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魚鳥木、申すか?申さぬか?

ぎょ・ちょう・もく、申すか?申さぬか?
申す!申す! 魚⇒ニシキゴイ。鳥⇒ニホンキジ。木⇒制定無し、花は桜と菊

百人一首の和歌の原文・現代訳・英訳を紹介します。「6」

2017年11月27日 | 百人一首
百人一首の和歌の原文・現代訳・英訳を紹介します。「6」

※英訳については、1909年にWilliam N. Porterが書いた百人一首の本
『A HUNDRED VERSES FROM OLD JAPAN』を参照しています。

和歌番号006 
作者:中納言家持
author of waka:THE IMPERIAL ADVISER YAKAMOCHI(CHŪ-NAGON YAKAMOCHI)

原文
鵲の 渡せる橋に 置く霜の 白きを見れば 夜ぞふけにける
(かささぎの わたせるはしに おくしもの しろきをみれば よぞふけにける)

現代訳
かささぎが渡したという天上の橋のように見える宮中の階段であるが、その上に降りた真っ白い霜を見ると、夜も随分と更けたのだなあ。

英訳
WHEN on the Magpies' Bridge I see
 The Hoar-frost King has cast
His sparkling mantle, well I know
 The night is nearly past,
 Daylight approaches fast.

The author of this verse was Governor of the Province of Kōshū, and Viceroy of the more or less uncivilized northern and eastern parts of Japan; he died A.D. 785. There was a bridge or passageway in the Imperial Palace at Kyōto called the Magpies' Bridge, but there is also an allusion here to the old legend about the Weaver and Herdsman. It is said, that the Weaver (the star Vega) was a maiden, who dwelt on one side of the River of the Milky Way, and who was employed in making clothes for the Gods. But one day the Sun took pity upon her, and gave her in marriage to the Herdboy (the star Aquila), who lived on the other side of the river. But as the result of this was that the supply of clothes fell short, she was only permitted to visit her husband once a year, viz. on the seventh night of the seventh month; and on this night, it is said, the magpies in a dense flock form a bridge for her across the river. The hoar frost forms just before day breaks. The illustration shows the Herdboy crossing on the Bridge of Magpies to his bride.

解説
 「万葉集」の編者の一人でもある中納言家持(養老2年~延暦4年 / 718~785年) は、大伴旅人の子どもで、大伴家持(おおとものやかもち)といいます。
 大伴家持は元来武人として朝廷に仕える高い家柄で、家持も天平十八年(746年)、越中の守に任ぜられました。
 また、家持は歌人としても優れていて、藤原公任が選んだ三十六歌仙のひとりとしても数えられています。
 長歌や短歌など、数多くの歌が「万葉集」にも伝わっていて、長歌46首、短歌431首、その他3首が残っています。

 恒武天皇の時代、延暦元年(782年)に、氷上川継の叛の関係を疑われ宮位を除かれましたが、すぐに復し、中納言兼東宮大夫持節征夷将軍となり、陸奥で亡くなったと伝えられています。

 この和歌にある「かささぎの渡せる橋」とは、七夕の夜、天の川にかかる橋のことで、多くのかささぎが翼を重ね、一年に一度、天の川に橋をかけ、織姫を彦星の元に渡らせるという伝説からきています。
 その後、宮中にある御殿と御殿とを結ぶ橋や階段などを、天上に例えて「かささぎの橋」と呼ぶようになりました。

 この歌は、大伴家持が冬の宮中で宿直(とのい)をしているとき、降りた霜を見て詠んだのだろうと言われています。
 まさに冬の夜の静けさが伝わってくるようですが、霜の美しさだけでなく、かささぎが渡すという天上の橋の物語が、この歌に一層のロマンを与えています。



★おススメ本★  

A Hundred Verses from Old Japan: Being a Translation of the Hyaku-Nin-Isshiu
Tuttle Pub


図説 百人一首 (ふくろうの本/日本の文化)
河出書房新社


百人一首の歌人列伝(業平、定家に西行…人気二十歌人の面白エピソードと代表歌を知ろう! )
歌林苑


本書は「平成和歌所」のウェブコンテンツ「一人十首の歌人列伝」を再編集したものです。
http://wakadokoro.com/

厳選した百人一首歌人の「おもしろエピソード」と「十首の秀歌」を分かりやすく解説した読み物は、幅広い層の和歌ファンに人気を博しました。
これを読めば「はるか昔にいた正体不明のオジサン」だった歌人たちが、グッと身近に感じられることでしょう。

そして本書を読み終わった後、あらためて百人一首を一番から眺めてみてください。
王朝の歴史絵巻が紐解かれ、つまらなかったあの百首歌たちが息吹を宿し、断然おもしろく感じられるはずです。

※読みやすい文字サイズ&文章で、約200ページがあっという間に読み終わります!
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百人一首の和歌の原文・現代訳・英訳を紹介します。「5」

2017年11月26日 | 百人一首
百人一首の和歌の原文・現代訳・英訳を紹介します。「5」

※英訳については、1909年にWilliam N. Porterが書いた百人一首の本
『A HUNDRED VERSES FROM OLD JAPAN』を参照しています。

和歌番号005 
作者:猿丸大夫
author of waka:SARU MARU, A SHINTO OFFICIAL(SARU MARU TAIU)

原文
奥山に 紅葉踏み分け 鳴く鹿の 声聞くときぞ 秋は悲しき
(おくやまに もみぢふみわけ なくしかの こゑきくときぞ あきはかなしき)

現代訳
奥深い山の中で、(一面に散りしいた)紅葉をふみわけて鳴いている鹿の声を聞くときは、この秋の寂しさが、いっそう悲しく感じられることだ。

英訳
HEAR the stag's pathetic call
 Far up the mountain side,
While tramping o'er the maple leaves
 Wind-scattered far and wide
 This sad, sad autumn tide.

Very little is known of this writer, but he probably lived not later than A.D. 800. Stags and the crimson leaves of the maple are frequently used symbolically of autumn.

解説
 猿丸大夫(さるまるだゆう)は藤原公任が選んだ三十六歌仙のひとりに上げられていますが、生没年など詳しいことは伝わっていません。
 奈良時代の人とも、平安時代初期の人とも言われていますが、猿丸大夫が実際にいたかどうかも分かっていません。
 この和歌も「古今和歌集」では「読み人しらず」となっていて、猿丸大夫の和歌なのかどうかも分かっていませんが、「百人一首」の中では猿丸大夫の詠んだものとされています。

 この和歌は、ある秋のこと、是貞親王(これさだしんのう)のお屋敷でひらかれた歌合せのときに作られた和歌だと言われていますが、冬を迎えようとする秋の寂しさがよく伝わってきます。



★おススメ本★  

A Hundred Verses from Old Japan: Being a Translation of the Hyaku-Nin-Isshiu
Tuttle Pub


図説 百人一首 (ふくろうの本/日本の文化)
河出書房新社


百人一首の歌人列伝(業平、定家に西行…人気二十歌人の面白エピソードと代表歌を知ろう! )
歌林苑


本書は「平成和歌所」のウェブコンテンツ「一人十首の歌人列伝」を再編集したものです。
http://wakadokoro.com/

厳選した百人一首歌人の「おもしろエピソード」と「十首の秀歌」を分かりやすく解説した読み物は、幅広い層の和歌ファンに人気を博しました。
これを読めば「はるか昔にいた正体不明のオジサン」だった歌人たちが、グッと身近に感じられることでしょう。

そして本書を読み終わった後、あらためて百人一首を一番から眺めてみてください。
王朝の歴史絵巻が紐解かれ、つまらなかったあの百首歌たちが息吹を宿し、断然おもしろく感じられるはずです。

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百人一首の和歌の原文・現代訳・英訳を紹介します。「4」

2017年11月25日 | 百人一首
百人一首の和歌の原文・現代訳・英訳を紹介します。「4」

※英訳については、1909年にWilliam N. Porterが書いた百人一首の本
『A HUNDRED VERSES FROM OLD JAPAN』を参照しています。

和歌番号004 
作者:山部赤人
author of waka:AKAHITO YAMABE(YAMABE NO AKAHITO)

原文
田子の浦に うち出でてみれば 白妙の 富士のたかねに 雪は降りつつ
(たごのうらに うちいでてみれば しろたへの ふじのたかねに ゆきはふりつつ)

現代訳
田子の浦の海岸に出てみると、雪をかぶったまっ白な富士の山が見事に見えるが、その高い峰には、今もしきりに雪がふり続けている。(あぁ、なんと素晴らしい景色なのだろう)

英訳
I STARTED off along the shore,
 The sea shore at Tago,
And saw the white and glist’ning peak
 Of Fuji all aglow
 Through falling flakes of snow.

Akahito Yamabe lived about A.D. 700, and was one of the greatest of the early poets; he was contemporary with Kaki-no-Moto, the writer of the previous verse, and like him was deified as a God of Poetry. Tago is a seaside place in the Province of Izu, famous for its beautiful view of Mount Fuji.

解説
 山部赤人(やまべのあかひと)は奈良時代の初めの頃の歌人で、元明、元正、聖武などの天皇に仕えました。
 生没年など詳しいことは伝わっていませんが、官吏として天皇に従い、吉野や紀伊などを旅をしながら、自然を詠んだ優れた和歌をたくさん残していています。
 また、柿本人麻呂と並ぶ歌人としてよく知られていて、「万葉集」にも五十首ほどの和歌が伝わっているほか、「勅撰集」にも49の歌が収められています。

 山部赤人は、天皇の共をして駿河の国を旅していたとき富士山を見ましたが、このとき「帝にお見せできるような和歌をつくっておくように」と随行の人に言われ、この和歌はそのときに詠まれたものだと伝えられています。
 よく知られている和歌のひとつで、自然の風情を見事に表現しています。

 また、この歌の原歌は、「万葉集」にある「田児の浦 ゆうち出てて見れば 真白にぞ 不尽(ふじ)の高嶺に 雪は降りける」という和歌で、ここでは、雪が積もる雄大な富士の様子を詠っています。
 しかし、「新古今集」では「降りつつ」として、やわらかな表現になっています。



★おススメ本★  

A Hundred Verses from Old Japan: Being a Translation of the Hyaku-Nin-Isshiu
Tuttle Pub


図説 百人一首 (ふくろうの本/日本の文化)
河出書房新社


百人一首の歌人列伝(業平、定家に西行…人気二十歌人の面白エピソードと代表歌を知ろう! )
歌林苑


本書は「平成和歌所」のウェブコンテンツ「一人十首の歌人列伝」を再編集したものです。
http://wakadokoro.com/

厳選した百人一首歌人の「おもしろエピソード」と「十首の秀歌」を分かりやすく解説した読み物は、幅広い層の和歌ファンに人気を博しました。
これを読めば「はるか昔にいた正体不明のオジサン」だった歌人たちが、グッと身近に感じられることでしょう。

そして本書を読み終わった後、あらためて百人一首を一番から眺めてみてください。
王朝の歴史絵巻が紐解かれ、つまらなかったあの百首歌たちが息吹を宿し、断然おもしろく感じられるはずです。

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百人一首の和歌の原文・現代訳・英訳を紹介します。「3」

2017年11月24日 | 百人一首
百人一首の和歌の原文・現代訳・英訳を紹介します。「3」

※英訳については、1909年にWilliam N. Porterが書いた百人一首の本
『A HUNDRED VERSES FROM OLD JAPAN』を参照しています。

和歌番号003 
作者:持統天皇
author of waka:THE NOBLEMAN KAKI-NO-MOTO(KAKI-NO-MOTO NO HITOMARO)

原文
あしびきの 山鳥の尾の しだり尾の ながながし夜を ひとりかも寝む
(あしびきの やまどりのをの しだりをの ながながしよを ひとりかもねむ)

現代訳
夜になると、雄と雌が離れて寝るという山鳥だが、その山鳥の長く垂れ下がった尾のように、こんなにも長い長い夜を、私もまた、(あなたと離れて)ひとり寂しく寝るのだろうか。

英訳
LONG is the mountain pheasant's tail
 That curves down in its flight;
But longer still, it seems to me,
 Left in my lonely plight,
 Is this unending night.

The writer was a foundling, picked up and adopted by Abaye at the foot of a persimmon tree, which is in Japanese kaki, from which he got his name. He was an attendant on the Emperor Mommu, who reigned A.D. 697-707, and was one of the great poets of the early days of Japan; he is known as the rival of Akahito Yamabe (see next verse), and after death was deified as a God of Poetry. There is a temple erected in his honour at Ichi-no-Moto, and another at Akashi, not far from Kobe; he died in the year 737.

In the fourth line nagashi may be taken as the adjective 'long', or the verb 'to drift along'; and yo may mean either 'night' or 'life'; so that this line, which I have taken as 'long, long is the night', may also mean 'my life is drifting, drifting along'. Yamadori (pheasant) is literally 'mountain bird', and ashibiki is a pillow-word for mountain, which is itself the first half of the word for pheasant.

解説
 柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)は持統、文武の両天皇に仕えた優れた宮廷歌人ですが、生没年(660年頃から720年頃と言われています)や官位など、詳しいことは伝わっていません。

 柿本人麻呂は天皇をたたえる和歌を数多く残していますが、挽歌(死んだ人を悲しむ和歌)や相聞歌(互いにやり取りをする和歌)など、各種の和歌にも通じ、特に相聞歌では特に優れた和歌を多く残しています。
 和銅三年頃、 石見の国で亡くなったとも伝えられていますが、山部赤人と共に優れた歌人として名を残し、「三十六歌仙人」のひとりにも挙げられています。
 「万葉集」も多くの和歌が残されていますが、「勅撰集」にも240首以上の歌が収められています。

 人麻呂には、密かに思いを寄せる女性がありましたが、その女性は天皇に仕える人だったので、人麻呂はそのことを打ち明けらず、この和歌をつくったと言われています。
 山鳥を題材にして、自らの恋心を見事に表現していますが、上三句に繰り返される「の」の響きは、恋のわびしさだけでなく、秋の夜長を優雅に詠んでいます。



★おススメ本★  

A Hundred Verses from Old Japan: Being a Translation of the Hyaku-Nin-Isshiu
Tuttle Pub


図説 百人一首 (ふくろうの本/日本の文化)
河出書房新社


百人一首の歌人列伝(業平、定家に西行…人気二十歌人の面白エピソードと代表歌を知ろう! )
歌林苑


本書は「平成和歌所」のウェブコンテンツ「一人十首の歌人列伝」を再編集したものです。
http://wakadokoro.com/

厳選した百人一首歌人の「おもしろエピソード」と「十首の秀歌」を分かりやすく解説した読み物は、幅広い層の和歌ファンに人気を博しました。
これを読めば「はるか昔にいた正体不明のオジサン」だった歌人たちが、グッと身近に感じられることでしょう。

そして本書を読み終わった後、あらためて百人一首を一番から眺めてみてください。
王朝の歴史絵巻が紐解かれ、つまらなかったあの百首歌たちが息吹を宿し、断然おもしろく感じられるはずです。

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百人一首の和歌の原文・現代訳・英訳を紹介します。「2」

2017年11月23日 | 百人一首
百人一首の和歌の原文・現代訳・英訳を紹介します。「2」

※英訳については、1909年にWilliam N. Porterが書いた百人一首の本
『A HUNDRED VERSES FROM OLD JAPAN』を参照しています。

和歌番号002 
作者:持統天皇
author of waka:THE EMPRESS JITŌ(JITŌ TENNŌ)

原文
春すぎて 夏来にけらし 白妙の 衣ほすてふ 天の香具山
(はるすぎて なつきにけらし しろたへの ころもほすてふ あまのかぐやま)

現代訳
もう春は過ぎ去り、いつのまにか夏が来てしまったようですね。香具山には、あんなにたくさんのまっ白な着物が干されているのですから。

英訳
THE spring has gone, the summer's come,
 And I can just descry
The peak of Ama-no-kagu,
 Where angels of the sky
 Spread their white robes to dry.

The Empress Jitō reigned A.D. 690-696, during which time saké was first made and drunk in Japan; she was the daughter of the Emperor Tenchi, the writer of the previous verse, and she married the Emperor Temmu, ascending the throne herself on his death. The poem refers to a snow-capped mountain just visible on the horizon. One of the Nō dramas relates, that an angel once came to a pine forest on the coast near Okitsu, and, hanging her feather mantle on a pine tree, climbed a neighbouring mountain to view Mount Fuji; a fisherman, however, found the robe and was about to carry it off with him, when the angel reappeared and begged him to give it her, as without it she could not return to the moon where she lived. He only consented to do so, however, on condition that she would dance for him; and this she accordingly did, draped in her feathery robe on the sandy beach under the shade of the pine trees; after which she floated heavenward, and was lost to view.

解説
「万葉集」の歌人としてもよく知られている持統天皇(じとうてんのう・大化元年~大宝2年 / 645~702年)は、天智天皇の第二皇女で、叔父である大海人皇子(おおあまのおうじ・後の天武天皇)の后となられ、持統天皇の弟・大友皇子(おおとものおうじ)と大海人皇子が争う「壬申の乱」の時には、夫である大海人皇子と行軍を共になされました。
 天武天皇(大海人皇子)崩御の後、皇后として四年間政治をとったあと帝位につき、 第四十一代の天皇となられました。
 また、持統天皇は即位の後、都を飛鳥から大和国の藤原宮(奈良県橿原市)に移されました。

 この和歌にある「白妙の衣」は、もちろん「白い衣」のことですが、初夏の山の緑と白色の衣との対比が夏の到来の喜びを表していて、すがすがしい感動を与えてくれます。
 原歌になっているのは、「万葉集」にある「春過ぎて 夏来たるらし 白妙の 衣乾かしたり 天の香具山」と言われていますが、百人一首では、「来にれらし」、「ほすてふ」のように語調がやわらかく、穏やかな調べになっています。

 ところで、この和歌は、香具山に積もった雪を、白い衣に見立ててつくった和歌だという説や、初夏に咲く卯の花をたとえているという説などもありますが、いずれにしても、自然の移り変わりと人々の営みを女性らしく巧みに詠まれていて、百人一首の中でもよく知られている和歌のひとつです。



★おススメ本★  

A Hundred Verses from Old Japan: Being a Translation of the Hyaku-Nin-Isshiu
Tuttle Pub


図説 百人一首 (ふくろうの本/日本の文化)
河出書房新社


百人一首の歌人列伝(業平、定家に西行…人気二十歌人の面白エピソードと代表歌を知ろう! )
歌林苑


本書は「平成和歌所」のウェブコンテンツ「一人十首の歌人列伝」を再編集したものです。
http://wakadokoro.com/

厳選した百人一首歌人の「おもしろエピソード」と「十首の秀歌」を分かりやすく解説した読み物は、幅広い層の和歌ファンに人気を博しました。
これを読めば「はるか昔にいた正体不明のオジサン」だった歌人たちが、グッと身近に感じられることでしょう。

そして本書を読み終わった後、あらためて百人一首を一番から眺めてみてください。
王朝の歴史絵巻が紐解かれ、つまらなかったあの百首歌たちが息吹を宿し、断然おもしろく感じられるはずです。

※読みやすい文字サイズ&文章で、約200ページがあっという間に読み終わります!

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百人一首の和歌の原文・現代訳・英訳を紹介します。「1」

2017年11月22日 | 百人一首
百人一首の和歌の原文・現代訳・英訳を紹介します。「1」

※英訳については、1909年にWilliam N. Porterが書いた百人一首の本
『A HUNDRED VERSES FROM OLD JAPAN』を参照しています。

和歌番号001 
作者:天智天皇
author of waka:THE EMPEROR TENCHI(TENCHI TENNŌ)

原文
秋の田の かりほの庵の 苫をあらみ わが衣手は 露にぬれつつ
(あきのたの かりほのいほの とまをあらみ わがころもでは つゆにぬれつつ)

現代訳
秋の田の側につくった仮小屋に泊まってみると、屋根をふいた苫の目があらいので、その隙間から忍びこむ冷たい夜露が、私の着物の袖をすっかりと濡らしてしまっているなぁ。

英訳
OUT in the fields this autumn day
 They're busy reaping grain ;
I sought for shelter ’neath this roof,
 But fear I sought in vain,—
My sleeve is wet with rain.

The Emperor Tenchi reigned from A.D. 668 to 671, his capital was Otsu, not far from Kyōto, and he is chiefly remembered for his kindness and benevolence. It is related, that one day he was scaring birds away, while the harvesters were gathering in the crop, and, when a shower of rain came on, he took shelter in a neighbouring hut; it was, however, thatched only with coarse rushes, which did not afford him much protection, and this is the incident on which the verse is founded.

The picture shows the harvesters hard at work in the field, and the hut where the Emperor took shelter.


解説

 第三十八代の天皇、天智天皇(てんちてんのう・推古34年~天智10年/626~671年)は舒明天皇の第二皇子で、中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)と呼ばれた皇太子時代、中臣鎌足(なかとみのかまたり)とともに蘇我氏を減し、大化の新政を行われたことはよく知られています。
 その後、都を近江(今の滋賀県)の大津に移し、668年、天智天皇として即位されました。
 日本最古の全国的な戸籍「庚午年籍」を作成し、公地公民制が導入されるための基礎を築かれましたが、日本ではじめて水時計を作らせたことなどもよく知られています。
 また、 天智天皇は「万葉集」に四首の歌が伝わっていますが、「日本書紀」などにも歌が伝わっている、優れた歌人でもあられました。

 ある秋の日、天智天皇は草花が咲く御所の庭を歩かれていましたが、そこの草花にかかった夜露を見られて、「この夜露は農民たちも冷たく濡らしていることだろう…」とお思いになられ、この和歌を作られたと伝えられています。
 人々を思う優しい心が表れていて、百人一首の最初の和歌でもあり、よく知られている和歌のひとつです。
 結語の「つつ」は、いまだ尚袖が濡れていることを表していて、聞く人の心に余韻を残しています。

 ところで、この和歌の原型は、「万葉集」に収められている「秋田刈る 仮庵(かりいお)を作り 我が居れば 衣手寒く 露ぞおきにける」と言われています。
 「万葉集」では「読人知らず」になっていて、当時の農民たちが、民謡のように口ずさんだものだったと言われています。
 その後時代が下り、いつしか、民を思う理想的な指導者としての天智天皇の和歌として定着したのだとも言われています。




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A Hundred Verses from Old Japan: Being a Translation of the Hyaku-Nin-Isshiu
Tuttle Pub


図説 百人一首 (ふくろうの本/日本の文化)
河出書房新社


百人一首の歌人列伝(業平、定家に西行…人気二十歌人の面白エピソードと代表歌を知ろう! )
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本書は「平成和歌所」のウェブコンテンツ「一人十首の歌人列伝」を再編集したものです。
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厳選した百人一首歌人の「おもしろエピソード」と「十首の秀歌」を分かりやすく解説した読み物は、幅広い層の和歌ファンに人気を博しました。
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そして本書を読み終わった後、あらためて百人一首を一番から眺めてみてください。
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