Living with わんこ&にゃんこ ★しっぽのはえた天使達

ひなたが虹の橋を渡り、現在は裕次郎とあかりとの生活が進行中です。
思い出話や今の事、徒然に犬猫バカ日記を綴ります。

もも母の独り言^^;

2009年06月11日 23時59分54秒 | 犬と暮らす
↑3月にマッサージを受けているひなたです。
 テディベアカットのひなた、ちょっと懐かしいかも^^




最近、ちょっと動物病院について考えさせられることが
あったので、今まで、どんなことがあったか、個人的な備忘録的に
書いてみました。
あくまでも個人的経験と印象での話をうだうだ書いていますので、かる~く
呼び飛ばしていただけると幸いです。
文字ばかりが続くので、ご注意ください


先代犬のグレートピレニーズ(ももこ)は、よく病院にかかる子でした。
膝の関節を数度外して、夜に動物病院に駆け込んだり、
ノミアレルギーになったり、
ご飯食べなくなったり、
色々ありました。
このころは、いろいろと近所の病院をめぐってました。
まだどこがいいかわからないし、大型犬ということで、嫌がられることも
あったりしましたね。


もう一匹の先代犬のラブラドール(さくら)は、ちょうどゴールデンや
ラブラドールがはやり始めた頃に生まれた子で、先天性股関節形成不全が
話題になってきたころでした。
さくらがそうなんじゃないかと心配で心配で、でも1歳くらいにならないと
はっきりと判断できないといわれ、
近所で評判がよかったある動物病院へ行ったんです。

そしたら、こんなにひどい股関節形成不全では、この子は安楽死させたほうがいいっていわれ・・・・
目が本当に点になりました。
特にアドバイスも何もなかったです。
怒り爆発寸前のもも父をなだめるのが大変でした。
よかったです、傷害事件にならなくて^^;

お金払ってまでそんなこと言われたくないし、聞きたくもないし、
それ以来その病院のそばを通るのも嫌で、近寄ってませんね。
執念深いです。私。
悔しくて、絶対に見返してやる!ってフツフツと燃えてました^^;

徒歩圏内で、週末やってて、比較的設備が整っているって
評判だったんですけどね、うちにとっては最悪の獣医でした。
評判はあてにならないんだなって痛感した経験です。


あの頃はインターネットもまだ普及してなかったから、
タウンページで近所で土日に診療しているところを探して
みつけたところは、先生がひとりだけのこじんまりした獣医さん。
でもとっても飼い主のことを考えてくれる獣医さんで、大きいももこの
乳腺の手術を2回してもらいました。
悪性だったんですけど、ものすごく丁寧にこれから起こるであろうことを
説明くれました。
当時もも父が古いワーゲンのバスタイプの車に乗っていたので、
なぜか、気があってました。

さくらの脚もタンパク質をたくさんとって筋力つければ、歩けなくなるような
ことはないからって、励ましてくれました。



おかげ様でさくらは、フリースビーが得意なわんことなりました。
ボール遊びが大好きでしたね。
遊ぶボールがなくなると、よく近くのテニスコートの近くに散歩に行って
落ちてるボールを回収してきたものでした。



でも、そんないい関係も先代犬たちが10歳に近くなったころ、
微妙になってきてしまいました。

夜中にももこの具合が悪くなり、夜間緊急用の電話に電話したんです。

私もちょっとパニクッていて、かかりつけのももこのことだと
いってなかったんだと思います・・・・
いわないまま、状況を説明していたんですけど・・・・
時間が遅かったこともあったと思うから仕方ないんだけど・・・・
私の説明の仕方も悪かったんだけど・・・
なんでこんな時間にこんな電話してくるんだ的で・・・

緊急用にもらっていた電話番号にかけたんですけどね・・・・

あーこことのお付き合いももうだめかもと思って、わかりましたっていって、
電話きっちゃったんですよね。


すぐに折り返し電話がかかってきて、
電話かけてきてるのがうちだということが先生、やっとわかったみたいで・・・・

もも父とは普通に会話していたようです。
じゃー最初からもも父が電話してよっというのは、今書いてて思いました^^;
余計なこと思いだしちゃったかしら(笑)


でもそれ以来、その病院には私ひとりではいけなくなってしまったんですよね。
先生はこの前の対応は本当に疲れていたときで、本当に
申し訳なかったですってあやまってくれたんですけど・・・

私ってこんなに心せまかったの~って自分でもびっくり
ですが、そこへいくときはもも父だけでいってもらってました。
先生を信用できなくなっちゃったんですね。わたし・・・



ももこは結局、子宮蓄膿症で、すぐに手術が必要ということで、
でもももこが大きいので(40kg)、そこでは手術ができないので、
大学病院を紹介しますということに翌日なったんです。

でも大学病院は平日だけしか診療がない!
我が家ではそれは都合がとてもわるかったので、ネットでいろいろ調べて
車で1時間くらいの場所に動物の高度救命医療病院として
新聞とかにも載っちゃう有名病院があることを知りました。
お医者様は10人以上!
ももこの手術も問題ありませんよって引き受けてくれて、その時は
よかったこんな病院があったんだって安心しました。

手術は無事成功しました。

でもものすごいお金がかかりました。
入院日だけで一泊1万円!
それも抜糸まで入院が原則!2週間は入院したので、
プラス手術代やなんやらで、でもこれほど設備が整っている
病院ってそんなもんなのかなって思ってました。


フィラリアのケアとかは近所の先生のところ。
ももこの具合がよくないときは、そこの大きい病院という
分け方をしていました。


そして耳の耳道?に出た悪性腫瘍。

名前は今は忘れちゃいましたが、これもいきつけの病院だと
腫瘍ってわかりませんでした。

ずっと耳から体液みたいなのが出てて、あきらかに匂いが
耳が汚れたときとは違うのにって思い・・・・

セカンドオピニオンをもとめ、前にお世話になった大きい病院へ行き、
結果は悪性腫瘍で外科手術をして腫瘍をとって、その後は
抗がん剤治療の開始となりました。


1度目の手術後3日後に再手術。
がんがなかなか抑え越えられませんでした。

入院は3週間以上してました。

抗がん剤を打つと耳の具合もよくなるけれど1週間以上あけると
また薬でがんを抑えこめきれなくなるので、毎週の抗がん剤投与を
しながら、様子見がひと月続きました。

再々手術の提案は、断りました。
耳がなくなるのは、耐えられなかったので。

でもその後運良く抗がん剤が効いて、がんを抑えこめることが、そのときは
できました。


抗がん剤治療には賛否両論あると思いますが、また受けるかときかれると
わかりませんが、でもこの治療でももこが1年寿命が延びたのは確かです。


およそ一か月後に退院して戻ってきたももこは性格が暗くなってるし、
まず表情がね、なくなってしまっていました。
頭のかたすみに?マークが点滅しはじめました。

ももこが入院している間、一週間に一度か二度、
面会にいったんですが、前もって電話していったにもかかわらず
実際面会できるまで30分以上もまたされるって、何かおかしいって
思うようになりました。

でも手術は成功したし、抗がん剤治療も効果が出ているし、ももこに
激しい副作用は出ていないし・・・
頭に疑問符はあたものの、このときは新しい病院は探しませんでした。

毎週のように抗がん剤治療で半日ももこを預けるたびに、ももこの
前脚のひじのところが汚れている。
もも父がこのときは言い出しました。
毎回、毎回、汚れて帰ってくる。
おかしい・・・
どんな扱いをうけているんだろう、不信感が芽生えていました。

ももこの無表情は自宅に戻って一週間くらいでもとにもどりました。


そして・・・
ももこが突然立てなくなりました。
抗がん剤の間隔を二ヵ月に一回まで減らし始めたところでした。
最初に抗がん剤を始めてからちょうど一年が過ぎたころでした。

近所のかかりつけの病院では、股関節形成不全の悪化という診断でした。
もともと股関節が浅めだったし、そうなのかなって
その時は思いました。

でも今思えば、レントゲンもとっていなかったな、あのとき。


股関節形成不全の悪化だと思ったから、寝たきりにさせて筋肉を
おとさせちゃいけないと思って、あまり乗り気じゃないももこの
腰からおしりにバンドをまいて介助して、おしっこ散歩に一日
4度行ってました。
車いすも用意しました。
運良くこのときは私も病み上がりの休職中だったので、ももこの
介護の時間はたっぷりありました。


抗がん剤もやめようと思いました。
股関節の問題だし、一度芽生えてしまった不信感で、大事なももこを
あそこにはもう預けたくなかったんです。


で、ブログをはじめて・・・
股関節形成不全でこのむくみやナックリングが果たして
でるのか疑問に思いだして・・・・

アドバイスをくれる人たちにであって・・・
獣医腫瘍科認定医っという存在を知って・・・
車で15分もかからないところにその認定医がいる腫瘍専門外来がある病院が
あることを知って、セカンドオピニオンをもらいにいったら、
ももこの骨が砕けているのを知りました。
最初にレントゲンとってたら、これってすぐわかったことかもしれませんね。
骨肉腫でした。

ものすごく痛いといいます。激痛で、治療方法としては、患部の切断となります。
切断される肉体の一時の痛さの方が、ずっとそのまま粉砕骨折した部位があるより
ましなんだと聞きました。

その状態で散歩に連れ出してた私、ももこにとっては鬼だったかも
しれません。


私たちが断脚の決断をして数日後、ももこは虹の橋のたもとへ4本脚で
旅立ちました。
手術の数日前のことでした。


いきつけの獣医さんには感謝してます。
本当にそれまで色々お世話になりましたから。
でもね、あのときレントゲンとってくれてればって今でもやっぱり
思ってしまいます。

だから、感謝はしているけど、裕次郎とひなたをつれてはいけません。

今のかかりつけは、最後にももこがお世話になったところです。
ももこはここでは10日ぐらいしか、結局お世話になってなかったんですが、
点滴とかを打っているももこのそばにずっと付き添わせてくれたい、
何をどうするのかの説明とか、ものすごく安心できる病院だったんです。


さくらもこちらでお世話になるようになって、背骨の変形とか
前脚の肘の変形とか詳しく知ることができました。


裕次郎もケンネルコフの後遺症があって、こちらの先生が
ペットショップと話をしてくれて、医療費全部ペットショップ持ちに
なったなんてこともありました。
異物飲み込んで一日入院もしました。
今は裕次郎、コホッともいいませんけどね。
ひなたは今のところ健康優良児!です。


この先ももしかしたら、また他にセカンドオピニオンを求め他の病院に
いくことがあるかもしれません。
でも大事なわんこの笑顔を守るため、やってあげられる範囲で
最大のことをしてあげたいと思うのは、飼い主としては当然かなとも思います。


最後にお口なおしに、裕次郎のりりしい!?横顔をどうぞ(笑)