08/2/28、新宿ミラノにて鑑賞。7.0点。
ティム・バートン、ジョニー・デップのコンビによる最新作は、トニー賞受賞のブロードウェイミュージカルの映画化。マンネリだとか色々言われているが、バートンが作り出す世界はやはり抜群に心地よい。巻頭一番、ドリームワークスのロゴと共に鳴りひびくパイプオルガンでもう一気に持っていかれる。
そのオープニングは、『チャーリーとチョコレート工場』('05)で色とりどりのチョコレートが作られる過程をCGで見せたのと全く同じように、人肉パイが作られる過程を見せてくれる。粘っこさを強調した血の印象がお化け屋敷的な作り物感に溢れているので、視覚そのものに生理的な嫌悪感を覚えたり、人肉で作られているという設定を思い出して気持ち悪くなったり、といったことはなく、安心してワクワクさせてくれる。この人工的に作り込まれたファンタジー世界に浸れるかどうかが、評価の分かれ目となろう。
本編が始まってからも、彩度と明度を落とした暗く陰鬱な画面によって、いかにも作り物の箱庭的世界が描かれてゆく。得意のフィールドで自己完結してしまっている印象もないとは言えないが、しかしクオリティそのものがとんでもなく高いので目の保養になる。さすが、セット撮影を基本としていた古き良きハリウッドを継承する男である。
19世紀のロンドン、常に曇天模様の空の下、妻と娘を奪われた理髪師がカミソリ片手に復讐の殺人鬼と化す……というストーリーの元ネタはイギリス人にはよく知られたものらしく、検索をかけるとつい十年前にも映画化されている(細かいストーリーはそれぞれの作り手によってアレンジされているようだ)。元ネタを知らなかった日本人としては、どう落としどころを見つけるのかさっぱりわからなかったが、思いのほか見事に悲劇としてまとめられていて、嬉しい誤算だった(冷静に考えれば、例の人物が初めて登場した時点で気づいてしまいそうなものだが、とにかくバートンの映像を楽しむことに専念していたため、ストーリーを追うのを二の次にしていた……というのが結果的には功を奏した)。
ところでこの映画、形式としてはミュージカルである。もちろん原作がそうなのだから言うまでもないことで、実際まぎれもなくミュージカルなのだが、しかし個人的にはミュージカルを観たという感触がほとんど残らなかった。通常ミュージカルを観るというときに、期待し注目し楽しむ(もしくは不満を持つ)部分というのが、本作からは引き出せないのである。それはつまり、本作においては、歌(とそれに付随するダンスなどのショー的な見せ方)そのものは作品の一義的な「目的」になっていないということだ。ミュージカルであることが本作において果たしている役割は、それそのものの魅力の発露ではなく、本来なら凄惨でグロテスクでほとんどスプラッター映画のような外見を持った作品を、一つのショーとして箱庭に封じ込め、寓話ないし作り物の悲劇として経済的に語ってしまうための「手段」なのだろうと思う。だから当然、ミュージカルとしての魅力は期待しすぎてはいけない(記憶に残るナンバーがほとんど無いというのも象徴的だ)。この意味で、元となった舞台は全く知らないものの、本作は根本的な意味で「別物」になっているのではないかと思う(逆に言うと、キラーナンバーの不在ゆえに、舞台版を観たいという気は起こさせてくれない)。
では本作の一義的な「目的」として台頭してくるのは何かといえば、冒頭から言い続けているように、バートン流に作り込まれたファンタジー世界へ没入することそのものなのだ。吹き出す血飛沫の微細な加減までコントロールされていると思えるような、丁寧きわまりない仕事によってきっちり作られた世界を安心して観ていられるこの感覚は、動的なミュージカルのそれとは全く違う。ラストでの血まみれの姿も実に美しい。
しかし、世界観の構築は完璧だと絶賛した上であえて言うならば、全体としての完成度はそこまで高くないかもしれない。形式としてのミュージカルにはもう少しそれ自体としての魅力があっても良かったと思うし(なお、劇伴の音楽は素晴らしかったと思う)、見せ場となるカミソリ殺人も繰り返しによる単調さを免れる工夫をするべきだったかもしれない。脚本についても、この単純なプロットで117分とほぼ二時間かけてしまった尺は中だるみを招いているし、ラストショットでは若者二人の姿を入れないとバランスが悪いだろう。
キャストでは、ジョニー・デップが相変わらず安定した活躍を見せてくれるのは言うまでもないとして、何よりヘレナ・ボナム=カーターが素晴らしい。虫の湧く店で不味いパイを一人売る女主人、という色物キャラとして登場しながらも、中途から切なげな哀れを感じさせるのが最高だ。フィンチャーの『ファイト・クラブ』('99)でもそうだったが、前後半でイメージをがらりと変えるのが(もちろん演出のうまさによるところは大きいが)見事。しかし彼女とジョニデのインパクトが強すぎるため、敵役のアラン・リックマンが少々キャラとして弱く感じてしまったがどうか。アラン・リックマンのパフォーマンス自体は良かったと思うが、敵役の相対的なインパクトの弱さは復讐譚としては難点と言わざるをえないだろう。
バートンのファンなら黙って観るべき一本。ジョニー・デップ、ヘレナ・ボナム=カーターのファンも同じく。
ティム・バートン、ジョニー・デップのコンビによる最新作は、トニー賞受賞のブロードウェイミュージカルの映画化。マンネリだとか色々言われているが、バートンが作り出す世界はやはり抜群に心地よい。巻頭一番、ドリームワークスのロゴと共に鳴りひびくパイプオルガンでもう一気に持っていかれる。
そのオープニングは、『チャーリーとチョコレート工場』('05)で色とりどりのチョコレートが作られる過程をCGで見せたのと全く同じように、人肉パイが作られる過程を見せてくれる。粘っこさを強調した血の印象がお化け屋敷的な作り物感に溢れているので、視覚そのものに生理的な嫌悪感を覚えたり、人肉で作られているという設定を思い出して気持ち悪くなったり、といったことはなく、安心してワクワクさせてくれる。この人工的に作り込まれたファンタジー世界に浸れるかどうかが、評価の分かれ目となろう。
本編が始まってからも、彩度と明度を落とした暗く陰鬱な画面によって、いかにも作り物の箱庭的世界が描かれてゆく。得意のフィールドで自己完結してしまっている印象もないとは言えないが、しかしクオリティそのものがとんでもなく高いので目の保養になる。さすが、セット撮影を基本としていた古き良きハリウッドを継承する男である。
19世紀のロンドン、常に曇天模様の空の下、妻と娘を奪われた理髪師がカミソリ片手に復讐の殺人鬼と化す……というストーリーの元ネタはイギリス人にはよく知られたものらしく、検索をかけるとつい十年前にも映画化されている(細かいストーリーはそれぞれの作り手によってアレンジされているようだ)。元ネタを知らなかった日本人としては、どう落としどころを見つけるのかさっぱりわからなかったが、思いのほか見事に悲劇としてまとめられていて、嬉しい誤算だった(冷静に考えれば、例の人物が初めて登場した時点で気づいてしまいそうなものだが、とにかくバートンの映像を楽しむことに専念していたため、ストーリーを追うのを二の次にしていた……というのが結果的には功を奏した)。
ところでこの映画、形式としてはミュージカルである。もちろん原作がそうなのだから言うまでもないことで、実際まぎれもなくミュージカルなのだが、しかし個人的にはミュージカルを観たという感触がほとんど残らなかった。通常ミュージカルを観るというときに、期待し注目し楽しむ(もしくは不満を持つ)部分というのが、本作からは引き出せないのである。それはつまり、本作においては、歌(とそれに付随するダンスなどのショー的な見せ方)そのものは作品の一義的な「目的」になっていないということだ。ミュージカルであることが本作において果たしている役割は、それそのものの魅力の発露ではなく、本来なら凄惨でグロテスクでほとんどスプラッター映画のような外見を持った作品を、一つのショーとして箱庭に封じ込め、寓話ないし作り物の悲劇として経済的に語ってしまうための「手段」なのだろうと思う。だから当然、ミュージカルとしての魅力は期待しすぎてはいけない(記憶に残るナンバーがほとんど無いというのも象徴的だ)。この意味で、元となった舞台は全く知らないものの、本作は根本的な意味で「別物」になっているのではないかと思う(逆に言うと、キラーナンバーの不在ゆえに、舞台版を観たいという気は起こさせてくれない)。
では本作の一義的な「目的」として台頭してくるのは何かといえば、冒頭から言い続けているように、バートン流に作り込まれたファンタジー世界へ没入することそのものなのだ。吹き出す血飛沫の微細な加減までコントロールされていると思えるような、丁寧きわまりない仕事によってきっちり作られた世界を安心して観ていられるこの感覚は、動的なミュージカルのそれとは全く違う。ラストでの血まみれの姿も実に美しい。
しかし、世界観の構築は完璧だと絶賛した上であえて言うならば、全体としての完成度はそこまで高くないかもしれない。形式としてのミュージカルにはもう少しそれ自体としての魅力があっても良かったと思うし(なお、劇伴の音楽は素晴らしかったと思う)、見せ場となるカミソリ殺人も繰り返しによる単調さを免れる工夫をするべきだったかもしれない。脚本についても、この単純なプロットで117分とほぼ二時間かけてしまった尺は中だるみを招いているし、ラストショットでは若者二人の姿を入れないとバランスが悪いだろう。
キャストでは、ジョニー・デップが相変わらず安定した活躍を見せてくれるのは言うまでもないとして、何よりヘレナ・ボナム=カーターが素晴らしい。虫の湧く店で不味いパイを一人売る女主人、という色物キャラとして登場しながらも、中途から切なげな哀れを感じさせるのが最高だ。フィンチャーの『ファイト・クラブ』('99)でもそうだったが、前後半でイメージをがらりと変えるのが(もちろん演出のうまさによるところは大きいが)見事。しかし彼女とジョニデのインパクトが強すぎるため、敵役のアラン・リックマンが少々キャラとして弱く感じてしまったがどうか。アラン・リックマンのパフォーマンス自体は良かったと思うが、敵役の相対的なインパクトの弱さは復讐譚としては難点と言わざるをえないだろう。
バートンのファンなら黙って観るべき一本。ジョニー・デップ、ヘレナ・ボナム=カーターのファンも同じく。