(続) お山でウォーキング

里山歩きをメインにして運動不足の解消を図ろうと思っています。

神奈川県  中井町東部の丘陵地帯を歩く(3)

2020-02-15 19:32:06 | ウォーキング

2020年1月21日(火)

県道77号線 愛宕山公園分岐より

 

63 愛宕山公園分岐 右へ   次の目標地点は七国峠バス停なので、このまま県道を直進しても良いのですが、歩道が完備されていない県道を避けるために、愛宕山公園経由のルートを選択します。

 

64 分岐指導標 右 七国峠 愛宕山公園  手前 土屋霊園 芳盛寺

 

65 急な坂道 僅かな距離ですが

 

66 急な坂道を登りきると、正面に指導標が見えてきます。

 

67 指導標 左 七国峠 愛宕山公園  手前 土屋霊園

 

68 山道らしい道が少々

 

69 愛宕山公園に到着  右手に愛宕神社参道

 

70 愛宕神社(あたごじんじゃ)鳥居と石段

 

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72 愛宕神社 社殿 祭紳は火産之命(ほむすびのみこと)                                 

 

73 狛犬 吽像

 

74 狛犬 阿像

 

75 愛宕神社 説明板より  由緒・沿革   現在地に天正三年(1575)の頃より愛宕社があり、八沢の鎮守として尊崇されていた。・・・明治四十五年(1912)熊野神社に合祀され、その後社殿消失し・・・石祠二基秋葉社牛頭天王社が残存した。昭和二十七年(1952)再建工事が始まり、昭和四十二年(1967)幣殿覆殿が完成した。 

 

76 愛宕神社を後にして  県道77号線方向へ

 

77 県道に出る直前の所に「七国荘」(老人憩いの家)     

 

78 七国荘バス停  県道77号線に出たら右折 

 

79 バス停前に設置されていた指導標  右 七国峠

 

80 次の目標地点七国峠バス停に向かって歩くのですが、県道は車の交通量が多く、しかも歩道が無いのでバス停までは注意が必要です。 距離は大したこと無いのですが

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81 バス停近くになって右側にかろうじて歩道らしきところが

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82 七国峠バス停に到着しました。(バス停はゴルフ場の看板を背にしている)

これを見ると、ここが七国峠かと思ってしまうのですが、本来の七国峠にはこのバス停の真向かいに左折する道路があって、その道を鷹取山方面に10分ほど歩いたところの道路脇に東屋と説明板が設けられています。(しかしここも仮の場所のような所で、実際はその近くにゴルフ場があって、そのゴルフ場の最高点付近が七国峠なのだそうです。 (そこには 181.5mの三角点がある) 

 

83 バス停脇にあった分岐指導標 右 井ノ口

【遠藤原 南平橋】← 七国峠・遠藤原のみち →【七国峠 鷹取山】

ここで再び県道77号線から分れて、遠藤原方面に向かいます。(県道を避けるため)  

 

84 遠藤原への道

いよいよゴール(湿性公園)に向かって最後のウォーキングになります。

 

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86 又、大山方面が見えてきました

 

87 遠藤原

 

88 左寄りに富士が

 

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90 作業小屋の脇を過ぎてから

 

91 ここで左折して直進  富士山に向かって進むこの道が往路で歩いた道です。

 

92 指導標 【 ← 厳島神社】  左折

 

93 遠藤原から最後の眺望

 

94 往路で歩いた道を下ります。

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95 県道77号線を横断

 

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97 ゴールはもうすぐですね

 

98 往路に渡った橋が見えてきました。

 

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100 湿性公園内に入りました。

 

101 厳島神社

 

102 北窪自治会館前

 

No.563

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


神奈川県  中井町東部の丘陵地帯を歩く(2)

2020-02-15 19:32:06 | ウォーキング

2020年1月21日(火)

日枝神社より

 

31 日枝神社 4差路から5分程度の所にあります。

 

32「馬場跡・日枝神社」説明板より   その昔は鉄砲馬場であったが、戦前は廻り馬場となり、当時は草競馬が年に数回行われ賑やかだったと言われている。     また、この付近には「五十塚」「六十塚」という地名があり、永禄九年(1566)小田原攻めを行った武田信玄の一行がここを通る際、北条の追撃に遭い、その時亡くなった者の霊を慰めるために五輪塔を立てたと伝えられている。 また、北条早雲と三浦一族との古戦場とも言われている。以前は数多くの五輪塔があったが、今はその姿はない。                                                                                                                                                 

日枝神社 創立由来等は、はっきりしていない。祭神は大山咋命(おおやまくいのみこと)で、江戸時代は山王大権現と称されていた。明治二年(1869)日枝神社と改称された。・・・

 

33 参道左脇にトイレやベンチなども用意されています。

 

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35 日枝神社

 

36 四差路に戻って緩やかな坂道を下って行きます。

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38 右へ

39 四差路 左へ  左 南平橋方面 右 日枝神社前へ 直進は神奈川大学方面

 

40 道路が少し狭くなりますが、100mほど歩いたところで

41 右折します 次の目標地点は「遠藤原」バス停

 

42 南東方向に歩いて

 

43 四差路を右へ  正面を横切る道路が路線バスの通る幹線道路のようです。 

 

44 右折して少しばかり歩いた所に「遠藤原」バス停。ちょうど路線バスが通過した直後でした。 ここが今日のウォーキングプランの折り返し地点でもあります。この後少々分かりにくいのですが、このバスを追うように歩き、突き当りを右折した後(バスは左折)前方中央に見える林の後方に回り込むように進みました。

 

45 その結果やって来たのがこの地点で、ここで左折した後、南方向に坂道を一気に下ります。 

 

46 坂道途中で見られた太陽光発電施設

 

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 48 酪農などに使う飼料タンク? 今は使われていないようでしたが

 

49 右手の川と合流するような形で坂道が終わりました。この川が座禅川です。私は鋭角に折り返す川沿いの道に入ります。 なお、写真正面奥に橋が架かっていますが、ここを通る道路が県道77号線のようです。

50 座禅川の左岸を川沿いに歩きます。

 

51 直進

52 左へ

 

53 緩やかな登りになっていますが、とても快適な散歩道です。

 

54「芳盛寺橋」の橋名板が取り付けられた小さな橋  右手を見上げると

 

55 立派な石段と本堂の屋根らしきものが見えます。

 

56 説明板より 鎌倉幕府創設に功あった土屋三郎宗遠(1123~1213)の菩提寺として建仁4年(1204)創建。 創建時は阿弥陀寺と号す。 時移り、土屋氏にかわって応永年間(1394~)、関東公方足利氏満の庇護を受けたが、応永23年(1416)の上杉禅秀の乱後、この地の領主となった大森芳盛の菩提寺となる。寺の前を流れる座禅川の名の由来は、修行僧が川のほとりで座禅したことによる。(創建時から壇林所-学問所として栄えた名残である)

 

57 芳盛寺(ほうせいじ)本堂

 

58 説明板より 平塚市指定重要文化財 「僧空海画像 一幅」 昭和33年指定

画面縦100.5cm 横50.5cm 当画像の箱書きには「真如親王御筆」となっているが、真如法親王は平安時代の人である。・・・歴史的作風から類推すると、室町時代の作と思われる。平塚市内に存在する仏画としては最古の作品であり、・・・市にとっても貴重な文化財である。 平塚市教育委員会 

 

59 芳盛寺を後にして

 

60 直進

 

 

61 県道77号線へ 指導標 左 芳盛寺 右 七国峠・愛宕山公園 

右手前方向 土屋霊園・遠藤原  私は県道77号線を七国峠方面に進みます。 

 

62 県道77号線を七国峠(ななくにとうげ)方面に向かいます。

神奈川県 中井町東部の丘陵地帯を歩く(3)へ

 

No.562

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


神奈川県  中井町東部の丘陵地帯を歩く(1)

2020-02-14 17:56:57 | ウォーキング

2020年1月21日(火)

中井町「厳島湿性公園」・・・遠藤原・・・日枝神社・・・                                

・・・「遠藤原」バス停・・・芳盛寺・・・愛宕山公園・・・

・・・「七国峠」バス停・・・中井町「厳島湿性公園」

  酒匂川と相模川に挟まれた地域には、気軽に里山ウォーキングを楽しめる絶好の丘陵が広がります。中でも、中井町と平塚市が接する遠藤原と呼ばれる田園地帯は、ここを訪れる人々の心をきっと和ませてくれる事でしょう。

 

1 厳島湿性公園入り口  ここをほんの少しばかり右に進むと

 

2 北窪自治会館前に駐車場(この写真は駐車場から自治会館を見たもので、この駐車場からも湿性公園に降りるルートがあります)

3 公園の正面入り口に戻って     指導標 左【井ノ口公民館】 右【米倉寺】         そして下方に「厳島神社」

 

4 階段と木道が公園の中心部に向かって一直線にのびています。ここが今日のウォーキングのスタート地点で、中央のこんもりとした樹木の中に厳島神社がある 。

5 厳島神社 説明板より  この神社は文化四年(1807)に建てられ、天保十一年(1840)、安政四年(1857)、昭和六十二年(1987)に改築。 明治二年(1869)厳島神社と改名。    祭紳は市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)、倉稲魂命(うかのみたまのみこと) 地元では「弁天さん」と親しまれているそうです。

また、周囲は清水が豊富に湧出ていて、蛍やシマドジョウなどの清く澄んだ水にしかいない小動物が今でも生息する湿原である。 中井町教育委員会        

 

6 公園から出て、この橋(下は葛川)を渡り、少しばかり進んだら左折

 

7 左折地点  丘陵方向に進みます。このルートを道なりに進めば、第一の目標である遠藤原南西端の田園地帯に出ます。

 

8 直進

 

9 直進 県道77号線を斜めに横断します。(横断注意)       左  中井町井ノ口・中井町役場方面    右【七国峠】バス停・平塚市土屋方面

 

10 右側の斜面が切り払われていたのですが、ソーラー発電の場所として利用されるようです。

 

11 広々とした田園地帯に出た時の気分は何とも言えないものがありますね(この場所は3度目)。 正面は大山と大山南尾根方面

 

12 畑の中の農道に設置された指導標  【厳島神社→】 

 

13 美しい丹沢の山並みと田園風景  塔ノ岳、大山、高取山方面

 

14 富士山方面

 

15 左手に富士を眺めながら、農道を歩きます。 右側は犬のドッグラン?

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17 直進 正面右手の林の下方に土屋霊園   指導標 【 厳島神社→ 】

 

18 石柱 「平塚八景 遠藤原」

 

19 石柱傍の「平塚八景 遠藤原」説明板より  この一帯から東、遠藤原にかけては富士山、箱根、丹沢、大山のパノラマが素晴らしく、近くには清見原という地名もあるように、澄み切った空は心が洗われる。春には菜の花が、初夏にはツツジやリンドウの花が咲き乱れる。また、晩秋の日暮れ時の富士山の眺めは一幅の絵をみるようである。                                       

20 説明板を後に直進して行くと

 

21 T字路にぶつかるので右折  左 井ノ口方面 右 遠藤原・南平橋方面 

22 分岐指導標[源水横穴古墳・南平橋]←【七国峠・遠藤原のみち】→[七国峠]                                       右折したら、前方左に見える自動販売機まで進みます。

 

23 自動販売機の所で、左の農道に入ります。(舗装道路を直進しても次の目的地の  日枝神社に到達するのですが、眺望が少し悪くなる事と、歩道が無いため)

 

24 前掲写真の位置から10mほど進んだ所にもう一つ右に降りて行く道があります。  この道は土屋霊園や愛宕山公園方面にも通じています。             

 

25 分岐指導標 右【土屋霊園 芳盛寺】

 

26 畑の中の道を歩きます。一般の車両は通らないので、のんびりと安心して歩くことが出来ます。左手の丹沢方面の眺望も素晴らしい。

 

27 左手に見える電波塔を目印に  電波塔の向こう側に日枝神社があります。

 

28 丘陵地帯らしく、畑作中心の農業が行われています

 

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30 今回のプランはこの四差路をさらに直進するのですが、第2の目標地点を 日枝神社としたので、ここで一旦右折して 後程ここに戻ってきます。         指導標 【日枝神社 →】 

 

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No.561