武蔵野の音
秋から冬にかけて武蔵野の情景の特色のひとつに「耳を傾けて聞く」ってことが適っていると記されている。
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鳥の羽音、囀る声、風のそよぐ、鳴る、うそぶく、叫ぶ声。叢の蔭、林の奥にすたく虫の音。空車荷車の林を廻り、坂を下り、野路を横切る響き。ひずめで落葉を蹴散らす音、これは騎兵演習の斥候か、さなくば夫婦連れで遠出に出かけた外国人である。何事をか声高に話しながらゆく村の者のだみ声、それも何時しか、遠ざかりゆく。独り淋しそうに道をいそぐ女の足音。遠く響く砲声。隣の林で出し抜けに起こる銃音。(略)・・・・・・・・・
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その他に栗の落ちた音や時雨の音に武蔵野の特徴を見出している。そして、試みに中野・渋谷・世田谷・小金井の奥の林を訪れ、暫く座って散歩の疲れを休めて聞いてみよ、と。・・・そうすれば自然の静寂を感じ、永遠の呼吸身を迫るを覚ゆるであろうと記す。
渋谷は25歳の独歩が当時(明治29年)に住んでいた茅屋(茅葺の家?)で現在の住所は東京都渋谷区宇田川町?解説書注書き。
もう、110年も前のことであり、すっかり違う風景となって、当時を偲ぶものはこういった小説や紀行文の世界の中でのことでしかなかろうが「筆のタッチ」というか・・・音を感じさせる表現は参考にはなる。小鳥の囀りや虫の音などの時代が変わろうとも不偏のものがもっと具体的に記されていると更に良くなっていくと思われる。そこが少々残念ともいえる。汽笛の音なども、もっと具体的に記されていれば一層郷愁をおびて、迫るものも強くなったであろうに。