第八芸術鑑賞日記

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2008年部門別概観・日本映画

2009-02-22 15:44:21 | 雑記
調子に乗って考えてしまった部門賞、日本映画編。


【監督賞】
若松孝二(実録・連合赤軍 あさま山荘への道程)
□阪本順治(闇の子供たち、カメレオン)
□是枝裕和(歩いても 歩いても)
□黒沢清(トウキョウソナタ)
□橋口亮輔(ぐるりのこと。)
※この一年に関しては若松孝二を立てる一択しかない。毛色の違う二作を送り出してきた阪本順治の職人芸はお見事。是枝、黒沢、橋口と、すでに評価の高い中堅監督たちではあるが、それぞれ優れた新作を見せてくれた。


【主演男優賞】
佐藤浩市(ザ・マジックアワー)
□藤原竜也(カメレオン)
□本木雅弘(おくりびと)
□香川照之(トウキョウソナタ)
□江口洋介(闇の子供たち)
※佐藤浩市なくして『ザ・マジックアワー』という映画は成立しなかっただろう。色々言われた藤原竜也だが、「主演」が似合う数少ない若手男優として貴重だと思う。松田優作を想定して書かれたキャラクターのアクションを演じるなんて並大抵の度胸じゃできない。本木雅弘、江口洋介はそれぞれ熱演で素直に好感度高し。香川照之はさすが。


【主演女優賞】
坂井真紀(実録・連合赤軍 あさま山荘への道程)
□永作博美(人のセックスを笑うな)
□小池栄子(接吻)
□アヤカ・ウィルソン(パコと魔法の絵本)
□木村多江(ぐるりのこと。)
※坂井真紀は主演とは言えないかもしれないが……一応タイトルロールで最初にクレジットされてるので。スルーしてしまったけど『ノン子36歳』でも熱演だったようで。永作博美は井口奈巳の長回し演出の中で存分に魅力を発揮。橋口亮輔作品での木村多江も同じく。小池栄子はテレビでのイメージを覆す名演技を見せてくれた。逆に、演技力云々は全くわからないものの、映画俳優の命といえるオーラだけで完璧に役割を果たしたアヤカ・ウィルソンも素晴らしい。次点は『トウキョウソナタ』の小泉今日子か。


【助演男優賞】
豊川悦司(接吻)
□松山ケンイチ(人のセックスを笑うな)
□浅野忠信(母べえ)
□佐々木蔵之介(アフタースクール)
□山崎努(おくりびと)
※この部門にはあまり強く推したい人がいないのだが、『接吻』での豊川悦司の存在感が頭一つ抜けていたか。松山ケンイチも良かった。『デスノート』や『デトロイト・メタル・シティ』でのコスプレイヤーとしての印象が強い中で、長回し演出による作品での健闘が光っていたと思う。浅野忠信は吉永小百合に恋するという難役(?)ながら、作品の質を上げるのに貢献。佐々木蔵之介は助演として最適な存在感できっちりした仕事。山崎努は安心して観ていられる。


【助演女優賞】
YOU(歩いても 歩いても)
□市川実和子(悪夢探偵2)
□樹木希林(歩いても 歩いても)
□広末凉子(おくりびと)
□蒼井優(人のセックスを笑うな)
※とにかく『歩いても~』のコンビが素晴らしすぎる。普通なら樹木希林の方だろうが、個人的にはYOU。他に替えがきかないという意味では極めて貴重な役者だと思う。サバサバした人物造形は、『東京物語』('53)での杉村春子を引き合いに出したいくらい魅力的。市川実和子は怖すぎる。顔のパーツの配置がホラー向き。と同時にちゃんと感動的なシーンも演じていて、とにかく印象に残る。広末は演出過多で少しやりすぎた感があるが、良かったのではないかと。蒼井優は相変わらず最高の助演ぶりを見せる。他には、『闇の子供たち』での宮崎あおいが優等生的なイメージをうまく使っていて秀逸。


【脚本賞】
歩いても 歩いても
□アフタースクール
□ハッピーフライト
□ぐるりのこと。
□闇の子供たち
※内田けんじの『アフタースクール』ももちろん悪くないのだが、『歩いても 歩いても』のような形式のドラマでこれだけ巧くまとめられるという事実に心底感動したので。『ハッピーフライト』はもう少し評価されてよいと思う。『ぐるりのこと。』は、最初に目が向くのは長回しや演出なのだが、全体のプロットも巧い。『闇の子供たち』は真っ向勝負の社会派として買いたい。次点は『トウキョウソナタ』か。評判の『おくりびと』はむしろ脚本が足を引っ張っていると思うので除外。三谷の『ザ・マジックアワー』は後半での失速が大減点。


【撮影賞】
トウキョウソナタ
□悪夢探偵2
□歩いても 歩いても
□実録・連合赤軍 あさま山荘への道程
□人のセックスを笑うな
※『トウキョウ~』、最初のカットから最後まで全編完成度の高い画で攻め続けて見事。クライマックスの海岸もいい。『悪夢探偵2』は前作と異なり、正統派Jホラー的な構図で勝負。結果は勝利だろう。『歩いても~』は夏休みの空気を写し取っていて素晴らしい。『実録~』の雪原のシーンは、大作のクライマックスとして十二分なダイナミズムを湛えていたと思う。『人の~』、妥協なき長回し撮影をきっちり貫いていて、満腹にさせてくれる。


【音楽賞】
崖の上のポニョ
□スカイ・クロラ
□悪夢探偵2
□実録・連合赤軍 あさま山荘への道程
□トウキョウソナタ
※『ポニョ』の中盤における大活劇は、久石譲のワルキューレ風スコアによってこそ最大限に盛り上げられたと言っていいだろう。もちろん一瞬で覚えられる主題歌のインパクトも凄かった。『スカイ~』での川井憲次もいい仕事。『悪夢探偵2』での探偵登場時に流れるテーマは、ヒーローもののケレンを持ちつつ、ホラーとしてのシリアスな雰囲気も損なわない絶妙さ。好きだ。『実録~』のジム・オルークのスコアは、後から意外なほど良かったと思えてきた。『トウキョウ~』は少々あざといにしても、やはり音楽の力を活かした逸品。


【美術・衣装賞】
ザ・マジックアワー
□パコと魔法の絵本
□歩いても 歩いても
□ぐるりのこと。
□悪夢探偵2
※『ザ・マジックアワー』での作り物感をあえて押し出したセットはやっぱり好きだ。『パコ~』の肝である過剰さは、一つにはポストプロダクションが生み出しているものだが、やはり美術・衣装の貢献も大きい。『歩いても~』と『ぐるりのこと。』が持ちえた空気は、あらゆる部分でのスタッフたちの優れた仕事によって用意されたものだろう。『悪夢探偵2』、夢のシーンが素晴らしい。


【編集賞】
カメレオン
□悪夢探偵2
□トウキョウソナタ
□ハッピーフライト
□接吻
※『カメレオン』におけるアクションシーンの編集には、本当に興奮させられた。拙いアクションを誤魔化すためのものなどではなく、素材を最大限まで引き立てて、なおかつ映画的なモンタージュの凄みを見せてくれる。『悪夢探偵2』、この部門は塚本晋也の指定席。『トウキョウ~』や『接吻』のバランス感覚はさすがの一言。『ハッピーフライト』のリズムの快適さはもう少し評価されていい。


【視覚効果賞】
悪夢探偵2
□パコと魔法の絵本
□K-20 怪人二十面相・伝
※あの手この手を駆使して視覚へ訴える『悪夢探偵2』。塚本節炸裂で満足。『パコ~』は中島哲也の前作『嫌われ松子の一生』の延長線上にあるといえばあるが、しかし一線を越えた作品かもしれない。ある意味では記念すべき作だが、しかし評価は難しい。『K-20』はアクション大作を日本映画でどう実現するかということの一つの見本になりうるだろう。逆に、この部門で残念だった作品としては、押井守の二作(『スカイ・クロラ』と『GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊2.0』)がある。押井自身の意識としては、VFXの発達過程における過渡期的表現ということかもしれないが、現時点での各作品の完成度としては、やはりCGが浮きすぎている。


【音響賞】
スカイ・クロラ
□悪夢探偵2
□トウキョウソナタ
※VFXに関しては手放しで褒められない『スカイ~』だが、この部門では文句なし。さすがスカイウォーカー・サウンド。やりすぎでちょっとあざとくなったのが玉に瑕。『悪夢探偵2』の塚本、『トウキョウ~』の黒沢は、音の使い方に関してさすがのこだわりを見せてくれる。


2008年部門別概観・外国映画

2009-02-19 19:09:56 | 雑記
2008年があまりにも豊作で嬉しかったので、ついつい調子に乗って部門賞まで考えてしまいました。まぁお遊びです。


【監督賞】
クリストファー・ノーラン(ダークナイト)
□コーエン兄弟(ノーカントリー)
□デヴィッド・クローネンバーグ(イースタン・プロミス)
□ポール・トーマス・アンダーソン(ゼア・ウィル・ビー・ブラッド)
□ウォシャウスキー兄弟(スピード・レーサー)
※ノーランにはただただ敬服。コーエン兄弟は、淡々とした技巧的な語り口はそのままに、言い知れない凄みを獲得。クローネンバーグは前作以上に一切の隙を見せない傑作をものにし、カルト扱いされてきた従来の枠を完全に踏み越えた。PTAもまた『マグノリア』の呪縛を打ち破り、ついにオスカー監督賞候補に。ウォシャウスキー兄弟の志はやはり買っておきたい。この他、巨匠の実力を知らしめてくれたシドニー・ルメットも凄かった。


【主演男優賞】
ヴィゴ・モーテンセン(イースタン・プロミス)
□ダニエル・デイ・ルイス(ゼア・ウィル・ビー・ブラッド)
□エミール・ハーシュ(イントゥ・ザ・ワイルド、スピード・レーサー)
□フィリップ・シーモア・ホフマン(その土曜日、7時58分)
□アンドリュー・ガーフィールド(BOY A)
※ヴィゴ・モーテンセンは全裸での格闘シーンばかりが言及されるが、総合的に見て作品に完全に合致した完璧な仕事だったと思う。ダニエル・デイ・ルイスも同じく。若手のエミール・ハーシュは、『イントゥ~』クライマックスでのきっちり身体を絞っての熱演が素晴らしかった。シーモア・ホフマンはもはや盤石。新人アンドリュー・ガーフィールドも好演。この他、『ダークナイト』のクリスチャン・ベイルも(ヒース・レジャーに喰われているなどと言われているが)良かった。『潜水服は蝶の夢を見る』のマチュー・アマルリックは特徴的な顔立ちで印象に残った。『パラノイドパーク』の新人ゲイブ・ネヴァンスは作風にぴったりで、同作のポスターは今年のベスト級。『ランボー 最後の戦場』のシルヴェスター・スタローンは、さすがの高齢から以前と比べて銃器への依存が高くなっていたためノミネート外。


【主演女優賞】
クリスティーナ・リッチ(ペネロピ)
□ナオミ・ワッツ(ファニーゲーム U.S.A)
□チャン・ドヨン(シークレット・サンシャイン)
□カーストン・ウェアリング(この自由な世界で)
□タン・ウェイ(ラスト、コーション)
※ここ最近のクリスティーナ・リッチの輝き方は尋常じゃない。ナオミ・ワッツは力演。ミヒャエル・ハネケの作品に出れば即演技派のように見えるという面もある。チャン・ドヨン、カーストン・ウェアリングは、それぞれ彼女たち無くして成立しない作品を演じきっており、素直に凄いと思わされる。新人タン・ウェイはトニー・レオンに一歩も退かず。この他では、やはり『JUNO ジュノ』のエレン・ペイジが印象的。実にスクリーン映えする存在感だ。


【助演男優賞】
マイケル・ピット(ファニーゲーム U.S.A.)
□アーロン・エッカート(ダークナイト)
□ヴァンサン・カッセル(イースタン・プロミス)
□イーサン・ホーク(その土曜日、7時58分)
□ガエル・ガルシア・ベルナル(ブラインドネス)
※マイケル・ピットはナオミ・ワッツと同じく。アーロン・エッカートは素晴らしい存在感を見せたが、彼のキャスティングが作品にとってふさわしいものだったのかには一抹の疑問が残る。ヴァンサン・カッセルはさりげなくも作品に不可欠の役割を見事に演じていた。イーサン・ホークとガエル・ガルシア・ベルナルは期待される役どころをきっちりこなし、助演として最高の仕事。


【助演女優賞】
ヘレナ・ボナム・カーター(スウィーニー・トッド)
□シアーシャ・ローナン(つぐない)
□ナタリー・ポートマン(宮廷画家ゴヤは見た)
□ティルダ・スウィントン(フィクサー)
□アンナソフィア・ロブ(テラビシアにかける橋)
※この部門は激戦区。しかしヘレナ・ボナム・カーターの個性は一歩抜きんでた存在感を放っている。シアーシャ・ローナンも強く印象に残った。ナタリー・ポートマンも熱演。ティルダ・スウィントンは作り込みすぎになるギリギリのところで快演。アンナソフィア・ロブ、作品の質を上げるのに大いに貢献していたと思う。


【脚本賞】
ダークナイト
□12人の怒れる男
□ホット・ファズ 俺たちスーパーポリスメン!
□ペネロピ
□告発のとき
※『ダークナイト』の本気っぷりには敬意を表する他ない。『12人の怒れる男』は、オリジナルの基本的な骨組みを用いながら、見事な変化をつけてみせる。リメイクのお手本だろう。『ホット・ファズ』は事件の真相が好みだったので入れておきたい。『ペネロピ』は嬉しい収穫。『告発のとき』で初めてポール・ハギスに好感を持った。この他だと、評判のいい『ミスト』はステレオタイプな人物描写に難ありだと思う。


【撮影賞】
潜水服は蝶の夢を見る
□つぐない
□ゼア・ウィル・ビー・ブラッド
□落下の王国
□バグズ・ワールド
※カミンスキーに一票。『つぐない』の非の打ち所がない完成度も目のご馳走だった。『ゼア~』の油井炎上シーンは忘れがたい。『落下の王国』はロケ地がいいだけとも言えるが、それを実際にいい映像として撮れているのはやはり見事だろう。オープニングのモノクロ映像もゾッとするほど美しい。08年に観た数少ないドキュメンタリーとして『バグズ・ワールド』の驚異はしっかり覚えておきたい。この他では、『クローバーフィールド HAKAISHA』の撮影が(作品の構造そのものと関わってくるため)評価しがたい。『パラノイドパーク』のクリストファー・ドイルはいつも通り。


【音楽賞】
つぐない
□ダークナイト
□ゼア・ウィル・ビー・ブラッド
□潜水服は蝶の夢を見る
□スウィーニー・トッド
※タイプライターの音をリズムにしてピアノが転がり始める『つぐない』のオープニングの楽曲は、観客を一瞬で作品世界に引きずり込む魅力を持っている。『ゼア~』でのジョニー・グリーンウッドのスコアは凄く面白い。ただ、音楽を排除した『ノーカントリー』や、ミニマルに攻める『ダークナイト』と比べたときに、どうしても「面白い」止まりになってしまう気がする。『潜水服~』の選曲の仕方は個人的に大好き。『スウィーニー~』はミュージカルとしての楽曲よりも、劇伴としての音楽を評価してのノミネート。


【美術・衣装賞】
落下の王国
□宮廷画家ゴヤは見た
□コッポラの胡蝶の夢
□英国王 給仕人に乾杯!
□スウィーニー・トッド
※『落下の王国』、狙いすぎとも思うが、やっぱり観ていて面白かった。『宮廷画家~』は時代物コスチュームプレイとして期待に応えてくれる出来栄え。『コッポラ~』での赤いバラの使い方は、あざとさを通り越して文句の言えない美しさに達している。『英国王~』はとにかく観ていて嬉しくなるような美術・セットの作り方。『スウィーニー~』はバートン作品として特別凄いわけでもないが、やっぱり名人芸。この他、『ペネロピ』のブタ鼻メイクや『イースタン~』のシックな作りも捨てがたい。


【編集賞】
12人の怒れる男
□イースタン・プロミス
□つぐない
□ハプニング
□ウォンテッド
※『12人~』の静と動の切り替えは凄まじい。『イースタン~』のタイトな格闘シーンにはゾクゾクさせられた。『つぐない』はとにかく完成度が高すぎる。『ハプニング』はケレンたっぷりの見せ物小屋的編集が期待を裏切らない。『ウォンテッド』のラストは好きだ。


【視覚効果賞】
スピード・レーサー
□ダークナイト
□魔法にかけられて
※『スピード・レーサー』、よくぞここまでやりきったと思う。『ダークナイト』は文句なし。『魔法にかけられて』のCGくささすら上手く利用した映像表現は見事だと思う。


【音響賞】
ダークナイト
□12人の怒れる男
□スウィーニー・トッド
※米アカデミー賞では「編集」部門と「録音」部門に細分化されている部門だが、技術的な巧拙なんてわからないので、単純に音を効果的に使っていると感じた作品三つ。『スウィーニー~』は、ヘレナ・ボナム・カーターが登場して最初に包丁で叩くシーンの音が凄く印象的だった。


【特別賞】
ヒース・レジャー(ダークナイト)
※映画史に新たな伝説が生まれるのを同時代に体験させてくれた。そのことにはいくら感謝してもし尽くせないが、しかし惜しすぎる。


2008年ベストテン(と言いつつベスト20)

2009-02-16 03:02:22 | 雑記
 ずいぶん遅くなってしまいましたが、2008年の年間ベストを選んでみました。


 個人が選ぶ年間ベストというのは、基本的には自己満足であることを免れないにしても、映画ファンならではの楽しみじゃないかと思うので、やっぱり好きである。自分で考えるのはもちろんのこと、他人が選んだのを見るのも好きだ。
 たとえば小説だと、一つの作品に触れるのに(比較的)時間がかかるし、年間に読める新作の数は限られてくる(だからこそ膨大に読んでいるというだけでも書評家として貴重な存在になりうる)。マンガは連載形式が多いから年単位で区切りにくい。音楽は作品数が過剰なので、ジャンル別に分けないと考えにくい。演劇やコンサートのようなものなら可能かもしれないが、一回性の芸術についてベストを選定するのはまた少し意味合いが違う気もする。
 そういった意味で、オールジャンルでベストを選び、かなり多くの人がそれを共有し比較できるメディアとしては、やっぱり映画が一番面白いんじゃないかと思うのだ。
 ……って、そもそも自己満足でやっているブログの試みについて、こんな理屈をこねて理論武装する必要もないんだけれど……


 対象は2008年に日本で封切られた新作映画のうち、俺が劇場で鑑賞した73本。ちなみにこのブログ、6.0点を標準と言いつつ、大概の作品をそれ以上に評価しているが、それは観る作品を選ぶ段階で(過去の実績や予告編などで)かなり吟味しているからであって、映画館でランダムに作品を選んだらもっと4~5点台が増えるはず……
 観たかった作品のうち、『28週後…』『シューテム・アップ』『コロッサル・ユース』『ひゃくはち』『ブタがいた教室』『青い鳥』などは見逃してしまった。


【1位】ダークナイト(クリストファー・ノーラン)9.0
 ……問答無用の傑作。ヒーローものの映画でこれを超える作品が現れることは今後ありうるんだろうか……と思ってしまう。


【2位】ノーカントリー(ジョエル・コーエン&イーサン・コーエン)8.5
 ……9.11後のアメリカ映画が達成した最高の成果。映画史に残る悪役を創造し、「暴力」を描く試みの一つの究極形を提示してみせた。


【3位】実録・連合赤軍 あさま山荘への道程(若松孝二)8.0
 ……若松孝二という人を侮っていた。ときとして熱意は才能を超えるのだと証明したと思う(別に才能がないという意味ではない)。


【4位】イースタン・プロミス(デヴィッド・クローネンバーグ)8.0
 ……新たに生まれた、史上最高の犯罪映画のひとつ。シンプルなのに(シンプルだからこそ)とんでもない強度を誇る。凄いとしか言いようがない。


【5位】悪夢探偵2(塚本晋也)8.0
 ……前作とは別のアプローチから生み出されたもう一つの傑作。正統派Jホラーと塚本らしいケレンと奇妙なほどの感動とが混合した一本。


【6位】潜水服は蝶の夢を見る(ジュリアン・シュナーベル)7.5
 ……基になった実話が素材として良すぎて、反則だろうと言いたくなる。カミンスキー撮影の映像もいかにもな美しさで卑怯だ。でも正直なところ泣けてしまったので仕方ない。


【7位】12人の怒れる男(ニキータ・ミハルコフ)7.5
 ……オリジナルとは全くの別物として傑作。静と動が切り替わる瞬間の演出にミハルコフの天才を見せつけられる。


【8位】崖の上のポニョ(宮崎駿)7.5
 ……巨匠が今なおアニメーションの魅力に最も忠実な監督であるという事実に感動すら覚える。これを否定することはアニメーションの大きな側面を否定することではないのか。


【9位】英国王給仕人に乾杯!(イジー・メンツェル)7.5
 ……映画愛に満ちたチェコ産の寓話。この作品に含まれたユーモアとペーソスの味わいは、個人的に「チェコ」という国に期待するイメージそのもので、素晴らしかった。


【10位】その土曜日、7時58分(シドニー・ルメット)7.5
 ……80歳を越えてこれほどの犯罪映画を送り出してくるシドニー・ルメットという人には驚く他ない。オープニングの加速度もラストの重たさも最上級の一品。


 10本と言わず、20位まで並べておこう。日本映画もだいぶ盛り込めるし。


【11位】ペネロピ(マーク・パランスキー)7.0
 ……心地よすぎる現代風お伽噺。クリスティーナ・リッチ万歳。


【12位】ゼア・ウィル・ビー・ブラッド(ポール・トーマス・アンダーソン)7.0
 ……もしあなたが映画通を気取りたいなら、これをポニョより下にしてはマズイだろう。7.0点というのは、「少なくともこれ以上に評価しなければいけない」という採点である。自分の中でまだしっくり受け止められていないだけで、ポテンシャルは『ダークナイト』や『ノーカントリー』級かもしれない。


【13位】歩いても 歩いても(是枝裕和)7.0
 ……よくこの空気を作れたなぁ、と感嘆。視線はひたすら優しいが、しかし断じて癒し系などではない。ところどころで居心地の悪さを表現するのが巧すぎる。


【14位】スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師(ティム・バートン)7.0
 ……バートン&ジョニデのコンビ最新作。「飽きた」は禁句。


【15位】スピード・レーサー(ウォシャウスキー兄弟)7.0
 ……支持する。色々問題はあるにしても、一切の妥協なしに本気でこれを作ったウォシャウスキー兄弟を支持したい。


【16位】トウキョウソナタ(黒沢清)7.0
 ……完成度に関しては黒沢清の最高作かもしれない。


【17位】つぐない(ジョー・ライト)7.0
 ……オープニングの数分間だけで映画の至福を味あわせてくれる。まさに目と耳の保養。


【18位】ザ・マジックアワー(三谷幸喜)7.0
 ……現代日本で古き良きハリウッドを再現しようとするドン・キホーテ三谷。難はあれども、その戦いが敗北に終わったと言いたくない。サンチョ・佐藤浩市もついている。


【19位】ぐるりのこと。(橋口亮輔)7.0
 ……七年ぶりの新作。長回しの使い方に前作よりあざとさが増してしまった気もするが、それでも現代日本で最も重要な監督の一人だろう。


【20位】カメレオン(阪本順治)7.0
 ……70年代の松田優作映画を21世紀の藤原竜也映画として成立させてしまったこの職人芸。見終わって「天晴れ」と言いたくなった。


 総評は別の記事としてアップします。


ゴジラ(1954)[旧作映画]

2009-02-15 00:38:34 | 旧作映画
 08/4/26、ポレポレ東中野にて鑑賞。7.0点。
 言わずとしれた日本映画史上最大のスターのデビュー作である。この後、様々な変遷を経ながら数十本に及ぶシリーズ作、派生作が作られていくことになるが、この第一作なくしてはそれらも無かったわけである。そして、賛否の割れるようになったシリーズ化以後の諸作品に対し、評価を確立しえている唯一の作品とも言えるだろう。
 とりあえず個人的に大きかったのは、劇場で観られるチャンスを待っていて正解だったということである。これをテレビ画面で観て「やっぱり今の眼で見ると拙いなぁ」などと感じていたら、と考えると切にそう思う。黒を強調したモノクロ画面の闇は自宅の液晶テレビでは感じられそうもない深みを湛えていたし、オープニングからかかる有名なテーマ音楽の響きは自宅で音量を気にしていたら決して味わえない重さがあった。
 さて、この一作目『ゴジラ』とは何か。まず当然のことだが、怪獣映画、特撮映画の金字塔である。国産の怪獣映画は本作から出発したと言ってよいし、戦争映画で技術を磨いてきた円谷英二がその特撮技術を世界に知らしめた一本でもある(怪獣にも特撮にも詳しくないから適当に言ってるけど)。今の眼から見ても秀逸だと感じるのは、先にも述べたように黒を多用した画面設計で、これによって多少の技術的なチープさは最大限までカバーされている。
 しかし本作は、狭義の怪獣映画、特撮映画の枠に留まるものではない。散々語られてきたように、戦争映画の傑作でもある。主に着ぐるみによって演じられた「ゴジラ」という怪獣は、「戦争」が一つの視覚的モチーフとして固定されたイメージに他ならず、またそれが「恐怖」の対象として描かれるのは、戦争に出自を持っているからである。といっても、もちろん、そのあたりのことを当時の実情として理解するのは現代人には難しい。ゴジラが戦争のメタファーとして十分に機能したという事実は、戦争が人々の記憶から容易に風化しないことを証明しているかのようだが、一方でこの映画の二年後には「もはや戦後ではない」という言葉が流行語になっているし、そのいずれもが真実なのだろうと思う。ただ、「ゴジラ」が日本映画史に不滅の名前であるということだけは疑いなく、それを観るときに「戦争」という言葉が避けられないこともまた確かだ。
 そして、本作以後の(対象とする観客層を子供に限らず一般向けに作られた)怪獣映画のほぼ全てが目指したように、パニック映画の傑作である。ゴジラという視覚的モチーフは、少なくともこの第一作においては、あくまでも「手段」であって「目的」ではない。巨大すぎる怪獣を前にして、人々がそれをどう受け止めるのか、というディザスタームービー的な興味にこそ多くの尺が割かれている。もちろん、金も手間もかかる特撮パートをそうそう詰め込めるものではないという現実的な問題もあるのだが、それはおいておこう。本作のドラマパートで素晴らしいのは、男女の三角関係を持ち込むことによって、芹沢博士というキャラクターの見事さを大いに格上げした点である。これによって、彼が単なる自己犠牲の英雄ではなくなり(つまり抽象的な存在ではなくなり)、物語を生きる個人として輝くことになった。「一個人」としての姿を強調することこそ、怪獣という巨大な存在を用いた作品における人間ドラマの鉄則だろう。
 歴史的な意義を抜きにしても全ての点で優れた作品だなどとはもちろん言えないが、日本映画ファンなら当然観ておくべき重要作。

カルメン故郷に帰る(1951)[旧作映画]

2009-02-14 01:46:28 | 旧作映画
 08/4/26、神保町シアターにて鑑賞。6.5点。
 日本映画初の長編カラー作品として有名な一本。監督に木下恵介、主演が高峰秀子で、「総天然色映画」という話題性を持って公開されたのだから、当然ながら当時は大ヒットしたようだ。そういう歴史的な意義を持っているだけでも日本映画史をおさえる上では観ておきたい作品である。また、単にそれだけの(いわばお勉強めいた少々不純な)目的意識で映画を見ると、出来そのものには失望することが多い中、本作は想像以上に楽しめる佳作だった。
 当時の松竹らしく万人が楽しめるコメディタッチのホームドラマであり、自分を芸術家だと思っているストリッパーを主役にして、彼女が故郷に帰って巻き起こす騒動を描く。「一般には高尚なものと認められていないことを芸術だと考えるキャラクター」というのが個人的に大好きな設定なので、ちょっと贔屓目になっているかもしれないが、実に楽しめる喜劇である。根っからの悪人が登場しないあたりも後味がよく、予定調和万歳といったところ(笠智衆のキャスティングを見ればもうその姿勢は明瞭だ)。
 演出にはやはりカラーであることを最大限に活かそうという意図が働いており、その狙いはかなり露骨にわかってしまうものの、それでも爽やかだと評してよいだろう。まず第一に、高原の村を舞台にしてロングショットを多用したロケ撮影。これは単に演出上の狙いというだけでなく、用いたフィルムの特徴なんかも関係しているらしいが、ともあれ物語の全編がセットの外で繰り広げられるという開放感は、映画が色を手に入れたという開放感とも直接に対応して、作品に清々しさをもたらしている。第二に、視覚的モチーフとして配された浅間山。単に牧歌的な高原というだけでなく、山がしっかり構えてくれているおかげで、個々のショットの画としての魅力がぐっと増している。それから第三に、ストリッパーである主人公とその仲間たちの原色を使った派手な衣装。彼女たちは映画が始まってしばらくは登場せず、実に20分ものタメを作ってから登場するのだが、この20分をたっぷり木訥な村人たちの描写にあてておくことで、そこに闖入してくる彼女たちの派手な衣装が引き立つ。この視覚的効果は抜群である。しかも衣装は何種類も出てきて、観客の目を常に飽きさせまいとする。
 もちろん、好意的に見ようという意識がなければ、現代人にとっては退屈な牧歌的ホームドラマでしかないかもしれない。しかし、技術的制約を課され、またカラーを売りにするという狙いを保持したままに、水準以上に楽しめる喜劇として仕上げられていることは、やはり評価されるべきだろう。名作と呼んでもいいと思う。

ライフ・アクアティック(2005)[旧作映画]

2009-02-13 02:37:00 | 旧作映画
 08/4/25、DVDで鑑賞。6.0点。
 ウェス・アンダーソン作品を初めて鑑賞。監督が自身の映画へのセンスを信じ切って、ポップでスタイリッシュな映像を綴ってゆく。オープニングからいきなりメタフィクショナルに遊んでいて、作中人物であるドキュメンタリー映画監督の新作「ライフ・アクアティック 第12話」が上映されるところから幕を開ける。その作中作の内容はほとんどコントのようで、映像はピンク色の魚群が泳ぎ回る様をCG丸出しで描く。その後、続きを撮るために出発するクルーたちの活躍が本筋となるわけだが、基調はこのオープニングのままで、一事が万事この調子である。
 この箱庭的なファンタジー世界を徹底的に作りこむ作風は、作り手自身が楽しくて仕方ないのだろうということが伝わってきて、それだけでも観ていて自然に頬が緩むような楽しさに満ちている。箱庭的な心地よさという観点から、世界的に名の売れた映画作家を考えてみると、ティム・バートンなどにも通じるものがある。小道具にいたるまでディテールが凝りに凝っているので1ショットの情報量が極めて多く、見かけの華やかさに酔っているだけでも二時間を過ごしてしまえる。スクリーンで観たかった。
 しかしこの監督の資質というのは、先に名前を挙げたティム・バートンなどとはやはり決定的に異なる。バートン作品にははっきりと情念が込められていて、それがストーリーにおいても映像においても芯を通しているが、ウェス・アンダーソンの本作にはそれがない。情念よりも軽やかさを選び、ひたすらポップに走ってゆく。テーマがないから駄目だとか、メッセージがないから駄目だとか、その手の安直な批判はしたくないが、しかしそれでも表現力が先走ってしまっている印象を受けたのは事実だ。
 もっともウェス・アンダーソン自身は、本作を「ポップでありながらも感動できるコメディドラマ」として撮っているのかもしれない。確かに本作のストーリーというのは、父と息子の物語であったり、家族の物語であったりする。そこにコミカルながらも味わい深いドラマを読みとることもできる。しかしそれが狙いなのであれば、うまく成功しているとは言いがたいように思う。たとえばラスト、[ジャガーザメ]が現れるシーンは、「チープな見かけにもかかわらず美しく感動的な」シーンになるべく演出されているはずだと思うのだが、バートンの『エド・ウッド』('94)における「大蛸との戦い」のシーンが持っているようなエモーションを持ちえていないように感じてしまった。
 この作風が好きな人なら、大いに熱中できる一本となるかもしれない。個人的には高校生の頃に観ていたらもっと好きになれたかもしれないと思うが、今の感覚ではこの採点(つまり及第点)くらい。

大悪党(1968)[旧作映画]

2009-02-12 02:11:57 | 旧作映画
 08/4/20、新文芸座にて鑑賞。6.0点。
 悪徳弁護士を主役にしたアンチヒーローものないしはピカレスクロマンのような趣を持ったサスペンスミステリー。名画座での増村保造二本立ての一本ということで鑑賞したのだが、これはやや期待外れであった。最後まで飽きずに楽しめるだけのテンションは持続するのでこの採点にしたが、増村作品としては決してベストの出来ではない。
 悪徳弁護士が主役と聞けば、いかにも増村の過剰演出と調和しそうで期待も高まるのだが、どうもはじけきれなかったように思う。この題材において何よりも優先して描かれるべきことは、あらゆる手を使って勝利を収めるという主人公の強烈なアンチヒーローぶりであり、その主人公がラストで敵役を圧倒することによって、物語にカタルシスが生まれるはずだ。しかし残念ながら、本作におけるヒーローの個性は常識の範囲内に落ち着いてしまっている。そのことを傍証するかのように、(本作が成功したなら)いかにもシリーズ化されていそうなキャラクター設定であるにもかかわらず、これ単発で終わった模様である。
 この悪徳弁護士を演じているのは田宮二郎で、ほぼ初めて見た役者だが、デフォルメされたキャラが最後まで板に付かなくてもどかしい印象をぬぐえなかった。とはいえ、責められるべきはキャストではない。足を引っ張った最大の難点は、プロットの大味さである。弁護士が主役という設定からは、当然冴えた頭脳戦などが期待されるわけだが、そこを子供だましの強引な手段で押し切ってしまうので、まるでキレを感じさせてくれない。
 ただし、本作は別の解釈をすることも可能で、それによれば[悪徳弁護士がいかにもアンチヒーロー風に描かれていること自体、一種のミスリードであって、タイトルの「大悪党」が指しているのは、ラストで悪徳弁護士から一本取ってみせる緑魔子なのだ]ということになる。しかし、だとすれば、[裁判沙汰になってしまった時点で、どうあがいても緑魔子もまた敗者であることは確かなので、つまるところこの物語には「勝者がいない」]ことになる。しかしこれでは最後までカタルシスが訪れず、ひいてはジャンル映画として成立しないし、かといって先に指摘したようにプロットが粗っぽいので、サスペンスミステリーとして一級品とも言えない。要するに中途半端になってしまっていて、もう少しどうにかならなかったものか、残念なところだ。
 とはいえ、(最初にも書いたように)さすがは増村作品だけあって、それなりのテンションで最後まで楽しませてくれる。特に女優の扱い方には凄いものがあり、冒頭、緑魔子演じる女子大生が騙されて堕ちてゆくシーンなどにはかなりの緊迫感がある。細身の緑魔子だからこそのリアリズムを感じさせて秀逸だ。また、敵役のヤクザを演じた佐藤慶も好演で、増村演出によくはまっている(ただし、この佐藤が強すぎるために、田宮二郎の個性がさらに薄く感じてしまうのは皮肉)。
 総じてやや残念な出来だったものの、キャストのファンなら思いがけぬ拾い物になるかもしれない一本である。

野菊の如き君なりき(1955)[旧作映画]

2009-02-11 02:18:22 | 旧作映画
 08/4/18、神保町シアターにて鑑賞。6.0点。
 全盛期の木下恵介が撮った代表作の一つで、徹底して叙情性を強調した淡い悲恋の物語である。冒頭で登場する老翁による回想という形で、「家」の体面のために恋を成就できなかった少年と少女の姿を描く。個人的には本作で木下恵介を初体験。
 いきなり前段落での要約と矛盾するようだが、本作は叙情を強調した物語であると同時に、木下恵介という監督の前衛好きな資質が発揮された一本でもある。それは純粋に技法的なもので、この映画の上映時間の大半を占める回想シーンにおいて、画面を楕円形にくりぬいて周囲をぼかしたマスクがかけられているのだ。題材そのものは極めてシンプルな文芸ドラマであるのに、ここまでマスクをかけっ放しの作品は初めて観た。このフレームの使い方というのは、ほとんど実験的と言ってもいいくらいだろう。
 このマスクを邪魔だと感じる人もいるようだが、個人的には全く気にならなかった。むしろ、さりげない技巧として高く買いたい。単に現在のシーンと回想シーンとを区別するのみならず、想い出というのは否応なくセンチメンタルに美化されているものであり、しかしそれでも(いやだからこそ)美しくかけがえのないものなのだということを、作り手が自覚した上で観客に訴える演出として(つまり一種のメタ的な効果として)機能している。そして、このセンチメンタリズムの扱い方こそが本作の肝であるはずなのだ。
 「家」が枷となって自由恋愛が成就しない……というプロットは、いかにも古い邦画らしくベタな悲恋物の典型のようだが、単にそう言って済ませられるものではない。何しろ、原作の『野菊の墓』は明治末のものなのである。ということはつまり、この映画版が製作された時にはすでに半世紀前の話になっていた、ということである。したがって、この映画全体に溢れる過剰なまでのセンチメンタリズムは、極めて意識的なものだったのではないかと思われるのだ。映画が作られた1955年の感覚では、もうここまで絶望的な恋愛にはならなかったはずだ。変わりつつあった時代の意識を反映し、あえてこのような古色蒼然とした原作を用いたのではないか(というようなことを考えてみると、個人と個人のつきあいを妨げるあらゆる障壁が破壊された現代において、恋愛ドラマが「難病」というギミックに頼るのはしごく自然なことかもしれない、と思ったりもする。あるいは『パッチギ!』('04)のような形か)。
 センチメンタリズムを自覚的に用いる、という本作の姿勢は一貫している。撮影においては、ロングショットを多用して田園風景を叙情的に切り取る。キャスティングにおいては、初々しさを優先して素人同然のような若手二人を起用する。こうしたことの積み重ねが、物語全体を覆う感傷に大いに説得力を与えているのである。映画出演はほぼこれ一作きりという有田紀子が素朴な愛らしさを示し、田中晋二が木訥な少年を好演してみせている。しかし同時に、若手二人を支える脇役にはきっちりベテランを配し、安定感を保つことも怠らない。笠智衆はいつも変わらぬ味わいを見せ、浦辺粂子は芯のある演技を見せる。このような若手とベテランの使い分けは、本作の「計算されたセンチメンタリズム」を象徴するものだろう(ただ個人的には、杉村春子があまり気の強くない役柄をしているのを初めて観たので少々違和感を覚えたりもした)。
 叙情派としての純度が高い悲恋ものを求めるなら、本作は今なお一つの完成形として存在価値を持っているだろう。また、別段お涙頂戴を欲していないにしても、木下恵介という監督の二つの特徴(叙情と実験)が共に示された一本として、一見の価値はあると思われる。

タロットカード殺人事件(10/27公開)

2009-02-09 07:44:51 | 07年10月公開作品
 08/4/13、三軒茶屋中央劇場にて鑑賞。6.0点。
 一言でいうなら、いかにもウディ・アレン映画、といったところ。この人の作品はあまり観ていなくて、というのは、どこか職人芸的に自身の作風を繰り返し量産してきた監督という印象があるため(それだけなら小津安二郎なんかもそうだが、それはおいといて)、フィルモグラフィーを丁寧に追ってみたいという気が起こりにくいせいなのだが、この最新作でもまたその印象は強められる結果になった。
 といっても、つまらないというわけではない。95分とコンパクトにまとめられたサスペンス・コメディとして、十分に及第点以上を与えられる良作である。ベテランの手さばきで安心して観ていられるし、同時にユーモアなどにはウディ・アレンらしい味がちゃんと出ている。シネフィルが探せば各種パロディを見つけてニヤリとできたりもしそうだ。しかし有り体に言ってしまえば、それ以上でも以下でもない、ということになる。
 またウディ・アレン映画としても、どこか年を取って元気がなくなってきたように感じられてしまったのは残念。ドタバタを「頑張って演じている」ように見えてしまうのだ(最後の退場の仕方は良かったが)。
 ただし、本作にはウディ・アレン映画の枠を越えて支持されるであろう要素が一つあって、それはスカーレット・ヨハンソンという女優の魅力を変化球で引き出そうとしたところにある。絶妙に微妙なメガネをかけさせ、決して美人ではないという設定にした上で、ウディ・アレン演じる老奇術師とのかけ合いでコメディエンヌとしてのチャーミングさを出そうとしたり、プールではここぞとばかりにメガネを外させて水着にさせたり、うまくいっているのかいないのかよくわからない演出で最後まで彼女をフィーチャーし続ける。その頑張りは認めねばなるまい(うまくいっているのかよくわからないというのは、もともと個人的にそれほど好きな女優でもないので、判定できないというか……)。
 ちなみにミステリーとしてはあまりにもいい加減な脚本である。ヨハンソンがスクープのために近づいたと知った時点で、犯人にはプールでの出会いも演技だったとわかっているはずで、そこそこ知的な犯人像を作っておいてそこに気づかせないというのはご都合主義だろう。本来の「タロットカード連続殺人事件」において殺された秘書などについての伏線もうっちゃりだ。もちろんウディ・アレンに言わせれば、これはジャンル映画として作られているわけではないし、そのフォーマットを使っただけのお気楽コメディなのだ、とそういうことなのだろうが、そういうコメディでこそきっちり細部を詰めておいて、観客にあれこれ突っ込ませないでほしい、と俺は思う。要するに相性が悪いんだろうが……
 ともあれ、ウディ・アレンのファンなら(彼のベストでは無いにしても)楽しめるはず。スカーレット・ヨハンソンのファンは必見。個人的にはどちらでもないので特に高く買うつもりはないが、それでも退屈することはなかった。地下室を探索するシーンでの、ベタベタなシチュエーションを作ってからのサスペンス演出なんかはユーモアたっぷりで楽しかった。

石の微笑(6/30公開)

2009-02-09 01:56:08 | 07年6月公開作品
 08/4/13、三軒茶屋中央劇場にて鑑賞。6.0点。
 ヌーヴェルヴァーグの巨匠クロード・シャブロル最新作(といっても俺が観るのは『いとこ同志』('59)に続いて二本目)である。真面目一本のように生きてきた男がファム・ファタールの出現によって思いもよらない事態に陥ってゆく様を描いた王道のサスペンスだ。
 シャブロルはさすがにベテランらしく(もう70歳を越えている)、正統派の題材を正統派の演出できっちり撮ってみせる。まさに円熟の技を堪能する107分間であり、こう言ってしまえばもうそれに尽きる。シネフィルからは圧倒的な賛辞を受けるだろうし、年間ベストに挙げる人もいる。確かに、これだけ安心感を持って観られるというのは上質さの証明だし、一定以上の賞賛を受けるのは当然のことだろう。
 しかし俺には、「よくできた秀作」という以上の評価を与える必要性が感じられなかった。この映画を観る前と観た後とで、観客の映画観が変わることは全く無いだろう。言ってみれば、この映画を観る者は、そこに優れたショットがあることを確認し、優れたシークエンスを確認し、良いキャストを確認し、良いカメラを確認し……そして良い映画だったと確認する。ただし、そこには予想を超える瞬間の体験は含まれない。もちろん、あらゆる作品に何らかの新しさを求めているわけではないし、完成度が高いというだけで傑作が生まれうることも否定しない。事実この作品は観て損のない秀作なのだ。しかしそれでも、個人的にはこの作品に対してそれ以上の情熱を持つことはできなかった。
 ちなみに本作のプロットは、単なるファム・ファタールものではなく、男の側にも一種の偏執狂的な倒錯があるという設定なのだが(石像への憧憬)、その設定がうまく描けていないように感じられた。あまり効果的に機能しているように思えなかったのだ。原作は未読だが、本来のストーリー上ではもっと重要な要素なのだろうか。
 それから、完全に好みの問題ではあるが、同時に最も肝心なところであるファム・ファタールの魅力に関しても、個人的にはローラ・スメットという女優があまり得意ではなかった。本作で一番好きなのはオープニングの流れるような移動撮影だったりする。
 王道のサスペンスを求める向きには納得の出来栄えだろう。秀作。