、天(てん)秤(びん)ばかりの、片方の皿に一文銭を五〇枚ぐらい置いてから、もう片方の皿に重りを置いて、釣り合うように一文銭を一枚ずつとりのぞき始めた。男がけげんな表情で見ていると、ヒス子が「一九文だったり二一文だったりしますが二〇文の重さに違いは、ないのです」と説明する。
シーン19 中学館の悪魔編集部。幸司がソリティアをやりながら「天秤ばかりの使い方は確かあったな」と、つぶやくとソリティアがクリアできた。幸司が「やっぱりそうだ」とつぶやいたら、ヒス子が「もういちど確認してください」と言う。幸司は「ぜにの重さがどうとか、昔読んだような記憶がある」とつぶやきながらデータ室へ向かった。幸司がデータ室のパソコンで検索すると、お金の重さで量を計算する使い方しかないようだ。幸司がヒス子に「もう終わりなんだろ」と言う。ヒス子が「なにかおもしろい話は、なかったでしょうか」と言う。幸司が「もうないよ」と答えたら、ヒス子は「それじゃあお元気で」と言った。
福生組資料館の事務所。丸べえが紙に暗(あん)誦(しょう)と書きながら、「われわれはこのまま時空を超えることになるな」と言う。角べえは大陸の書物を見ながらうなるように「近親婚に近い漢字はどれだ」と言った。案内係がドア越しに「甥(おい)の出産祝いはいくらですか」と叫ぶ。丸べえが「五文だ」と強く言う。資料館の裏口に、つないだ馬の背なかにからすがとまって、馬が身震いしてからすをどかす。
シーン20 長寿集落。机の、上の紙に「らすとしーんはみんなでやるから」と印字されている。集落から少し離れた平地に高さ一〇mぐらいの石柱がそびえていた。石柱に窓のような空間が一〇か所あって、そこからロープが出ていて窓わくについている滑車で下へ続いている。下にも滑車がついていて、ロープが一〇本地面に置かれていた。石柱のてっぺんに、角材が左右に五mずつくらい突き出ていて、先端に椅子がついている。時空転送器のようだ。猿が入ったかごを、背負った一おがやってきて石柱に登り始める。一おがてっぺんに着いて、持っていたひもで猿のかごを椅子に縛りつけた。一おが反対側の椅子に座って、椅子についていたベルトでからだを固定して「いいよ」と、叫ぶと長寿集落の子供たちが三〇〇人ぐらい集まってくる。ヒス子が「三人で六五〇グラムの重りを回転させる計算になります。ちなみにこちらの世界は江戸時代と、関係はありません」と言う。三〇〇人で、ロープをつかんで「おうまのおやこは、なかよしこよし・・」と歌いながら引っ張る。回転体がまわり始めた。
シーン21 明治三年一月一三日。北京(ぺきん)の郊外に、ブロックづくりで平屋建ての家がある。周囲は雪がまだらに積もって、雑草がところどころに見えていた。若者が二人で、高さ四〇㎝ぐらいの陶器でできた瓶(かめ)を、たくさん積んだ荷車を馬で引いて近づく。家のドアをノックすると八〇歳くらいに見える老人が出てくる。一三三歳の丸べえだ。瓶を玄関のなかまで運ばせて「ごくろうさま」と言った。瓶は水のようだ。丸べえは瓶のふたを開けてひしゃくですくってひと口飲むと、真っ暗な家のなかへ入っていった。机の上に石油ランプが光っていて、丸べえが金属活字で紙に印字している。「一九三一ねん一がつ一三にち。だいにほんていこくそうりだいじんへ。おまえにやるかねはもうない。といいたいところだが二〇一七ねんだな。かわりに、べつなやつにかねをやろう」。
中学館の、一階の受けつけに黒い背広を着て、アタッシュケースを持った男が現れる。男は受けつけの女性に「船山幸司さんに用が、あるんですが」と言う。女性が「どの、部署の船山かわかりますか」と聞いたら、男が「悪魔の編集長だと聞いてます」と言った。女性が内線電話をかけると、幸司が出て「なんの用件か聞いて」と言う。女性が男に聞くと、男は「私は小計警備保障の者で、船山幸司さまの、伯父(おじ)である新米英男氏の遺産をお持ちしました」と答える。幸司が三〇秒ほどで一階に下りてきて、男に「いくらですか」と聞く。男が「一億円です」と、言うと、幸司は「端数がついてないのはおかしい」と言ってから、「食堂でかぞえましょう」と言った。二人で食堂に入る。
シーン22 食堂でアタッシュケースを開けて、幸司が札束を調べる。幸司は続き番号の上と下を見てから、ぱらぱらと番号をチェックした。男はアイスコーヒーを飲みながらじっと見ている。幸司が「これは伯父から僕へ利息なしで無期限に貸しつけたお金と受けとめていいんだな」と言う。男は「はい。そのようなとり扱いもできるお金と聞いてます」と言った。すると幸司は、札束のかずだけかぞえて「確かに一億円ある」と言う。それを聞いて男は「こちらの書類にサインを」と言って、書類をさし出す。幸司が自ぶんのボールペンでサインしながら「アタッシュケースはもらっていいの」と聞いたら、男は「あなたの物です」と答える。
シーン23 幸司が銀行の融資担当者と話している。カウンターの上に図面があった。幸司が「地下一階が収録スタジオでサウンドクリエーターに開放します。一階から七階まで吹き抜け構造になってて、各階に巨大スピーカーを設置。完成するとスペック一五のサウンドが楽しめる巨大クラブになります。さらに文学部の学生バイトをバーテンとして雇って、各階ごとにジャンルが違う創作バーを開設。世界じゅうからあらゆるクリエーターが集まってきます」と言う。銀行の融資担当者が「世界じゅうですか。ファッションデザイナーも集まるの」と聞く。幸司は「当然です。文字にしないと服の生地や色が表現できない」と答える。
福生組資料館の事務所。丸べえが角べえに「踊ってるだけで読み書きができるようにしろだとさ」と言う。角べえが「踊りなら鉄砲陣地に槍(やり)で突撃するやつだな。家族への、別れのことばを書いたやつがあったっけ」と言った。丸ベえが「鉄砲の音がする前によければ当たらない。くねくね動きながら進む」と言う。角べえが「腰を振りながら前へ進むのだな。元の奴隷に書かせよう」と言った。
シーン24 長寿集落。一おが机の、上の紙に印字している。「いちもんせんげーむのげきじょうようはできないな。あれはじょうじょうきぎょうめいをかんせんしゃがときどきさけんで、ぷれいやーがどうさをとめてうると、かうにわかれるとおもしろい」と書いてある。
福生組資料館の事務所。丸べえが「それをこっちでやれば爽(そう)快(かい)になるわけだな」と言う。角べえが「創業者の、先祖の書類も全部集まるわけだからそうなる」と言った。丸べえが「国語辞典の編集が終わったら、われわれが未来の雇用形態を実践しようか」と言う。角べえが「そうだな。大陸に移住するまでそれをやろう」と言った。福生組の直営店には今日も行列ができている。印字された書類を次々と買いとって、番頭が奥に向かってなにか叫ぶと、着物を着た女性が、一文銭がぎっしり詰まったお盆を運んできた。
おわり