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私の 37か国の 旅日記

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ピカソのゲルニカについて

2016-11-30 11:41:10 | 日記
ピカソのゲルニカを観るため、ソフィア美術館まで添乗員が同行してくれること
になり、ホテルから近い地下鉄の駅で125ペセタの切符を買い1号線い乗った。

地下鉄は無人駅が多く、東京の銀座線のように車両が小さく座り心地も悪く椅子
も擦り切れたままだった。アト―チヤの駅で降りた。

この美術館は病院だった所を改築し、現代の絵画彫刻が展示されていた。入り口で
手荷物とカメラを預けなければ中に入れなかった。
今でも、フランコ政権の残党がゲルニカに対して、何をするか分からない為、厳重
に警戒をしていた。門外不出のゲルニカは、大きな防弾ガラスで守られ、ガラス
越しの見学だった。絵に描かれた形を、一つ一つ良く見届けた。
絵全体がダークグレイに仕上げられ、ピカソらしい感性の有る絵で、観る人を引き
付ける力の有る絵画だった。みんな無言で観ていた。

     ちょっと・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・point
  ゲルニカについて。スペインの内乱で、1937年、北スペインの小さな街
 ゲルニカへドイツ軍の無差別攻撃に対して、ピカソは怒りを、熱狂的な構図
  とデフォルメで、それに対する陰湿な色、形、巨大なスケールによって示し
  た、人間らしくない姿が、かえって人間らしさを訴えている。
     G,Bより・・・・・・・・・・・・・・・・・・・end

フリータイム、お土産を買うというため、添乗員が、三越へ連れてきた。プラド
美術館が2時間の見学時間だったのに、ここ三越で1時間の買い物時間を取った。
私は、店を一回りしただけで、すぐ店外へでた。時間の許す限り旅友と街を歩いた。
グランピアといいマドリッドを代表する銀座のようなショッピング街で、道路沿い
に店舗が並び活気のある街。

商品などを見ると物価も安い。プラタナスの並木は黄色く色ずき、落ち葉が足元
で、歩調に合わせて、軽く乾いた音を立てていた。 
 🍀明日に続く。

マドリードの街の風景

2016-11-25 09:15:14 | 日記
今も、この王宮は王家の建物で、見学料なども、王家の収入になるが、維持費の
方がはるかに大変ではないかな。

建設当初から使われている暖房で室内は暖かった。外へ出て王宮を振り向くと、
午後の西日を受けた王宮が光り輝いていた。

中庭のバルコニーの柱の間から観るマドリードの街は、遥か遠方の山並みに囲
まれ、ここからの風景は額縁の絵を観ている様に美しい。
これも、王宮からの景観を計算して設計されたのだろうか。

スペイン広場は、マドリードのシンボル的な広場。ドンキホーテの作者セルバン
テェスの没後300年を記念して作られた。サンチョパンサを従えたドンキホーテ
と、その後ろにセルバンテェスの像が建つ。広場の池では子供達が薄氷を掴んで
遊んでいた。
ここは、旅行者に取って人気の被写体で、私達も写真を交代で撮り合った。

さらに、マヨール広場へ向かう。スペインの中でもプラザマヨールといって、
広場の原点となった所で、17世紀のアーケードに囲まれた広場は、レストラン、
カフェ、土産物店が並び、クリスマス用品を売る青空市場が開かれ、子供や家族
連れで賑わっていた。

昔は、王室関係者の儀式、宗教儀式、祭り、闘牛、火あぶりの刑までが、ここで
行われた。マドリードにはプラザと名の付く広場が随所に有り、水しぶきあげて
いる美しい噴水や、イザベル女王、フェリペ3世像などの王族や勇者の銅像が街並
みを彩り、通りの要のような役目を果たしていて、スペインの歴史を感じ取ること
ができる所だった。

🍀 明日に続く。

絢爛豪華なスペイン王宮

2016-11-24 09:43:49 | 日記
ツアーはそこが悪いところで、、一日のスケジュールが決まっていて、時間に
追われてしまう。

      ちょっと・・・・・・・・・・・・・・・・・point
 着衣のマハと裸体のマハについて、モデルが13代侯爵夫人ではないかと
 言われ、この2枚の絵はプラド美術館を代表する名画。マハという呼び名は
 人名ではなく、スペインの、モガ、モボ という風俗称を意味する。
 謎多き名画と言われ、謎は謎のまま残して置いた方が観ていて楽しい。
  
 スペイン王朝について、栄華を極めた体制が、その栄華ゆえに敗退し衰退
 して行くのは洋の東西を問わず歴史の必然。18~19世紀のスペイン王朝
 も残念ながら例外では無かった。カルロス4世とその家族、に描かれている
 王様達は、まさに、その当事者であった。
      G,B・・・・・・・・・・・・・・・・・・end

マドリード王宮は、ヨーロッパ屈指の王宮で、スペイン華やかりし頃のブルボン
王家の王宮を見学した。
1764年、カルロス4世時代に26年かけて造り上げた。その年月もすごい。 
ルネッサンス様式のスマートな外観とは違い、内部は絢爛豪華で部屋数は、
2、800室もあり、その中の幾つかの部屋は、今もスペインの公式行事や
国際会議の場に使われていた。

王宮の壁を飾るカペストリーは圧巻。家具や調度品や彫刻、また天井を飾る
フレスコ画など全てが素晴らしくて、見惚れてしまった。

王宮の部屋も芸術作品の一つ。金、銀、赤で装飾された玉座の間、目の覚める
ような鮮やかなパステルからーの陶器の間、晩餐会で大勢の王侯貴族を招いた
大食堂の銀食器やガラス食器など、何を観ても当時のブルボン王家の財力の
すごさを感じた。       🍀 明日に続く。

素晴らしいの一言 プラド美術館

2016-11-23 09:26:51 | 日記
これから始まるスペイン旅行の一日目の夜は時差の関係か、なかなか寝付け
なかった。

     ちょっと・・・・・・・・・・・・・・・・・・point
   マドリードは、ヨーロッパ大陸の南西部に位置して、首都の標高も
   高く646M。乾燥した空気と抜けるような碧空が特徴で、スぺ
   インの政治経済文化の中心地。
     G.Bより・・・・・・・・・・・・・・・・・end

12月23日(木)マドリード市内観光

最初に向かったのはプラド美術館。ホテルからバスで10分程の所にあった。
1785年に建設され、当初から博物館として使用するために建てられた所で、
約3万点のコレクッションを所有する。世界有数の美術館。

歴代の王家の収蔵品を中心に展示され、絵画などの作品は、それぞれに持ち主が
いて、プラド美術館に貸し出されていた。16~17世紀の作品が集められて
いるが、私達は主にスペインを代表する画家の作品を観ることにした。

ゴヤ・・裸体のマハ、着衣のマハ、カルロス4世とその家族、黒い絵のシリーズ他。
ベラスケス・・女官達、マルガリータ王女、狩猟服のフェリッペ4世、オリバーレ公伯爵。
エルグレコ・・キリストの洗礼、聖体三位一体、羊飼いの礼拝、受胎告知など。

現地の女性ガイドが名画の謎の部分、また書いた時や絵についてのエピソード、
画家の生涯など分かり易く、面白く解説してくれた。
彼女は美人で説明も日本語も上手だった。広いプラド美術館の中を一枚一枚絵を
観て歩くが、あるある、あの絵も、この絵も、知ってる有名な絵が、次から
次えと現れる。その絵に気を取られている時間は無く通り過ぎてしまう。
🍀 明日に続く。

やっと憧れのスペインの旅へ

2016-11-22 10:44:12 | 日記
12月22日(水) 成田➡ロシア➡マドリッド

スペインをウサギの国という。闘牛と思っていたがウサギ?。

マドリードへ向かうため、イベリア航空で成田13時発が30分遅れで出発。
今、シベリア地帯の白い凍土の上をロシアのチェレメチボ空港へ向け飛び続ける。
飛行中の長く退屈な時間を、これから行くスペインのガイドブックを読んでいる。
言語、人種、風俗は想像以上に多彩な国で、歴史の或る建築物、美術、フラメンコ、
闘牛、ギターの名曲知られる、アルハンブラ宮殿など、多種多様な楽しみが揃って
いて、風光明媚で食べ物も美味しい。すっかりスペインへ向け気分は盛り上る。

成田からスペインまでは、ロシア経由で16時間。チェレメチボ空港で給油のため
1時間の休憩を取ることになり、空港の待合室へ入っていった。建物の中は全体に
薄暗く、免税店では、日本人の買い物客でごった返していた。新しく香水売り場が
増設されていたが、前回とは余り変わっていない。
 
相変わらずトイレは壊れたままで汚い。トイレも有料にして、もう少し綺麗に
したら、ロシアの玄関口のイメージも変わると思うが。考えて下さい。

マドリードのパラハス国際空港に現地時間21時30分到着。時差8時間プラス。
空港から直行でホテルへ。夜のマドリードの街で、まず目に付くのは、通りを
明るく華やかに飾る、クリスマスのイルミネーション。
これが、マドリードのクリスマスか、と異国で観るクリスマスは、その国の
お国柄が良くでていた。

ホテルはゴヤ通りで、ホテルの前の広場は夜の11時とゆうのに、人通りも多い。
スペインの人々は、夜を楽しむため、夜でないと町に活気が出てこない。

🍀 明日に続く。