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私の 37か国の 旅日記

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私が、イメージする スペインの色は赤紫

2016-12-26 09:34:43 | 日記
モンジュックの丘。市内から観て西方に有る丘で、全体が広い公園になっている。
丘の上まで登り、国立競技場でバスを降りた。
海洋国スペインをイメージした、魚の聖火台を背景に記念写真を撮る。

ここからバルセロナの街と港が一望でき、ガウディのサクラダ・ファミリアの
角のような高い塔が、眼下に見渡せ碧い空にくっきりと映えていた。

平安時代から、日本人には高貴な色とされて好かれてきた紫色は、スペインでは
娼婦が身に着ける物とされ、紫色の洋服を着ている人は、ほとんどいないが、
私がスペインをイメージすると、なぜか、赤紫になる。

何時も外国を旅行して感じる事は、日本に無い ”ゆとり” を感じる。スペインも
決して豊かな国ではないのに、陽気で開放的な人間性と、国土の広さか、羨ましい
くらい、豊かに観えてしまう。

多種多様な国で、何処が、何が、良かったか、一口では表すことが出来ない。
十日間のスペイン旅行は、私を自由自在に、十分楽しませてくれた。

成田は、旅から現実に戻される境界線。

🍀 皆さま、8ヵ月間、私の旅物語に、お付き合い、いただき有難うございました。
  私の旅物語は、まだ、まだ、続きますので、来年もよろしく、お願い致します。
  
  年末、年始は、マレーシアのペナン島で過ごします。
  皆さま方の安泰とご健康、そして世界が平和でありますように、
  心から願っています。

聖母ピエタ様は 女優のように美しい 男性を・・・

2016-12-25 13:04:11 | 日記
ガウディが残した作品には未完の物が多く、サクラダ・ファミリアの塔や、グエル
公園の恐竜の、足のようなトンネルも、時々修理を続けないと、いつまで持つか
分からないという。奇抜すぎる作品には、何処か無理があるようだ。

カテドラル(大聖堂)は大きな街にしかなく、ここのカテドラルには、聖母ピエタ
が、白い大理石で彫刻されていた。聖母ピエタ様は、女優のように美しかった。
一人の男性の目を釘付けにしていた。バルセロナの守護神聖母サンタ・エウラリア
の墓もここに有った。

カテドラルの前のテント小屋の中に骨董品店が店を並べていた。覗いて見ると、
何でも売っていて、日本でいう我楽多市だった。
 
ミラ邸、ラべトレラ(石切り場)アベストラクト彫刻と呼ばれ、曲線を利用した、
ガウディらしい、風変わりな外観と屋上に建つ煙突が特徴。

ハトロ邸、辰をイメージした屋根がシンボル。青や緑など極彩色のモザイク模様で、
海中をイメージしていた。派手過ぎる建物だった。

ブィセン邸、タイル業者のブィセン氏に合わせて、タイルを酷使した鮮やかな色
使いが抜群だった。観ていて楽しい。

これらのガウディの建造物に住んで居る住民の、住み心地は如何かな。
コロンブスの記念碑他、バスで市内を観て回る。

昼食は、YASIMA という日本食レストランで幕の内弁当を食べた。材料も
新鮮で味も良く、部屋の造りも、日本と変わらないが、スペイン人のボーイが
給仕をしていて、ちょっと、このレストランの雰囲気に合わない。

🍀 明日に続く。

景色も旅費の内 と添乗員は言った

2016-12-24 11:28:40 | 日記
添乗員が、「景色も旅費の内」だから、しっかり観て帰れと言った。
なかなかの名言だよね。そこまで考えたことは無かった。

    ちょっと・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・point

  アントニオ・ガウディについて
  1852年、カタルニア地方の、小さな村で生まれ、両親は銅板などの
  細工職人で、生活は苦しかった。バルセロナに出て来て、新設の建設
  学校へ入学。建築家のアルバイトをしながら卒業。
  1878年、パリ万博に出品した、ショーケースがきっかけで、スポン
  サーのグエル伯爵と出会う。以来グエル公園やカサミラ(曲線のアパー
  ト)などの独創的な建築物を、次々手がけ高い評価を得る。
  彼は独身で決して社交的では無かった。1926年、路面電車に接触
  74才の生涯を閉じた。
  彼の死亡で完全な設計図が無かったまま、サクラダ・ファミリアの工事
  を進めることになる。彼の作品は動物や植物などの自然を取り入れ、
  躍動感の或る曲線を好んだ。
  色彩豊かなモザイクも彼の特徴の一つ。

    G,Bより・・・・・・・・・・・・・・・・・・・end

グエル公園。ガウディが理想的な、街づくりとして設計をしたグエル公園は
分譲住宅地だった。当初60戸の予定が完成したのが2戸で、その1戸は
ガウディ自身が、自分で買い取り住んでいた。

彼のデザインによるセラミックベンチの公園や、市場となる予定の100本
柱と呼ばれる空間の、建物の中を通り抜け、カラフルなモザイク模様のトカゲ
の入り口まで歩いて来た。
🍀 明日に続く。

今、ガウディが生きていたら サクラダ・ファミリアは・・・

2016-12-23 09:56:18 | 日記
バルセロナはガウディ無くして、バルセロナは語れないほど、ガウディが作った
建築物が、街中に数多くあった。

私が見たガウディ作品の数々は、固定観念を持たない、自由な発想と、純真な
子供の様な、遊び心が、彼の個性で、天才というより、どちらかといえば奇才。

凡人の私は、建築中のサクラダ・ファミリアを、椅子に座り無心で見つめた。
観ているだけで疲れてきた。建築家というより、芸術家として観ていた。
彼の良き理解者の、グエル伯爵と、装飾家のジュセップ・ジュジューの協力
も大きい。

サクラダ・ファミリア(聖家族教会)100年前から建築が始まり、完成は
100年~200年後と言われ、造り続ける事に意義があるらしい、そうかな~。
建築費用は寄付と入場料で僅かな金額が工面されるが、度々工事も中断されてしまう。

一番古い東側の4本の塔「キリスト誕生」をテーマにしている塔は、歩いて登れ
るので、若い旅友と一緒に、私も若いつもりで塔の上え登り、塔から塔を横に渡り
歩いた。ここで迷子抜なったら大変と、夢中で皆の後を追いかけたら、翌日足の
ふくらはぎが、3日間痛み苦しい思いをした。年齢を忘れたのが悪かった。

永遠の祈りがテーマになっているが、これが教会か、と考えてしまう。
なんとも形容しがたい形をした塔の中を歩いていても、余りいい気持ちはしない。
塔は下から見上げるより、上から見下ろしたほうが、遥かに高さを感じ、見晴ら
しも良く、気持ちも良かった。

100年前に考案されたとゆう事は、やはりスペインには、芸術家に適した環境が
備わっていた。今、彼が生きていたら、どんな作品を作るだろうか。

🍀 明日に続く。




フラメンコに魅了された一夜だった

2016-12-22 09:40:48 | 日記
セビリア空港より17時発の、バルセロナ行きの飛行機に乗り、1時間30分で
到着。今夜の夕食はパエリア。本場の味はどうかな。美味しい一言だった。
時々自分でも家で作るが、造るたびに味が違ってしまう。

スペインのホテルを6泊してきたが、何処のホテルも部屋の造りが似ていた。鏡
を沢山使われ、サービスは意外と日本的で、洗面道具も一通り揃っていた。
ホテルのカウンターには飴まで置いてあった。観光国スペインの気づかいかな。

夜の9時30分から始まるフラメンコをタブラオまで観に行く。フラメンコも凄い
踊り。リズムに合わせて手拍子を取りながら、思いっきり感情を込めて激しく狂
ったように足を床に叩き付け、舞台の上で踊る。
ライトに照らされ飛び散る汗までが見える。フラメンコは全身で踊り、その踊り手
の個性が踊りに出るという。「アマダ・オレ」と観客は声を掛け手をたたく。

サングリアを飲みながら、インド、アラブ、スペインが混合された情熱的な
フラメンコを楽しんだ、一夜だった。

12月29日(水)バルセロナ

バルセロナを中心とした、カタル二ア地方は豊かな財力を背景に1992年バルセ
ロナ・オリンピックを開催した。

街中に、13世紀のゴシック建築があるかと思えば、近代的な、今世紀の建物が隣
合せに建つが違和感はない。そこからは重厚な伝統を感じる。
フリータイムを一緒に歩いた旅友が、古いゴシック建築を観て、「すすけて古ぼけた
建物」と言った。ただ古いだけもゴシック地区も有ったが、その言葉は言い当てていた。

🍀 明日に続く。